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ソードアート・オンライン -旋律の奏者- コラボとか短編とかそんな感じのノリで

作者:迷い猫
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幻影の旋律
  調剤師と薬師

 「狼男はスピード型。 爪の攻撃にレベル9の麻痺毒付与される可能性が有り。 火力自体は低め。 バトルヒーリングはなし。 ソードスキルは未確認。 主な攻撃パターンは徒手空拳による近接攻撃。 ……と、現時点で確認されている情報はこれだけだね」

 ヒヨリさんとティルネルさんとの戦闘を覗き見していた際に確保していた情報と、実際に戦ってみて得た情報とを主にクーネさんに向けて開示する。
 攻略組でも有能な指揮官であり、その流れで彼女にこのパーティーのリーダーを押し付けている形だ。 最初こそ僕の方が適任だと言っていたクーネさんだけど、そもそも僕だけパーティーを組んでいないのでリーダーにはなれないと反論すると、それ以上の抵抗はなかった。

 「名前は《Gilles Garnie(ジル・ガルニエ)》。 定冠詞はなかったから、普通のモンスターの括りだろうけど、そっちは微妙」
 「微妙?」
 「うん、正しく微妙。 狼男が現れた場所はそこそこ広くなった場所だったけど、他にモンスターが出たりはしなかった。 ヒヨリさんたちが交戦を開始してから僕が撤退するまで、ね。 こう言うパターンで考え得る未来って何だと思う?」
 「え……そうね。 ……狼男を倒すと別のモンスターが湧出(ポップ)する、とかかしら?」
 「うん。 それも可能性としてはあるね。 あるいはそれが定冠詞を持ってるボスモンスターって言う可能性もある。 でも、それだと一緒に出てこない理由がないんじゃないかな? 実際に見てみるとわかるけど、あそこは多分《ボス部屋》だ。 でも、ボスは出ない。 ねえ、ヒヨリさん」
 「ふみゃ⁉︎」
 「……あの狼男は初めからあそこにいたの?」

 まさか自分に話が振られるとは思っていなかったのだろう。 奇声による返答は完全に黙殺しつつ、僕は極めて落ち着いて質問を投げかけた。

 「最初からあそこにいたよ。 通路から出たらいきなり襲ってきたからビックリしちゃった」
 「それは大変だったね。 さて、それを踏まえるともうひとつの可能性が出てくるよね?」
 「つまり、狼男がボス? でも、定冠詞はなかったって言っていたでしょう?」
 「確認した中では、だよ。 HPが減った瞬間にボスモンスター化するって言う可能性はあるだろうね。 だって狼男だし」
 「…………?」

 最後に付け加えた理由が理解できなかったのか、クーネさんは指を顎にかけながら首を傾げた。
 普段は凛とした、それこそ騎士然としているクーネさんだけど、こうして身内だけの時は結構普通に女の子なのだ。

 「狼男の特性、ですか?」

 答えは意外なところからやってきた。
 重装備で身を固めた見た目幼女、ニオちゃんだ。

 「ニオ、それってどういうこと?」
 「えっと、狼男の伝承は多くあるけど、そのどれもに共通した特性があるんです」
 「特性?」
 「はい。 その特性は《変身》。 人から狼へと変身した状態を狼男と言うので、もしかしたら《通常モンスターからボスモンスターに変身》する可能性もあるんじゃないかと思いまして……」
 「そうだね。 僕もそう思うよ。 変身しない狼男は狼男じゃない。 ヒヨリさんたちと戦う前からあの姿って言うことは、もう一段階変身が残っててもおかしくないんだ。 警戒する理由としては十分だよ」

 何しろ、SAOに登場するモンスターは製作者の趣味なのか、伝承や伝説を色濃く反映しているケースが多い。 狼男の名前にジル・ガルニエを持ってきているのがそのいい例だ。

 「フォラス君っていつもそんなことを考えているの?」
 「ん? うん、そうだね。 前にも言ったと思うけど、ありとあらゆる可能性を考慮してありとあらゆる対策を、って言うのが基本の世界にいたからね、僕は」
 「……そんな調子だといつかハゲるわよ」
 「あはは、それ、リズさんにも言われたよ。 さて、リーダー。 そんなあれこれを踏まえて、作戦はどうするのかな?」

 意地悪く振ってみると、クーネさんは真剣に悩む素振りを考える。
 なんだかんだ言いながら、彼女の指揮能力と参謀の適性は僕以上だ。 仲間の命を最優先に考え、けれど慎重になりすぎるわけでもなく、攻めるべき時は攻めて退くべき時に退く。

 最小のリスクで最大の結果を。

 通常のゲームであれば咲かない才能だけど、デスゲームでは重要な才能だろう。 生まれる時代が違えば、きっと名軍師になっていたに違いない。

 「あの、フォラスさん……」

 作戦思案中のリーダーを横目に、ニオちゃんが僕に話しかけてきた。
 僕より数段低い位置にある顔を覗き込んで先を促すと、一瞬だけ唇を尖らせる。 どうやら子供扱いが不服らしい。
 もっとも、それは一瞬だけで、しかも実際に口にしないのは、僕に何を言おうと無駄だと理解しているからだろう。 実年齢を知りながら、それでもちゃん付けを止めていない僕を相手にしているのだから、それは賢明な判断だ。

 「ジル・ガルニエって、もしかしてフランスのジル・ガルニエですか?」
 「そうじゃないかな。 狼男でジル・ガルニエって言えばそれ以外に思いつかないし」
 「なんのお話し?」

 話しに割り込んできたのはヒヨリさん。
 どうやら暇を持て余しているらしく、話し相手を求めているようだ。

 「ジル・ガルニエって言うのは、フランスで有名な実在した狼男でね。 元ネタはそれだろうって話し」
 「えっ、狼男って本当にいるの?」
 「んー、正確には《実在していたとされている》かな。 フランスの公文書に記載されてるんだけど、真偽は微妙だね。 まあ、当時の時代背景を考えれば、病気だったって言う説が濃厚だけど」
 「知能障害とか頭脳損傷が原因、って言うあれですか?」
 「あるいは麦角菌の摂取や狂犬病罹患者って言うそれ。 狼と人間との中間に変身するって点に関しては科学的根拠がないけど、そっちはある程度の根拠もあるしね。 て言うかニオちゃん、ずいぶん詳しいね。 もしかしてこっち方面に興味がある人?」
 「いえ……ただ、友達がいなかったから本が友達だっただけで……」
 「へぇー、ニオちゃんって物知りだねっ」

 微妙に暗い過去を言ったニオちゃんを《物知り》の一言で片付けてしまうヒヨリさん。
 友達がいない云々を笑うでもなく同情するでもなく、ただ知識の多さに感心してみせるそのパーソナリティーは凄まじいものがある。 どこぞの副団長様とはまた別種の真っ直ぐさは、言ってしまえば単純なだけなのかもしれないけど、それは《真摯》と言い換えることもできる。
 僕のような捻くれ者には眩しすぎるパーソナリティーだけど、羨ましく思えるのも事実だ。

 「まあ、そんな眠たくなりそうな狼男の講義は置いといて、それより気になることがあるんだけど。 ……ティルネルさん」
 「はっ、はい!」
 「いやいや、そこまで驚かれるとちょっと傷つくかも」
 「すいません……」
 「冗談だけどね」

 ひょいと肩を竦めてみせた僕を咎める声はない。

 「ティルネルさんって薬師なんだよね?」
 「はい」
 「どうして解毒用ポーションを持ってなかったの? 確かにレベル9の麻痺毒用ってなると素材も希少だけど、1本くらいは持ってそうだなーって」
 「…………」

 僕の質問にティルネルさんは固まってしまう。
 元とは言え、騎士団の従属薬師だったティルネルさんだ。 製作するポーション類(正確には《エルフの秘薬》と言うらしい)は一般的な店売りの物やプレイヤーメイドとは一線を画する効果があると言う情報を得ている。 だと言うのにレベル9の麻痺毒を解毒するポーションを持っていないのは、なんだかんだ不自然な気がしての質問だったけど、それはそこまでクリティカルだったのだろうか?
 ともあれ、それは気になっただけの事柄なので安心させるために言葉を重ねる。

 「いやまあ、言いたくなかったら無理に聞かないよ。 ただの好奇心だしね、うん」
 「………たのです」
 「うん?」
 「転移された時に転んで割ってしまったのです……」
 「あー、そっか、うん、なるほどね。 そう言うことなら仕方ないって言うか、そんなこともあるさって言うか……えっと、ドンマイ……」

 シュンとするティルネルさんを前に誰がそれを責められようか。
 慰めるのは僕のキャラじゃないのに、そんなティルネルさんを放っておくこともできず、不器用な慰めと同時に視線を右往左往させていると、にやにや笑っているクーネさんとバッチリ目が合った。

 作戦はまだ組み終わっていないみたいだけど、この状況をにやにや笑いで静観するつもりらしい。
 既にクーネさんを蹴っ飛ばしてニオちゃんを転ばせて虐めたと言う罪状がある僕は、早急に自体の収拾にかかる。
 色々な罪状がある中で、《ティルネルさんを虐めた》なんて罪状まで追加されたら後が怖い。 主にこのダンジョンのどこかにいるだろう、クーネさんの仲間であり僕の友達でもある某女マフィアさんを思い出しつつの危機感だ。

 「そ、そうだ。 ならここで秘薬を作ったらどうかな? ほら、幸いここはモンスターが入ってこれないから丁度いいでしょ? そう言えば僕も新しくポーションを作らないといけないし、調合はそこまでスペースを取らないし、だから、その、いやまあ、ほら、ね?」
 「そ、そうですよね! 割っちゃったならこれから作ればいいんですよね! そうです、そうです、そうでした! では、早速作りましょう!」
 「うんうん。 そうだね、それがいいよ」

 僕の慣れない慰めが功を奏したのか、あるいはティルネルさんの立ち直りが早いのか、とにかくシュンとした状況を脱したティルネルさんにホッとしつつ、僕は《できるお姉さん》と言うティルネルさんに対する第一印象を別の単語で上書きする。
 それはたったの4文字。

 《ポンコツ》と。

 もちろん失礼極まりないので口にはしないし、戦闘の立ち回りを見ていた限り、それは普段からそうなわけではないはずだけど、状況の急激な変化に対応できず、キャパがすぐに一杯になってしまうのだろう。 テンパり易いと言うか、慌て者と言うか、きっとそんな感じだ。

 正直な話しをすると、現状でもストレージにあるポーション類のストックは十分で、取り急ぎ作らないといけない物はない。 けど、慰める時に使った方便を誤魔化すためにも、僕はストレージから簡単な調合用の機材を取り出した。 見ると、ヒヨリさんも調合機材らしきものを取り出している。
 どうやら、テイムモンスターと言う位置付けのティルネルさんはストレージを持っていないらしい。 まあ、もしもストレージがあったら、ヒヨリさんは言ってしまえば2人分のストレージを持つわけで、ゲームバランス的にそれは妥当なところだろう。

 「へえ……」

 次いで、ヒヨリさんがオブジェクト化していく秘薬の材料を見て、僕は思わず感嘆の息を吐いてしまった。

 その材料は草花系を中心に殆どが高ランクの素材で、僕でさえ見たことがないものまで含まれている。 中には47層でしか取れない相当に希少な素材まであり、方便で言ったことだけど僕の研究者根性に火が点いた。

 「イヌタデの花、オモトの葉、ヒソップの花、ヒワの実……どれも超が何個も付くほどのレア素材だね。 ねえ、これは何?」
 「ルピナスの豆ですよ」
 「ルピナスの豆? へえ、それはそれは。 それにしても、こんなレア素材、集めるのに苦労したでしょ?」
 「いえ、全て家の周りで採れるものですのでそれほどでは」
 「……僕が聞いといてなんだけど、それって言ってよかったの? それを聞くとホームの場所が特定できるけど」

 特に、プネウマの花辺りから。
 確かこれは、47層のとある場所でしか採れない希少な花だ。 本来は使い魔蘇生用のアイテムらしいけど、《栽培》スキルをコンプリートしていると育てることが可能だと聞いている。 ただし、栽培可能なのは47層でだけで、他の層だとそれもできないのだとか。
 野生のプネウマの花はテイムモンスターを死なせてしまったプレイヤーが採りに行かないと咲かないらしいので、ここまで纏まった量を採取するのは不可能だろう。 つまり、この2人、そして、この2人のパートナーである《彼》のプレイヤーホームは47層にある可能性が高いと言うわけだ。

 一方のティルネルさんは、そこまで考えが巡っていなかったようで、あわあわと慌てだす。
 つい先ほど更新した印象は間違っていなかったらしい。

 「まあ大丈夫だよ。 別に誰かに言い触らしたりもしないし、悪用するつもりもない。 ただ、もう少し気をつけた方がいいよって言う忠告はしておくよ」
 「……はい」
 「じゃあ、作っちゃおっか? ヒヨリさんとニオちゃんは……大丈夫そうだね」

 置いてきぼりにしていた2人に目を向けると、座っているニオちゃんを後ろから抱きついてご満悦のヒヨリさんが見えた。 現在進行形で愛でられている最中のニオちゃんと目が合った瞬間、無言の救援要請が送られてきたけどこの際無視。 彼女にはヒヨリさんのオモチャになってもらおう。

 「ねえ、ティルネルさんの調合、ちょっと見学させてもらっていい?」
 「それは構いませんが、そんなに面白いものではないと思いますよ?」
 「いやいや、エルフ族に伝わる調合の妙技には前々から興味があったしね。 この機会に見せてもらおうかなって」
 「わかりました。 その代わりと言ってはなんですが、後でフォラスさんの調合も見させてくださいね? 私も人族の調合の技に興味がありますので」
 「了解」














 そして、十数分後……

 「《レベル8の麻痺毒とレベル7のダメージ毒を付与する》? うわー、これはエゲツないね」
 「それを言うならフォラスさん。 この《レベル8の麻痺毒を付与する》って、これの成功率の方が余程危険ですよ。 よくこんな配合を思いつきましたね」
 「そうかな? まあでも、色々と実験して作ったレシピだから褒められて悪い気はしないよ」
 「人族の調合の深奥を見た気分です。 このレシピ、本当に頂いていいのですか?」
 「もちろん。 色々と見させてもらったお礼だよ」
 「では、もしよければこれを」
 「これは?」
 「エルフ族に伝わる秘薬調合の書です。 本来は門外不出ですが、フォラスさんには特別に」
 「いいの?」
 「ええ、これほど参考になるレシピを頂いたお礼です」
 「お礼にお礼をされても困るんだけど、でも、ありがたく頂くね」
 「いえいえ、是非有効活用してください」
 「うん。 これがあれば夢だったあの毒も……」
 「このレシピを参考にすればあの毒が……」

 「「ふふ」」

 同時に漏れた僕とティルネルさんのアレな笑みを見て、クーネさんたちは完璧に引き気味だ。

 こうして僕とティルネルさんは友達になった。 
 

 
後書き
ティルネルさんがマッドサイエンティストに目覚める回。

と言うわけで、どうも、迷い猫です。
前話の予告で後半4人にスポットを当てると言いましたが、あれは嘘です。 と言うか、ティルネルさんとフォラスが絡んでいたら勝手にペンが動いてしまいました。 深く反省しています。 しかし、後悔はしていません←おい
ポンコツお姉さん、もといティルネルさんがマッドサイエンティスト化しましたが、こちらも後悔していません。

それにしてもフォラスくんはいつも余裕ぶっているくせに対人能力が低いですね。 彼の人との交流は《挑発》が主軸で、基本的に友好関係を築くのがとてつもなく下手なのです。 友達になりたくない人種ですね。




さて、以下裏設定。 読み飛ばして頂いても支障はありません。


 Gilles Garnie(ジル・ガルニエ)
フランスの公文書に記載されている有名な狼男。
12人もの子供を殺し、その肉を貪ったとされ、火炙りの刑に処された。
作中でフォラスとニオちゃんとの会話はこれが元ネタ。 麦角毒に関してはググってください。 ググるのが面倒な方はメッセージをくだされば細かく説明します。


 調合素材について。
イヌタデ、オモト、ヒソップ、ヒワ、ルピナスは実在する花の名前をそのまま採用しました。 気になる方はググ(以下略 ググるのが面倒な方は(以下略
ちなみに、ルピナスの豆についてフォラスくんが『それはそれは』とこぼした件ですが、《ルピナス》と言う名がラテン語で狼を意味する《ループス》に由来している、と言う説があるからです。 狼男が使うレベル9の麻痺毒を解毒するためのポーションを作るのに、狼の名を冠する花の豆(実)を使うのか、と。
ついでにギリシャ語で悲哀を意味する《ルーペ》が由来とする説もあり、落ち込んでいたティルネルさんが取り出したルピナスの豆、言い換えれば悲哀の豆を取り出すのか、と言う意味でもあります。
更に花言葉が《母性愛》《あなたは私の安らぎ》であり、これからクーネさんを想像している、と言う事情も。
つまりは極めてわかりにくい三重の反応です。 テストには絶対に出ません。





ではでは、今回はこの辺で。
次こそは必ずあの4人にスポットを当てます。 お楽しみに。
迷い猫でしたー 
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