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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン69 封印の神と『D』

 
前書き
前回のあらすじ:覇王戦、決着。オブライエンがいなければ即死だった。

 

 
 サイバー・ダーク・ドラゴンの上で、いつの間にか僕は眠っていたらしい。ふと気が付けば、夜の闇が頭上に広がっていた。焚火を中心に囲んで座るエド、ヘルカイザー、そのほかにも見慣れた、でもここで見るとは思わなかった顔がいくつかあった。

「おはよ、エド。ヘルカイザーも……それに翔にクロノス先生、おジャマ・イエローもいるの?あと、そっちの人は?」

 再会を懐かしむ気持ちより見知らぬ人への警戒が表に出るあたり、僕もだいぶこの世界に染まってきたと思う。翔の顔を見た時は記憶にあった彼とはなんだかだいぶ違う様子になんとなく違和感があったけれど、少なくとも偽物とかそういう話ではなさそうだ。それに、そのことをいつまでも考える暇もない。そんな僕の声に反応して、この中で唯一の新顔が僕の方を見て会釈する。随分と意志の強そうな、でもどこか思いつめたような目をした女性だ。

「この人はエコー。アモン・ガラムの……まあ、知り合いとだけ言っておこう。この2人と一緒にいたところをたまたま見つけたんだ。それにしても、ようやく起きたのか?まったく、よくこんな状況で眠れたな。大胆というか無神経というか」
「剛毅と呼んでくれてもいいのよ?で、ここどこ?」
「さあな、俺らもこの世界の地理にはそこまで明るくない。ただ少なくとも、覇王城からはだいぶ離れたことは確かだな」
「まさか君も、この世界にいたなんてね」
「驚き桃の木ナノーネ」
「会えて嬉しいわよ、清明のダンナ~」

 僕がぐっすり眠っているうちに、サイバー・ダーク・ドラゴンはどこかに降り立っていたらしい。その指示を出していたはずの主のヘルカイザーでさえどこだかわからないというのもひどい話だけど、さしあたり追手などの問題はなさそうだ。
 それにどれほど飛んでいたのかはわからないけれど、きちんとした固い地面に座るのは久しぶりな気がするからそれだけでありがたい。背伸びをして凝った筋肉をほぐし、近くの木陰に寝かされている十代の方を見る。

「さて、目が覚めたのなら君にもそろそろ話してもらおうか。聞いた話では、君は砂漠の異世界で行方不明になったはずだ。その君が、なぜ覇王と戦っていた?」
「ああ、そういえばそんな話だったっけね。えーっと、まず……」

 この世界で目覚めてから出会った人や、起きたことの話。辺境の大賢者、バックアップ・ウォリアーのいた村、そして鬼神ケルトと狸爺のグラファ。色々なことがあったが、少し前にも三沢に話した内容だったおかげで思いのほかスムーズに話すことができた。それをすんなり信じてもらえたのも、三沢の時と同じだ。現に目の前で精霊が動き回っているのだから、今更信じるも信じないもない。

「なるほどな。待てよ、清明。その話が本当なら、今そのデュエルディスクは使い物にならないのか?」
「え?……あっ!エド、この近くに川や池とかない!?」
「いや、ここに来るまでに水場なんて見ていないな」
「だ、だとしても今からでも探しに……」
「やめるノーネ、シニョール清明。夜は危険が危ないノーネ」

 僕の水妖式デュエルディスクは、水を入れなければただの腕輪でしかない。覇王戦で貯水しておいた全てを使い切ったせいで、今の僕はデュエルをすることすらままならない。クロノス先生の心配もよくわかるけれど、この世界での唯一の武器が使えない方がよっぽどリスクが高いし危険だ。
 だが立ち上がったその時には、もうすでに手遅れだった。さっきまで雲一つなかった夜空がぼやけたかと思うと、動く間もなく濃い霧が流れ込んできたのだ。これまで霧の王に何度か霧を出す魔法を頼んでいた僕にはわかるが、この異様なスピードは明らかに人為的なものだ。何が目的かはわからないけれど、視界が塞がれた以上下手には動けない。
 沈黙のうちに時間が過ぎ、やがて霧が晴れてきた。一体どんな術を使ったのか、先ほどまで屋外にいたはずの僕らはなぜかどこかの洞窟の中にいる。でもそんなことより、目の前の人間の存在が問題だった。不気味で冷酷な笑みを浮かべる、眼鏡をかけたその男。どう考えても、この霧はこの男が引き起こしたのだろう。

「……アモン!」

 案の定、再会を喜び合うなんてことはできなかった。アモンの語った自らの話は、それを聞く僕らを驚愕させるには十分すぎる破壊力を持っていた。久々に見る異形の腕……それを見て呟いた十代の言葉を借りるならば、ユベルの腕。その力のみに飽き足らず、この地に眠るという神の力をも求めてエコーを贄にせんと迫るアモン・ガラム。そしてそれを阻止すべく立ちはだかったダークヒーロー、エド・フェニックス。
 正直何が起きているのか、僕にはアモンの話をすべて聞いてもよくわからない。むしろわかりたくない、というのが正しいか。あれだけの力と物量でこの世界を実際に統一しかかった覇王の裏で、こんな物騒なことが進んでいたなんて。それじゃあオブライエンが、ジムが、そしてケルトや大賢者が命を捨ててまで僕に託してきたものは、一体なんだったんだ。覇王の人格を倒し十代に戻せば、この世界にも平穏が戻るはずじゃなかったのか。それなのに目の前で、覇王と同等の力を持った存在が野心に燃えて動き出そうとしている。狙いの神とやらがなんなのかはわからないが、その力で覇王に対抗しようとしていたということは恐らく覇王の象徴、超融合と同等以上に危険な力を秘めているのだろう。アモン、なんなんだお前は。ようやく戦乱が止まり小休止を迎えたこの世界に、何の権利があってこんなことをするってんだ。
 しかも、覇王とアモンには決定的な違いが1つある。覇王軍の生み出した犠牲は、無差別な侵略により生まれたいわばランダムなものだ。だがそれとは違い、アモンは確固たる意志を持ちピンポイントでエコー1人の命を犠牲にしようと動いている。それが意味することも、エコーのアモンへの想いも、すべて理解したうえで平然と乗り越えてその先に進もうとしている。
 どちらがいいなんてことは、もちろんない。あるわけない。ないけれど、どちらが恐ろしいかと言われればそれはアモンの方だ。他の物には目もくれないかわり、絶対に目的を果たそうとする……そんな狂信的な勢いは、今は亡き先代ダークシグナーにすらなかったものだ。

「「デュエル!」」

 そしてその2人のデュエルを前に、デュエルをすることすら満足に果たせない僕はただ無力だった。できる事はただ言葉を掛けることと、あとは精々このデュエルの行く末を見守っていることぐらいだった。

「エド!」
「うん?」
「……勝ってね」
「任せておけ。僕が先攻だ、アモン!父さんの残したラフスケッチを元に完成させた僕のニューフェイス、使うならプロの舞台でと思っていたが、まさかこんな所が初陣とはな。カモン、ドリルガイ!」

 ニューフェイスの言葉通り、見たことない新たなD-HEROを召喚するエド。その名が示すようにその片腕はまさにドリルそのもの、もう片腕も一見普通に見えるがよく見ると指が5本のすべてドリル、さらに全身からもドリルが突き出ているとダイヤモンドガイの水晶並に自己主張の激しいモンスターだ。

 D-HERO(デステニーヒーロー) ドリルガイ 攻1600

「ドリルガイの召喚、特殊召喚に成功した時、エフェクト発動。手札からこのカードの攻撃力以下の攻撃力を持つディーヒーローを特殊召喚できる。カモン、ダイヤモンドガイ!」

 D-HERO ダイヤモンドガイ 攻1400

「さらに僕はダイヤモンドガイのエフェクト、ハードネス・アイを発動。1ターンに1度デッキトップをめくり、そのカードが通常魔法ならばそのカードをセメタリーに送る。そしてそのエフェクトのみを1ターン後の未来に送り、発動することができる。デッキトップは通常魔法、置換融合だ。よってこの効果を僕は次のメインフェイズに発動させることを宣言しよう。カードを2枚セットして、ターンエンドだ」

 初手ダイヤモンドガイからのハードネス・アイという、定番の布陣を組んできたエド。それにしても、置換融合?DはEと違って、融合召喚に頼らない戦術が特徴だったはずだが。おそらくあれも、ドリルガイ以外のニューフェイスへの布石なのだろう。

「それで終わりか?ならば僕のターン、ドローだ」

 対するアモンは、雲魔物の使い手だったはずだ。戦闘破壊されないメリットと引き換えに、守備表示になっただけで自壊するという1歩間違えればサンドバックにされかねないデメリットを背負う不思議なモンスター群。
 だがアモンの出したモンスターは、雲魔物とは似ても似つかぬ潜水服を来た人型のモンスターだった。

「ディープ・ダイバーを攻撃表示で召喚」

 ディープ・ダイバー 攻1000

「雲魔物じゃない……?」
「ああ、そういえばまだ誰にも見せていなかったね。これまで使っていたデッキは、こっちさ」

 その言葉を受け、アモンが腰につけた別のデッキケースを取り出す。そして次の瞬間、そのデッキをいきなり投げ捨てた。地面に落ちたはずみで留め金が外れ、40枚のカードが僕らの足元に散らばる。

「な、何を……!?」
「もう、このデッキは必要ないのさ。この神の封印さえ解ければ、それを従える僕こそが最強の存在となるからな。さあエド、改めてデュエルを続けようか。僕は永続魔法、強者の苦痛を発動。これにより君の全てのモンスターは、そのレベル1つにつき100ポイントの攻撃力を失う」
「くっ……」

 ドリルガイとダイヤモンドガイは、そのどちらもレベル4。ただでさえステータスが低いエドのモンスターには、わずか400ポイントの弱体化でさえ大きく響いてしまう。

 D-HERO ドリルガイ 攻1600→1200
 D-HERO ダイヤモンドガイ 攻1400→1000

「もう1枚永続魔法、補給部隊を発動。バトルだ。ダイヤモンドガイに攻撃!」
「相打ち狙いか……迎え撃て、ダイヤモンドガイ!」

 ディープ・ダイバー 攻1000(破壊)→D-HERO ダイヤモンドガイ 攻1000(破壊)

 2体のモンスターの攻撃力が同じだったため、戦闘ダメージは発生しない。だが補給部隊は互いのターンに1度ずつコントローラーの場でモンスターが破壊されるたびにカードをドローできる敵に回すと厄介なカード、これではダイヤモンドガイを失っただけエドの方がやや損か。だが両者のモンスターが戦闘破壊された時、洞窟の壁にDのシグナルがくっきりと浮かび上がったのはエドのフィールドからだった。

「僕は今の戦闘破壊をトリガーにトラップカード、デステニー・シグナルを発動!これにより手札、またはデッキからレベル4以下のディーヒーローを特殊召喚できる。カモン、ディバインガイ!」

 D-HERO ディバインガイ 攻1600→1200

 十代の多用するトラップ、ヒーロー・シグナルのディーヒーロー版により特殊召喚されたのは、背中に巨大な輪を背負った新たなヒーロー。
 これでダイヤモンドガイが破壊されたにもかかわらず、エドのモンスターの数自体はいまだ変わらず2体のままとなった……だがその状況を見ても、アモンは不気味なほどに反応を示さない。

「もういいかな、エド?ならばこちらも場のディープ・ダイバーが破壊されたことで補給部隊の効果によりカードを1枚引き……さらにこのバトルフェイズ終了時、ディープ・ダイバーの効果を墓地から発動。自身が戦闘破壊されたバトルフェイズ終了時、デッキからモンスター1体を選びデッキトップに置く。僕が選ぶモンスターはこのカード、封印されしエクゾディアだ」
「エクゾディアだと!?」

 エクゾディア。頭と四肢を手札に全て揃えることで問答無用の勝利が確定する、恐るべき可能性を秘めたカード。相手がそれを利用しての勝利を狙っているとなると、通常想定される対ビートダウンでの戦術は通用しない。むしろ対策すべきはその手札、そこに何体のパーツが存在するかだ。
 だが、エド・フェニックスもまた、ただのデュエリストではない。世界のトップを走るプロとして、当然そのようなデッキと対戦した経験もあるはずだ。

「さて、僕のターンがまだ終わっていなかったな。永続魔法、デーモンの宣告を発動。1ターンに1度500ライフを支払カード名を1つ宣言し、デッキトップがそのカードならば手札に加えることができる。当然このターンに宣言するのは、封印されしエクゾディアだ」

 アモン LP4000→3500

 宣言も何もあったものじゃない。あのカードは、たった今ディープ・ダイバーの効果で置いたばかりのカードじゃないか。これで、最低1枚のパーツがアモンの手の中にあることになる。

「さらに魔法カード、浮上を発動。墓地からレベル3の水族モンスター、ディープ・ダイバーを守備表示で蘇生させる。カードを伏せ、これでターンエンドだ」

 ディープ・ダイバー 守1100

 エド LP4000 手札:0
モンスター:D-HERO ドリルガイ(攻)
      D-HERO ディバインガイ(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
 アモン LP3500 手札:2
モンスター:ディープ・ダイバー(守)
魔法・罠:強者の苦痛
     補給部隊
     デーモンの宣告
     1(伏せ)

「僕のターン、ドロー。このメインフェイズ、ダイヤモンドガイのエフェクトにより墓地の置換融合を発動!これにより僕のフィールドのモンスターのみを素材とし、融合召喚を行う。運命の岩盤を穿つ英雄よ、天与の使命背負いし英雄よ、暗黒の未来を統一し、理想郷へと歩むがいい!カモン!ディーヒーロー、ディストピアガイ!」

 ドリルガイとディバインガイが飛び上がり、空中で混じり合い新たな姿となる。額にDの文字を意匠として刻み込み、全身を青いボディスーツのようなもので完全に覆った青いヒーロー。だがその姿はディーヒーロー特有の英国風というよりはむしろアメコミ的で、まるでヒーローの存在しない世界(ディストピア)でダークヒーローが無理に正義のヒーローであることを強要されているような歪さが感じられる。その歪さこそがまさに、決してユートピアではないディストピアとしての象徴なのだろうか。

 D-HERO ディストピアガイ 攻2800→2000

「おいおいエド、融合召喚をしたのはいいが、むしろドリルガイ2体の方が僕に与えられるダメージは高かったんじゃないか?」

 そう、アモンの言う通りだ。確かにせっかく当てたダイヤモンドガイの効果を使いたいという気持ちはわからなくもないが、強者の苦痛が存在する以上高レベルモンスターをわざわざ呼び出すのはむしろ悪手のはず。ディープ・ダイバーの守備力を突破できないというのならわからなくもないが、ドリルガイのままでもギリギリ戦闘破壊からのダイレクトアタックという動きは可能だったはずだ。
 だが、それこそがエドにとっては最高の展開だった。

「いや、むしろ礼を言うよアモン、君が強者の苦痛を使ってくれて。これで、ディストピアガイのエフェクトのために僕が下準備をする必要がなくなったわけだからね」
「なんだと?」
「今にわかるさ。だがまずはディストピアガイのファーストエフェクト発動、スクイズ・パーム!このカードが場に出された時、墓地のレベル4以下のディーヒーロー1体の攻撃力分のダメージを与える。僕が選ぶカードは当然、ドリルガイによる1600ダメージだ!」

 アモン LP3500→1900

 ディストピアガイの効果により、アモンのライフが一気に半分近く削られる。だが本命はむしろ、その次の効果だった。ディストピアガイが掌をかざすとそこに穴が開き、凄まじい勢いで周りの空気が、そしてアモンのディープ・ダイバーが吸い込まれていく。

「ディストピアガイのセカンドエフェクト発動、ノーブルジャスティス!このカードの攻撃力が変化しているときに1ターンに1度、カード1枚を破壊しその数値を元に戻す!」
「効果破壊か……!」

 ディープ・ダイバーは、アモンの言葉通り戦闘破壊でなくては効果を使えない。しかもアモン唯一のモンスターが破壊されたことで、もはやその身を守るものは何もない。補給部隊によるドローのリスクはあるものの、確実にエクゾディアのパーツをデッキトップに置くディープ・ダイバーの破壊を優先したのだろう。

「バトルだ、ディストピアガイ!ディストピアブロー!」

 ディストピアガイが飛び上がると、その拳に光が集まる。落下速度を加えての渾身の一撃が、アモンめがけてまっすぐに突っ込んでいった。
 そう、確かにこの攻撃が通りさえすればエドの勝ちが決まる。だけど、1度だけとはいえアモンとデュエルをした僕にはわかる。あのアモンが、こんな簡単に勝負を譲るわけがない。その予感は、すぐに正しいことが明らかになった。

「単調な攻撃だな。トラップ発動、次元幽閉。攻撃モンスター1体を除外する!」

 もはや守るものはないと思われたアモンの目の前の空間に亀裂が走り、その向こう側に亜空間が覗く。ディストピアガイの抵抗虚しく、その体が徐々に亀裂へと吸い込まれていく。

「エド!」

 エドの攻撃を見越したうえで発動された、アモンの次元幽閉。だが、これでまた逆転されてしまうのか、なんてことをちらりとでも思った僕は、まだまだエド・フェニックスという男を甘く見ていたらしい。

「やはりトラップを張っていたか。こちらもリバースカードオープン、ディメンション・ゲート!僕のフィールドからディストピアガイを表側で除外する!」

 その体が完全に亀裂に吸い込まれ閉じ込められる寸前、ディストピアガイが再び飛び上がる。額のDの紋章が赤く輝くと、その姿が蜃気楼のように消えていった。

「ディメンション・ゲート……なるほどな」
「どうやら気が付いたようだな。ディメンション・ゲートは相手の直接攻撃宣言時に自ら墓地へ送ることができ、またこのカードが墓地に送られた時に今除外したディストピアガイを帰還させることができる」
「そういうことか」

 2人の会話を聞き、ヘルカイザーも真剣な目で呟く。何の話をしているのかさっぱりわからない、という僕の視線に気づいたのか、誰に言うともなくエドの狙いをもう少し詳しく話してくれた。

「ディストピアガイは特殊召喚に成功するたび、先ほどのバーン効果を発動させる。アモンがエクゾディアでの勝利を狙っているのならば直接攻撃を狙うことはまずないだろうが、それでもエドがディメンション・ゲートを何らかの方法で墓地に送ることができればほぼ確実に1600のバーンダメージが発生すると見ていいだろう。だがアモンのライフは既に1900、つまり……」
「そうか、発動に500ライフが必要になるデーモンの宣告は、アモンにはもう使えないんだ!」
「アモンの手札のエクゾディアパーツは先ほど引いた1枚か、仮にあの手札全てがパーツだとしても3枚のみ。自らの引きの強さに頼りあるかどうかも分からないパーツ名を宣言しようにも、まだ最低2枚のパーツが必要ならばこれはさすがに分が悪いな」

 ディメンション・ゲート1枚で次元幽閉を不発に終わらせたばかりか、間接的にデーモンの宣告すら無力化させることに成功したエド。たった1枚でここまで相手を翻弄させるあたり、恐るべき使い手だ。

「闇の誘惑を発動。カードを2枚引き、手札から闇属性モンスターのディアボリックガイを除外。これでターンエンドだ、さあ、僕の場にモンスターはいない。攻撃するならご自由に」
「くだらない真似を……!」
「くだらない?僕に言わせれば、君の方がよほどくだらないと思うがね。どれほど甘い言葉を並べたところで、君のやろうとしていることはおかしい。エコー、彼女がどれだけ君のことを……!」
「君がどう思おうと、それこそ君の感情に過ぎない。これは僕とエコーの話なんだ、そこに首を突っ込まないで貰おうか。ねえ、エコー。どうなんだい?」
「私……私は……」
「僕がこの世界を支配する王となるためには、この神の力が必要なんだ。そしてその力を解放するための生贄は、僕が最も愛するヒトでなければならない。僕が唯一愛した女性……エコー、君でなければならないんだ」
「私が、アモンの……」
「頼むよ、エコー。僕が王になるためには、どうしても必要なことなんだ」
「ノー、シニョーラ、エコー!行っては駄目なノーネ!」

 デュエルが一筋縄ではいかないと見るや、作戦を変えてエコーに甘く語りかけるアモン。誰の制止の言葉も耳に入っていないのだろう、1歩、また1歩と震える足取りでアモンの指差した閉ざされた扉へと向かってしまう。

「まさか、このデュエルの最中に彼女を贄にするつもりなのか……?」

 ヘルカイザーの呟きは、質問よりも確認としての意味合いが強かったろう。そして言葉を返すことなく、愚問だなと言いたげに口の端を歪めて笑ったのみにとどめるアモン。
 この神がどんなものかはわからない。だがこの状況でその封印を解こうということは、もしその力が解放されたならばエドが優勢の今の状況をもひっくり返すことができるだけのポテンシャルを秘めているのだろう。

「させる……」

 か、と言い切ることはできなかった。自分から贄となろうとしにいくエコーを力づくにでも止めるため踏み出した瞬間、どれだけ力を込めてもピクリとも足が動かなくなったのだ。見ると、僕らに向けてアモンが例の異形の腕を向けて力を込めている。あの腕が不思議な力を使い、動きを封じているのだろう。ならばとチャクチャルさんにテレパシーを飛ばしてみるものの、なぜかうんともすんとも返事が返ってこない。

「おいおい、無粋な真似はよしてもらおうか。エコー、僕の愛しい人よ。あと少し、ほんの少しで僕はこの世界の王になれる。エコー、そのためには君が、君だけが必要なんだ」
「くっ……!おい、アモン!今はデュエルの最中だ、早くターンを進めろ!」

 ゆっくりだが確実に、封印に近づくエコー。その様子に焦りの色を浮かべたエドが、エコーが生け贄になるより早くこのデュエルを終わらせるべくアモンに催促する。その様子に気をよくしたのか、満足げにアモンがカードを引く。

「ああ、そうだったな。エコー、何も今すぐ決める必要はない。君の決心が早ければ早いだけ、僕が王となる時も早くなるが……信じているよ、エコー。ドロー、防覇龍ヘリオスフィアを守備表示で召喚。さらにカードを伏せ、これでターンエンドだ」

 防覇龍ヘリオスフィア 守1900

 エド LP4000 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:ディメンション・ゲート(ディストピアガイ)
 アモン LP1900 手札:2
モンスター:防覇龍ヘリオスフィア(守)
魔法・罠:強者の苦痛
     補給部隊
     デーモンの宣告
     1(伏せ)

 ヘリオスフィアは一見ただの壁モンスターでしかないが、相手の手札が4枚以下かつプレイヤーが自身以外のモンスターをコントロールしていない場合に限り相手は攻撃宣言を一切行えなくなる守りの効果を持つ。手札が1枚のみのエドにとっては、厳しい相手と言える。

「ここでヘリオスフィアを引いてくるか……僕のターン、ドロー!カモン、ドレッドサーヴァント!」

 時計の針のような武器を手にした、ドレッドヘアのディーヒーロー。ステータスの低いそれを、エドはあえて攻撃表示で場に出した。

 D-HERO ドレッドサーヴァント 攻400→100

「ドレッドサーヴァントは幽獄の時計塔の針を進める効果を持つが、今このフィールドに時計塔は存在しない。だがこのカードは戦闘破壊され墓地に送られた時、僕のマジック、トラップを1枚破壊するセカンドエフェクトを持っている」
「なるほど、その効果でディストピアガイを復活されたくなければうかつに攻撃表示にはできない、というわけか。だがいいのか、そんな悠長なものを狙っていて?僕がモンスターを攻撃表示で出したうえでヘリオスフィアの守りを潜り抜けなければ自爆特攻すら不可能だし、そもそもエクゾディアの入ったこのデッキにアタッカーなど本当に入っていると思っているのか?」
「そう思うなら思っておけ。僕はこれでターンエンドだ」

 意味深な一言と共に、ドレッドサーヴァントの召喚のみでターンを終えるエド。いくらプロとはいえ、流石にこのターンの引きだけでヘリオスフィアを除去することはできなかったようだ。

「では、ドロー。ターンエンドだ」

 引いたカードをちらりと見ただけで、何も言わずターンを回すアモン。ヘリオスフィアの効果を生かすためにモンスターを引いたものの出せなかったのか、あるいはエクゾディアパーツを素引きしたのか……だ。驚くほど動きのないターンの往復だったが、それでもエドのディストピアガイ、アモンのエクゾディアというフィールド外から互いが相手にかけるプレッシャーに息の詰まるような空気の重さを感じる。

 エド LP4000 手札:1
モンスター:D-HERO ドレッドサーヴァント(攻)
魔法・罠:ディメンション・ゲート(ディストピアガイ)
 アモン LP1900 手札:3
モンスター:防覇龍ヘリオスフィア(守)
魔法・罠:強者の苦痛
     補給部隊
     デーモンの宣告
     1(伏せ)

「僕のターン……ターンエンドだ」

 どうやら完全に動けなかったらしく、まったく何もせずターンを終えるエド。こうしてターンを費やしているうちに、アモンがエクゾディアのパーツを引ききるかもしれない。その焦りが、手に取るようにこちらにも伝わってくる。

「ドロー。カードを1枚セットし、ターンエンド」

 攻めあぐねて落ち着きを失っていくエドとは対照的に、どんどん余裕を取り戻していくアモン。次のターン辺りで何とか流れを取り戻さないと、このままずるずると引き延ばされパーツを揃えられてしまいかねない。勝負の流れというものは、誰が何と言おうとも実在するものなのだ。

 エド LP4000 手札:2
モンスター:D-HERO ドレッドサーヴァント(攻)
魔法・罠:ディメンション・ゲート(ディストピアガイ)
 アモン LP1900 手札:3
モンスター:防覇龍ヘリオスフィア(守)
魔法・罠:強者の苦痛
     補給部隊
     デーモンの宣告
     2(伏せ)

「もう少し、もう少しだけ待ってくれ、エコー!僕のターン、ドロー!」

 悲痛な叫びとともに、デッキに願いを託してカードを引くエド。そして、その思いは……通じた。ドローしたカードを見たエドが、はっとした表情になる。

「アモン。どうやら、エクゾディアの完成を見ることはなさそうだな」
「なに?」

 エドの言葉に眉をひそめ、不愉快そうな表情を露わにするアモン。そんなアモンに、エドがたった今引いたばかりのカードを表にした。

「そのカードは!」
「そう。通常魔法、手札抹殺を発動する。先ほどのディープ・ダイバーやそのデーモンの宣告を見る限り、恐らくそのデッキはエクゾディアをデッキからサーチ、及びドローして揃えるタイプと見た。となると、一度パーツを落としてしまえばその回収は難しい、違うか?」
「……」
「沈黙は肯定と受け取ろう。これがセメタリーを経由してサルベージするタイプのデッキだったら少々厄介だったが、そんなこともなさそうで安心したよ。さあ、全ての手札を捨ててもらおうか!」

 たがいに全ての手札を捨て、その枚数だけドローする手札抹殺。無言でエクゾディアパーツを含む3枚のカードを墓地に送るアモンに対し、エドも2枚の手札を捨てて新たなカードを引く。

「さらに魔法カード、マジック・プランターを発動。僕の場のディメンション・ゲートを墓地に送り、カードを2枚ドローする。そしてディメンション・ゲートがセメタリーへと送られたことにより、異次元の彼方から僕のディーヒーローが帰還する!暗黒の未来を再び統べろ、ディストピアガイ!」

 D-HERO ディストピアガイ 攻2800→2000

 ここに来て帰還したエドの新たなエース、ディストピアガイ。特殊召喚の成功、そして強者の苦痛を受けたことにより、再びその2つの効果を使用する用意は整った。額のDの紋章からの光線と、掌を向けての吸引攻撃の2つが流れるような動きで行われ、アモン本人とそのフィールドに襲い掛かる。

「もう説明は不要だな?ディストピアガイのダブルエフェクト発動!まずセメタリーのドリルガイを選択、スクイズ・パーム!」

 アモン LP1900→300

「次いでその、僕から見て右側の伏せカードを破壊しディストピアガイの攻撃力を元に戻す、ノーブル・ジャスティス!」
「ふん、残念だったな。破壊されたトラップ、運命の発掘の効果を墓地から発動!このカードが相手により破壊された時、墓地の同名カードの数だけドローを行う。僕の墓地には今破壊されたこのカードの他に、手札抹殺により墓地に送られた1枚が存在する。よって2枚をドロー!」

 D-HERO ディストピアガイ 攻2000→2800

 せっかくの破壊効果も、よりによって破壊された時に効果を発動するカードに使ってしまったせいでまともに生かせなかったエド。しかもヘリオスフィアよりも伏せカードを優先したせいで、このターンはまだ攻撃することもできない。
 だが、エドはまだ諦めていなかった。アモンが手札抹殺で運命の発掘を墓地に送りドロー数の増加に繋げたように、この男もまた勝利への布石をあの時ちゃっかり打っていたのだ。

「まだだ、セメタリーに存在するディアボリックガイのエフェクトを発動。このカードを除外することで、デッキより同名モンスターを特殊召喚する。カモン、アナザーワン!さらにデビルガイを召喚!」

 D-HERO ディアボリックガイ 攻800→200
 D-HERO デビルガイ 攻600→300

 ドレッドサーヴァント、デビル、そしてディアボリックにディストピア。計4体ものディーヒーローがフィールドに揃った時点で、やっとエドの狙いが僕にもわかった。
 もしかして、最初からこうなることを予測してあえてドレッドサーヴァントの効果を事前に宣言していたのだろうか。攻守が低く耐性があるわけでもないドレッドサーヴァントは、ただ出すだけでは壁にすらならない。だがいかにも攻撃されたがっているような状況をあえて作ることで、逆に相手の攻撃を封じて結果的に場に生き残らせる、そんな高度な駆け引き。考えすぎかもしれないが、エドならやりかねない。なぜなら、奴はそういう抜け目のないデュエリストだからだ。

「僕はこのうちディストピアガイ以外の3体のディーヒーローをリリースし、手札からこのカードを特殊召喚する!出でよ、究極のD!ディーヒーロー、Bloo-D(ブルーディー)!」

 僕との戦いでも、その圧倒的な力によりわずか1枚で場を制圧しかけた究極のディーヒーロー。エドの足元に突如湧き出した血の池から、その英雄というよりもむしろ悪魔めいた存在がゆっくりと浮かび上がってきた。

 D-HERO Bloo-D 攻1900→1100

「Bloo-D……だと?」
「そう、これこそが究極のDの姿。バトルだ、ディストピアガイ!ディストピアブロー!」
「馬鹿な、ヘリオスフィアの効果で攻撃は……!」
「それはどうかな?Bloo-Dが場に存在する限り、相手の場に存在するすべてのモンスター効果は無効となる。よってヘリオスフィアも、ただ守備力が高いだけの下級モンスターに過ぎなくなった」

 その言葉通り、ヘリオスフィアの呪縛から解き放たれたディストピアガイが飛び上がりざまの拳を叩き込む。本来攻撃力では最初から勝っていたその一撃は、長いことフィールドに鎮座していたヘリオスフィアをついに粉砕した。

 D-HERO ディストピアガイ 攻2800→防覇龍ヘリオスフィア 守1900(破壊)

「ヘリオスフィアの破壊により、カードをドローする」
「もう遅い、これで全て終わらせる……!Bloo-Dでダイレクトアタック、ブラッディー・フィアーズ!」

 D-HERO Bloo-D 攻1100→アモン(直接攻撃)

 伏せカードもヘリオスフィアも取り除かれて焼け野原となったアモンのフィールドに、鎮魂歌のごとくBloo-Dの血の雨が降る。レベルの割に素の攻撃力が低いBloo-Dには強者の苦痛の影響も大きいが、アモンのライフはそれ以上に少ない。文字通りの血煙が視界を遮り、その中にアモンの体が消えていった。

「これで……」

 精根使い果たしたと言わんばかりのエドが、エコーに声を掛けようとする。だが、その言葉が最後まで続くことはなかった。突如血煙を突き破って伸びた1対の太い腕、鎖に繋がれた黄色い2本の腕が、Bloo-Dの血を無造作に振り払ったのだ。そのまま掌を合わせるようなポーズをとった腕の間に、次第に炎が集まっていく。

「何!?これは……」

 アモン LP300

 それを見た瞬間、思わず自分の目を疑った。アモンのライフが、まだ減っていない。そしてますます強くなる炎の向こうから、アモンの声が洞窟に反響して聞こえてくる。

「エド。君の犯したミスはたった1つ、僕の2枚の伏せカードのうち運命の発掘の方を破壊してしまったこと。たったそれだけのこと、だがその致命的なミスがこの結果を生んだんだ。Bloo-Dの存在が、魔神の怒りを呼び起こした。永続トラップ、魔神火炎砲(エグゾード・フレイム)……1ターンに1度手札、またはデッキからエクゾディアパーツまたはその派生形のエクゾディアカードを墓地に送ることで、相手の場のモンスター1体をバウンスする。千の軍勢を一夜にして焼き滅ぼす、魔神の怒りを受けてみろ!」

 その言葉をきっかけに、エクゾディアの物であろうその両腕が限界まで溜めていた炎の力を解き放つ。究極のDの名を関するBloo-Dが、僕をあれほど苦しめ行動を縛ってきたエドの切り札が、塵一つ残さず焼き滅ぼされた。 

「魔神火炎砲……Bloo-Dの効果の範囲外からの攻撃だと……!」

 エースモンスターの喪失に、歯噛みするエド。だが、Bloo-Dの敗北はそれ以外にも思わぬところに影響を及ぼしていた。それまでは血の雨に阻まれて前に進めずその場に立ち尽くしていたエコーが、またふらふらと封印の扉へ近づき始めたのだ。どれほど力を込めても動けない僕ら、そして目の前のデュエルに精一杯で声を張り上げることしかできないエドには一瞥もくれず、エコーがついに扉の前に立つ。
 そこからは、突然だった。自らを解放する贄の接近に反応した神が、力づくで封印の向こう側から手を伸ばす。逃げようともせず突っ立っていたエコーの体を無造作に握りしめた巨大な腕が、彼女を掴んだままゆっくりと持ち上がる。

「エコー!エコー!」

 エドの必死の呼びかけにも、もはやエコーは何も応えない……かと思われたけれど、それは違ったようだ。眠るようにぐったりとしていたエコーの目がかすかに開き、か細く途切れそうな声が聞こえてくる。

「エド……貴方を巻き込んでしまい、ごめんなさい。でも私は、愛する人に思いのまま生きて欲しかった……」
「もういい、喋るなエコー!その思いのために君が犠牲になるなんて僕には理解できない!あんなものはその場しのぎに過ぎない、次のターンでは必ず僕が勝つ!だから今ならまだ間に合うはずだ、こちらに戻ってきてくれ!」
「理解できないなら、それでいいの……ただ私と、アモンがわかってさえいれば……私はアモンを愛しているし、アモンも私を愛する人と呼んでくれた、ただそれだけで……だから……」
「エコーッ!」

 エクゾディアによく似たその腕の中で、エコーの体が光に包まれ始める。この世界に来てから何回も見てきた光景、敗者が消滅する瞬間と同じものだ。ああなってしまった以上、止める方法を僕は知らない。そんなものを知っていたら、ケルトやオブライエンだって……いや、今はあの2人のことはいい。消えていくエコーの姿を直視していられなかったのか、エドがうつむいて目を逸らすのがわずかに見えた。
 そしてそれとは対照的に、アモンの顔が暗い歓喜に歪む。その表情をエコーは最後まで見ることがなかったのが、彼女にとってはせめてもの救いだろう。とでも思わないとやってられない。多分本人は気づいていないだろうが、それほどまでにアモンの笑みは壊れていた。

「ありがとう、エコー。僕の最愛の人。これでたった今から、僕は王となった」
「ふざけるな……」
「うん?」

 その場に膝から崩れ落ちかけたエドが再び立ち上がり、憎しみを込めてアモンを睨みつける。多分今のエドの心の中は、かなり不安定な状態になっているはずだ。何度も同じようなことになってきた僕には、その気持ちがよくわかる。そしてこんな時、何を言っても無駄だということも。
 だけど怒りのパワーは爆発力こそ確かにあるが、反面恐ろしく脆い代物だ。ねじ伏せられる前に勝負を決めないと、厄介なことになりかねない。

「お前が王だと?エコーの命を踏みにじって得たその力でか?そんなこと、この僕が認めるものか!」
「なら、試してみるかい?一応、まだ君のターンは続いているが」
「いいだろう……!僕は魔法カード、デステニー・ドローを発動!手札のディーヒーロー1体を墓地に送ることで、カードを2枚ドローする。バウンスされたBloo-Dを墓地に送り、ドロー!」

 エクゾディアのパーツのほとんどは、手札抹殺と魔神火炎砲によって墓地にある。おかしい、エドの言った通りアモンのデッキはサルベージ型ではなくサーチ型の【エクゾディア】のはずだ。勝ち筋がまだ残っているとは思えないのに、なぜあんなに余裕があるのだろう。
 だがその異常さも、激情に囚われたエドは見過ごしてしまう。最もそれも無理はない、そもそも僕がそのことに気づけたのだって、こうして身動きひとつとれない状況で第三者として見ているという特異な状況にあったからこそだ。
 何も起きないでくれ、アモンのはったりであってくれ。心からそう願うが、同時に嫌な予感が徐々に大きくなっていくのも感じる。

「速攻魔法、サイクロン!魔神火炎砲を破壊する!」
「いい判断だ。このカードは1ターンに1度しか効果を使えないからな」

 強力なバウンス能力を秘めたカードが破壊されてなお、平然とした様子のアモン。その様子を見て、嫌な予感が確信に変わった。間違いない、まだアモンは何かを隠している。

「カードを1枚セットし、セメタリーに眠るディバインガイのエフェクト発動!僕の手札が0枚の時にセメタリーの自身と他のディーヒーロー1体を除外することで、デッキからカードを2枚ドローする。デビルガイとディバインガイを除外し、ドロー……そして今伏せた魔法カード、死者蘇生を発動!僕のセメタリーからダイヤモンドガイを守備表示で召喚し、エフェクト発動!デッキトップの通常魔法、デス・メテオを墓地に送る!」
「やった!」

 土壇場でのエドの引き、そしてその落ちの良さに思わず声が出る。デス・メテオは発動さえすれば、問答無用で相手に1000のダメージを与える通常魔法。本来ならばその火力と引き換えに相手ライフが3000以下の時に使えないというデメリットがあるものの、ダイヤモンドガイの効果ならば発動コストも条件も、その全てを踏み倒して結果だけを利用することができる。

 D-HERO ダイヤモンドガイ 守1600

「さらに僕は、この2枚のカードをセットする。これで次の僕のターンのメインフェイズ時、僕の勝利が確定した。例えお前が本物の王だとしても、この結果を覆すことは不可能だ!」
「なるほどな。確かに通常ならば、この状況はいかんともしがたいだろう……普通なら、な。今の僕はもうこれまでのアモン・ガラムではない、この世界の新たなる王だ。王の前に、そんな小細工が通用すると思うな!このターンで終わらせてみせよう、光栄に思うがいい。この王の最初の相手を務める栄誉を、お前にくれてやるのだからな。ドロー!」

 連続してのドローにより、アモンの手札は既に7枚。だが肝心のエクゾディアパーツは、そのうち3枚が墓地にある。残りの2枚はデッキに眠っているのか、それともすでに手札にあるのか。仮に手札にあったとして、パーツの揃っていないエクゾディアでいったい何をしようというのか。だが、アモンはそんな疑問などお構いなしに更なる行動に出た。

「魔法カード、おろかな埋葬を発動。デッキに眠るエクゾディアパーツ、封印されし者の右足を墓地へ。さらに手札の封印されし者の右腕……僕はこのカードを召喚する」

 封印の扉が内側からひしゃげ、右腕がそこから飛び出してくる……だが、その手首はまだ内側の空間から鎖に繋がれており、体の他の部分は出られないようだ。

 封印されし者の右腕 攻300

「何を企んでいるのかは知らないが、ここでその腕を潰せば問題ない!速攻魔法、エネミーコントローラー!僕が選択するのは2つ目の効果だ。ダイヤモンドガイをコストとして、その右腕のコントロールをこのターンのエンドフェイズまで得る!」

 巨大なゲームコントローラーがエドの頭上に現れ、2本のコードが伸びてそのうち1本がダイヤモンドガイに繋がれる。そしてもう1本がフィールドをうねり、蛇のような動きで右腕に迫る。だがそのコードを突然扉から出てきたもう1本の腕、手首の鎖を強引に引きちぎって自由になった巨大な魔神の左腕が空中で握りつぶした。
 しかもそれだけにはとどまらず、自分が引きちぎった鎖を振り回すことでもう片方の端にいたディストピアガイの体を束縛し、そのまま軽々と宙に舞わす。縛られたまま周りの壁に何度も何度も叩きつけられたディストピアガイの体から次第に生気が抜けていき、力を失い地面に落ちるまでにそう時間はかからなかった。

「速攻魔法、ディメンション・マジック。僕の場に魔法使い族モンスターの封印されし者の右腕が存在することにより発動条件を満たしたこのカードの効果により、右腕をリリースして手札の魔法使い族、封印されし者の左腕を特殊召喚。さらに追加効果により、ディストピアガイには退場してもらった」

 封印されし者の左腕 攻300

「ディストピアガイが……!だが、僕のライフはまだ4000ある。いくらモンスターを除去していようと、エクゾディアを狙うデッキで1ターンに4000ダメージなんて出せるはずがない!」

 エクゾディアは他に例を見ないその独特な勝利条件から、他のデッキとは全く違う構築をすることをプレイヤーに半ば強いている。相手ライフがたとえ1だろうと1万だろうとパーツさえ揃えれば勝ちなのだから、相手ライフを削るようなカードを入れる必要がないというのもその1つだ。なのでエドの言葉は確かに真理、何ひとつ間違ったことは言っていない。だが、そう自らに言い聞かせるよう叫ぶたびに、アモンの顔に無知な相手を馬鹿にするような愉悦の色が広がっていく。そしてそれが、ますますこちらの不安感をあおっていく。

「これ以上何もするな、早くターンエンドしろ!」

 エドも同じことを感じているらしく、口調こそ強気だが半ば懇願するように叫ぶ。このターン、このターンさえ凌げれば、ダイヤモンドガイとデス・メテオのコンボが成立する。なんとか、エドのライフが残った状態でアモンのターンを終えさせることができれば。

「僕は」

 やめろ、これ以上何もしなくていい。今すぐそのカードから手を放すんだ。

「封印されし者の左腕を」

 やめてくれ、なぜそんなに笑っているのさ。このままじゃエドが、エドが。

「リリースし、このモンスターを特殊召喚する」

 だけど、僕らの願いは叶わない。アモンが手札から1枚のカードをデュエルディスクに置くと、ほんの1瞬の静寂が洞窟を包んだ。そして、何の前触れもなく封印の扉が、その内側から強い力を加えられ弾け飛ぶ。
 そこからゆっくりと、ついにその姿を見せた魔神の名を僕らは知っている。いや、仮にもデュエルモンスターズに触れたことのある人間ならば、誰もがその名を呼ぶことができるだろう。

「エクゾディア……」
「確かに似ている。だが正確には、少し違うな。これこそが僕にもたらされた王の力……出でよ、召喚神エクゾディア!」

 エコーの犠牲により、ついに完全に封印から解き放たれてしまった魔神、召喚神エクゾディア。その腕が、足が、そして頭が、黄金の炎に包まれ秘められた力を解放する。

「召喚神エクゾディアの攻撃力は、僕の墓地に存在するエクゾディアパーツ1枚につき1000ポイントとなる。そして、僕の墓地には今、5枚すべてのパーツが揃っている」

 召喚神エクゾディア 攻5000

「バトルだ。先ほどの魔神火炎砲とはわけが違う、エクゾディアの本気を見せてやろう。やれ、魔神火焔砲(エグゾードブレイズ)!」

 魔神が両腕を合わせ、再び火炎を放つ。その輝き、勢い、そして火力の全てが桁違いに膨れ上がった一撃を前に、エドが最後のカードを発動させる。

「トラップ発動、聖なるバリア……」
「ミラーフォースか。だが無駄だ、召喚神エクゾディアは、あらゆるカード効果を受け付けない!」

 その言葉通り、ミラーフォースの発動によりエドの前に展開された半透明の壁は、魔神の炎とぶつかった瞬間に粉々に砕け散った。全ての手を使い尽くしたエドの姿が、炎の中に呑まれて見えなくなる。

「うわああああっ!」

 召喚神エクゾディア 攻5000→エド(直接攻撃)
 エド LP4000→0





「ふう。さてと、本来なら君たちも始末する方がいいんだろうが、残った君たちの中で最も強いのは、十代か。それともヘルカイザー、君の方かな?でもどちらにせよ十代は覇王の力の抜け殻に過ぎず、ヘルカイザーもエドに負ける程度の腕だったか。なら、どちらにもいまさら用はない。なら今日はせっかく僕が王となった記念となる日だ、特別に見逃してあげよう。元の世界に戻るというのなら、温かく見送ってやろうじゃないか。さあ召喚神よ、こんなところに長居する必要はない。やることは山積みなんだからな」

 あのエドが。僕のことを軽く手玉に取ったこともあるほどの実力者のエドが、魔神の暴力的な力を前にわずか1ターンで敗北するのを、僕らはただ見ていることしかできなかった。もっともプライドの高いエドのことだ、仮に僕が参戦できる状態であったとしても乱入での加勢なんて絶対に許さなかっただろうが。
 あとわずか1ターンで勝利がもたらされるというところまで、アモンのことを追い詰めていた。もはや九分九厘、エドの勝利は確定していたはずだった。
 だが、それでも、最後に立っていたのはアモンだった。自己犠牲なんかじゃない、できるだけの手段を尽くしただけだ、だから前に走って朋友を救え―――――消滅する寸前、エドが残した最期の言葉に従い洞窟から逃げ出す途中でふと振り返ると、少し気になるものが見えた。エドとデュエルしている最中、アモンの左腕はずっと異形のそれだったはずだ。だが逃げ出す僕らを冷たく見るアモンの左腕は、いつの間にか普通の人間の物になっていた。

「何してるノーネ、早く逃げるーノ!」
「は、はい!」

 アモンの高笑いをバックに、十代をおぶったまま凄い勢いで走るクロノス先生の言葉に背中を押されるようにしてとにかく走る。幸いにも一本道だった洞窟を抜けて外に出ると、朝焼けの空が頭上に広がっていた。

「朝、か……」

 エドのデュエルを見ているうちに、いつの間にか夜が明けていたらしい。空を見て感傷に浸る間もなく、背後で洞窟が崩れる音がする。洞窟の壁を突き崩し、巨大魔神がゆっくりと立ち上がった。その肩を玉座代わりとして座るアモンが、もう足元の僕らには目もくれずエクゾディアに指示を出す。魔神がゆっくりと歩きだすのを見てようやく我に返り、ばっと振り向くとヘルカイザーと目が合った。クロノス先生たちは恐らく十代をまた寝かしに行ったのだろう、この場からは離れている。

「僕は、アモンを止めてくる。この世界には、これ以上覇王の系譜はいらない」

 言葉の端々にまで覚悟を込め、ヘルカイザーの目を見たまま宣言する。脳裏をよぎるのは、覇王のせいで傷つき倒れ、そして消えていったたくさんの人や精霊たち。
 何か止めてくるかと思ったけど、意外にもそんなことは一言も言わなかった。どれだけの気持ちでこんなことを言ってるのか、察してくれたのかもしれない。

「悪いな。本当は、俺もついていきたいところだが……」
「十代の方も、なにかしらケアが必要だろうしね。それに翔も、あれなんか憑いてるみたいだし……こっちこそ悪いね、厄介ごと全部押し付けてるみたいで」

 そう言うと、ヘルカイザーが微苦笑を漏らす。その表情は、久しぶりに見るヘル化する前のカイザーに近いものだった。

「そんなことを気にしていたのか。あいつらには、俺の方から上手く伝えておく。十代の奴も、もう少し様子を見てから俺の命に代えても叩き直してやろう。翔には……どうだろうな。もうゆっくり話し合うだけの時間が俺にはない、せいぜい俺の最後の生き様を見せつけてやれるぐらいだ」
「最後の……?それに今、命に代えてもって……」
「清明。俺がアカデミアを卒業する際、なぜお前を卒業デュエルの相手に指名したか、まだ話したことはなかったな」
「ああ、そうだね。確か、僕が勝ったら教えてくれるんだっけ?」

 露骨に話を逸らしに来たことには気づいたが、ここで話を逸らすということがどういう意味かを分からないほど僕は馬鹿じゃない。だからあえて、ヘルカイザーの話に付き合うことにした。
 忘れない、忘れられるわけがない、目の前の男と僕の卒業デュエル。突然レッド寮にやってきて僕のことを指名し、僕が勝てばその理由を教えてやると言うだけ言って去っていったアカデミアの皇帝。その後の結果は僕の負けだったから、結局そのちゃんとした理由は聞かずじまいだったのだ。

「お前には自覚はないだろうが、不思議な力がある。十代が皆を照らし良くも悪くも影響を与える太陽のような男だとすれば、お前はさながら天の川だ。太陽のように自分から何かしているわけではないのに、不思議と他の存在を引き付ける。流れ星のごとく燃え盛り空を翔けるわけでもなく、月のごとく1歩退いた位置から皆を照らすわけでもなく。ただそこに自由にいるだけでなぜか周りを巻き込んでいく、宇宙(そら)の鉄砲水だ。一度お前のことを見つけた者の記憶には必ずお前の印象が残り、もう一度見ることができれば不思議な温かさが皆を包む。かくいう俺も、その十代とはまた違った魅力に惹かれてな。それが、あえて十代ではなくお前を……遊野清明を、あの時選んだ理由だ」

 僕にはよくわからない。だけど、ヘルカイザーが言うならきっとそうなのだろう。

「少し買いかぶりすぎな気もするけどね」
「自覚はないだろうな。その方がお前らしい。さあ行け、清明。お前は自分の選ぶ通りに、常に自由な存在であることが一番性に合っている。そのお前が決めたのなら、こちらのことはこの俺に任せて存分にやってこい」

 そこまで聞いたところで、我慢できずにふふっと笑う。何がおかしい、と問いたげなヘルカイザーに、思ったことを率直に言う。

「ごめん、なんだかちょっと安心してさ。どんなに外面が変わっても、信じる理念が変わっても、やっぱり中身は僕の知ってるアカデミアの皇帝、カイザーそのままだったからさ」
「そう見えるか?」
「うん。もちろんあの時のカイザーと今のヘルカイザーは全然違うさ。だけど本当に奥の奥、一番奥の芯の部分は何一つ変わってないね。帰ったら吹雪さんにでも聞いてみればいいよ、多分僕と同じことを言うだろうから。それじゃ、ヘルカイザー。またいつか、手合せをお願いしてもいいかな?サイバー・ダークの相手、一度でいいからやってみたいんだ」
「……わかった。ただし、生半可な覚悟で俺の相手が務まるとは思うなよ?」
「お手柔らかにお願いします。じゃあ覇王に続きもう1回、王様倒しての下克上と洒落込んでくるよ」

 その言葉を最後にヘルカイザーに背を向け、エクゾディアの背中を目印に歩き出す。
 もちろん、一筋縄でいく相手ではないだろう。それでも、ここでアモンを止める必要がある。出来なかろうがなんだろうが、それでもやらなくてはいけないのだ。  
 

 
後書き
総司令官エドにはいろいろ言いたいことはありますが、新規D-HERO自体は嫌いじゃないです。本文中の清明視点でもチラッと書いてますが、割と評判悪いデザインのディストピアガイもこんなふうに捉えれば割と味わい深いデザインじゃないかなと思います……なんてフォローをどっかで入れようと思ってたら黄金のヒーロー装束と恐怖を煽る字体で『D』と彫りこまれたメンポ……というかむしろ頭部がDそのもののダスクユートピアガイ=サンのエントリーだよ。
いや、正直首から下はどうしようもないレベルで悪いわけではないと思うんですがね。あの頭だけはちょっと擁護方法が思いつかない。いっそ赤いDの部分を完全に取っ払って頭部を翼と矢っぽいあの意匠だけにした方がずっと良くなる気しかしないというかなんというか。 
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