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angelcode~とある少女の物語~

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朝の一時

 夜明け前、小鳥達が早くも囀ずりはじめた頃、ソフィアは学習院でもしていた、日課の朝の礼拝をするため、ベッドから起きると、べティも目覚めたところらしく、欠伸をして伸びをしているところだった。
「おはようべティ。早いのね…」
朝の挨拶をする。
「うん、おはようソフィア。今日から賄い当番だからね。ソフィアこそどうしたの?こんな早くから……」
「修道院の頃からの日課だったから……」
「ソフィアが修道院育ちなのは知ってるけど……、からって、もしかして学習院でも早朝礼拝してたの?」
「そうだけど………?」
と、頭を傾げる。

「ソフィアって、実はどこかの令嬢かなんかでしょ…」
呆れがちに言えば、
「私は孤児で修道院に預けられてたらしいの…。お母様も修道院育ちらしいんだけど、一才話してもらえなかったわ。16歳の誕生日までね…」

 16歳の誕生日を境に、自分の身に次々と起きた事を思い出し、俯いていると
「朝っぱらから、湿気た話はナシナシっ!!」
べティが勢いよくベッドから飛び出す。
「じゃあ、朝食を作ってくるから。
あ、そうそう。後でルゥから大事な話がある筈だから、ちゃんと聞いておいてねっ♪」

「さてとぉ…何を作りましょうかねぇ…」
べティは一人ごちながら、炊事場に行ってしまった。


 静かになったので、廻りを見回すと隣のベッドにはルゥがすやすやと寝息をたてている。

 ベッドに座り直すと、首から下げているロザリオを胸元で持ち、瞳を閉じて朝の礼拝をはじめた。
 先程べティに言われていたが、学習院の寄宿舎においても、ソフィアは修道院と同じように早朝礼拝や終課(寝る前の最後の礼拝)だけは欠かさなかった。
 本来であれば、聖母子像の前で祈りを捧げるのであるが、『場所』よりも『心構え』がきちんとしている事の方が大事と、マザーから教えられて育ったため、食事前の祈祷の他に2回は最低、毎日の日課としているのである。

 
 ルゥが、うう~んと唸って寝返りをうち、目を擦りながら目覚めると、目の前に両手を組んで祈りを捧げるソフィアの姿が目に留まった。
「おはよう…。朝から熱心ね~、ソ~フィアっ♪」
 なんだか、楽しそうな響きを声音に感じて、ソフィアはルゥを見つめた。

「おはよう、ルゥ。どうしたの?嬉しそうって言うか、楽しそうに聞こえたわよ?」
「そう~?」
ルゥはソフィアの顔を覗きこむと、ニマ~っと笑った。
「なんだか変よ?」

暫しの沈黙。

そして
「ねぇ、ソフィア。もしもよ、もしも伯爵様に会えるとしたら、嬉しい?」
「な、何をいきなり言い出すのっ?」
「嬉しい? しくない? どっちなの?」
真摯な瞳で、言い詰められてしまった。


「そ…そりゃあ、ベリル様にまたお会いできるなら、そんな嬉しい事はないわよ?でもベリル様は友人の別荘にいらっしゃるのよ?
 そう簡単に再会できるわけがないわ………」

「確かに、簡単にって訳にはいかなそうだけどね~。聞きたくない?」
ソフィアの喉がごくりと鳴った。

「仕方ないわね~。恋するソフィアのために、教えてあげる」



 シャンティエの北西にある小高い丘の上には、この辺りを治めるサン・ボヌール男爵の別荘があるのだという。
 見えるとはいっても、馬車が無ければ、徒歩で半日近くはかかってしまう距離であり、その距離のために、神父も男爵が在宅な時を狙って、寄付を貰いに行っていたのだと言う。
 今年はいつにない長雨が続き、やっと昨日から暫しの晴れが続きそうなものの、長雨が原因の洪水で橋は流されて、町は北西部と南東部に分断されてしまい、食糧その他の物資の輸送が困難になった影響で、物価が高騰しているのだという。
 シャンティエ教会も、町の例に漏れず、食糧難の危機に瀕しているらしい。
そこで思い付いたのが、
寄付を募りにいく。
町内の店を廻り、食材を割り引いてもらう。
の2案だという。

 普段なら神父独りで住んでるため、買い出しも独り。そして、川のこちら側のパン屋の主は肥った中年男性。男が男に媚を売るなんて考えられず、店側も神父相手にパンを値引きするなんてまず有り得ない。
 今は自分達が教会に泊めてもらっている。橋が修復されるか、馬車の目処がたたない限り、教会に住み続ける事になるのだ。という事は四人で教会の備蓄に手を付ける事になる。

 幸い、自分達はまだ若い部類に入る。
 神父が言うには、3人が各々個別に買い物に行って、ウインクでもしようものなら、高騰している筈のパンでも割り引いてもらえるんじゃないか…?という事らしい。
 また同様に男爵の別荘の方も、神父が自ら行っていた時は、(相手が野郎なので仕方なく)『教会』に寄付をするのだという雰囲気がありありだったらしい。

 ベリル伯爵は、『近くの知人の別荘に逗留』していると言っていた。
昨日、昼過ぎに出会ったのである。
時間からしても、距離的にも、丘の上にあるというサン・ボヌール男爵の別荘にいると踏んで間違いない。


「さっ、もうそろそろ朝食が出来てもおかしくないわよ。身支度を済ませて執務室に行こう♪」

 なんか釈然としない。しかし、
「もっと詳しい話は、神父様に訊けばわかるわよ、ソフィア」
 と言われてしまえば、朝食の時にドレファス神父に訊くしかない。
「え、……ええ。そうね」
返事に詰まりながらも医務室を後にした。



 執務室の机が、壁際から中央に引っ張りだされ、木の板が乗せられて天板を広くしているその上には、三角に形作られ香ばしそうな焼き色がついた物が、千切りして調理された物とスクランブルエッグに添えられて、各々4枚の皿の上に盛られていた。
 ボウルも同じく4つ、何やらワインを薄めたような物が、入っている。


「ソフィア、ルゥ、二人とも起きたのね、ちょうど今、これから起こしに行こうかと思ってたところだったのよ。じゃあ、座りましょ♪」
 背後からべティの声が聞こえて、振り向くと、料理を運んできたトレイを、壁際に立て掛けた直後だったらしい。
 神父を窓側に、残りを3人で囲む。
「じゃあ神父様、お祈りをお願いします」


「どう?これはじゃがいもで作ったスコーン。こっちのは『ザワークラウト』。どっちもにピッタリなメニューでしょ♪
 なんでも、『ザクセン』だとかいう北の方の国の料理と、海の向こうのスコットランドの料理なんだって…。パンが無くても食べられるように、じゃがいも料理を教えてもらっておいたのが、役に立って良かったわぁ~。
 こっちの飲み物は何て言ったかなぁ…。ワインて貴族の飲み物でしょ?庶民は搾りカスを溶かして飲むしかないけど、無駄には出来ないからね、スープにしちゃった♪」
べティ渾身の料理の、一通りの説明が終わる。
どうやら異国の料理を作って自慢したかったらしい。



 イエス・キリストは、最後の晩餐において、パンを自分の肉、ワインを自分の血と見なして食べるように言ったのだと云うらしい。
 そのせいかどうか、教会では、浄めた水を『聖水』と呼び、洗礼等のミサなどで大量に用いるが、教皇が自ら浄め『聖別』されたワインを指して『聖なる血』として、大切に扱われている。


 この時代、水は不浄な物とされ、余程の農村部にでもいかない限り、飲み水にするには一度煮沸するか雨水を溜めて使うしかなく、ワイン醸造が盛んな地域ではワインが、ビール醸造が盛んな地域ではビールが、飲料水がわりに飲まれていたが、あくまで貴族の場合だった。


慎ましやかな朝の食事が終わる。

「神父様、貴族の別荘が近くにあるっていうのは、本当なんでしょうか………?」
「なんだい?ソフィアが行ってくれるのかい?」
ソフィアはコクリと頷いた。
「そうかいそうかい。ソフィア君が行ってくれるのか~。でも大丈夫かい?私が歩いて半日近く掛かってしまう距離だから、君だと小休止の時間まで掛かりそうな気がしてならないよ…。そうでなくても今日は朝から曇り空だからねぇ…」
 神父には、ソフィアには別の目的があることは話していない。
「あの…、私達、これでも一応エクソシストなんです。少しくらい暗くなったって平気ですから行かせてください」
 ソフィアのサファイアの瞳が、食い入るように神父を見つめていた。
「仕方ないですね。では、貴族の方はソフィアさんに任せましょう。マントをお貸ししましょう。この分だとたまいつ降りだしてもおかしくないですからね…」
倉庫に行きかけた神父に
「いいえ。食材を分けて頂いて、持って帰らなくてはならないんです。マントの分持てなくなってしまいます」
 結果、いつものシスターの服のままで歩き続ける事になり、そのかわりに大きめの斜めかけの袋を肩に掛けるよう準備させられた。


 という訳で、夜中にべティとルゥが言った通り、
ソフィア…貴族の別荘に行く。
ルゥ…町内の店で買い物。
べティ…シャンティエ教会の食材管理と賄い当番。に決定したのであった。

 
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