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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第二十三話:連行

 
前書き
 switchが面白すぎて時間がかかってしまった。 

 
 訪問者は突然現れた。トマトを切っていたラシャは、いきなり鼻先に突きつけられた任意同行の命令書に硬直した。
 もしや、過去の仕事がバレてしまったのだろうか。頭をフル回転させて考えを巡らせようとした時、向こうは唐突に拳銃を突きつけるという強情な手段に出た。この程度ならどうにでもなるが、場所が非常に拙い。IS学園のど真ん中で刃傷沙汰に及ぶのはなんとしてでも避けたい。畜生に堕ちたとはいえ、そんな男を子犬のように慕ってくれるあの姉弟には自らの本性をどうしても見てほしくなかったのだ。
 故に業腹ながら両手を挙げて同行の意志を見せた。どのような形であれ、詳細を訊いてみなければ始まらない。どの道、真正面からかち合ってしまっている時点で抵抗の手段は断たれてしまっているのだ。
 少なくとも、山田先生との約束を反故にしてしまったことが大いに悔やまれる。連絡を取る機会があれば、謝罪の言葉をいち早く贈りたい。いつの間にか曇天の気配を見せ始めた空を仰いで、ラシャは嘆息した。


 手錠を掛けられて連行された場所は、警察署でもIS委員会縁の施設でもなく、空港であった。そこでは、チケットを買うことも、パスポートのやり取りも、何もかもをすっ飛ばして民間航空会社の受付カウンターを素通りし、『空飛ぶ役員室』とでも評すべき大型機に乗せられた。明らかに、民間機には思えなかった。更に、飛行機の周囲に立っていた人間にアジア系の顔は無く、規模の差はあれ武装していた事が怪しさを倍増させる。

「そろそろ、何処へ連れて行くのか教えて頂いても?」

 如何せん手持ち無沙汰なラシャは、付添の男に話しかけた。明らかに日本国内ではない所へ連れ出そうとしているのをこれ以上看過することは出来ない。無駄であるとは言え、常人である振りはしなければならない。

「……」

 案の定、彼の質問は沈黙で返された。


忘年某月某日-8時間。ドイツ某所にて。編田羅赦は着の身着のままガンシップのゲストルームの中で拘束されていた。
 そう、連行された場所はよりにもよってドイツだったのだ。つい数ヶ月前にその国の国家代表候補生に殺されかけた事があるラシャの印象は最悪だった。何より、その国の使者が、何の説明も無く歓迎とは言い難いムードを隠さずに、まるで国際手配犯のごとき扱いを行っている事が不安を増大させる。
 一応一般人の肩書であるためか、拘束されている手錠は警察で一般的に使われているタイプのものだ。無論、常人ならば引き千切ることなど不可能だが、ラシャにとっては手段を選ばなければ外すことなど造作もない。
 そろそろ人を無視し続ける無礼者達に然るべき対応をしようかという考えが頭を過ぎった時、綺麗にまとまったスーツに縁無し眼鏡を掛けた神経質そうな男が入室してきた。

「こんにちは」

 流暢な日本語である。だが、その表情は憮然としたもので、ラシャを睨みつけている。

「何故此処に連れて来られたかを説明させて頂きます」

 男は、手に持ったケースから様々な書類や写真を並べていく。持ち手に手錠が装着されており、今も尚男の手に繋がれていることから、重要な書類の一種であることは想像に難くない。

「そんなことより、ここはどこであんたは何者なんだ?何故こんなことをする?」

 うんざりした表情のラシャが手錠をかけられたままの腕を挙げて制止したが、男は視線さえ寄越さない。

「申し訳ないが、答える事は出来ない」

 冷たく返事を返されるも、ラシャは両腕を机に叩きつけた。うんざりした表情で男が此方を振り向く。

「悪いが納得できないな。代表候補生とかを拉致るならわからんでもないが、只の平用務員を態々連れ出す意味がわからない」

 安い挑発だが、今出来ることはこれしか無かった。対する男は軽く溜息をつくと、机に拡げていた資料の一枚を手に取った。

「貴方は重要参考人として連行しました」

 そう一呼吸置いて資料を手渡す。そこに印刷されていたのは右脚を失い、顔面を潰された銀髪の女性の遺体写真だった。小人の妬心に駆られて命を縮めた代表候補生が脳裏によぎる。ラシャはあくまで一般人を装い、嘔吐を堪えるように口元を両手で覆い、えずいた。

「この写真の人物に見覚えはありますよね?」

「ようやく忘れてきていたのに思い出させてくれてありがとうございます」

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。ドイツ代表候補生だった(・・・)少女。IS部隊「黒兎部隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)」元隊長にして少佐の地位にいる。忘年某月某日、IS学園に於いて突如装備していた専用機「シュヴァルツェア・レーゲン」の暴走事故により死亡。遺体はドイツ本国へ送還された。というのが公式の記録である。
 無論、真実は記録とは食い違っており、彼女は事故死ではなくラシャの手によってこの世から去ったのだ。経緯は完全にラウラの自業自得なものであったが、仮にも代表候補生を殺傷したということは明らかな国際問題になる。故に学園はいち早く事態の是正を行い、この件が明らかに事故による悲劇であったという体裁を整えた。
 しかし、納得しない輩という存在はいつの世も一定数存在する。

「彼女の死に納得がいかない人達が居ます。ボーデヴィッヒ少佐がまとめていたIS部隊メンバーたちです」

 ラシャは苛立ちにより、顔筋が痙攣しているのを冷静に感じ取っていた。既に起きたこと、過ぎたことを悔やんでいても始まらないことは百も承知だが、もし過去に戻れるのであれば、この面倒事を引き起こした落とし前としてもう少し痛めつけておくべきであったと後悔した。

「それで、私にどうしろと?彼女らの前で隊長殿の死に様を一席ぶちに行けば良いのでしょうか?」

「いいえ、彼女らは貴方の死体をお望みだ」

 男の目がキラリと光ると、スーツの内ポケットに右手が入る。しかし、その腕は抜き放たれることはなかった。ラシャの脚が居合抜きのように閃き、男の右腕の動きを抑えるとともに、それを粉砕していた。同時に手錠が引き千切れ、両手が自由となったラシャはそのまま男の顔面に拳を叩きつけて昏倒させた。

「やはり情報通りのようですね」

 死角から声が聞こえた。そこには数名の兵士を従えた中年女性が立っていた。高級な化粧で巧みに糊塗してはいるが、時の流れによる摩耗はそのメッキを巧妙に剥がしていた。

「ボーデヴィッヒ少佐が死亡したのは単なる慢心だけではないようですね」

 女性はハンドサインで周囲の兵士たちに何らかの指示を出した。兵士たちは機械作業のようにラシャを取り囲んだ。肩に下げていた短機関銃には手を添えるだけで向けてくる気配はない。

「先程は無礼を働きました。緊急事態であるがゆえに貴方の上司には事後承諾という処置を取らせてもらいました。許される行いではないことは承知しております」

 そう言って深々と頭を垂れた女性に対して、ラシャは漸く話の通じる人間の登場に少しばかり安堵した。


「およそ7時間前、我がドイツのIS部隊、黒兎部隊が突如として指揮系統を外れて暴走を開始し、辺境基地を占拠しました。彼女たちの要求は隊長であるラウラ・ボーデヴィッヒ少佐の事故死の真相開示と、事故を間近で見た唯一の証人である編田羅赦。つまり、貴方の身柄の要求です。72時間以内に身柄の引き渡しが行われない場合、彼女たちは保持しているISの総てを用いて無差別な破壊活動を行うと通告してきました」

 ラシャは耳を疑った。

「破壊活動?現職の軍人が!?何かの間違いじゃないですか?こんな金にもならないことを何で……」

「彼女たちは国への忠誠心よりも、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐個人に対して盲目的な崇拝をしている隊員が多いと内部監査より調査済みです。対処を講じていた矢先に先を越されました」

 ラシャはあまりの展開に頭痛を覚えずにはいられなかった。同時に学園長が零していた愚痴を思い出す。

「やはり、生まれが関係しているからですかね?噂ではドイツの軍部はデザインベビーを兵器開発の実験に非合法に使役していると聞きますが」

「それを言われると此方は何も言えませんね。そもそも、デザインベビーの研究は前政権が手動で行っていた事です。我々も此処数年で全体を漸く把握できた状態ですからね」

 詭弁だ。と、ラシャは感じた。どのような形であれ、前政権の研究を引き継いで今日まで存続させていたことは想像に難くない。一介の用務員だからと言って都合の良いことばかり並べ立てている女性の言い分に、ラシャは不快感を隠さなかった。

「それで、私が態々拉致に近い状態で連れて来られた理由をお聞かせ願いたい」

「ラウラ・ボーデヴィッヒの死を間近で見た貴方なら彼女たちを説得できる可能性が……」

 ラシャは女性の言葉を手で遮った。

「嘘をつくな。その厚化粧の内が透けて見えるぞ。彼女たちが目障りになったんだろう?鉄の子宮から生まれたが故に親を持たず、歪んで育てられたものが社会に迎合される訳が無いのは少し考えればわかることだろうが」

 嘲りの色を隠さずに捲し立てるラシャ。とっくに用務員としての顔は鳴りを潜め、殺人鬼としての狂貌が女性を見つめていた。

「素直に言え、始末してほしいと」

 対する女性はラシャの豹変に面食らったものの、同時に不敵な笑みを浮かべた。

「やはり、専用機持ちを生身で殺害した力量は偽りではなかったのですね?」

「大方削除された記録映像を復元したから俺を拉致したのだろう?下らない。躾の不十分な飼い犬なんぞ放し飼いにするんじゃねえよ」

「この際その無礼な物言いは不問としましょう。それで……引き受けて頂けますか?」

 その返答に、ラシャの狂貌に凄みが増した。

「それはあんたらの財布の中身次第だ」
 
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