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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第十五話:草食動物と殺人鬼

 忘年某月某日、デュノア社解体から4週間後。07:30、とある電車の中。

 編田羅赦はいつもの用務員服ではなく、よそ行きのスーツに身を包み電車に揺られていた。夏真っ盛りの日差しがカーテンを無視して目に突き刺さる。車内でも冷房が効いているとはいえ、この日差しを和らげる手段は少なく、カーテンを閉めるだけでなくアイマスクを着ける者、帽子を目深に被る者などが車内に多々見られた。
 そんな苦悩などどこ吹く風といった様子で、静かに寝息を立てている猛者がラシャの右隣に居た。草食動物の愛らしさと無防備さ、人畜無害さを凝縮したような雰囲気を学園に撒き散らして止まない山田真耶教諭である。何故、千冬の纏めているクラスの副担任である彼女を伴って電車に揺られているのか。それは数日前に遡ることになる。

 デュノア社解体の後始末を完了して出張から帰投した彼は、直ぐ様通常業務に復帰し、学園の雑用をこなしつつ血なまぐさい仕事を待ちわびる日常に戻っていた。
 そんなラシャに学園長から待ちわびた指令が届いたのだが…。

「は?臨海学校の下見の付き添いを?」

 ラシャ自身思いもよらぬほど呆けた声が出た。

 上司である轡木学園長はほほ笑みを浮かべて頷いた。この好々爺の皮を被った老獪が何を考えているのはラシャには解らない。用務員らしからぬ業務を意味もなく言い渡すようには到底思えなかった。

「昨今の世相を鑑みるに、臨海学校の下見に護衛をつけるべきだと言う事が職員会議で挙げられてしまいましてね。あろうことか多くの教員が肯定的に捉えてしまったのですよ」

 何を白々しい。と、ラシャは腹の中で嘯いた。轡木理事長の言う昨今の世相というのは、ラシャに命じて行わせたデュノア社の解体を始めとした暗殺劇の事に他ならなかった。世界シェア3位を誇る「ラファール」シリーズを世に送り出した功績を持つ一流企業が、無惨にも砂の城のごとく瓦解した事実は世界を震撼させた。世界中の経済に少なからずの打撃を与え、少なくない人間が路頭に迷ったり心中の憂き目に遭っているのは想像に難くない。今の御時世、IS産業に依存している国は少なく無く、フランスの受けた痛手によってEU内部のバランスに如何なる悪影響を与えるかは未知数だと、自己顕示欲の強い専門家たちが日夜TVで喋り倒している始末だ。

 轡木学園長の柔和な表情に影が差す。

「今回の件の余波は少なからず日本にも影響を与えています。貴方が事後処理と称してフランスを疾走していた時点で、東京外国為替市場の職員は一生分の働きをされていたでしょうねえ」

 ラシャは特にリアクションを見せなかった。

「貴方は命じ、私は殺した。貴方がその事について悔い、結果悶死されるのは勝手ですが、私にそれらを求めるのはお門違いです。私に何を求められているのかは分かりたくもありませんが、私は同情も憐れみもしません」

 無作法にもそう告げるラシャの瞳は何処までも冷たく。むしろこの未曾有の大禍を引き起こしたことに誇らしさを抱いているような雰囲気さえ漂わせていた。

「……そうですか。ともかく、今週の頭に一年生の副担任の教諭一名の付き添いとして臨海学校の下見に同行していただきます。大したことはないでしょうが万が一を考慮しての判断です。いいですね?」

「……そのことに関しては承りました」

 なおも強引とも取れる勢いに根負けする形でラシャは下見の付き添いを了承し、部屋から退出した。

「……やはり彼は危険すぎますね。まるで抜身が器用に服を着ているかの様です。このまま飼い殺しにするのは不可能ですかねえ……惜しい、実に惜しい」

 口調は凪の空のごとく穏やかなれど、轡木学園長の額には一筋の冷や汗が光っていた。


 そんなわけで、彼はこうして不本意ながら電車に揺られていた。

 愚想に意識を取られていたラシャは、ふと自らに寄せられる嫉妬を含んだ視線を感じた。老若様々の視線は総て男性のそれである。ラシャは不審に思って周囲を見渡すと、道連れである山田教諭が自らの肩に寄り添って寝息を立てていたのだ。同時に、異性同性関わらずそれらを魅了して止まぬ母性的な双丘が、ラシャの腕に押し付けられて淫らに歪んでいた。
 彼女の心音が一定のリズムで胸を通して、ラシャの腕をあやすように刺激する。同時に、真耶の寝相によって益々ラシャの腕に胸が押し付けられる。同時に周囲の男衆の視線に含まれる嫉妬の色が色濃くなると同時に、邪な思いが頭蓋より決壊し、前かがみになる者が現れ始めた。
 この状況には流石のラシャも困惑した。商売の都合上不特定多数の人間の印象に残るような事態は可能な限り避けたかった。幾人かの愚か者が話題作りの為か携帯電話のカメラで撮影しようとする様を眼顔で威圧する形で阻止しつつ、真耶の身体を引き剥がすべく彼女の肩に手をかけた。

「山田先生、先生!!そろそろ目的地ですから起きて下さい!」
 
 ラシャはそう呼びかけながら揺すって起こそうとするも、真耶は更に深いまどろみに落ちていくのか、更に強くラシャの腕にしがみつく羽目になった。

「オイオイオイオイオイオイ頼みますよ全く!!」

前かがみになっている野郎どもから鼻血と血涙の水たまりが出来かけた瞬間、ラシャは眼前の扉が開くや否や、大急ぎで真耶を抱えて電車から転げ出る様に脱出した。
 ラシャは小さな溜息をつくと、そのまま真耶を抱えたまま改札口を出て、駅の前に止まっていたタクシーを捕まえた。落ち着いた雰囲気を纏った胡麻塩頭の運転手が、山田先生をしがみつかせたままのラシャに数瞬怪しむような視線を向けたが、見た目通りの穏やかさで行き先を訊いた。

「どちらまでですか?」

「花月荘という旅館へ。あと領収書くれ」

「畏まりました」


「本当にごめんなさい!!」

「大丈夫ですよ、時間にも間に合ったことですし」

 案の定熟れたトマトが如く赤面して謝る真耶に対して、ラシャは穏やかな微笑みを以って制すると、眼前に建つ旅館とその付近の海原へ視線を向けた。照りつける日光を余すこと無く跳ね返す海は何処までも蒼く澄み渡り、ゴミ一つ落ちてない砂浜もまた美しく、文字通り銀を砂にしたような美しさであった。だからこそ。

「似合わんな…」

 思わずラシャはそうこぼした。此度の臨海学校の内容は、初日は慰安を目的とした自由時間であり、二日目はISの各種装備の試験運用に丸一日を費やした後に三日目に学園へ帰還するという筋書きだ。初日に慰安が入っているとはいえ、本分は装備の試験運用だ。当日貸し切りにするとはいえ、明らかな観光地で物騒なものを扱う意図がラシャには理解できなかった。
 そもそも、IS学園自体が人工島という一種の世相と法律からは隔絶された環境下に置かれているのに、態々学園外にて実施試験を行うという点が意味不明である。ISという兵器を扱う訓練校としては明らかに場違いな毛色をした行事に、ラシャは深々と嘆息した。
 その意図を察してか否か、真耶が心配そうに彼の顔を覗き込んだ。

「ど、どうしました?」

「いえ、こんな所でIS実地試験なんて出来るのだろうかと思いましてね…」

 渋い表情のラシャに対して、真耶は彼の疑問に潜む棘を和らげるように満面の笑みを浮かべた。恐らく飲み込みの悪い生徒にもこうして真摯に向き合っているのであろう。

「実地試験そのものは、旅館から離れた学園が保有しているビーチで行う予定なんです。切り立った崖によってドーム状になっているお陰で外部からの侵入は困難になってるんですよ」

 懇切丁寧に説明してくれたのだが、やはりコスト面や機密保持の関係を考えるとIS学園で実地試験を行えば良いのではないだろうか。と、ラシャは感じたが、それ以上言及する気はなかった。彼の任務は護衛であって、プランの立案ではないのだから。

 臨海学校でお世話になる花月荘という旅館は、毎年IS学園が利用している旅館らしく、女将と思わしき女性と山田先生との間には最早恒例行事と化している部分があるようで、話はトントン拍子で進んでいく。用務員であるラシャは山田先生が話を進めていく様子を見守っていたが、完全に手持ち無沙汰になってしまったので、ネクタイを緩めて応接間のソファに腰掛けて旅館のパンフレットを流し読みしていた。
 この旅館は見てくれこそ古いものの、内装や電化製品の設備の類は最新鋭のものを採用している。しかも、古いと評した外観も貧相さや古臭さは感じられず、きちんと手入れが行き届いた武家屋敷の様な上品さが見て取れた。篠ノ之道場で時に竹刀を、時に木剣を、時に真剣を振るって居たラシャにとって心地よい空間であった。同時に脳裏に在りし日の光景が木漏れ日のように脳裏に閃いた。
 赤樫の木刀、誰に対しても抜身のように冷たく接していた千冬の仏頂面。稽古後に浴びる井戸水、千冬の手に引かれてやって来た一夏。握り飯、箒の拒絶するような瞳。そして、「奴」の存在。様々な光景が浮かんでは消えていった。

「ラシャさん」

 ふと、声が耳に届いた。顔を向けると、にこやかなほほ笑みを浮かべた真耶がそこに居た。

「失礼、終わりましたかな?」

 パンフレットを懐に仕舞い込みながら席を立つラシャ。ソファの心地よさが名残惜しいが、職務に忠実である為にネクタイを締め直す。

「はい、あとは現場の視察だけですので夕方には終わります、もう少しお付き合い下さい!」

「畏まりました、お供いたします」

「そ、そんな……お供だなんて……態々付き合って頂いているのにそこまでかしこまらなくても……」

 ラシャは、わたわたと慌てる山田先生を突如手で制すと、表情を引き締めて彼女に迫った。

「ら、ラシャしゃん!?」

 瞬時に赤面した山田先生は噛み噛みになりつつ、壁際に追い詰められた。心音が彼女の聴覚を塗りつぶし、顔からは火が出るがごとく汗が吹き出す。

「あ、あの……ラシャしゃん。私、心の準備が……」

 必死に絞り出した声。だが、ラシャはそれでも態度を変えない。そして。

「御免」

そう呟くが否や、ラシャの腕が鞭のようにしなり、山田先生の右頬を掠めた。

「キャッ!?」

「お、お客様!一体何を!?」

 予期せぬ唐突な攻撃に、山田先生は悲鳴を上げてうずくまった。傍から見れば、ラシャが彼女に向かって謂れ無き暴力を振るったようにしか見えなかったのであろう。慌てて女将が駆け寄ったが、直ぐに表情を青褪めさせた。

「蜂……?」

 彼女の視線の先には、ラシャの指につままれたスズメバチが獰猛に顎を打ち鳴らしながらもがいていた。

「失礼、少々洒落にならないモノが居ましたので、已むを得ず手荒な真似を致しました」

 ラシャは軽く一礼すると、指を一捻りしてスズメバチの首をもぎ取って処分した。



 その後、旅館周囲や実地試験専用シークレットビーチの視察を終えた二人は、駅に向かって歩いていた。

「ラシャさんにはまた助けられちゃいましたね……」

 唐突に山田先生がそう呟いた。ラシャは「また」という言葉に首を傾げる。確かにこの草食動物めいた女性教員は、その辺の蝶々を追いかけて迷子になりかねなさそうな無防備の極みを具現化したような雰囲気を纏っているが、存外ピンチには縁遠い印象を受ける。その分貧乏くじを引いている印象も受けているので羨ましくはないが。

「私が助けた?」

「そうですよ、ラシャさんには二回助けてもらってるんですよ?」

 ニコニコと笑顔を浮かべる山田先生。ラシャはふと頭を捻るが、脳裏に浮かぶ光景は何もない。

「ですので、ラシャさんが何か困ったことがあったら私が力になりますね!!」

 向日葵を髣髴とさせる笑顔で胸を張る山田先生とは裏腹に、こんなに出来ている人間なのに浮いた話の一つや二つも噂で聞こえないのはIS学園の七不思議に加えられてもおかしくないのではないか。と、ラシャはしょうもないことを考えていた。



 IS学園に帰還したラシャは上層部に提出する報告書を簡単に書き上げて本日の業務を終了させると、学園内をのんびりと散歩していた。明日は休みである事もあり、如何にして有意義な時間を過ごそうか思案していたのである。偶には小旅行でもしてみようかと茫漠としたプランを脳内に書き散らしていると、書類の束を重そうに運んでいる山田先生と鉢合わせした。

「おっと、こんばんは。宜しければ半分持ちますよ?」

「ふえぇっ!?だ、だだだ大丈夫ですよぅ!?」

 唐突なエンカウントによって動揺の極みにある彼女をどうにか落ち着かせたラシャは、どうせ暇だからという理由で彼女の書類運びを半ば強引に手伝った。どうあがいてもプランがまとまらない現状の打開の為の気分転換を欲していたラシャにとっては渡りに船であった。


「(学園の教職員の手伝いをしつつ、気分転換を行う。何時もこれくらい手際が良くて余裕があればなぁ…)」

「あ、あの!!ラシャさん!」

「!」

 と、自らの「本業」に対する不甲斐なさを痛感していたラシャは、山田先生の呼びかけによって我に返った。

「な、ナンデスカ?」

 思わず片言になってしまったラシャのぎこちない表情に対して、山田先生は意を決したような。それこそこれから清水の舞台から今まさに飛び降りんが如き決死の表情で口を開いた。

「今週末、お付き合いして頂けませんか!?」

「……ほぃ?」

 思いもよらぬお誘いの提案に、ラシャは間抜けな返答しかできなかった。
 
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