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鬼若子

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第五章

「そして鬼若子があそこまで暴れておる。ではじゃ」
「我等もですな」
「今こそ」
「そうじゃ。法螺貝を鳴らすのじゃ」
 進撃の合図のだ。それをだというのだ。
「よいな。全軍で攻めよ」
「ですな。それでは」
「今こそ」
 こうしてだ。元親に続く形でだった。
 長宗我部の軍勢は敵の攻撃を仕掛け一気に打ち破った。その勢いに乗り。
 長宗我部家は大きく領土を広げた。全ては元親の武勲だった。
 だが国親はこの戦の後で病に倒れてしまった。その床の中でこう言うのだった。
「わしは間も無く死ぬが」
「それでもですか」
「そう仰るのですな」
「うむ、憂いはない」
 満足している顔でだ。枕元に集る家臣達に告げる。
「あ奴がおるからな」
「若殿がですな」
「あの方がおられるからこそ」
「何の心配もないわ」
 こう言うのだった。
「鬼がおるからのう」
「ですな。まさに鬼若子ですな」
「あそこまで見事とは思いませんでした」
「いや、何もできぬと思っていましたが」
「それは大きな間違いでした」
「全くじゃ。しかしじゃ」
 国親はこうも言うのあった。
「このことに気付かなかったのは迂闊じゃったな」
「はい、我等も」
「これは迂闊でした」
 家臣達もこのことは苦い顔で言う。
「まさかあれ程まで働かれるとは」
「思いも寄りませんでした」
「やらせてみなくてはわからぬか」
 国親は天井、何もないそこを見ながら述べた。
「実際にな」
「ですな。何もできぬと思われても」
「実際にやってみなければわからぬものですし」
「若殿もそうであられたのですな」
「やってみればこそ」
「わしは気付かなかったがな」
 国親は今度は親泰のことを思い出した。兄を常に支えている彼のことをだ。
「気付いておる者は気付いておったわ」
「親泰様ですか」
「あの方は」
「うむ。気付いておった」
 彼はだというのだ。
「しかしわしはな」
「それがしもです」
「それがしもまた」
「見ている者は見ているわ」
 今度はこうも言う国親だった。
「迂闊と言う他はないな」
「全くです。己の不明を恥じるばかりです」
「若殿があれ程の方だったとは」
「まことにな。しかしじゃ」
「しかし?」
「しかしといいますと」
「あれならもう何の心配もいらぬ」 
 急に微笑みになってだ。国親は家臣達にこうも言ったのである。
「もう姫若子ではないわ。鬼若子じゃからな」
「ですな。それでは」
「これから長宗我部はあの方により大きくなりますな」
「間違いなくな。後は全てあ奴に任せた」
 国親は何の憂いもなく満ち足りた気持ちで世を去ることができた。長宗我部元親はここから大きく雄飛することになった。その彼を姫若子と呼ぶ者はもういなかった。鬼若子と呼ぶ者だけがいた。それは今も同じである。


鬼若子   完


                        2012・6・27 
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