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TATOO

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第五章

「これが私の名前よ」
「そう。松本沙耶香ね」
「覚えてくれたかしら」
「私人の名前を覚えることは苦手だけれど」
 これはその通りで。私はとにかく人の名前を覚えることは苦手だ。
 けれど彼女の名前は。一度聞いただけでだった。
「覚えられたわ」
「それは何よりね」
「心にも刻んでおくから」
 その名前をだ。そうだと述べた。
 そしてだった。私はその美女沙耶香に言った。
「だからまたね」
「会いたいのね」
「ええ、それはいいかしら」
「いいわ。私は相手は拒まないわ」
 沙耶香は妖しく、ここでもそう笑って私に言ってきた。
「絶対にね」
「わかったわ。それじゃあ」
「私は貴女が私に会いたい時に来るわ」
「それがわかるの」
「ええ」
 その通りだとだ。私に言ってくる。
「そうなのよ。私はね」
「不思議ね。そんなことができるなんて」
「魔術師だから」
 この言葉は冗談に思えた。沙耶香の。
「わかるのよ」
「魔術師、ね」
「そう見えるわね」
「そうね。魔女というよりはね」
 ベッドの中の沙耶香の妖艶な美貌を見て。私は言った。
「見えるわ。魔術師にね」
「そうでしょ。じゃあ貴女が私に合いたいと思った時にね」
 まさにその時にだと。沙耶香はその妖しい笑みで私に言ってくる。
「来るから。待っていてね」
「じゃあ。楽しみに待たせてもらうわ」
 私もその笑みを受けて応えた。そうしてだった。
 今は沙耶香と別れた。けれど彼女は心に刻み込まれた。
 それを表す為に。私はあることをした。
 胸元にだ。一つのものを入れたのだ。
 露出の多い服を着て飲む私に。友達が尋ねてきた。
「あら、胸どうしたの?」
「何かあるけれど」
「それってまさか」
「ええ、タトゥーよ」
 そのタトゥーを何気なく見せながら私は答えた。
「入れてみたのよ」
「ええと、文字?」
「文字のタトゥーね」
 彼女のイニシャルを入れた。S・Mと。
 その黒い小さな文字のそれとだ。黒百合のそれだ。
 それを見せながらだ。私は女友達に言ってきた。
「それと花だけれど」
「何か凄く妖しいけれど」
「何で入れたのよ」
「彼氏でもできたの?」
「そんなところよ」
 彼女とは答えずに。そのうえで答えた。
「危険でそれでいて魅力的な、ね」
「あら、遂に見つけたのね」
「見つけたんじゃなくて出会えたのよ」
 友人の一人の問いにこう返した。微笑みで以て。
「嬉しいことにね」
「それでその出会いを胸に刻んだ」
「そういうことね」
「また会うわ」
 沙耶香のことを思い浮かべながら私は言った。
「その人とね」
「そう。じゃあこれからはなのね」
「刺激的な恋愛を楽しむのね」
「そうした恋愛もいいものよ」
 女同士の危険な相手、その彼女との恋愛を。
 私は楽しんでいた。そして自分の胸のタトゥーを見てだった。そして彼女達に言った。
「今日も。会うわ」
「そう。じゃあ楽しんできてね」
「その恋愛をね」
 当然そのつもりだった。それでだった。
 私は沙耶香のことを想った。今夜も会いたいと。そしてあの危険でそれでいて甘美な夜のことを想って。そのうえでまたタトゥーを見た。彼女を。自然と妖しい笑みに自分もなっていることがわかった。


TATOO   完


                          2012・1・4 
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