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殺人鬼inIS学園

作者:門無和平
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第六話:潜入、倉持技研

 某年某日某時刻、倉持技研2F職員用トイレの通風ダクト内にラシャは居た。久しぶりに下った「出張」形式の任務である。
 時刻は既に勤務時間を過ぎており、監視用のドローンとそれを監視する警備員しか存在していない時間帯である。久方ぶりの「出張」であるが、ラシャの機嫌は最悪の一言であった。何せ、この任務は誰も血を流さずに遂行されなければならない任務だからだ。

 何故、彼がそのようなことをしなければならなかったのかは、数日前。更識楯無と共に彼女の妹である更識簪の元へ姉妹間の仲直りを敢行すべく、パーティーグッズ片手に突撃を行ったことにあった。しかし、そこに居た楯無の妹である更識簪の表情はどこまでも暗かった。ショックで寝込んだ楯無を尻目にラシャが事情を訊いてみると、彼女に支給されるはずだった専用機の話になった。
 簪は現在ISの日本の代表候補生の身分にあり、専用ISを支給されるほどの腕前なのであるが、突然専用機の開発が凍結されてしまったのだ。

「代表候補生の機体を凍結するなんて穏やかじゃないですね。一体何が…」

 ラシャがそこまで言うと、簪は幽鬼のような表情で通達書を見せてくれた。そこには、織斑一夏の専用機開発・研究に集中するので凍結する旨が書かれており、ラシャは開いた口が塞がらなかった。

「倉持ってここまで余裕無いところなのですか?」

「ううん、そんな筈ない。倉持技研は日本有数の研究所。たった一機のためにここまでされるのは変」

 そう言いつつ、最終的に泣き出してしまった簪を楯無と一緒にどうにかなだめると、一旦姉妹間の仲直り作戦は頓挫することになった。このことに立腹した楯無と、唐突に入った「出張」は決して無関係ではないのだろう。恐らく楯無の実父である先代楯無からの依頼という名の圧力によって今回の「出張」は仕組まれたものであろうと思われた。

「(まあ、あの人の親馬鹿さ加減を考慮すると妥当でしょうなあ)」

 と、ラシャは更識家に食客として身を置いていたことを半分後悔しながら用意していたバラクラバを被り、行動を開始した。

 ダクトから身を乗り出すと、協力者が掃除用具入れに入れてくれた武器を取り出す。警棒一本、暗殺用拳銃一丁と施錠解錠用の特殊銃だ。これらをしまい込むと、ラシャは警備員のエリアに向けて侵入を開始した。
 難なく警備員室に到着すると、警棒で警備員を問答無用で叩きのめした。意識を完全に消し飛ばすと、猿ぐつわを嵌めてロッカーに押し込み、警報装置を全て無力化した。その時、監視カメラに謎の人影を確認したラシャは自らの心臓が早鐘のように鳴り始めたのを感じていた。待ちに待った異常事態、即ち殺人の許可が降りた瞬間だったのだ。

 ラシャは端末にデータ吸い出し用のコンピューターウィルス入りのUSBメモリを差し込むと、イレギュラーの排除に向けて動き出すことにした。通風ダクトから天井を伝い、部屋の見張りをしている人間に飛びかかると、たやすく絞め殺した。装備を漁ってみるとナイフ、拳銃、サブマシンガンに手榴弾といった、一般兵染みた装備をしていた。
 ラシャはナイフとサブマシンガンを拝借すると死体を別のダクトに隠し、再度戻って天井に張り付いていた。そのまま兵士を数人確認すると部屋に降り立ち、幾つかの端末を敢えて起動させた。端末の起動音に兵士たちが反応する。

「今のは何だ?」

「HQ、異常発生。確認する」

「見てこいキャリア」

 その隙に別の端末を起動させると、ラシャはUSBメモリをセッティングしてウィルスを送り込んだ。

「動くな」

 突如、ラシャの後頭部に硬いものが押し当てられた小口径の拳銃だとラシャは予測できた。同時に所持者は年端もいかない少女であると、声色で感じ取った。

「そのまま両手を挙げて銃を捨てろ」

 ラシャは言うとおりにサブマシンガンを捨て、両手を上げる。同時にバラクラバが剥ぎ取られ、素顔が顕になる。

「HQ、第三者とコンタクト。対応願う」

「あら、意外といい男じゃない」

「連れ帰っちゃおうか?」

「嫌よ、とっとと殺しましょう」

 殺してしまった奴らは不明だが、存外女が多い編成のようだ。自らの顔を見て喋っている輩や、背後で未だ武器を構えている少女。ラシャはISの所持を警戒することにした。

「M!ささっと片付けちゃいましょう!!」

 リーダーらしき女が号令を下す。

「うるさい、私に指図するな…あ、あなたは!?」

 Mと呼ばれた少女は、顕になったラシャの素顔を見て数歩たじろいだ。バイザーで顔を隠しているが、驚愕の表情を浮かべているのであろう。その動揺をラシャは見逃さなかった。
 直ぐ様Mを突き飛ばすと、没収を免れた拳銃を引きぬき、自らを殺すと言い放った女の脳天に二発発砲し、脳漿を床にぶちまけさせた。

「貴様!!」

 リーダー格らしき女が拳銃を向けてきたが、ラシャは近くにあったワイヤレス電話の受話器を瞬時に投げつけた。受話器は銃口に命中し、射線を逸らされた弾丸は近くの女性隊員の脚を撃ち抜くだけに終わった。
 ラシャはデスクのハサミ等を拝借すると、別の隊員に投げつけて牽制しつつ逃走を開始した。クラッキング用のコンピューターウィルスは仕込み終わったのだ、もはや倉持の敷居をまたぐ必要は無い。
 拝借した手榴弾を追手に投げつけつつ、ラシャは正面扉を拳銃で破壊すると、夜闇にまぎれて倉持技研を後にした。ちょうどその頃、定期連絡の途絶えた事を理由に警備会社が倉持技研に突入し、内部の惨状に戦慄すると同時に、ISを増援として持ち出した侵入者相手に壊滅するのだが、それはまた別の話である。

「『倉持技研、襲撃される。反IS団体か企業テロか』…貴方らしくないミスですね」

 翌日の朝刊を眺めながら学園長轡木十蔵は嘆息した。事態は大いに重くなってしまっていたからだ。

「申し訳ありません」

「まあ、倉持技研にはIS学園からの正式な抗議を出すと致しましょう。唯一の男性操縦者とはいえ、自らの仕事を蔑ろにする企業には任せたくありませんからね。それよりも、倉持技研に現れた第三者の介入が気になりますね。ISを所持しているだけで小国の軍隊に匹敵する軍事力を秘めていると言っても過言ではないでしょう」

「装備も良かったです。大国、特に西側のバックアップを受けている可能性が高い。一テロリストやPMCには過ぎたオモチャです」

 ラシャは淡々と敵についての感想を述べていく。そんな彼の頭のなかはMと呼ばれた少女のことで一杯だった。
 何故自分を知っているのか、そしてそれは何時の自分なのか。時期によっては消すことも考えなければならない。ラシャは人知れず己の内にある狂気に埋没していく。自らの本懐を遂げるまでは、死ぬことも裁かれることも許されない。全てを終わらせないかぎり彼に安息はない。その内容は誰にも明かせないゆえに、彼は孤独だった。
 
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