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大淀パソコンスクール

作者:おかぴ1129
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少しは妹を見習ったらどうだ?
  昼

「今日からお世話になります。元軽巡洋艦、神通です」

 『川内妹、襲来』の報を聞いて数日後の今日、出勤した俺の目の前に、顔の作りは割と川内にそっくりなくせに、川内とは似ても似つかぬ、性格控えめな見た目超絶美人が現れた。その美人は深々と頭を下げ、俺と大淀さん、そしてソラール先輩に対し、こうやって丁寧に挨拶をしてくれた。

「神通殿、話は大淀から聞いている。ようこそ、大淀パソコンスクールへ!!」
「はい。よろしくお願いします」

 ソラール先輩の歓迎の挨拶にも、丁寧な返答を返す神通さん。この意味不明なコスプレ太陽騎士に対しても丁寧な対応をするところに、この人の人格がにじみ出ている。この人、本当に川内の妹か? 川内の方が妹なんじゃないか? つーかそもそも、本当に姉妹なのか? それすら怪しい。そう疑ってしまうほど、誠実でおしとやかな女性だ。

「ぉお〜、新しい生徒さんはべっぴんさんじゃの〜!!」
「そんな……みなさんも、これからよろしくお願いします」
「礼儀正しいいい子だね〜。どら、飴玉やろうかね」
「ありがとうございますお母さん。黄金糖、大好きです」
「あらよかったわ〜」

 そして、新しい生徒さんが若い子ということで、他の生徒のおじいちゃんおばあちゃんたちも色めきだっていた。男どもは目尻を下げ、おばあちゃんたちもまるで孫娘に接するような優しさだ。やはり若い子と友達になるというのは、いい刺激になるようだ。

「それでは授業をはじめて下さい。神通さんはExcelの習得を希望してますから、ソラール先生に担当してもらいましょう」
「はい。よろしくお願いいたしますソラール先生」
「任せてくれ。貴公の太陽となれるよう、全力で貴公を導こう」

 大淀さんの隣でY字ポーズ……なんだっけ……太よ……忘れた……を取っているソラール先輩に対し、改めて丁寧な会釈を返す神通さん。神通さん、いいですよ。変だと思ったら、ちゃんと変だと突っ込みを入れていいんですよ? そんなところで誠実さの大安売りをしなくてもいいんですよ?

 そんな風に、おれが神通さんの丁寧さに一抹の心配を抱いていたら、大淀さんが俺の隣に来て、そっと耳打ちしてくる。神通さんとソラール先輩、他のおじいちゃんおばあちゃんたちは、俺を置いて先に教室に入っていった。教室からは、ワイワイと楽しそうな声が響く。

「カシワギさん。ソラールさんは、今日は神通さんメインでつきます。Excel一回目の授業で、説明を丁寧にしなければいけませんから」
「はい」
「なので、他の生徒さんのフォローをお願いします。ソラールさんもベテランですから、他の生徒さんをおろそかにすることはないと思いますけど」
「なるほど。了解です。なんとかがんばってみます」

 『ではお願いします』と一言笑顔でそう言うと、大淀さんは自分の席に戻り、パソコンをまたパチパチと叩き始めた。彼女が席に戻ったのを確認したあと、俺は教室に入る。すでに教室では、神通さんをはじめとした生徒さん総勢5名が、2名と3名で二つの島に別れて座っていた。

「カシワギ、大淀から聞いたと思うが……」
「わかっています。どこまで出来るか分かりませんが、他の生徒さんは、できるだけ俺が見るようにしますから」
「頼もしくなったな。まるで空に浮かび俺を見守り暖かく照らす、たいよ」
「さっさと授業をはじめましょうよソラール先輩」
「貴公……」

 かくして、神通さんにとっての、はじめてのパソコンの授業が幕を開ける。俺はソラール先輩が神通さんの授業にできるだけ集中出来るよう、他の生徒さんを一人で見なければならない。加えて、ソラール先輩の説明の仕方を見学出来るいい機会だ。その意味でも、今回の授業は気合を入れて行わなければ……。

「ちなみに神通殿、職場でExcelを触ったことは?」
「文章の入力だけはできています。でも、表計算が出来るようになって欲しいと、職場からは言われています」
「なるほど」
「加えて、データベースとしての活用方法や、分析のためのグラフ作成なんかも出来るようになるとなお良いと」
「承知した。すでに触ったことがあるのなら話は早い。一日も早く習得出来るよう、俺も努力しよう」
「ありがとうございます」

 ……あれ、いつものように『太陽のようだ』とか『太陽のように』て感じで、強引に太陽で話を締めてこないな……さすがにはじめての授業では、そんなだいそれたことはしないのかな?

「礼はいらない。それが太陽の戦士たる、俺の使命ッ……!!」

 あー……そうでもなかったわ。のっけからソラール節全開だわこりゃ。確かに今日も、全身太陽の鎧兜着てるし、お日様マークの盾も背中に背負ってるし、あの剣もちゃんと鞘に入れて持ってきてるしな……おまけにわざわざ椅子から立ち上がって、気持ちよさそうにY字ポーズで上に伸びて……いつものソラール先輩だわこりゃ。

「とてもありがたいお言葉ですね。頼もしいです」

 それに対する神通さんの返答がこれだ。あざ笑いもせず、戸惑いもせず、ただただ尊敬する人物に向ける、真っ直ぐな眼差し……うん。とっても物静かでおしとやかな人格者みたいだけど、今この瞬間、神通さんが、あのアホの妹だということに納得できた。変な人だという意味ではない。多分、生まれたその日から、ずっとあのアホの相手をしてきたから、ソラール先輩みたいな変人の相手の仕方を心得てるんだろう。

 そんなこんなで、ソラール先輩と神通さんの、一見至極健全なExcel講座が、幕を開けた。

「セルに計算式を入力する場合は、まずExcelに『これは計算式だよ』ということを理解させ、太陽のごとき温かい気持ちで、Excelを導いてやる必要がある。そのために、計算式を入力するときはまず『=(イコール)』を入力する」
「はい。計算式の時は、まずイコールですね」

 さすがだ……おれなら即座に突っ込みを入れるところを、神通さんは何食わぬ顔で聞き流してメモを取っている。だてにあの姉の元で揉まれたわけではないようだ。

――やせーん!!!

 反射的にあのアホの魂の叫びを思い出し、俺は心の中で自分の耳を塞いだ。

「そうだ。計算式は、数値を直接記入する方法と、数値が入力されているセルを指定する方法の2種類がある」
「どのような違いが……?」
「数値の直接記入は、文字通り数値を直接指定する。一方でセル指定の場合は、『このセルとこのセルに入力されてる数値を使って計算してね』と指示している。そこに違いがある」

 そういうとソラール先輩は、A3とB3、二つのセルにそれぞれ『=10+20』と『=B1+B2』の計算式を入力していた。その様子を至極真剣な眼差しで見つめる神通さん。……なんだかシュールに見えるのは俺だけか。続いてB1とB2のセルに、それぞれ10と20の数値を入力している。結果、A3とB3のセルに表示される答えは、同じ30。

「……ここまでは結果は同じですね」
「そうだ。……神通、B1とB2のセルの数値を、好きな数値に変更してみてくれ」

 言われるままに、二つのセルの数値をそれぞれ40と60に変更した神通さんは、画面を見てハッとしていた。すんごい真剣な表情だから、なんだかシュールな光景に見えて仕方がない。



「B3に表示されていた数が……変わった……?」
「そのとおり。これが違いだ。セル指定で計算式を作成した場合、セルの数値を変えてあげれば、Excelはきちんとその数値で再計算した答えを表示してくれる」
「これは……」
「貴公にもあるはずだ。必要最低限の装備だけで病み村を攻略し、混沌の魔女と相対した時、炎派生した武器しか持っておらず、ジリ貧の戦いとなってしまったことが……それが数字ベタ打ちの計算式だ。つまり、融通が効かない」
「なるほど。まったく準備していない状況で、陸上型の深海棲艦に攻めこむことに等しいということですね?」
「そうだ。だがセル指定をしておけば、たとえ後から数字を変更しなければならん場合でも、変更が容易だ」
「これは便利……私も戦いやすくなります……ッ!」
「ああ。まるで、その愛情で俺達を暖かく包み込む、太陽のようだ」

 あれ……変な方向で会話が噛み合い始めたぞ……? ソラール先輩も最初っから『融通が効かない』といえばいいのに、その前のケッタイな例え話は何なんだ……。

「神通殿は理解が早い。このまま研鑽を積んでいけば、太陽の戦士となれる日も、そう遠くはないはずだ」
「そんな……私がそんな名誉を……!」
「そのためにもまずは、このセル指定の計算式をマスターしよう!」
「はい!!」

 俺の目が幻を見ているのか……ソラール先輩と神通さんの歯車は、どうもいびつなところでがっちりと噛み合ってしまったようだ。二人は暗号のような会話をしはじめ、そして二人だけのいびつなワールドを展開しはじめた。

 ぁあ……やっぱり神通さんは、あのアホの妹なんだな……変な意味で。

「カシワギ先生、ちょっと聞きたいことが……」

 神通さんに先ほど黄金糖を進呈していたおばあちゃん、タムラさんが困ったような顔で俺の名を呼び、右手をピラピラと動かしていた。何か困ったことが起こったのか。はいはい。すぐ行きますよー……

「どうしました?」
「えっとね先生。ここからここまでの文章の頭に、黒丸の記号をつけたいんだけど……」
「ぁあ、箇条書き設定を使ってあげましょ」
「そうそうそれそれ。どこクリックすればいいんだったっけ?」

 タムラさんの眉間のシワは一向になくならない。俺は胸ポケットからボールペンを取り出し、それで箇条書き設定のボタンを指し示す。その途端にタムラさんはパアッと明るい笑顔になった。

「ここです。これが箇条書き設定です」
「あーそうだったそうだった。先生ありがとう」
「押す前に、設定したいところを選択することを忘れないでくださいねー」
「はい先生―」

 俺がタムラさんの箇条書き設定にかまけている間に、ソラール先輩と神通さんの授業は第二フェーズに移行したようだ。ソラール先輩の指示の元、神通さんがエクセルで小さな表を作っている。動きはたどたどしいが、マウスの動きそのものはしっかりしている。頼れるパソコンの先生が……ソラール先輩が横にいるという安心感が、きっと神通さんの操作から迷いを取り去っているんだ。俺も、あんな頼りがいのある先生になりたいなぁ……。

――貴公もきっと、太陽の戦士になれる!!

 不意にソラール先輩の声が聞こえた気がして、俺は神通さんとソラール先輩を見る。『旅行代金見積もり表』という表を作っている神通さんの隣で、ソラール先輩は、俺のことをじっと見ていた。二人の授業を見学する俺の視線に気付いたのか。今日もバケツ兜をかぶっているので分かりづらいが、ソラール先輩のその眼差しは、俺に対して熱いエールを送っているように見えた。

――結構です

――貴公……

 すみません。正直、太陽の戦士ってよく分かりません……しかし我ながら驚きだ。視線とテレパシーでソラール先輩と会話が出来るとは……

 そうして時間は過ぎていき、神通さんが旅行代金見積もり表をきちんと仕上げたところで、お昼の授業は終了となった。さすがすでにパソコンを使っている神通さん。あのアホと比べると、理解力が段違いだ。あいつはこの前やっとこ一枚のプリントを作成できるようになったところだぞ……いやそれでも初心者としては充分早いけど。

「神通殿は優秀だ。今後の成長が楽しみだな。はっはっはっはっ」
「そんな、褒めすぎです……」

 朗らかに笑うソラール先輩のその隣で、頬を赤くそめて、恥ずかしそうにうつむく神通さん。……さっきまで、ソラール先輩と解読不能理解不可能な意思疎通を成功させた人だとは思えん……あれじゃただの、普通の可愛いべっぴんな女の子じゃないか。

「……あ」

 しばらく俯いていた神通さんが急にハッと顔を上げ、他の生徒さんたちと帰りの挨拶を交わし終わった俺のもとにやってくる。

「あなたがカシワギ先生ですか?」
「はい」
「姉がお世話になっております」
「あーこりゃこりゃ。こちらこそ、お世話になっておりますー」

 突然の丁寧な挨拶に、こちらもつい頭をしっかりと下げてしまう。あの川内とは似ても似つかぬこの貞淑さ……あいつも体裁を気にせず、妹のこういう部分を見習ったらどうだ? 今晩あたり、ちょっと言ってやろうか。苦言を呈する大人の威厳を漂わせてやろう。

「姉がいつも楽しそうに話をしてくれますよ? 『今日もせんせーが夜戦に付き合ってくれなかったっ!!』てぷんすかしながら言ってます」
「プライベートでもそんななのか川内は……でも楽しんでくれてるなら何よりですよ」
「ええ。昨日も『こんなの作ったよ!』て、教室で作ったプリントを見せてくれました」
「へぇ。何のプリントですか?」
「タイトルに『春の鎮守府夜戦トーナメント大会のお知らせ』って書いてましたね」
「ああ、あれかー……」
「もう別々に住んでるのに、わざわざうちに来て自慢していくぐらいですから、よっぽど楽しいみたいです」

 昨日の授業の時、『オリジナルで一つ作ってみろ』て言って、作らせたやつだ。そのタイトルと文面を見て、どうにも脱力したもんだよ。

「姉はあの通り賑やかですけど、ご迷惑はかけてないですか?」
「まったくですよ? 俺も楽しく授業をさせてもらってます」
「ならよかったです」

 俺の社交辞令を真に受けたらしい神通さんは、ホッとしたのか、ふんわりと柔らかい笑みを浮かべていた。あのアホもこれぐらい柔らかい笑顔をすればいいのに……いつもいつも、こっちの瞳孔に致命的なダメージを与えてくる、フラッシュライトみたいな眩しい笑顔じゃなくてさ……そしてもうちょっと、妹を見習っておしとやかになればいいのにな……。

「ともあれ、今後は姉妹ともどもお世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたしますね」
「こちらこそです。よろしくお願いします」

 神通さんの丁寧なお辞儀に対し、俺も丁寧なお辞儀で対応。こういう、相手のことを気遣ったコミュニケーションは、双方共に気持ちがいい。

「ソラール先生も、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく!」

 ソラール先輩は例のY字ポーズで、神通さんに敬意を表していた。俺には全く理解できないが、その気持ちは神通さんには伝わっているようだ。彼女はイカレた西洋鎧コスプレ太陽野郎にも、丁寧なお辞儀を返していた。

 ……まぁ、授業中あれだけ歯車が噛み合った二人なら……ね。変な意味で。

 
 

 
後書き
Excelに計算させる場合は、セル番地指定が一般的です。
そうすることで、計算する値の変更が容易となり、融通が効きます。

セル番地入力の際には、
1.キーボードで直接入力
2.セルを直接クリック
の二通りのやり方があります。
 
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