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ブレイブソード×ブレイズソウル -勇気の在処-

作者:竜造寺。
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その勇気は何処に在る

 
前書き
ツイッターが発端で一気に書いてしまった短編。
見直しもしてないので誤字脱字があったらすみません。 

 
 001


 助けられた。

 ……ということだけはよく分かった。逆を言えば、それ以外はよく分からない。
 実際、名前も何も聞くことができないまま何処かに行ってしまったのだから、しょうがないと言えばしょうがないのだが、なんだか変な気持ちだけが残った。
 心の中に蟠っていると言ってもいい。
 ありがとうの一言も口に出来なかったということに、なんて言うのだろう、物足りなさを感じた。これでいいのかという疑問を感じた。貴方はそれでもいいのか、と質問したくなった。

 もうその人は居ない。
 きっとこの魔界の何処かにいるとしても、出会えることはない、そんな気がする。



 寂しいとか、哀しいという気持ちじゃない。

 背中しか見せることなく、去って行ってしまった存在への、多大なる感謝と、
 そんな存在に対して感謝の一言も言えなかった物足りなさと、
 振り向かせることもできない、己の弱さへの、未熟さへの恥。

 それだけが、彼の心にあった。

 それこそが、彼の原動力となったことを、その時の彼ですら知覚し得なかったのは、当然と言えば当然なのかもしれない。



 強くなりたいと、誓った。



 隣に居てくれたブロードソードは、静かに微笑み、手を握った。






 ◇




 153




 何回、冥獣を斬り伏せただろう。
 何回、討滅を繰り返しただろう。
 何回、統一戦に出ただろう。

 何回、戦った? 何回、勝った? 何回、負けた?

 何回、強くなりたいと願った?



 そんなものを数えることの意味のなさを知ったのは、今から数年ほど前の事。

 目指す背中は遥か遠く、越えるべき壁は多く、その壁はただひたすらに高かった。
 ランクが一桁だった時代から見れば、それは他のどんな山脈よりも大きく見えた。例えるならば、あの天を貫くような魔鍵ユグドラシル、それに勝るとも劣らない、そんな高さだったのは確かだ。

 だからこそ、一つ、二つ、三つとチマチマ数えているようでは意味がないと知った。
 百歩を一歩として、千歩を十歩として。その歩幅を限界まで広げ、挫けかける己を叱咤し、ただひたすらに駆ける。垂直な岩壁を、ひたすらに登り続ける。
 例え足の裏が擦り切れようが、手の平が悲鳴を上げようが、そんなものを気にしてはいられない。

 誰もが同じ傷を負い、そして落ちていくのだ。
 それに負ける訳にはいかない。
 その歩みを止める訳にはいかない。
 その手を話す訳にはいかない。

 先の見えない道を走り、突き刺さる様な岩壁を登り、そうしてまた一歩、また一歩と上に突き進んでいく。
 次第にその壁は高くなり、次第にその道は遠くなる。

 隣を走る者も一人、また一人と減っていく。


 寂しさが生まれ始めたのは、五つ目の壁を乗り越え、空を仰いだ時だった。


 彼を称賛する声は、存在しなかった。
 足りないと気付いた時には、遅かった。






 005────────



 友人が出来たのは、実は結構始めの頃だった。

「ランク二百を目指す……ね。その願い、俺も一緒に走らせてくれ」そう言って隣で笑った。
「飯でも食いに行こうや。休息こそが力の源ってね」そう言って手を引っ張った。

「強ぇ奴がユグドラシル付近に出てるらしいぜ。聖騎士型冥獣だとよ。力合わせて倒そう、そして知らしめてやろう、俺たちの強さを」

 随分と気の合う友人だった。彼の魔剣として隣に居たのはルーンブレードで、ブロードソードと気が合っていた。それが原因とも言えるし、そもそもその友人の人柄が理由とも言える。
 いや、その二つがあってこその、“気の合う友人”だったのかもしれない。

 友人の名はメリク。
 ちょうど同じ時期に魔剣使いとなったらしい。だからこそランクも近く、感覚的には競い合えるライバルの様な存在だった。


 例えどこに行こうが、隣にはメリクがいた。
 長い長い道の半ばでも。
 高い高い崖の半ばでも。
 いつでも変わらず隣に居てくれた。そして、時には励まし、時には怒り、時にはお互いの腕を組んだ。
 気付いた頃には、俗に言う戦友にも近いものになっていた。

 最高の相棒だった。
 二人で戦えば負け知らずだった。
 冥獣に囲まれようが、切り抜けられた。

「なぁ」
「んー? どうした」
「俺といて、辛くない、のか。面倒な奴だなとか、思わないのか」

 そう聞くとメリクは、声を出して笑う。

「ばっか。思うわけないだろ? 最高の相棒なんだからよ。お前が目指す背中に追いつくまで、ぜってーに俺は隣に居る。約束だ」

 そう言ってくれるメリクの事を、心の底から信頼した。

「……ありがとう」

 陳腐な感謝の言葉しか、出てこない。それ程に、メリクは最高の相棒であり、戦友であり、親友であり──。
 きっとそれを言葉で言い表すことは、決してできない。
 だからこそ、陳腐な『ありがとう』に全ての思いを詰め込んだ。

「急にどうした、らしくない。お前は前しか向かない奴だろ? ずっと前だけ向いていれば、いい。それがお前らしいし、そうじゃなかったなら、俺だってお前に着いて行くと決めたかは分からんしな」


 いつだって、隣に(メリク)がいる。
 そう、確信出来るほどの強い口調だった。
 

 それを聞いていたブロードソードとルーンブレードは二人して笑った。







 ────────153

 気付いた時には、遅かった。


 それは五番目の壁。重くのしかかる重圧、振動するかの様な大気。それを纏うそれはまさに三番目の壁となり得た。

 霊獣姫──ジャンヌ。

 それは遥か彼方。達人級の魔剣使いのみが挑むとされていた魔鍵ユグドラシル。その最深部。
 いつの間にかメリクとそこに立っていた。
 一瞬だけ、メリクと視線を交わらせる。
 そして、ジャンヌに視線を戻す。

 それが戦闘開始の合図。

 視認することすら難しい、まさに閃光の如き一撃。それが二人を襲う。
 己の真横で爆弾の様な衝撃。弾け飛ぶ瓦礫が騒々しい。
 もし一瞬だろうと動きが遅かったら、そう考えるのはすぐにやめた。
 攻撃を避けたのなら、次はこちらの番だ。全力疾走し、その胴体に斬撃を入れようと跳躍する……直前。

 反射的に足に込めた力を抜く。そして即座にバックステップ。
 目の前の床が粉砕される。破片が頬を切り裂く。その小さな痛みが思考をクリアにする。
 速い。だが、それを知っているからこそ、避けられるし、対応もできる。
 目の前に振り下ろされたそれは足か、腕か、そんなものを認識するよりも速く魔剣をそれに突き刺す。
 ジャンヌの悲鳴。
 振り上げられる。それと同時に身体も持ち上がる。直後、二度目のジャンヌの悲鳴。
 メリクの斬撃がジャンヌの腹部を切り裂いている。

 ジャンヌの意識はメリクに向く。空を舞っている自分には気付いていない。
 いやこんな所にいるはずないと思っているのかもしれない。
 圧倒的なまでに好機。
 この瞬間を逃す訳にはいかない。

 言葉など不要。
 一瞬だけ見えたメリクの鋭い視線から彼の想いを全ての理解する。

 両手で構えた魔剣を振り下ろす。狙うは首筋。

 ブロードソード、お前の全力を、出し尽くして、こいつを────────ッッ!




 154



 ………………気が付いた時、空を見上げていた。
 背後には、長い時間いたユグドラシルが(そび)え立っている。
 どこか親近感のようなものも湧いた。

 隣には誰もいない。
 あったのは、確かな存在感を醸し出すソウルの波動と、光を失ったブロードソードとルーンブレードだった。
 そこに称賛の声は無く、あったのは、虚しさだけ。

 そう。
 メリクは、死んだ。自ら囮となって。その際に、ルーンブレードが崩壊した。
 その隙を狙いながらも、だがブロードソードが崩壊する程にジャンヌは強大だった。

 最終的に、ブロードソードが崩壊するとほぼ同時にジャンヌは生き絶えた。


 あまりに、何も感じなかった。
 その出来事が大き過ぎて、感じ取れなかった。




 それから一週間、たっぷりと涙を流し続けた。

 その涙は心に入ったヒビに入り込み、じくり、じくりと痛みを与え続けた。
 涙は、傷口に塩を塗るかのような、そんな存在だった。





 ◇





 250




 いつしか、憧れの存在の背中に追いついていた。
 だが、それまでの過程が、上手く思い出せない。最後の記憶は、ジャンヌとの死闘。

 オラトリオのソウルを纏い、日々の鍛錬を止め、堕落に身を任せ、そうして生きていた。
 時折、思い立っては初心者の前に行き、彼らを支援する。
 そして敵を倒せば、すぐに去る。

 ありがとうの言葉を、聞きたくなかった。

 上を目指したが故に失った最高の友。その原因はなんの否定もすることが出来ないほどに、己にある。
 自分が上に行きたいと言ったが故に、メリクを死に追いやった。
 だからこそ、もう、ありがとうは懲り懲りだった。


 それに、これは偽善だということも、よく理解している。
 救えなかった友人への償いとして、ありもしない善の心で初心者に接してしまっている。
 これがいけないことだと理解しながらも、だが止めることはない。

 隣には、極二となったブロードソードと、ルーンブレードがいる。
 本来なら、一人につき使える魔剣は一つだと聞いた。だが、何が原因なのか、ルーンブレードもアンロックすることが出来てしまった。
 だが二人は、メリクの存在を知らない。覚えていない。
 だからこそ、この偽善は止まらない。二人の言葉の端々から、過去の自分の嫌な部分を思い出してしまう。



 どうすればいい、メリク──。



 この言葉を聞いたら、きっと怒るだろうな。
 そう思いながら、だがもう、涙の一粒も流れなかった。



 ◇



 264



 そんなある日、珍しい存在が魔闘王になったと話題になった。

 どうせ新参が頑張って上位に食い込んだだけだろうと、思った。噂には尾鰭(おひれ)が付き物で、特に魔界では尾鰭の付き方が突飛だったりする。
 魔界統一戦関係の噂は、特に。

 だから、それを知りたくなる。
 ただ単に興味本位で、その者の顔を見てやろうとした。



 ──そこに居たのは、かつての自分が追い求めた背中だった。



 あの時、感謝の一言も言えないまま去って行った、あの背中がそこにはあった。

 その男は、自分を見つけると、ニヤリと笑った。


「お前さんが、エル、か」


 どうして、名前を知っているんだと、聞き返したくなる。あの時、自分は名乗っていないのに。
 どうやらそれを察してくれたらしく、すぐに言葉を続ける。

「いつだったかねぇ。お前さんがまだまだチビだった頃に助けてやっただろ。そん時に知ったのさ。強くなりてぇって目をしてやがるから、つい名前を知りたくなっちまってな」

 その言葉に、彼は自分に──エルに、興味があったということを知った。
 だが、そんなものはどうでもよかった。
 それよりも、どうしても聞きたいことがあった。

 今まで隠れていたその想いが、外面に(さら)け出される。

 意図せず言葉が紡がれる。



 背中しか見せることなく、去って行ってしまった存在への、多大なる感謝ではない。

 その存在に対して感謝の一言も言えなかった物足りなさと、振り向かせることもできない、己の弱さへの、未熟さへの恥でもない。

 今、自分がその立場にいるからこそ姿を現した疑問。



「どうしてあの時……僕に協力してくれたんですか──」



 そう聞くと、彼はこれまたニヤリと笑って言う。

「んなもん、初心者(チビ)の喜んだ顔が見たいからに決まってんだろ。俺が初めて魔剣を持った時、あーして自分を助けてくれた奴が居たのさ。
 それじゃ、な」
「い、いや、待ってくれ、おい……」

 彼は言うだけ言って、またすぐに去ってしまった。

「笑顔が見たい……? 訳分かんね……何が言いたいんだよ……何が……」

 答えは、見つからなかった。
 くそ、と漏らしそうになる。

 そんな時、あまりに予想だにしない声が、鼓膜を震わせた。

「前しか見ていない」

 もう存在しないはずのメリクを幻視する。だが、その言葉を発したのは当然ながらメリクではない。
 じゃあ、誰なんだ。そうしてその姿を捉える。

 ルーンブレード。

 ……記憶がなくなったはずの、ルーンブレードからだった。

「は……? ルーンブレード、それって……?」
「え? あ、あれ……? なんでだろ……なんだか、突然この言葉が頭の中に浮かんできて……」
「あ、私も同じこと思い浮かんだ! ルーンブレードも同じなの?」
「うん……でも、なんで……?」

 なんで記憶が蘇ったのか。
 そんなものは分かりはしないけれど、でも、一つだけ分かったことがあった。


 これなら、メリクに償えると。


 きっと、あの死は無駄じゃない。
 いや違う。きっとじゃない。絶対に、だ。
 絶対に、あの死は無駄じゃない。

 今になって気付くなんて、馬鹿みたいだ。


「なぁ、ブロードソード、ルーンブレード」
「うん?」
「どうしたの、マスター」




「俺さ────────」



 願いを、言葉に。
 そうすれば、叶うような気がしたから。
 
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