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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第十三話:葬送

 忘年某月某日の17:45前後、IS学園武道場にてISによる原因不明の暴走事故が発生、用務員一名が重傷を負った。暴走事故を起こしたISはドイツ所属の第三世代機、シュヴァルツェア・レーゲン。搭乗者ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐は死亡が確認され、遺体は収容された。尚、IS内部に記録されていた映像等は暴走事故の影響で損壊しており、事故現場の唯一の目撃者である用務員は、事故の衝撃により記憶が混濁しているため事情聴取の際、意味不明な言動を繰り返している。その為、事件に関する有用な情報は訊き出せないものと断定する。
…国際IS委員会に提出された報告書より抜粋。


 転校生ラウラ・ボーデヴィッヒの突然死は学園全体に広がった。同時に、学園で目撃された光景から様々な憶測が飛び交った。
 曰く、「ボーデヴィッヒはIS学園に送り込まれてきたスパイで各国の機密を独占しようとして死んだ」
 曰く、「ボーデヴィッヒをよく思わない誰かが暗殺した」
 曰く、「ボーデヴィッヒは知ってはならないものを知ってしまったために消された」
と。

 IS学園用務員室にて、表向き、「傷の療養中」となっている編田羅赦は、足の傷痕を撫でていた。鮮血がほとばしるほどの深手はそこにはなく、世が世なら勲章と同義に見られても不思議ではない立派な、若しくはグロテスクな傷痕がそこにあった。

「流石だなポンコツ。よくやったぞ」

 ラシャはそう呟いて、胸に手を当てる。その仕草に応えるように胎動に似た鼓動が腕を伝う。十年間の放浪を余儀なくされた「それ」の反応に満足したラシャは、退屈そうにベッドに寝転んだ。
 ボーデヴィッヒにとどめを刺したラシャは、駆けつけた十蔵の部下に拘束された。ラシャがボーデヴィッヒを追い詰めて殺したように扱われかけたが、シュヴァルツェア・レーゲンに残っていた記録によってラシャの正当防衛が明らかになると、データ消去の後、即座に放免され、自室待機のお達しがなされた。
 ボーデヴィッヒはISの暴走で死亡したことになり、遺体はすみやかに回収され、検死の際に「疑われないように処置されて」ドイツ本国に送還され行く手はずだ。その間ラシャは精神錯乱を装い、事故に巻き込まれた哀れな一般市民を見事に演じきり、疑いの目を完全に逸らすことに成功していた。

「早く外に出たいなあ……なんたって試し斬りもまだだしなあ」

 ラシャは療養期間中に制作した仕込み刃に視線を向けた。退屈しのぎにプレイしたビデオゲームと、観賞した映画から着想を得て作成した一品だ。つや消しを塗ったばかりでまだ乾いていない。早速試し斬りと称して缶ジュースに穴を開けたり、青竹を削ったりしてみたかったが、まがりなりにも現在は療養中の身分。迂闊に外で行動を起こすことなど出来なかった。

「あぁ~ぶっ刺してぇ……」

 ラシャは鬱憤を込めてベッドに突っ伏した。

 その頃、1年1組の生徒達は、ドイツ本国に送還されていくラウラ・ボーデヴィッヒの棺を見つめていた。もう一人の男性操縦者と共に転校してきた冷たい転校生は思いもよらぬ理由で学園を去ることになったのだ。皆その光景を呆然に等しき表情で見守っていた。

「ISって絶対防御が働くんじゃないの……?」

 誰かがそう呟いた。その呟きに呼応するように不安と恐怖が疫病のように広まっていく。

「『絶対』なんてものは『絶対無い』さ」

 一夏は無意識にそう呟いた。クラスの視線が彼に集中する。

「事故だって山田先生は言ってたけど、本当は何があったかなんて解らない。だけど、言えることは…俺達には覚悟が足りなかったってことじゃないかな。ISは銃や剣持って戦うものだから…ああいうことだって起こりえる。ボーデヴィッヒさんみたいな人だって簡単に死んでしまうのがISなんだ。今からそれを叩き込んで生きていくしか無いさ」

 一夏はそう締めくくると、完全に倒壊してしまった武道場の方角を振り向いた。

「ラシャ兄が何を見たかなんて俺には解らない。だからこそISを使える俺達がしっかりしなきゃならないんだ」

 一夏の呟きに幾人かの生徒が賛同するように頷いた。

「そうだね……私達、楽天的過ぎたんだよ」

 そう呟く生徒も俯きながら静かに涙を流した。今更になって、少女たちは手にする力の大きさと、その弊害を思い知ったのだ。


 IS学園の教員用トイレの一角に織斑千冬は居た。だが、その様子は平時のそれからは大きく逸脱しており、疲弊の極みにあると言っても良い。事実、彼女は恥も外聞もかなぐり捨て、便器に向かって胃の中の物を粗方ぶちまけ終わったばかりなのだから。
 全世界の女子の大半の憧れといっても差し支えない彼女を追い詰めていたのは、やはりラウラ・ボーデヴィッヒのことであった。文字通りおっとり刀で駆けつけた千冬の目に広がった光景は、倒壊した武道場と点々と続く血痕。そして、職員の手で運びだされたラウラ・ボーデヴィッヒだったものだった。右脚は根本から切断され、顔面に至っては判別不能なほどに損壊しており、左目の残骸と銀髪でどうにか本人と判別できる程の損壊ぶりだった。
 唯一の目撃者であり、想い人のラシャは脚を負傷しているだけでなく、パニック障害を起こしてまともに話せる状態ではなかった。

「ラウラ……何故死んだ」

 ゆっくりと水入らずで話し合いたかった。「私のようになるな」と言いたかった。乾いた青春に身を投じずに、子供らしく泣き笑い、悩みながら駆け抜けて欲しかったのだ。だが、彼女はいなくなってしまった。変わり果てた抜け殻だけを残して。
 千冬は静かに、誰にも聞こえぬように嗚咽を漏らした。慈しみを掛けた教え子の死を目の当たりにしながら、想い人であるラシャの存命に安堵した自分が居ることが許せなかったのだ。

「私は……最低だな」

 千冬の零した自責の念は誰の耳にも拾われること無く宙空に消えた。
 
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