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ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで

作者:迷い猫
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憂いの雨と陽への祈り
  屹立する旗

 「お前はいつまでキャラを演じるつもりなんだ?」

 ビシリと空気が固まった音がした。
 アマリは歪な笑みを浮かべ、そして……

 大きなため息を吐いた。

 「やれやれだぜ、とでも言いたい気分ですね」
 「……怒らないのか?」
 「怒ってほしいのですか?」
 「無遠慮に踏み入った代償くらいは覚悟していたからな」
 「それでも口にしてしまう辺り、あなたは本当にお人好しです」

 困ったように笑うアマリに……否、少女にユーリは小さく息を吐いた。
 触れるなと言う言外の忠告をあえて無視したのだ。 一発殴られる程度の覚悟はできていたが、殴られないどころか苦笑で済まされるのは意外だった。

 「ユーリさんの問いは……そうですね、いずれ答えを出さなければならないでしょう。 けれど、それは今ではありません。 答え合わせは別の機会に、と言うことで」
 「それもそうだな」
 「差し当たってはこのクエストを終わらせてしまいま……んん、終わらせるですよー」

 それは真面目な会話はここまでだと言う区切りだろう。 明確に引かれた線を、ユーリは今度こそ踏み越えなかった。

 「終わらせるって言っても、そもそもこれがどんなクエストかもわかってないからな……。 いっそ、リタイアも選択肢だと思うぜ」
 「まだ暴れ足りないですー」
 「ったく……だったら先に進むか」
 「はいはーい。 今度こそ警戒は任せるですよー?」
 「ああ、任せとぎにゃあ⁉」

 言って立ち上がろうとした瞬間の奇声は尾が軽く引かれたからこそのそれだった。

 「ようやく隙を見せたですねー」

 当の本人たるアマリはホクホク顔でユーリの尾を掴んだままだ。 反省の色皆無どころかむしろ楽しんでさえいる。

 「てめっ、こら離せ!」
 「いやです」
 「即答ですか⁉」
 「断固拒否するです」
 「そこまで⁉」

 ユーリの悲鳴のようなツッコミなどどこ吹く風。 うっすらと目に涙を溜め、上目遣いで見上げるとちょこんと小首を傾げる芸の細かさである。

 「ユーリちゃんにずかずか踏み込まれてしょーしんちゅーです。 癒しが欲しいです」
 「てめ……」
 「ダメですかー?」

 うるきゅー、とでも効果音がつきそうなアマリの様子に絶句したユーリは悪くはないだろう。 しかし、そこに負い目があるのもまた事実。
 負い目があるからこそユーリに抵抗できるはずもなく、無駄に義理堅い性格をしているユーリが陥落するのは容易かった。
 負い目が実際には存在し得ないものだろうとも、だ。

 その後に起きたあれこれはユーリの名誉のために詳しく描写しないこととする。 以下会話のみ抜粋。

 「……あんま強く握んなよ」
 「はっ、ちょろい」
 「今なんか言いましたかねぇ⁉」
 「なんでもないですよー。 ちょろいん最高です」
 「ああそうか、喧嘩売ってるんだな? 売ってるんですね? いいぜ買おう言い値で買ってやんよ!」
 「尻尾モフられるとどんな感じなんですー?」
 「会話する気はゼロですかそうですか……あー、どんなっつーか、なんかこう、うにょいんだよ」
 「うにょい」
 「尻尾ってのは人間にない器官だろ? だからなのか強く握られると変な感じがするんだよ」
 「つまり尻尾は性感帯ですねー」
 「女の子が明け透けにそんな単語口にすんな!」
 「つ、つまり、その……尻尾はせ、性感帯、です?」
 「照れながら言えばいいってことじゃないからな!」
 「さっきからきゃんきゃんうるさいです。 あだ名をわんこにするですよ?」
 「誰のせいだ!」
 「人のせいにするのはよくないです」
 「間違いなくお前のせいだぎゃ⁉」
 「おお、ユーリちゃんが愛知県民になったですよー」
 「だから強く握んなって言ってんだろうが!」
 「そう言う振りじゃないんですか⁉」
 「なんでちょっとキレてるんですか⁉」
 「ユーリちゃんかーわーいーいー」
 「おい待てキャラが迷走してるぞ!」
 「あんまり騒いでると尻尾捥ぐですよ?」
 「サラッと物騒なことを言った⁉」
 「あんまり騒いでると尻尾を〇〇〇〇するですよ?」
 「伏字にすんなや!」
 「あんまり騒いでると尻尾をぶちぶちするですよ?」
 「すいません伏字でお願い致します!」
 「大丈夫、また生えてくるですから」
 「猟奇的すぎる⁉」
 「ユーリちゃん尻尾とかお耳を見られるのが嫌なんですよね? じゃあ……」
 「見られるのは嫌だけどぶちぶちされる方がもっと嫌だからな⁉」
 「わがままさんですねー」
 「理不尽だー!」

 合掌





 「いつまで拗ねてるですかー?」
 「拗ねてるんじゃない。 怒ってるんだ」
 「ちょっとやりすぎたと反省してるです」
 「あれは全く以ってちょっとじゃなかったけどな」
 「うにー、ごめんなさい」

 安置を出てから今まで不機嫌であることを隠そうともしないユーリだったが、素直に詫びられて許さないほど心が狭くはないらしい。 盛大なため息を吐き出して小さく頭を振ると、周囲に敵影がないことを確認してから踵を返してアマリと向き合った。

 「……次はないからな」
 「許してくれるですか?」
 「今回だけだ」
 「本当にちょろいです」
 「おい」
 「ユーリちゃんはいい人ですねー」
 「都合のいい人、だろ?」
 「何故わかったですか⁉」
 「……ったく」

 何を言っても無駄だと悟ったのか、ため息ひとつで済ませてユーリは再び歩き始める。 フード付きのマントは戦闘時に壊れてしまって以来そのままだ。 予備もあることにはあるが、このクエストが始まってから今の今まで他のプレイヤーの姿を見ることはなく、ほぼ確実にインスタンスマップだろうと予想できたからこそあえて出すこともなかった。
 今すぐにでも着たいと言うのがユーリの本音ではあるが、アマリから放たれる熱視線による圧力(懇願とも言う)に屈した結果が現状だ。 ちょろいと言われても当然だろう。 そうでないにしても少なくとも甘くはある。 甘々と言ってもいい。

 「ん、安置だな」
 「安置ですねー」
 「マップ的にここが最後の部屋だからボスでもいるかと思ってたけど……取り越し苦労か?」
 「次回に続くーですかね?」
 「次階に続くなのかもな」

 気安い会話をしながら安置に入る2人。 そこには当然モンスターの影はなく、中央に下層へと続く階段があるだけだ。
 予想通り次回に続くのか、あるいは次階に続くのか、兎にも角にもこの階層はここでお開きらしい。 今までは息つく暇なく転移させられていたが今回はそれもなく、このまま転移なく先に進めるのならそれは今までにない状況で、もしかしたらクエストに進展があるかもしれないと期待するのも無理はなかった。

 正直な話、ユーリは今すぐにでもこのふざけたクエストを破棄してしまいたいと思っている。 しない理由はただひとつ。 できないからでしかない。
 ウィンドウを操作しての破棄もできず、転移結晶も使えず、回廊結晶も使えず、外部との連絡も取れない。 どうあっても破棄できないクエストなんて今まで聞いたこともないが、しかし実際に現状がそうである以上そうなのだろう。 少なくともユーリはそう結論することで諦めたし、だからこそ先を急いでいる。 暫定相棒であるアマリの考えはユーリには全く読めないが、それでもこのまま意味のわからないクエストで時間を潰すことをよしとはしないだろうと思っている。

 そんな状況で現れた先に進めるかもしれない機会。 早く飛び込みたくて仕方がなかった。
 が……

 「休憩にするですよー」

 その宣言はアマリからだった。
 いつも通りに緩い笑顔での宣言。 それでも有無を言わせない決定の語調だった。
 ユーリの事情もお構いなしに喋るのは今に始まった事ではないが、ここまで強引なことはこれが初めてだ。 絶対に譲らないと、休憩すると、その目と声で語り、遂には腰を落ち着けてしまう。

 「……お前はそれでいいのかよ?」
 「今のユーリちゃんは焦りすぎです。 愛しの幼馴染ちゃんに今すぐにでも会いたのはわかるですけ——「そんなんじゃない」——会いたいのはわかるですけど、でも焦って先に進むのは危ないですよ?」

 途中に挟まれた否定の言葉もまるで効果なく、アマリは緩い笑顔のまま唇を突き出して不満を表明しつつ苦笑いと言う器用なことをやってのけた。
 実際、言っていることは正論であり、理論立てての反論は不可能で、それがわかっているからこそユーリも感情的な否定以外はできない。

 「今は休むが吉です。 状況のおさらいと今後の方針を決めないとです」
 「……わかった。 そうだな、あのバカに心配の必要もないだろ」
 「心配で心配で仕方がないって顔ですよ?」
 「あのバカが誰かに心配をかけてないかが心配なんだよ」
 「素直じゃないで……ん、んー、んん?」
 「なんだ?」
 「うに、なんでもないです」

 にへらっと笑いながらも小さく、なるほどそう言うことですか、と呟かれたアマリの声はユーリの耳にしっかりと届いていた。 届いていたが、しかしどう聞いたところでアマリはなにも話さないだろうと諦めてユーリもそれ以上はなにも聞かない。
 そしてそれは正しい判断だった。

 「今後の方針って言ってもな……具体的にはどうするんだ?」
 「出てきた敵をぶっ殺すです」
 「即答しなくてもいい加減わかってるっつーの。 だから、どうやってぶっ殺すかの算段だ」
 「ぶっ叩けばぶっ殺せるです」
 「ああ、お前はそう言う奴だよ……」
 「頭を押さえてどうしたです? まさか頭痛ですか?」

 はあ、と溜息と共に焦りや不安も吐き出そうと試みる。
 もっともそれはどうにも叶わなかったが。






 作戦会議にもならないどうでもいいやり取りで決まったことは、索敵担当がユーリで、攻撃担当がアマリとなっただけだった。 不測の事態ではユーリももちろん攻撃に参加するが、基本は警戒に徹することで算段がついた。
 異論反論はあったが、「じゃあユーリちゃんは私よりも早く敵をぶっ殺せるですか?」の問いに沈黙してしまった辺り、恒常火力の差はユーリにだってわかっているのだろう。 アマリの見たことのないあのスキルを使えばその限りではない可能性もあるが、かと言ってあれは彼にとっても隠し球だったらしく、あれ以降は使う素振りも見せない。

 (あれは少し厄介ですが……)

 声に出さず、態度にも出さず、アマリは小さな懸念を抱えていた。
 ユーリの使ったあのスキル。 あれは敵に回すのならかなり危険な代物だ、と。
 現状、ユーリがアマリに敵対行動を見せたことはない。 かなり無礼な態度を取っているものの、それも殆ど意味をなさず空振りだ。 道中のアマリのテンションが普段以上に高いのは、そのラインを探ろうとしているからだった。

 フォラスがいればその仕事は彼の役目なのだが、今は隣にいない。 ならばこそ、敵かそれ以外かの選定は自分の役目だと、アマリは——否、少女は自覚している。

 (もう少し探るべき……とはわかっていますが、かと言ってこれ以上探るのもさすがに疲れてきました。 慣れないことはするべきではないと言うことですか。 いえ、久しぶりのことを、と言うのが正解ですね)

 自嘲のように唇を吊り上げてみるものの、いまいち様になっていないのは自覚している。 眼前で警戒しながら階段を降りている獣耳の少年はそんなアマリの様子に気がつくこともなく、周辺警戒を怠ってはいない。

 ユーリ。
 彼はアマリから見てもかなり不思議な少年だった。
 怒声をあげ、言葉でも表情でも怒りを露わにしながら、アマリの無礼に心底怒っている風には見えない。 それどころか手慣れたようにあしらっている様子さえある。
 アマリの周囲にいる少年たちの殆どはアマリの言動に怒るか、呆れるか、引くか、恐るか、そのどれかをしている。 唯一の例外はフォラスで、彼だけはアマリの言動を愛おしそうに笑い、受け入れるのだ。
 だからこそ2人の関係が続いているのだが、ユーリの反応はフォラスに近いと言っていい。
 怒り、呆れ、引き、恐れているのは確かだろうが、そのどれもが全て中途半端なのだ。 アマリの奇行に対する反応としては薄いと言える。 フォラスほど完全に受け入れてはいないものの、拒絶的な反応は現時点ではひとつも見られない。 その理由はまるで判然としないが、しかしそれが心地よく思えるのも確かで、言ってしまえばアマリのテンションがおかしいのはなにも打算が全てというわけでもなかった。

 (彼はもしかしたら……)

 自分の中から湧き出た思考は首を振って打ち消す。 その動作に伴って発生した髪の擦れる音を聞き取ったのだろう。 ユーリが肩越しに振り返った。

 「どうした?」
 「な、なんでもないです!」
 「? そうか」

 また前に向き直ったことにアマリは安堵した。

 ユーリの顔の造形は非常に整っていると言える。 よく見なくても間違いなく可愛い、それも美少女と見紛うレベルで可愛い顔立ちだ。 その辺りもフォラスに似ていると言っていい。 造形自体の類似性ではなく、性別を間違えたかのような愛らしさが、だ。
 それはつまりアマリにとって、より正確に言うのならアマリのプレイヤーである少女にとって、非常に食指の唆る顔立ちで、端的に言ってしまえばタイプなのだ。 外見は全てに於いて好みと言っていい。
 加えて獣耳と尾も非常に可愛らしいと思っている。 可愛い物好きの彼女は、だからユーリを素直に可愛いと思うのだ。

 (それでいて性格もいいとは……)

 再度、頭に浮かんだ思考を今度は無動作で弾き出す。

 そう。 そんなはずはないのだ。

 (ですが……)

 しかし

 (それもまた、ありなのかもしれませんね)

 掠めた思考は肥大していき、ついに形になってしまう。

 私はユーリさんを好きになってしまいそうです、と。

 それがlikeとしての好きなのか、loveとしての好きなのか、それはまだ本人も判断できなかった。 
 

 
後書き
 やったねユーリちゃんフラグが立ったよ(白目
 と言うわけで、どうも、迷い猫です。
 お久しぶりの更新ですが、うちのヤバいのがユーリちゃんに目をつけちゃいましたね。 逃げて、超逃げて。

 とまあ、言って見たところで彼女には夫がいる身であり、そもそも他作者様のキャラとのルートが開拓される見込みはもちろんありません(ネタバレ)

 さて、次回は精神がクラッシュされたフォラスくんと精神をクラッシュしたシィちゃんとのお話。 次の更新が早くなるといいな←
 ではでは、迷い猫でしたー 
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