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その日はいつかやって来る

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10


 魔神の心と力を持っていた横島も、過去の友人達と交わした契約、遺言に対しては無力だった。 この状況を予測していたマリア型人工知能により、全ての事故は防止され、今後の人類の経営は、隊長とグレートマザーに託された。

 そこで、いつか起こるはずだった天変地異をも利用し、今まで果たせなかった願い「時空の狭間にいる美神令子の救出」が、ついに行われようとしていた。

「ブリッジに移動、この拠点は放棄する、忘れ物は無いな」

『隊長より返還された艦載機を収容しました、乗員4名、全て収容完了』

 直通ゲートを通って、逆天号に戻された私達。 もう私も乗員の一人らしい。

「よし、始めよう」

『了解、南北両極のロックを解除。 警告、軌道リング移動開始』

 極点が移動するより先に、分離して上昇を始める軌道リング。 何をするつもりだ? 何か音楽が流れているようだが…

『南極基地の動力により、南極側の異界を開放。 警告! 艦隊より反物質弾発射! 着弾まで220秒。 究極合体! 合身ゴー!』

 私の目はどうかしてしまったらしい、リングが組み合わさって、惑星規模の何かが組み上がって行く……

『完成! 軌道リングロボ! イースト、ウェスト、ノース、サウス!』

 馬鹿な… まさか人型になるなんて… それも4体… 何の意味も無いだろう、間違いに決まっている…

「ここまではカオスのおっさんの計画通りだな、見せてやりたかったな」

 やはりあの男の趣味か…

『反物質弾着弾! 四次元球内部で地軸の崩壊を確認。 極点が移動します』

 今の人間の科学力では、極点が移動しただけで、軌道エレベーターとリングは崩壊していただろう。 地殻は砕け、バランスを失った12本のエレベーターが地表をのたうち、それを繋いでいたリングが天から落ちて来る。 それは私が、あの覗き窓から見た地獄と同じだ。

『ロボにより、地軸安定までプレートが支えられます』

 だが、カオスの計画では、マントルの流れも、何もかも制御されるのだろう。 恐ろしい量のウィンドウの中では、計測された数値が並び、警報が出ればすぐに修正されて行く。

『警告、各地で地震を計測、但し予測範囲内です。 地球があった場所と、現在の位置に「ずれ」を確認、ロボが旧日本地域に特異点を形成、時空の扉を開きます』

「よし、令子を探せ」

『捜索開始…… 原子炉を発見、令子様を確認! 実体、霊体、電磁波ネットを放出…… 成功、成功、成功、令子様を確保しました!』

「よくやった! 早く回収しろっ!」

 当時は驚いてばかりで気付かなかったが、月神族はミカミの出現に憮然としている。 当時… いつの事だ?

『原子炉を投棄、洗浄を開始します』

「隊長0号と冥子を起動、神父とおキヌ、吾妻さんのダミーを出せ。 それと… 令子の指輪を」

『了解』

 カタパルトデッキに移動すると、懐かしい女、ミカミ・レイコが鉄板を掴んだまま運ばれて来た。 但し、私の装備からは放射線警報が鳴り響き、これ以上は近付けない。

『鉄板を除去、バスタブ内で洗浄を継続、覚醒処置を行います』

 ミカミが洗浄されている浴槽の周りに、アンドロイドが並び、シルクと同じ顔をしたダミーが巫女装束で現れ、神父と鉄仮面のダミーも古めかしい服装で現れた。

「あれ…… あんた…? あたし、帰って来たの?」

「ああ、やっとな」

「あの場所からずっと動けなかったのに… 重い荷物持ってたから、時間しか移動できなかったのに… どうして?」

「カオスのおっさんが教えてくれたんだ、何万年かに一度、地球の方が動く時があるって」

「えっ… あれから何年経ったの?」

「982年だ」

「そんなに… でもなんであんたが生きてるのよ? ピートやカオスならまだしも」

「本当よ、令子」

「令子君、よく頑張ったね」

「ママ、先生、みんな… もう、やっぱりそんなに… 時間… 経ってない、じゃない…」

「令子っ!」

 力尽きて気を失いそうになるミカミを抱いて、大声で目を覚まさせるあいつ。

「触っちゃだめよ、あたし汚染されてるから」

「いいんだ、あれから技術が発達したから、大丈夫なんだ」

「そうなの…?」

 嘘だ、ミカミの体は鉛で巻いても、金に変えるぐらいの勢いで放射線を出している。

「何か鉄腕ア*ムになった気分だったわ… 爆弾抱えて太陽に飛び込むか、誰もいなくなった時に地球に戻って、一人で… 死ぬと思ってたのにっ」

 そう言うと、ヨコシマにしがみ付いて泣き始めたミカミ、鋼鉄のような女だったが、さすがに心細かったのだろう。

「そんなわけないだろ、世界最高のゴーストスイーパーが、これだけいるのに」

「そう… ね、 ねえ? 指輪… 返してよ…」

「ああ」

 離婚したと言っていたが、大事に取っていた指輪をミカミの左手に戻してやるあいつ。 別れの瞬間の悲しい嘘だが、ここで本当の事を言う奴がいたら、神無でも口を塞いでやる。

「ありがとう… これでまた一緒に…………」

「そうだな、でも除霊の仕事は無くなったから、次はもっと安全なのにしような」

 もう動かなくなったミカミを、いつまでも抱いていたあいつ。 神無達も、さすがに邪魔をしようとはしなかった。

「令子の体を保存、魂と霊体を治してやってくれ」

『了解……』

「どうするつもりだ、修復が終われば、私達のように体を与えるのか」

 あいつが求めて止まなかった、若い頃の本妻が現れ、気が気ではない神無。

「いや、こいつは放してやろうと思ってる」

「「どうしてっ?」」

「俺とこいつは、一緒にいると不幸になるんだ。 子供の頃は愛だとか恋だとか、勢いだけで一緒になったけど、喧嘩した覚えしか無い」

「嘘だっ、そんな女をなぜ千年も待っていたっ! どうしてこれだけの施設を作って、あの瞬間を待っていたんだっ?」

「機械はカオスのおっさんの趣味だ、それに戦友の遺言だからな、「必ず助けに来んのよ」って言ってた」

 また遺言だ、だがなぜ捕まえない、手を伸ばせばそこにあると言うのに。 それに最後の言葉は「また一緒に」だったはずだ、まだ何か叶えていない約束があると言うのか?

「愛してるから別れるの? それって究極の愛じゃないっ」

 確かにこの行為こそ、今の時代に枯渇した「愛」と表現しても良いだろう。 契約した者達が残した、最後の言葉に縛られた無償の愛と。

「いいや、もしお前達だったら、誰を敵に回しても絶対に取り返す。 だけどこれから何をするにも文句しか言わない奴を連れて行くつもりは無い。 それに結婚して3年も一緒にいられなかった女と、2百年以上面倒を見てもらった女、どっちが大事だと思う」

「それは… だが、私のために別れると言うならやめてくれ、正々堂々と決着を付けたい」

「だめだ、こいつは汚いぞ、おふくろやシルクも巻き込んで、必ずお前を罠にかける。 こいつに「正々堂々」なんて言葉は無い」

 死んだばかりの相手に言う言葉では無いと思うが、それだけ骨身に染みているのだろう。 魔神を騙せる奴は少ないからな…

『修復が完了しました… ボディーなら、いつでも用意できますが?』

「いいんだ… さあ、行けよ、どこでも好きな所に、自由に……」

 あいつの手のひらから飛び立って行くミカミ、お前はよく戦った。 魔族の中でも、お前の名を覚えている者は少ないだろう。 しかし私は忘れない、人間の身でありながら、あのアシュタロスをも脅かし、ついに倒した女だ、尊敬に値する。

『さようなら… 私の古い主よ…』

 逆天号も別れを告げている。 たしか昨日、自分を人工幽霊と言っていたな、あの事務所を管理していた霊か。

「令子を助けてくれてありがとう、これで私達の遺言は叶えられたの」

「いえ、後2人、願いを叶えてやらないといけない奴がいるんですよ、第3ラウンドです」

 二人? 誰だ、小竜姫とヒャクメじゃない… ベスパとパピリオか。


《ここで残念なお知らせです、OICPOより、ドクターカオスの死去が発表されました。 繰り返します、先日の魔力送信アンテナの破壊工作に巻き込まれ……》

 その夜、混乱を極めた地球からのニュース映像を見ていた私達。 我々や神族にはとっくに忘れられ、実質は隊長や「紅ユリ」ことグレートマザーが取り仕切った事業も、人間界では全てカオスの功績となっている。

《今にして思えば、これらは全てドクターの計画だったのでしょう。 アンテナが破壊された後の事故処理も、惑星間の通商戦争を停止させたのも、全てマリア型人口知能に組み込まれていたに違い有りません。 そして軌道エレベーターも、建設後数百年で極移動が起こる事を予想して建てられていたのです。 我々は… 人類は最高の頭脳を失ったのです…》

 涙で詰まって言葉にならなくなった解説員、アナウンサーも涙を拭いながら、ようやく言葉を続けた。

《尚、本日はドクターカオスの喪に服すため、全ての軌道エレベーターが停止され、地球の夜の側の照明が落とされます。 各地でもカオスフライヤーの運転が自粛され、数世紀ぶりに地球から星が観測されました》

「そうだ、称えろっ、ドクターカオスの名をっ! 泣けっ、おっさんの命が… 終わった事を……」

 そう言って、また朧の胸で泣いているあいつ。 だがこれはカオスの遺言や願いを、遥かに超える名誉だろう。

 地球だけではなく、外惑星にいる既に人類では無い機械まで賛同し、人間界にいる全ての者が、一人の男が死んだ事を嘆いている。 そして未来永劫、この世界が存在する限り、その名が称えられるのだ。

 人として生まれ、これ以上の名誉が存在するとは考えられない。 私もカオスのあらゆる遺産を利用する者の一人として、哀悼の意を捧げよう… これだけの事業を計画し、マヌケだった男をここまで教育し、指導して来た最高の教師に対して。


「う~ら~め~し~や~~」

 そこで、幽霊になったミカミが、恨めしそうにあいつの背後に現れた。 まさか退魔屋だった女が、怨霊に成り下がるとはな。

「よお、まだいたのか? でも金は無いぞ、地球の経営権は全部隊長に渡したし、残りはヒムロ育英基金に寄付したからな」

「なんですって! 私がいなかったら、またそんな無駄遣いを… じゃなくて~、これはどう言う事~~、神無に朧~ その上、ワルキューレには首輪まで付けて~~」

「私は違うぞっ、捕虜だ、捕虜っ」

 念のため、憑依されないように言い訳はしておく。 しかし、地球は浄化されたばかりだから、こいつが怨霊第一号だな。

「私はヨコシマの妻だ」

「あたしもっ」

「何ですって~、神無と朧が~~」

「妻は私だけだ! さっき聞いたぞ、「金に目が眩んで依頼を受けて、離婚届に判を押して念書まで書いた」そうじゃないか、もうお前に権利は無い」

「う~そ~つ~き~~」

 怨霊に理詰めで話しても無駄だ、取り憑かれるぞ。

「ああっ、「お姉様」に悪霊がっ、成仏しなさいっ!」

 ピリリリッ! ピーーーーー!

「ああっ! 笛がっ… やめてっ、おキヌちゃん」

「シルク、こいつは悪霊じゃない、いいんだ」

「でも…」

 暫く見なかったシルクが現れた、しかし、いつの間に月神族が「お姉様」になったんだ? 閉じ込めて見張っていた間か? 「ずっと部屋に篭りっきり」だったが、今の表情を見れば何をしていたかすぐに分かる。 泣き腫らした目に、体中に付いたキスマーク、足元もまだフラフラしている。 こいつは「3人交代で腰が抜けるまで可愛がられて、さっきまで気絶していた」のだ(怒)。

「シルクって誰~~」

「この子はおキヌちゃんじゃない、転生して今はシルクって名前なんだ」

「う~わ~き~も~の~~」

「そうだな、まあ、俺に憑依したかったらそうしろよ」

「へ?」

 怨霊を撫でながら、嬉しそうに会話する奴は今まで見た事が無いが、こいつなら怖い物は無いだろう。

「どうしてもお前を助けられなかったから、ワルキューレに魂売って、魔界にお前を助ける方法を探しに行く所だったんだ、グスッ(嘘泣き)」

「あ、あんた…」

「こんな宇宙で「千年も」お前を待ってたのに… カオスのおっさんと二人「だけ」で、あんな装置を作るために「国家予算を湯水のように」注ぎ込んで、「お前を助けるためだけに」作ってたのに… 「人類全部を犠牲」にしても、「お前だけ」を助けようとしたのに…」

 確かに言っている内容は嘘じゃない。 しかし、泣き顔や、拳を握って震えている姿に、違和感を覚えるのは私だけだろうか?

「もうっ、バカねっ、これからずっと取り憑いてやるんだからっ(ハ~ト)」

 成仏もせず、騙されて憑依霊として居残ってしまったミカミ、哀れな奴だ。

『南米のアクセスポイントより、旧逆天号の発進を確認。 これより旧逆天号を「A」私を逆天号「C」と呼称します』

 ベスパが、来た…
 
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