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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第二十二話:帰還

 
前書き
 ハーメルンからサルベージした話はこれで終わり。 

 
 IS学園緊急離着陸用ヘリポートにて。轡木十蔵は、帰還したばかりの部下の様子を見つめていた。全身に打撲痕を受け、左脚には深い裂傷を抱え、腹には9mm弾の礫を抱えている。帰還途中の楯無から受けた報告と眼前の部下を見比べてみると、異常性が際立っていた。

「自体は火急だと伺っていたのですが……ねえ?」

事実、学園長の背後には保険医の集団が控えており、簡易処置が出来る特殊担架や、万が一対処が難しい深手を負っていた場合に備えた救急ヘリまで用意していた。
 だが、『一刻も早く治療を』と楯無から判断されていた用務員、編田羅赦は無傷と評しても良い程の健康体であった。水牢と見紛う水球から叩き出されたラシャは、駆け寄る医療スタッフをその手で静止した。何事かと硬直する一同の前で、ラシャは嘔吐した。固まりかけた墨汁のような血液に混じって、潰れた実包が混じっていた。
 スタッフたちに動揺が広がるのを尻目に、ラシャは右腕に装着していたベルトを外した。短剣が仕込まれたベルトが床に落ちる。落下の衝撃でベルトから刃が跳ね上がる。血と脂存分に吸った死の彩りが、様々な医療現場を観てきたスタッフ達を慄かせた。

「この血を分析にかけてくれ。ラウラ・ボーデヴィッヒのDNAとどれ程一致するのか知りたい」

「そ、それより貴方の治療を……」

 慌てた様子のスタッフの腕を、ラシャは乱暴にひねり上げた。明らかに筋と骨が軋む音が第三者にも聞こえるほどの力だった。

「ぎゃあああああ!?」

 悲鳴を上げる医療スタッフの頭を鷲掴みにするラシャ。頭蓋骨を割らんばかりに握りしめ、顔を近づけて怒鳴った。

「ここまで出来るやつの何処に治療が必要なんだ?えぇ!?良いからとっとと分析にかけろ!!俺の治療より大事なことなんだよ!!」

 凄まじい剣幕で以って捲し立てるラシャの姿からは、平時の人畜無害な用務員の姿は微塵も存在しなかった。まるで何かが取り憑いたような変貌ぶりに、周囲のスタッフがざわめく。

「そこまでよ、ラシャ先生。お願いだから落ち着いて。お世話になった人にこれ以上酷い事したくないわ」

 今まさにスタッフの腕が折れるかといったタイミングで、ラシャを学園まで運んできた生徒会長の更識楯無が、纏っている第二世代機IS打鉄の近接格闘ブレード『葵』をラシャの首に突きつけていた。

「…」

ラシャは、すんなりとスタッフの拘束を解いた。周囲からは安堵のため息が聞こえた。皆、ラシャの殺人鬼としての一面を知っている面々なのだ。
 楯無の背後から数人の兵士が現れ、ラシャの周囲を取り囲む。皆カービン銃で武装しており、ラシャと同じ野戦服を着用している様子から、IS学園の警備員の一部であろうことは容易に想像できる。
 ラシャは銃口に晒されていても眉一つ動かさずに、ため息を吐いた。

「ISを纏っているからか随分と余裕だな。総てのイニシアチブを握っていると確信しているような声色だ」

 楯無の眉が訝しげに顰められる。

「先生、いくらなんでも無謀すぎない?」

「残心を忘れてるな、だから足元を掬われる」

 次の瞬間、楯無が持っていたブレードは彼女の手を離れ、宙を舞っていた。

「え?」

 ISのパワーアシストの手を離れたブレードは、バトンのように美しい軌跡を描きながら夜空を踊る。次の瞬間に見えたのはアーミーブーツのゴツゴツとした靴底。ありえない光景だった。生身の人間であるラシャが、あろうことかISのブレードを蹴り飛ばしていたのだ。

「まだまだだな、そんなじゃあブリュンヒルデには程遠い」

 ニヤリと笑うラシャに対して、楯無の表情は青かった。ISのハイパーセンサーを以ってしても見切ることが出来ない一撃だったからだ。いや、それ以前に自らに多少の油断が生じていたことは認めるとしても、ISによるパワーアシストは生身の常人においそれとどうこうできるほどやわに出来ていないのだ。
 だが、ラシャはそれを破った。決して弱くない力で握っていたにも関わらず、彼は初めて出会った時のように彼女の得物を叩き落とし、彼女の慢心をへし折ったのだ。ヘリポートに突き刺さったブレードに映った月の光が悲しくなるほど美しかった。
 尚、不敵な笑みを浮かべた直後、ラシャは警備員にカービン銃でぶん殴られて意識を失い連行された事は言うまでもない。



「さて、貴方らしからぬ結果になりましたね。更識くんから全ては聞いています。篠ノ之姉妹との邂逅の妨害は失敗。置き土産は世界にとって手に余る第四世代IS……。各国から問い合わせが殺到して来るのは明確、明日から忙しくなるでしょうねえ、全く」

 学園長執務室にて、轡木十蔵学園長はヘリポートで一騒動起こした用務員と言う名の専属ヒットマンであるラシャを睨みつけた。拘束から1時間が経過しており、既に彼に対する拘束は解けている。

「忙しくなるついでに、あの血液の鑑定をして頂きたい。あれの結果如何によって、これからの計画を修正しなければならないんだ」

 十蔵の睨みを跳ね返すようにラシャも睨みを走らせる。いかなる修羅場を潜ったか、ふてぶてしい態度が少しばかり見えた。

「既に鑑定結果は出ています。ラウラ・ボーデヴィッヒのDNA情報と合致していました。しかし、なぜ?彼女は……」

 訝しむ表情を見せる十蔵。事実、ラウラ・ボーデヴィッヒは眼前の用務員の手によって息の根を止められているのだ。しかし、種明かしは本人の口から齎された。

「奴の姉妹が篠ノ之束に飼われ、此度の任務を妨害してきた」

 その言葉に、十蔵は書類から顔を上げてラシャを見つめる。

「もしや、もしや……」

「恐らく、ドイツ政府がバックに居る可能性が高い。デザイナーズチャイルドの研究と言い、イカれた研究に事欠かない国だな」

 おどけた様に言いつつも、双方の胸中は穏やかではなかった。あの自己中心主義の塊である篠ノ之束が、身内以外の生物を己の庇護下に置いている事が明らかになったのだ。しかも、国の手垢がついた存在を抱え込んでいるという事実が更に事態を重くさせる。様々な勢力が彼女に手を貸してしまえる状況となっているのだ。
 彼女の眼鏡にかなうものが居れば、ISコアの量産だって考えられる。恐らく、秘密裏に行われるだろう。そして、椅子の下で互いの足を蹴り合うように、水面下で密造されたISによる紛争やテロが起こされる時代が訪れる。そればかりはなんとしても避けねばならない。此度の第四世代機の登場の前例がある時点で、あの天災に自制を求めることは絶望的であることは想像に難くない。

「とかく、これからこの学園周辺は荒れることは間違いないでしょう。貴方にだけしか頼めないゴミ掃除も増えると思いますので、その際はよろしくお願いしますよ?」

 軽く考えただけでざっと数十通りの最悪の事態が浮かんできた十蔵は、思考の堂々巡りを一時中断した。それを察したのか、ラシャ自身も踵を合わせて気をつけの姿勢を取り、一礼した。

「畏まりました」



 翌日の昼過ぎには臨海学校の生徒達が帰還した。その時のラシャは日常を演じきるために、放ったらかしにしていたささやかな家庭菜園の手入れをしていた。人工島であるからの定めなのか、土の状態にばらつきがある。故に出来る作物の状態も然り、である。

「やはり農耕用の肥料を選別して、土台作りから始めなければいけないなあ…」

 出来たばかりのトマトを一つ咀嚼したラシャの額には深いシワが刻まれていた。おもったより甘みが出なかったからだ。

「しかし、食えないわけではないし、不味いわけでもない。今晩あたり適当にスライスして、チーズをつまみに……ん?」

 ふと、ラシャに影が差した。人形の影だ。刹那、ラシャの脳裏にフラッシュバックするのは鮮血の夕暮れ。殺し合いの狭間に観た幸せの残滓。自然と心音が高鳴り、世界から音が消える。周囲の喧騒から隔絶された状況は、ラシャの心をすり減らす。

「……」

 自然と手元の鋏を逆手に持ち替えようとするのを必死にこらえて振り向いた先には。

「お疲れ様です!ラシャさん!!」

 純粋な笑顔を浮かべる童顔の教師が居た。

「おや、山田先生ではないですか。今お戻りで?」

 膿を絞り出すように身体から緊張感が抜けていく。慌てて鋏を腰に下げたホルスターに収めて一礼する。

「そうなんですよ、今戻ったばかりなんですけど大変でした……詳しくはお話できないんですけど、ね」

 ラシャの脳裏に、白銀の天使を思わせるISが思い起こさせる。手前勝手に襲い掛かってきて『助けてくれ』とのたまったふざけた輩だったが、何者だったのだろうか。
 だが、それ以上考えるのは不毛も良いところだ。自らはあの場所に居てはならぬ存在。それらに関しては無知を貫き通さねばならない状況下にある。ISにまつわる情報は軍事機密のベールに包まれているのが常である。山田先生が申し訳なさそうに頭を下げるのも仕様の無い状況だ。だとしても一介の用務員に態々こうして頭を下げる事自体稀な存在ではあるのだが。
 とかく、ラシャは通常通りの微笑みを浮かべた。

「まあ、とにかくお疲れ様です。色々と大変であったのは何となくわかります」

 ラシャはトマトを少しばかり収穫した。多少味が劣るとはいえ、採れたてと空腹に勝る調味料はない。

「どうです?手前味噌ですがお裾分けいたしますよ?」

 断られると思っていたが、思いの外好反応だった。疲労の色濃い山田先生の表情に花開くように笑顔が広がる。

「い、良いんですか!?ありがとうございます!!」

 食い気味に反応する山田先生に気圧されつつ、首肯で応じるラシャ。

「そ、それでは!私、先輩と報告書を書いてきますので待っていてくださいね!!すぐ向かいますので!!」

「あ、そうだ。ちふ……織斑先生もついでに……」

「絶対ですよ!!」

 ラシャの言葉は最後まで聞き届けられなかった。

「……アッハイ」

 ラシャはどうにか返事を絞り出したが、当の山田先生は既に職員室に駆け込んだ後だった。
 
 

 
後書き
 次から更新が遅くなります。 
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