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仇を討つ

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第三章

「これまで乱暴狼藉の限りを尽くしてきた。だからじゃ」
「その悪を成敗した」
「それだけのことですか」
「わしに文句があるなら言え」
 信長は燃え盛る砦を見呪詛の声を耳にしながら言う。その顔は紅蓮の炎を前にして赤く照らされている。
 その中でだ。彼は言ったのである。
「次は越前でも加賀でもじゃ」
「こうされますか」
「この様に」
「そうする。よいな」
 伊勢だけでないというのだ。実際にだった。
 信長は越前や加賀でも多くの門徒を撫で斬りにしていった。そうしてだった。
 彼には多くの悪評が付くことになった。だが彼は何を言われても轟然としてこう言うだけなのであった。
「それがどうした」
「一向宗が悪だからですか」
「それ故にですか」
「そうじゃ。悪を成敗しただけじゃ」
 これが信長の考えだった。
「あの者達に殺された者、害を及ぼされた者達の仇を取ったまで」
 信長はくも言った。
「それだけのことじゃ」
「左様ですか」
「それだけですか」
「彦七郎も卜全も奴等に殺された」
 信興だけでなく氏家のことも言う。
「そして多くの兵達もじゃ」
 その彼等のことを想っての言葉だった。
「しかもじゃ」
「しかもですか」
「そのうえで」
「多くの民達も殺された」
 こう言うのだった。
「狼藉もあった。それを成敗したまで」
「しかしこのことについてはです」
「殿を咎める声も多いですが」
「延暦寺の時の様に」
「そうであろうな。人はわしを仏敵と呼ぶ」
 自分でもわかっている言葉だった。
「しかしそれでもじゃ」
「それでもですか」
「よいのですか」
「あの者達を野放しにしていてはより酷いことになっておった」
 実際に一向宗の中には乱暴狼藉の限りを尽くす者がいたのだ。これは延暦寺の僧兵達も同じでそうしてきたのだ。
 だからだ。こう言うのだった。
「それでじゃ」
「仏敵と呼ばれてもですか」
「構いませんか」
「言いたい奴には言わせておけばよい」
 実際にだった。信長は構わないと言った。
「ではな」
「左様ですか。では」
「このことは」
「わしは恥じぬし謝ることもせん」
 そのどれもしないと言ってだった。そうして。
 信長は一向宗との戦でしたことを終生恥じることがなかった。それでだった。
 信興の墓前に来てもだ。こう言うのだった。
「仇は取った。安らかに眠れ」
 手を合わせてから言う。この時も胸を張り目も輝かせて言う信長だった。そこには何も恥じることも悪を後悔することもなかった。あくまで正々堂々としていた。


仇を討つ   完


                   2012・7・25 
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