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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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第18話『亡霊の悪鬼~テナルディエの謀略』【Bパート】

 
前書き
魔弾の王の最終巻が17でなく18になった……
やはりあの尺じゃ収まんねーだろうなと思いつつ、楽しみが伸びてなによりです。
ではどうぞ!
 

 
【ジスタート・王都シレジア・ヴァレンティナ屋敷・防諜会合室】










眠れる獅子……その男の名は――

「シシオウ……ガイ」

ヴィクトールは、使い慣れぬヤーファ語でその名をつぶやいた。
傍らにいる戦姫――ヴァレンティナ=グリンカ=エステスによれば、獅子王凱と名乗る人物の前に、かつての英雄『ヴィッサリオン』と同じように、竜具アリファールが出現したというのだ。
本来、戦姫たる女性にしか現れぬ竜具が、男性の前に現れるなどありえない。それがジスタート建国神話を知る人間の見解だ。
しかし、それが想定を覆す事実だとしても、目の前に告げる現実は結局のところ変わらない。

黒船来航――奏でる四曲の汽笛に『夜』も眠れず。

先進的な文明からの侵略に対し、古来の伝統工芸では対抗しきれない。だからこそ、『学者』にして『勇者』のヴィッサリオンが選ばれたのだろう。

そう――獅子王凱もまた同じように?

「そなたらは『シシオウ=ガイ』という人物を知っておるようだが、余は全く何も知らない」

先ほどから聞いている限り、周りが太鼓判を押すほどの実力があるのなら、その点なら心配いらないかもしれない。
ただ、彼の人格や生い立ちなどは、話だけで理解できるなどできようはずもない。
ヴィクトールの言葉に、シーグフリードは軽く「なるほど」とつぶやいた。

「へぇ~なるほど……なるほどなぁ~」

銀髪の人物はせせら笑う。
虚影の戦姫は、本性たる影に潜む彼の歪んだ笑みを見つけた。
それは、見つけてはならない笑み……だったかもしれない。その場にいた全員、エヴァドニ以外の背筋に悪寒が走った。

(この感覚……ガヌロン侯爵と対峙したときと同じですね)

ヴァレンティナの竜具がかすかに警告を促す。
そして――
このときヴィクトールは思った。ひょっとしたら、余は口にしてはならぬことをしてしまったのではないのかと――

「……シーグフリード。あなたは何を考えているのですか?」
「つまらんことだ。『勇者様』の実力を知ってもらうのに、どうしたらいいかと考えていただけだ」

軽く流された。

「シーグフリード」「いきり起つなよ女狐。どうせ同じこと考えていたんだろう?」

女狐とはヴァレンティナのことだ。少なくとも、シーグフリードにとって、彼女はそういう認識だろう。

――『影』という性質故に、ただ似ているから、心理を読めてしまうのだ。

とはいえ、かぞえきれない死線を潜り抜けたシーグフリードの『洞察力』をもってしても、彼女の『影』のような思考を読むことはできない。
幾重にも用意された尻尾の数。本物を掴ませないところなど特にそうだ。
故に狐。それで呼び名は十分と。

「数多の……悪魔……魔物……竜……『ヒトを超越した』それらを、躯の大地の苗にして『華』とした伝説がまだ生きているなら、直接その目で確かめたほうがよろしいかと――」

その言葉は、シーグフリードからヴィクトールに向けられたものだった。
疑うなら自身で刮目せよ。
シシオウ=ガイという人の(さが)を。

「……話はそれで終わりか?」

ヴィクトールとしては、早く会議を終わらせたい気分だった。決して面倒などという理由からではない。そうしなければ、会話だけで心臓が持たないと感じたからだ。

「いえ、本題はこれからです」

さらに口元がゆがむ。
そのシーグフリードの言葉の意味を、全員が一瞬理解できなかった。
今度はオーガスタス=アーサーが銀髪の人物をとがめる。

「おい、シーグフリード。お前は何をしようと?」
「今すぐ案内しろ。『俺たちの戦いに耐えられる場所』をな」

アーサーの言葉を流して、シーグフリードは戦姫へ視線を向ける。
そして、薄ら笑いを浮かべながら、シーグフリードは信じがたいことを口にした。

「シシオウ=ガイ……大陸最強の『獅子王』と戦わせてもらおうか」

その宣戦布告と『前祝』に、全員が息を呑んだ。

「心配ない。ただの『夜遊び』だと思えばいい」

危険だからこそ楽しい。脱線したこの理屈を全員が戦慄した。

「オレに任せておけばいい」

言いようのない危うさを秘めた信頼が、この場の空気を凍てつかせた。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇









二人の戦いに耐えられそうな場所――そう告げられて、ヴァレンティナは手を顎に当ててしばし考えた。
王宮にある戦姫専用闘技場――戦姫の竜技に耐え凌ぐ戦闘領域空間を有する唯一の場所。
だめだ。そもそも今回は『極秘』の密会だ。王宮の中枢である中でそんなことをするなど論外だ。『人』の集まる場所で戦わせるなどできない。
ならば、『人』が立ち入れない場所はどうだろう?
例えば――――――――ルヴーシュの『ザガンの神殿』や『バーバ=ヤガーの神殿』は?
築何百年にもなろう建造物……物質の劣化や地盤沈下が気がかりだ。
だが……もし、彼ら二人の実力が本物なら、『天変地異(ヴァイブレーション)』など何ら問題など無いはずだ。
多少環境において不利であろうとも、それで倒れるなら『力不足』と判断するまで。大切な勇者といえど、彼女は目的を達成するためならば、犠牲という手段に何のためらいもなかった。
凱を生贄にする。今まで夢を見てきたものが、野望と成り果てたとしても――

(問題は、どうやってガイを誘導するかですね)

さらに考える。他者にも間者にも知られないで、ガイに接触を図れないものかと。
使者を遣わす方法では駄目だ。一体何日かかるか読めたものではない。そもそも凱の行方をこちらは知らないから、この方法は論外だ。

多目的通信用玉鋼――大気中に含まれる『霊体』を介して通話を確立させる道具はどうだろうか?凱の言い方だとそれは『GGGスマートフォン』と呼ばれるものだ。
……いや、これも無理だろうと判断する。彼は異端審問の際に獅子篭手(ガオーブレス)もろとも剥奪されている。おそらく多目的通信玉鋼も例外なく取り上げられているはずだ。
しばし考察の中、抱えていたエザンディスが微かな紫の光を放ち、主たる彼女の意志に訴える。「自らがアリファールに接触してみる」と――

(……エザンディス?)

それは、竜具同士の掛け合いみたいなものだろうか。存在する意志たちの疎通を可能にするそれは――
超越意識同調現象(イレインバーセット)』なのか――
『超越精神感応能力(リミピット・チャンネル)』なのかは分からないが――
初めて感じ取った竜具からの『意志』を、ヴァレンティナは静かに受け止めてみた。

――――――――ガイ。

ぽわりと――エザンディスの宝玉に『晄』が灯った。

(……彼はいま『ディナント平原』にいるのですか)

エザンディスが凱の現在位置を教えてくれた。正確には、アリファールの位置なのだが。
そして同時に、凱の行動を一通り把握することができた。
『治水』から始まる戦いはやがて『銃火』へ、時代の律動の裏側へ回帰する。
壊滅寸前の『銀の流星軍・シルヴミーティオ』へ介入したこと。それについては想定できている。戦姫がまだ会得できていない『竜技』の数々を、ディナントの戦いで披露したことも。

(流石はガイですね。『自然現象たる竜技(ヴェーダ)』の根源は、自然力学の『知識(ヴェーダ)』ということを察しています)

エレオノーラと同じ戦姫であるヴァレンティナは、ある程度『銀閃』の竜技を知っていた。
風影(ヴェルニー)と│大気ごと薙ぎ払え≪レイ・アドモス≫の二種類のみ。

――既存のアリファールから凱は竜技の目録(レパートリー)を引き出した。
それは、いつでも演奏できるよう準備されていた『曲名』かもしれない。

『銃』という未曽有の兵器を前にして、凱は敵と味方の識別攻撃を可能とする竜技(ヴェーダ)を放ったのだ。
それは――敵の軍勢を押し返し、味方の士気を吹き返し、仲間と呼吸を合わせる、『竜の息』たる風華(メルティーオ)だった。
大気断熱圧縮から生み出される流星(ミーティア)。逆星に与した咎人に、裁きの流星を降り注ぐ勇者。
獅子の『心』と竜の『技』が合わさりしこそ、本当の『力』となる。
次の視界へ切り替わる。









―バートランさんが……死にました――










一幕――ティッタと呼ばれる少女が、嗚咽を漏らして凱の胸元へ泣きついたところで、ヴァレンティナの視界は途絶えた。
一体どういうことか?エザンディスは『幻』となった過去をさかのぼり、主に映像を送り込む。
視界の隅に、『そうとなった』と思われる『黒幕』が目に映る。
黒き弓を引き絞り、『力』を一転に集中させている若者と――
『アリファール』に酷似した金色の剣を持ち、一人の老人の首を締めあげて、盾にしている公爵――
二人が相対していた。

――テナルディエ公爵!早くバートランを離せ!――

――そうだ!ヴォルン!よく狙え!私を倒したくば、この『そば仕えの老人』ごと打ち抜くほかないぞ――

――バートラン!――

――どうした!?ヴォルン!撃て!撃って見せろ!――

――(……出来ない!俺がバートランを撃つなんて!)――

――やはりそうか!震える『黒弓』を見る限り、結局貴様はそうなのだ!ヴォルン!――

――俺は……俺は!!――

――逃したな!この老人が『生きている』間が、私を撃てる勝機(チャンス)だったのだ!――

――……どうして!こんな!――

――いいか、ヴォルン。犠牲のない『戦争』など…………無い!――

次の瞬間、ティグルの中で何かが『はじけた』
『幻想』の記憶に包まれた感覚にさいなまれて――










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










――ティグルヴルムド……お前はティグルヴルムドだ――

それが……ボクの……な……ま……え?

――そう、あなたはティグル――

ボクは……ティグル?

――わたしのティグル――

あなたの……ティグル?ボクは……

――かわいいティグル――

ティグル……ティグル……それが……ボクの……ナ……マ……エ?

それは、この世に生を受け、産声を上げた時の小さな記憶。
ティグルヴルムド。まだ歳を重ねていない幼子の頃の記憶である。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





――ティグルヴルムド――

父さん?

――さあ、耕してみろ――

そう言えば、こんなこともあったっけ?
父さんから渡された鍬で、言われた通り耕したら、手がマメだらけになって僕は根をあげた。

――彼らは毎日のように畑を耕している。どんな時でも生きるために、皆やっている――

僕だって狩りをしているよ。この前なんか、こんな大きな鹿を仕留めたんだ。

――ティグルヴルムド。そなたの技量は今の歳を考えれば見事なものだ。しかし、生きる為に狩りをしているのではないのだろう――

う~ん?よくわからないや?幼い頃の自分はそう答えた。

――なら、どうして、お前が、私がそれをしなくていいのか、分かるか?――

偉いから。僕は父さんの息子だから。そう答えたんだっけ?だってホントのことだもん。
怒られるかと思った。叱られるかと思った。でも、父さんはちゃんと理由を教えてくれた。

――いいか、私たちはいざというときの為にいる――

いざ……というとき?

――そうだ。彼らが解決できないことが起きた時、解決できるように努めるのが我々の仕事だ。――

でも、そんなことは……あんまりないんじゃ?

――ひとが多く集まれば、それだけ揉め事が増える。責任も大きくなる。このアルサスは小さいこともあって平和だが――

暖かい父の手が、ポンと僕の頭に置かれる。

――ノブレス・オブリージュ――

ノブ……レス……オグ……ジュ?

――先ほど、私の問いに対して、『偉いから』と答えただろう。それは間違ってはいない。だが、偉いから、偉くある為には相応の責任が伴うのだ――

???よくわかんないや。

――今のお前にはまだ難しいかもしれんが……忘れるな。ティグルヴルムド。主とは、領主とはそのためにいる――

朧けに映って消えた記憶。母ディアーナが息を引き取った1年後、ティグルがまだ10歳の頃だった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





――どうしました?父上、大分お疲れの様子ですが……――

山へ狩りに行ったとき、俺は地竜と遭遇し,倒したという出来事を父に話した。
あまりの鱗の強度と巨大さ故、証拠を持ち帰るに事が出来なかった。だが、父は戯言に過ぎないと思われる俺の言葉を、あっさりと信じてくれた。
幾重にも罠を張り、地形を利用して、牙を、爪を封じて。
地竜の鱗は固い。この地上の物質とは思えない程固く、矢を全く通さない程に。だが、――鱗の隙間――を狙えば心臓を貫けるはずだ。
その読みは矢と共に的中し、60チェート~70チェート(6~7メートル)もある地竜を倒したのだ。

――……ティグル。その年で地竜を倒したとは大したものだ。だが、それだけに……弓を侮蔑するブリューヌがお前を受け入れるには、まだ幼いのかもしれん――

――父上?――

――ブリューヌと時代はお前の力を危険と感じるだろう。先祖から頂いたお前の名前は、ブリューヌ語で『革命』を意味するのだ――

――父上!――

不安の兆しが現実味を帯びてきた時、ティグルは理解するしかなかった。
少年はやがて「僕」から「俺」に変わった。
くすんだ赤い若者が大人へ近づく、13歳の頃の記憶だった。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇






――すまない。ティグルヴルムド。お前……と弓を外の世界……へ出してやるのに、時間が足り……なかったようだ――

――父上!?―― ――ウルス様!?――

――ティグルヴルムド。その黒き弓……は時代を勝ち……取る力がある。だが、今それを……解放するわけ……にはいか……ないのだ――

――父上!俺はこの『弓』の力を正しきことに使います!希望の為に!――

――ああ、もちろん私……もそう信じている。ティグルヴルムド。お前の……その正しい心を持ち続ける事。民を守る……優しい心を持ち続ける事。ブリューヌ……の人々が、世界が……そう願う事を――

――父上!?――

――あとは……頼んだぞ。バ……ートランさらばだ。ティグルヴルムド……――

――父上……父上ぇぇぇぇぇ!!――



















【記憶で弾けた弦の音が――黒き弓の『力』を呼び覚ます!!】













残酷なことに、一人の老人の生命と引き換えに、己が力を覚醒させた未来の英雄。
ただ、あまりにも犠牲が多すぎた。
そして――そして――そして――!!

(ぐっ……この私の『左腕』を吹き飛ばすとは!)

だが、不思議なことに、吹き飛ばされたという屈辱と苦痛は微塵も感じていなかった。
フェリックス=アーロン=テナルディエは歓喜に打ち震えた!

――これだ!この瞬間を待っていた!――

――黒き弓の『魔弾』!ブリューヌの新世紀を告げる『暁』となるだろう!―――

――そうだろう!ヴォルン!これで終わりではない!ここから始まるのだ!――

虚空を貫く魔弾を放った未完成の英雄は、立ったまま気を失っていた。

ここで映像は途絶えた。




















(そう……でしたね。勇者が動くには『命令』ではなく『理由』が必要――)

ヴァレンティナは決意した。
民衆が『英雄(ティグル)』を求めたように、時代が勇者(ガイ)を欲するなら、『今まで影に隠してきた真実』を話すべきだと――
それこそ、ジスタートの栄華の裏に、数多の犠牲を払ったものたちの怨念。
目に映る人々が泣き、愛する伴侶を贄にささげた、闇から影へ葬ったものたちの魂。
永遠の輪廻に、目指すべき『丘』に辿り着けなかった『まつろわぬ星』……逆星の迷い子たちよ。
――ああ……神よ。
我らは『星』に何を願えばいいのか、わかっていないのです。





――そして2日後の夜。
早速ヴァレンティナは竜技『虚空回廊(ヴォルドール)』を展開。エザンディスを袈裟斬りに一閃すると、並列空間が出現する。紫と漆黒が淀み交わるそれらを皆は通過していく。
運命の邂逅は近づいている。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










――――そして現代へ回帰する。
ヴィクトールとの対面。
当初、フィグネリア――フィーネは年老いた人物の顔を見るや、憎まれ口の一つでも叩いてやろうかと思っていたが、ジスタート王を前にして、その気勢はそがれてしまっていた。
物静かな、知性的な面持ちで、体力や武力は人並以下かもしれない。
少なくとも、凱やシーグフリード、その女ヴァレンティナはおろか、自分にさえ及ばないだろう。
短剣一振りで、ジジイの腰を抜かせる自信はある。瞬きより早く倒せる自信も。
だが、できない。
目に見えぬ、『王』として賄われた威圧感が、見るものを圧倒していたからだ。

(これが……一騎当千の戦姫サマの『唯一』上にたつ王としての貫禄ってやつかい?)

怪訝な瞳で、フィーネは王の姿を見据える。脇から凱がやんわりとあいさつをする。

「初めまして。貴方が……ヴィクトール=アルトゥール=ヴォルク=エステス=ツァー=ジスタートですね」
「ガイ?あんた知っていたの?」

少し拍子抜けしたような声を上げるフィーネ。

「我が国の戦姫……虚影の幻姫から君のことは知らされていた……もっと早く会いたかったのだが、ブリューヌ内乱の進捗や、『もう一つ』の案件で忙殺され、そうもいかなくてな」

虚影の幻姫とは、ヴァレンティナ=グリンカ=エステスのことである。
独立交易都市~オステローデ~そして、バーバ=ヤガーの神殿で、この二人は再会を果たした。おそらく、この『会合』も彼女の差し金なのだろうか?

「アリファールを介して俺を呼んだのは、もう一つの案件についてですか?」

勧められながらも、凱は腰を下ろすことなく、問いかける。
余計な気遣いは結構、用件のみを伝えてほしいという意志の表明なのだとヴィクトールも察したのか、僅かに目を瞑ると、言葉を探すように思案する。

「察しがいいな……ならば、単刀直入に話をさせてもらう」

凱のヴィクトールへの第一印象は、無駄を嫌う、寡黙で実直な気質。その印象は、かつてリムアリーシャがエレンから聞いたものだった。
戦姫の主たるジスタート王の性質は当たらずも遠からず。ブリューヌ内乱の突発的な介入にもかかわらず、返事を寄こさないブリューヌへ戦姫のソフィーヤ=オベルタスを使者として遣わしたくらいだ。
そのような王たる男が口にするのを躊躇するような……案件。
それだけで、事態の重要さが伝わる。

「フェリックス=アーロン=テナルディエが暗躍している」

凱の瞳がかすかにすぼまる。

「テナルディエって……ヴォルン伯爵とかいう貴族と対立しているっていう……『銀の逆星軍・シルヴリーティオ』の総大将?」

尋ねるフィーネに、ヴァレンティナが感情を押し殺したような声で返す。

「ライトメリッツの……まつろわぬ民の末裔です」
「なっ……!!」
「なんだって!?」

凱とフィーネは声を思わず荒げた。
以前フィグネリアは傭兵として渡り歩いていた『根無し草』だったころ、テナルディエ側に雇われていた時期があった。
その雇い主は信頼に値するか、そうでないか、それ次第では戒める必要があるか、彼の経歴も含め丹念に調べ上げた。
だが、テナルディエ家がジスタート公国の一つ、銀閃アリファールが主、エレオノーラ=ヴィルターリアの治める『ライトメリッツ』の末裔だという話は、一度も耳にしたことがない。

「知らずとも無理はない」

王の発した言葉のそれは、『むしろ知っているほうがおかしい』と言わんばかりの口ぶりだった。

「今一度聞くが、シシオウ君。そなたはテナルディエ公をどこまで知っているか?」
「貴方達を前にして『知っている』だなんてとても言えません」

戦慄を込めた声で凱が告げる。「名前くらいは」などという軽い言葉を交わしていいはずがない。
そして懐に手を入れて、ヴィクトールは一枚の紙きれを凱に差し出した。

「……これは写真?」
「その通り。シャシンに写りし男こそ、フェリックス=アーロン=テナルディエだ」

(たてがみ)』――そう一言に尽きる獅子の如き髭。
壮年に入っているにも関わらず、衰えているとは思えない『眼光』。
人間の手で描かれたとは思えない肖像画を、フィーネは感嘆のため息をつきながら、凱の脇からのぞき込む。

「そんな奴だったとはね……ガイ、あんたは会ったこと……いや、ないか」
「俺もティグルやマスハス卿から話くらいしか聞いたことがないけど……君の様子を見る限り、フィーネは一度会ったことがあるみたいだね」
「まだ20になる前のころ、ある戦場でテナルディエ側に雇われていた。『とある傭兵』を討ち取れと――」

凱の察しに及ばないほど、フィーネの感情に陰りが生じる。彼女が口にした『とある傭兵』とは一体誰のことだろうか。それは今口にすべきことではない。
ともかく――
この案件の中心人物たる凱は、まだテナルディエ本人に会ったことがない。そのためにわざわざ『写真』という特殊な皮羊紙まで渡しているじゃないか。
それを裏付ける反応は、凱自身が示している。
そして、王の言葉は再会される。

「でも……一体どういうことですか?ライトメリッツの末裔といっても、それがジスタートとブリューヌに何の関係があると?」

尋ねる『勇者』に、『王』は無言で、僅かに目を伏せる。

「そうですか。おそらくテナルディエ公爵の祖先と黒竜の化身の間に、俺たちには図り難い『因縁』があるようですね」

それも、長きにわたる――とは付け加えなかった。
沈黙を破るように言葉を紡いだのは凱だった。語るのがつらいと察したのか、王の心理を代弁するかのように――
凱とて、それが本当かどうかわからない。ただ、『場に存在する意識』を感受して、王の心理をそれなりで考察したに過ぎない。凱の持つ能力リミピットチャンネルだ。
今より真相が語られる。










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇










今より300年前――
初代テナルディエ一族。ジスタートがまだ領土統一の為されていない『丘』だったころ、台頭した勢力を唯一保有していた。
たった一人……たった一人で、『集落』というちっぽけな『丘』を『国』にまで発展させた男。
それとは別に、各地では紛争やまぬ環境に一つの変化が訪れた。
滅亡――拡散――併合――国が形を変えていく過程を得て部族が30程度になった時、一人の男がフラリと現れた。
『黒竜の代理たる私を王として従うなら』勝たせようと告げてきた。
七つの部族のみが、その言葉を信じて付き従った。

「その人物が、黒竜の化身というわけですか」
「黒竜の代理……その意に従わぬものは『力』を以って平定する……あの荒んだ時代ではああするしかなかった!」

凱が戦慄を込めた声でつぶやき、ヴィクト-ルが苦々しい表情で告げた。
食料問題。人の吸う大気ですら、『力』という名の法律で管理する。そうでなければ、すぐさま人は大地をむさぼり、新鮮な大気さえもほおばり続けるだろう。
まだ混迷とした時代と環境の中で集団が生き残るには、それしか方法がなかった。
国も一つの生命体である以上、やはり必要な栄養素を求めて戦いに赴く。
『人』――『貨幣』――『土地』――『資産』――追い求める『夢』を目指していくには、欠かせないものたち。
オステローデは国そのもの『在庫』として。
ルヴーシュ、レグニーツァは海から得られる『食料』を求めて。
ブレストは草原を有した『放牧』をさせて。
ポリーシャは往来の特化した『大蔵』として。
オルミュッツは雪原のもたらす『防壁』を与えて。
そして、七つの部族が最後の戦略として選んだのは、豊かな『食料』を有する『ライトメリッツ』だった。
ほぼ完全に包囲された『ライトメリッツ』に、勝ち目などありはしなかった。
七つの竜具を与えられた戦姫、海原のような騎兵に歩兵、このような大軍に抗うなど考えられない。
一つの疑問に感づいた凱は質問をしてみた。

「どうして……テナルディエの一族は最後まで抗い続けたのですか?」
「女です」

ヴァレンティナの言葉の意味がわからず、凱は思わず目を見開いた。
初代テナルディエの降伏を黒竜の化身が認めなかったのか――
それとも、徹底抗戦を唱え続けてきたのか――

「そのあたりを……詳しく教えてくれないか?ティナ」

我ながら、ずいぶんと無粋な質問だと思う。祖先に対するある種の『墓あらし』ではないかと。
しかし、過去の怨念たちが今の内乱を招いているとなれば、もはや気遣う余裕などない。

「開戦前、黒竜の化身がライトメリッツのテナルディエに取引を持ち掛けました」
「取引だって?」
「テナルディエの傍らにいた『妻』……その人を黒竜の『妻』として差し出すなら、救ってやると」

初代テナルディエの妻は、万人の心を灯らせるような美しい女性だった。
彼女が抱く豊かな夢は、それほど人々に飢えをもたらさなかった。
彼女の励ましが、彼女の意志が、彼女の願いが、何度も絶望しかけたライトメリッツの民に暖かい『夢』を与え続けていた。
その素質は、『理想世界を先導する超越者』そのもの。
皆にとって、それは象徴であり、希望であり、すべてであった。
そのような国に「その女を妻として俺に差し出せ」と言えば、当然『総意』として怒り狂うだろう。

「だが……結果はライトメリッツの敗北に終わった」

話りの成り行きから既にわかりきっている結果を、凱はつぶやいた。

「ただ攻めて滅ぼしただけなら、禍根は今の時代まで残らなかったかもしれません」
「それは一体……」
「ライトメリッツ…………いや、テナルディエ家と黒竜の因縁はここから始まったといってもいいでしょう」 

彼女は語った。たった一人になるまで抗い続けたテナルディエの『末路』を。ライトメリッツはよく戦っていたが、いかんせん戦力が違いすぎる。敗北するのは目に見えていた。
当時に掲げていた正義の熱も、現実を見せつけられ、徐々に冷めていった。
その中で、初代テナルディエは告げた。『降伏するのも自害するのも、お前たちの好きにせよ』と――
無論、降伏を進めたのは民だけではない。その妻にもだ。
いや、これは勧めたのではない。『服従』させたのだ。
『血統』ではなく、『総意』で指導者を選ぶライトメリッツの民は、最後まで王に従うだろう。
だから、命令したのだ。降伏か死か二つに一つだと。
こうして、ひとりぼっちの『王』となったテナルディエは、黒竜の化身は『勇者』として一騎打ちに挑んだのだ。
結果は――――黒竜の化身の圧勝だった。
黒竜の化身は、侵略戦争の過程で失った銀閃の主の代わりにアリファールを振るっていた。
陣頭で銀閃を振るうさまを見て、彼を『勇者』にして『王』――すなわち『勇者王』と呼ぶものさえいた。行いこそ『大魔王』だとしても
その黒竜の化身は、すぐさまテナルディエの生命を奪わずにして公開処刑を決行した。

――それは、竜具アリファールに『選ばれた』テナルディエの妻の手によって、彼を断罪するものだった――

『炎の甲冑』という方法を加えて、特に――念には念を入れてではない。
影も形も無かったように、初めからテナルディエという男がこの世にいた事実そのものを、抹消しようとしたのだ。
全ては『王』に跪き、『王』を守り、王の為に戦うことだと忘れさせぬために。
そして、元テナルディエの妻だった人に向けて厳かに告げる王の言葉は――

「お前はたった今より、『戦姫―ヴァナディース』だ」

この瞬間、最後の栄養素たるライトメリッツを征服したことでジスタート王国は確立されたのだ。
ただ一つ、永遠に消えない『焔』のような禍根を残したままで――
黒竜の化身の影は、人ではなく竜のそれに見えた。

――俺を『王』として、『勇者』として、『魔王』として従うなら、永遠の理想世界を約束しよう――

――俺は黒竜の化身にして……『理想世界を先導する超越者―アンリミテッド』だ――










◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇








ヴァレンティナ=グリンカ=エステスは語りきった。ライトメリッツの……ジスタートの真相を。
そして凱の脳裏に繰り返される、黒竜のあの言葉――

――俺は黒竜の化身だ。俺を『王』として従うなら勝たせよう――

「王――」

その言葉をつぶやいたとき、凱の全身に戦慄が走った。
他の『自然力学』に追随を許さない竜の最高位の存在。
すなわち、自然界の『王』として。

『銀閃』――

『凍漣』――

『光華』――

『煌炎』――

『雷禍』――

『虚影』――

『羅轟』――

それらの『力学』を『魔』の『力』で従える『魔王』なのか。それとも――
黒竜の化身とは――
自然原理を体現するために行動する黒竜の『眷族』もしくは『使者』なのか――
あまりの壮絶な話の内容に、フィーネは言葉を失いそうになった。
だが、それでもテナルディエは生きていたのだ。愛する女性を失いながらも、ただ『血』を残すために、女性とつながり続けて今に至る。
『イデンシ』とやらに、復讐の血を残して――

「ヴィクトール陛下……彼の……テナルディエの目的とは?」

凱の問いにヴィクトールは重々しく答える。

「テナルディエ家の代々の目的は、ブリューヌとジスタートの王政府転覆――二つの国を二つに分かつ復讐戦争を起こすことだ」

ブリューヌとジスタートが20年ぶりに事を構えた『ディナントの戦い』は、いわば外交上の延長だった。
だが、それは両国の端で起こった戦争。しかも、お互い『治水』について責任を押し付け合ってきたが、国の転覆まで臨んだわけではない。
もし、ヴィクトールの言葉が現実のものとなれば、数百年の年月を得てようやく癒えた――いや、カサブタが張り始めた国々は、かつてのジスタート建国のように、再び革命戦争の頃の混沌へ戻る。
それどころか、下手をすれば建国神話以前……、血で血を洗う、『人』と『魔』の抗争時代にまで戻りかねない。
お互いを認めぬ者同士が際限なく争う――悪意に満ちた時代が。

――獅子と黒竜の輪廻のごとく――

「ブリューヌとジスタートの民の為に……どうか動いてくれないか?シシオウ君!」

ヴィクトール陛下の要件とはたった一つ――獅子王凱への『フェリックス=アーロン=テナルディエ暗殺依頼』だった。

「………………俺は……………」

話を聞き終えた凱は、じっとうつむき、何かを考えるような、もしくは何かの苦痛に耐えるような顔をしている。

「ふん!……気に入らないね!!話を黙って聞いていれば、全部あんたらの始祖サマがやらかした『悪事』が原因でしょうが!その黒竜(トカゲ)の尻尾斬りをガイにさせるなんて!虫が良すぎるんじゃないのか!?」

代わって、フィーネがたまらず声を上げた。

「我が国が誇る一騎当千の戦姫は生死不明!銀の流星軍は事実上壊滅!もはや事はブリューヌ国内だけでなく、ジスタート存亡の危機なのです!」

ヴィクトールに変わり、ヴァレンティナが怒鳴り返す。儚げな印象を持つ彼女からは想像もつかない態度だった。
それだけ、事態は切迫しているのだろう。迫る時の中で残された猶予はないのだと。
間接的とはいえ、エレオノーラ=ヴィルターリアのブリューヌ介入に、ヴァレンティナも一役買っている。
自分たちでテナルディエを止めることが叶わず、異端者にして流浪者となった勇者に頼らねばならないことを屈辱に感じているのだろうか。
いや、むしろ『私にとって大切な勇者様』を差し出さねばならない現実に対して、憤慨しているのだろうか。

「薄汚い『国』なんざ!いっそ『猛火』で滅んじまいな!もっとも!普通に暮らす人々に迷惑がかかるのはいただけないがね!」

しかし、フィーネも譲らない。

「『国』がなくては、『民』の安寧と平和はありえないのです!」
「それがあんた達『先導者』の驕りだっていってるんだよ!」

フィーネの言う先導者とは、戦姫、王をはじめとした『人の上に立つ人間』のことだ。

「あまりふざけたことを仰るのでしたら、『不敬罪』で死刑にします!」
「殺れるもんなら殺ってみろ!戦姫サマ!」

ついには互いの武器を突きつけ合い、二人を罵り合いを始める。

「よさぬか、ヴァレンティナよ」
「フィーネもこの場は納めてくれ」

ヴィクトールと凱、それぞれに刺されて、二人は忌々しそうに手から武器を離した。

「これだけ重要なことだ。すぐに答えを出してくれとは……「分かりました、この件お引き受けします」……何!?」

何日か考える時間が必要だと思っていたヴィクトールは、凱の思わぬ返答にわが目と耳を疑った。

「ただ俺は……黒竜の化身たる『代理』として、ブリューヌ内乱に介入するつもりはありません。『目に映る人々を救う勇者』として、この件を引き受けたいと申します」
「どういうことなのだ?」
「ブリューヌの『覇』をかけた戦いは、どうしてもブリューヌの人の手で決着をつけなければなりません」

竜具を得た凱の力は、たった一人で国を滅ぼすことも出来るだろう。
だが、それでは国は続かない。生命さえも、そのような恐ろしい力を持ったものに、誰がついてきてくれようか?

「目に映る人々を救う……シシオウ君。君が考えている以上に、それは過酷な『道』なのかもしれんぞ」
「分かっています。俺はその理想の為に、何度も悪夢を見てきました。多分、これからも見るでしょう」
「それがわかっていて、君は引き受けるというのか?」
「はい」

勇者の返事に迷いがなかった。

「現実に全てを救えなくても……一人でも救えることができるはず。それが俺が勇者と信じる『道』だと思いますから」

『道』を信じて進むことこそ、『夢』に近づけると信じて、凱は今まで戦い続けていた。
彼の正義を否定するもの。彼の信念を否定するもの。
それは、これからも続くだろう。 

「これしか……俺の生き方は見つかりませんから」

凱の儚げな表情をみたヴィクトールとヴァレンティナは、急に胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
我らが夢見た勇者の姿。それが幻想となって消えていくような――
そこで王は一度目を瞑り再び開く。

「話してもらえぬか?この袋小路の状況を打破する『策』を」

王の問いに勇者は静かに返答した。

「考えていることは……いくつかあります」

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後書き
予告

「ティナ――――君にとって任務かもしれないけど、俺にとっては大切な幻想(おもいで)だと思ってる!俺はそう信じている!」

「現実を壊すことよりも、幻想を創り出すほうが、はるかに難しい。そういうことですよ。ガイ」

「王は勇者の為にある……か」

「……アルサスに『燃える水』が?」


次回、『剣の時代が終わる時~ナヴァール騎士団全滅!?』です 
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