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ゆきおがあたいにチューしてくれない

作者:おかぴ1129
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ついにその時が来るのか

 ゆきおのおでこにチューという暴挙をしでかした翌日の昼。私は今日も、摩耶姉ちゃんと共に食堂でお昼ごはんを食べている。

「なぁ摩耶姉ちゃん。ずずっ……」
「あン? ずずっ……」

 今日はまたお日様がぽかぽかと心地よい、とてもいい天気。こんな日にふさわしく、今日のお昼ごはんの献立はざるそばだ。つるっとのどごしが心地よくて、そばつゆのお出汁の香りがとてもよい。そばの香りも立っていて、とても美味しいおそばだぜてやんでい。

「昨日さー……ずずっ……」
「ンだよ……もったいぶらずに早く言えよ……ずずっ……」

 べつにもったいぶっているわけではないのだが……やっぱり言うとなると妙に気恥ずかしいな……。

「ゆきおのさ。ずずっ……」
「おう。ずずっ……」
「……おでこにチューした」
「ぶふッ!?」

 私が昨日のチューのことを摩耶姉ちゃんに報告するやいなや、摩耶姉ちゃんの口からそばつゆとネギが吹き出していた。

「ゲフッ!? ゲフゲフッ!?」
「大丈夫か?」
「大丈夫もクソも……お前が変なこと言うからだろうがクソがッ!! ゲフッ……」
「だってホントにしたんだもん」
「ンなこといちいち報告しなくていいんだよッ!! ノロケか! あたしにノロケたいのかッ!!」

 げふんげふんと咳き込んでいるせいなのか……はたまた他に何か理由があるのか……摩耶姉ちゃんの顔は真っ赤っかだ。ほっぺたにネギがついてるのがなんだかカワイイ。

 ひとしきりむせた後、摩耶姉ちゃんは熱いお茶をずずずっとすすり、ふうっと一息ついていた。そして私のことをキッと睨み、湯呑をタンッと勢い良くテーブルにおいている。お茶がこぼれるこぼれる……。

「……で?」
「で?」
「いちいちその報告してきたってことは、何か相談事でもあるんじゃねーか?」
「……ぁあ、言われてみれば」
「ああじゃねーだろうが……まさか本当にただのノロケだったのか……?」

 正直なところ、報告みたいなものだったから別に相談したいというわけではなかったのだが……まぁ、悩みといえば悩みがひとつ……

 なんて私が考えていたら……

「こんにちは! ご一緒してよろしいですか?」

 この鎮守府の中で一番強いくせして、ザ・大和撫子の榛名姉ちゃんが、ざるそばが乗ったお盆を手に持って、私たちのテーブルにやってきた。相席を快く承諾し、榛名姉ちゃんは花が咲いたような満面の笑顔で摩耶姉ちゃんの隣の席に座る。

「では、いただきます」

 そういい、上品にそばを味わう榛名姉ちゃんの姿は、まさに女子力の塊にして、ザ・大和撫子。今しがた、武蔵さんを完膚なきまで叩きのめしてきたとは思えない女の子っぷりだ。

「ちゅるっ……うん、美味しいですね」
「「榛名」姉ちゃん……」
「はい?」
「「女子力……」」
「?」

 私達の意味不明なコメントも涼しい顔で受け流し、美しい所作でざるそばを食べる榛名姉ちゃん……うーん……まさに大和撫子。

「なー榛名」
「ちゅるっ……はい?」
「なんか涼風がさ。相談に乗ってほしいことがあるらしい。あたしゃガラじゃねーし」
「へ? 榛名がですか?」

 相談ってわけでもないんだけど……でも、摩耶姉ちゃんよりは、その方面では頼りになるかも……。

「なー榛名姉ちゃん」
「はい?」

 少しだけ首をかしげた榛名姉ちゃんが、ふわりと微笑む。まるで桜の花が満開に咲いたような笑顔……すんごい綺麗。

 私は、そんな榛名姉ちゃんの圧倒的女子力に屈しつつ、それでも負けじと自分も女子力を……いや、ないな……私と摩耶姉ちゃんは男子力に近いな……振り絞って立ち向かう。今しがた摩耶姉ちゃんにした話を、榛名姉ちゃんにもしてみることにした。

「えとさ。昨日のお風呂上りにばったりゆきおと出会ってさ」
「へえ〜。榛名が渡した電探カチューシャ、雪緒くんつけてました?」
「うん。すんげー似合ってた」
「やっぱり……雪緒くん、金剛型の装束が似合うと思ったんですよねー……」

 ほっぺたをほんのり赤く染め、胸を張り、遠くを見つめる榛名姉ちゃん。そんな榛名姉ちゃんを見ながら、私の頭の中では、金剛型4姉妹と、同じく金剛型の装束を身にまとったゆきおがポーズを決めているという、妙な光景が繰り広げられていた。

――英国で生まれた、帰国子女の金剛デース!!

――金剛お姉様の妹分! 比叡です!!

――高速戦艦、榛名! 着任しました!!

――マイク音量大丈夫?
  チェック……ワン……ツー……霧島です!!

――あの……こ、金剛型の……ゆきお……です。
  でもなんでぼくが金剛型?

 ……やばい。なんかめちゃくちゃムカムカする。理由はよくわからないけれど、なんだかめっちゃムカムカする。私の想像の中でさえ金剛型の服が似合ってるのが、とんでもなくムカムカするんだけどこんちくしょう。

「榛名姉ちゃんッ!」
「はい?」
「ゆきおは白露型だぞッ!!」
「はぁ……」
「金剛型じゃないからなッ!!」
「わかってますけど……?」

 『そんなとこでヤキモチやいてどうすんだよアヒャヒャヒャ!?』と笑いをこらえきれず、噴き出した摩耶姉ちゃんは置いておいて……でも摩耶姉ちゃんの言うとおりだな……とりあえず心の奥底のぷんすかをなんとか鎮めたあと、私は再び、榛名姉ちゃんにさっきの報告を行うことにした。

「それはそれとして……そのカチューシャのせいで、ゆきおのおでこが全開になってたんだよ」
「まぁ……カチューシャの目的がそれですから……」
「で、そのおでこがすんごい綺麗でさ」
「はぁ」
「つい……チューしちゃった」
「ふわぁ〜……」

 私が昨日の衝撃のチューを報告した途端、榛名姉ちゃんは自分の胸の前で両手を合わせて、ほっぺたをほんのり赤く染めて、すごく嬉しそうに微笑んでくれた。それはまぁいいんだけど……。

「榛名、感激です!」

 ……なぜ感激?

「でも、それがどうかしました? 相談?」
「うん」
「何か困ったことでも?」
「うん」

 私は昨日の事の顛末を榛名姉ちゃんに、至極冷静に話してみた。おでこにチューされたゆきおが女の子みたいな悲鳴を上げて、内股でその場から走り去っていた、あの衝撃の結末……

「ゆきおやべーだろ……なんだその女の子っぷり……ブファファファファ……!!」

 ちょっと摩耶姉ちゃんは黙っててくれよぅ。涙目でお腹抱えて笑ってないでさ。

「んー……恥ずかしかったんですかねぇ……?」

 そう! そういう話がしたいんだあたいは……! 人差し指を顎に当てて可愛く考えこむ、榛名姉ちゃんの女子力を摩耶姉ちゃんも見習えよっ。

「そうなんだよー。それで、今日はなんだか顔を合わせ辛くてさ」
「んー……確かに、そういう反応されれば顔を合わせ辛いですよねぇ」
「これじゃどっちが女がわかんねーよッ! 男か!? お前男か涼風っ!? アヒャヒャヒャヒャ!!」

 よし摩耶姉ちゃん。あとで夜戦演習やろう。夜の駆逐艦の恐ろしさを教えてやるから。

 なんて、私達にしては珍しいガールズトークに花を咲かせていたら……

「あ、ほら。みんないるよ?」
「は、はい……」

 二人の聞き慣れた声が聞こえ、その途端に榛名姉ちゃんの顔が鋭くなった。なんだろう……この、ヲ級とかレ級とかそのへんの、ものすごい強敵の深海棲艦に出会った時のような、緊迫感あふれる榛名姉ちゃんは……

「あ、ゆきお!」
「や、やあ……」
「……と、比叡さんっ」
「涼風ちゃんこんちわ! 摩耶さんも!」
「おーう。やっほーひえーい」

 声がした方を、私と摩耶姉ちゃんが振り返る。その視線の先にいるのは、ゆきおと比叡さんだった。二人ともその手にお昼ごはんのざるそばが乗ったおぼんをその手に持っていて……

「あれ? 雪緒くん?」
「う、うう……」
「どうしたの?」

 ゆきおは私と目が合った途端、顔をまっかっかにして、私からぷいっと顔を背けた。ちょっとやめてゆきお……なんかあたいまで顔がまっかっかになってくる……。

 かと思えばゆきおは、ささっと比叡さんの陰に隠れる。そして、まるで物陰からこちらの様子を伺う小動物のように、こっちをジーッと見つめてる。顔真っ赤にしながら。

「……比叡お姉様……ッ!」
「ん? 榛名?」
「なぜ……ゆきおくんと?」
「ぁあ、さっき偶然いっしょになって……て、どうしたの?」

 その一方で、なんだかさっきから穏やかではない雰囲気を漂わせている榛名姉ちゃん。昨日から、比叡さんに対する榛名姉ちゃんの様子がなんだかおかしい。なんでだ?

「……比叡お姉様が年下が好きでも、榛名は別に構いませんが……」
「いやちょっと待って榛名。私、ホントに金剛お姉様一筋だから」
「比叡お姉様がショタコンでも、榛名は一向に構いませんが……ッ!」
「人の話はちゃんと聞こうよ榛名ッ!?」
「比叡お姉様にはすでに、弟兼恋人兼旦那様がいらっしゃるではありませんか……ッ!!」
「あの本の私と本物の私を混同しちゃダメだよ!?」

 わなわなと拳を握りしめながら榛名姉ちゃんは立ち上がり、ギンと比叡さんを睨みつけていた。その様はとても恐ろしくて……私と険悪だった頃以上の恐ろしい殺気が、姉ちゃんの全身からにじみ出ていた。

「比叡お姉様ッ!!」
「ひぇえええええええ!!? 勘弁してよ榛名ぁぁぁあああああ!!?」

 ついに爆発して比叡さんを追いかける狂犬の榛名姉ちゃんと、そんな榛名姉ちゃんに追い立てられ、お盆を持ったまま走り去っていく比叡さん。二人はばひゅーんと音を立て、食堂から走り去っていく。

「……」
「……」

 あとに残されたのは、呆気にとられた私と、顔がまっかっかなゆきお。そして、一連の様子を見て『榛名やべえだろ!! はらいてぇ!!? アヒャヒャヒャ……!!』と呼吸困難に陥ってる摩耶姉ちゃんの三人だ。

「えと……ゆきお」
「ん……ん?」
「とりあえず、座れば?」
「う、うん……」

 立ち尽くしてるゆきおに、座るように促した。ゆきおは顔を真っ赤にしながら、しずしずと私の隣に座る。

「よいしょ……」

 ……だからなんでそこで、ちょこんって女の子っぽく座るんだ?

「ちゅる……」
「……」
「ニヨニヨ……」

 なんだか榛名姉ちゃんみたいに、そばを静かに、可愛くすするゆきおの隣で、私はその様を眺める。

「……」
「……」
「ニッシッシ……」

 ……なぜだ。いつもなら特に意識しなくてもゆきおとは楽しくお話出来るのに、今日はなんだか会話に困る……。

「ちゅる……ごちそうさま」
「……」
「デュフ……オウフ……」

 お行儀よく両手を合わせてごちそうさましてるゆきおの顔は……なぜだろう? なんだかとても、キリッとしてるように見える。でも女子力は相変わらず高い……目、するどいけどうるうるしてるし。

「……あのさゆきお」「……あのさ涼風」
「!?」「!?」

 私とゆきおが同時に相手に話しかける。ゆきおも話しかけるタイミングを測っていたのか……

「え、えと……涼風から、どうぞ」
「あ、いや……ゆきおから」
「ひー……ひー……!! お前らもうそんな関係じゃないだろ!? おなかいたい……おなかいたいぃぃい!?」

 私達を眺めながら可笑しそうに笑ってる摩耶姉ちゃんはとりあえず置いておいて……私に会話の主導権を譲られたゆきおは、真っ赤な顔でしばらくうつむき……

「……」
「……」
「……ッ!」

 多分本人は隠してるつもりだろうけど……テーブルの下で、ギュッと右手を握りしめたあと、ほっぺたが真っ赤な顔を上げ、ガタリと椅子から勢い良く立ち上がって、私の顔をまっすぐ見つめた。

「す、涼風っ!」
「ひ、ひゃい!?」

 突然おっきな声で私の名前を叫ぶもんだから、すんごいびっくりしたぁ……。

「き、今日は、このあと、よ、予定、ある……かな!?」
「い、いや……とくに、ないけど……」
「おっ……これはひょっとして……? ニヨニヨ……」
「えと……じ、じゃあ……ッ!!」
「うん……?」
「こ、このあと……桜の木の下で……待ってるからッ!!!」
「え……」

 ドキンてした。

「ゆ、ゆきお……」

 顔が熱い……胸がドキドキする……でもそのドキドキが、とても胸に心地いいドキドキで……落ち着きたいけど、でももっとドキドキしたくて……恥ずかしくてゆきおの顔をまっすぐ見てられないけど……でも、綺麗でカッコイイゆきおを、ずっと見ていたくて。

「じ、じゃあ!! 待ってるからねッ!!」
「う、うん……」

 すごくまっすぐな瞳で私を見つめながら私にそう言い放ったゆきおは、そのまま食べ終わったざるそばのお盆を持ち上げ、スタスタと逃げるように、食堂を駆け抜けていった。……内股で。

 私は、そんなゆきおの背中を、ただ見守ることしかできなかった。

「おいおいこれは……ニタァ」

 摩耶姉ちゃんが気色悪い笑みを浮かべながら、私と同じようにゆきおの背中を見守る。

「こりゃあひょっとしたら涼風〜。ニヤニヤ」
「ゆきお……」

 ゆきお……ひょっとして……

……

…………

………………

――す、すずかぜっ!

――へ? ゆき……んっ……

………………

…………

……

「ふっ……く!! ふぬっ……ック!!」

 ひょっとするとこのあと起こるかもしれない事態を思い浮かべて、自然と私の身体が不思議な踊りを踊り始める。

「ふぁ……ック!!」
「……なにやってんだよ」

 そんな私の奇妙な動きを見て呆気にとられた摩耶姉ちゃんが、さっきまでのいやらしい笑顔をスウっと消して、とてもフラットな表情を私に向けた。

「いや、だってゆきおが……ふぬっ……ク!!」
「……とりあえずその気味悪いタコ踊りやめろよ」

 私の頭の中の冷静な部分が『確かにそうだ』と摩耶姉ちゃんの言葉を肯定し、私は不思議な踊りをなんとか止めたくて、テーブルに自分のおでこをゴツンとぶつけてうつ伏せた。でも。

「……へへ」
「?」
「ゆきおぅ……ニヘラァ……」
「よだれ垂れてんぞ」

 ダメだ。自然と顔がにやけてくる。このあとの……桜の木の下に行ったあとのことを想像して、顔がいやらしくにやけてしまう。

「へへ……えへへ……ゆきおぅ」
「とりあえずよだれ拭けよ」
「えへへ……へへ……ゆきおぅ……ゆきおぉお……ニヒッ……ウヘヘヘヘ」
「だめだこりゃ……」
「てやんでぃ……おうおうゆきおぅ……ほっぺたあったけぇぞぉ……くちびる、ぷるぷるじゃねーかぁべらぼうめぇ……グヒヒヒヒヒヒ」
「ただのエロオヤジじゃねーか……」

 摩耶姉ちゃんの諦めの声をバックに感じ、私は、後に来るであろう、ゆきおとのときめきの時間を想像して、ただただ顔をゆるめて、ドキドキすることしかできなかった。

 摩耶姉ちゃんに『あたしは先に帰るぞー』と食堂に置き去りにされてからも、しばらく食堂で一人で、気色悪いタコ踊りを踊り続けた。クスクス笑ってないで、誰か止めてくれよ。

 一度部屋に戻り、念入りに歯磨きをした私は、ゆきおの待つ、宿舎前……桜の木の下に向かう。お化粧はー……別にいいか。口紅つけて、ゆきおの唇につけちゃうのも、なんだか申し訳ないし。

――涼風ちゃんは元がかわいいんですから、
  ナチュラルメイクでもっとかわいくなりますよ?

 榛名姉ちゃんは常々そう言ってくれるけれど、私とゆきおは、そうやって取り繕う関係でもないしな。……でも、ちょっとはお化粧した方が、ゆきおは喜んでくれるのかな……どうしよう……まぁいいか。

 高鳴る胸なんて自分には無縁だと思っていたけれど、いざその時が来ると、やっぱり私も女の子だったようだ。心地良いドキドキを胸に感じながら、少しの不安と大きなワクワクに身体を委ねて、私は桜の木の下への道を急いだ。

 途中、金剛型のみんなの部屋の前を通った。

『雪緒くんは! 榛名がッ! 許しませんッ!!』
『ちょ……榛名……洒落になってない……』
『やめるのデス! 比叡がブラッドフェスティバルになってマス!!』
『榛名!? それ以上は比叡お姉様がッ!?』

 ドアの向こうからは、なんだかえらく大変そうな悲鳴が聞こえてきた。巻き込まれても面倒だし、聞かなかったことにして桜の木の下に向かった。

 
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