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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン67 覇王達の戦い(前)

 
前書き
また前後編になりました。
前回のあらすじ:進軍の準備を進める覇王。清明の挑発は効かなかった模様。 

 
 三沢達と離れてから、2日目の朝。ようやく見えてきた覇王城を、僕は複雑な思いで見上げていた。普通に歩けばもう少し早くたどり着けたはずだが、囮役としてわざと目立つように歩いたり、そうかと思えばふらっと身を隠したり、と色々気を遣って歩いてきたため余分な時間がかかってしまった。
 ……そう、かかってしまった、だ。どうやら覇王は僕の安い挑発には乗ってくれなかったらしく、スノウを追い返してから僕に対する追手はまるで来ていない。その部分を僕が読み間違えたせいで、陽動に賭けた時間は完全に無駄になってしまったわけだ。この遅れが、命取りにならなければいいけれど。
 しかしこうして見ると、覇王城は大きい。前回放りこまれた闘技場も大きかったけど、あれが目じゃないぐらいのサイズだ。しかも城の周りには前来た時にはいなかった巨大なドラゴン族モンスターや鳥獣族モンスターの精霊が飛び回っており、実物以上に大きく見えてくる。これだけのモンスターが来ているということは、つまりそれだけ覇王軍の招集が進んでいるということだろう。

『騎乗型のモンスターがあの数か……食料も与えないわけにはいかないだろうし、いくらあの大きさの城でもあまり悠長にしている余裕はないだろうな。下手すると今日の内には進軍が開始されるとみて間違いないだろう、マスター』
「りょーかい。だったら急ごうか、今日中に覇王を倒せば何も問題ないわけだし。改めて第2ラウンド、リターンマッチと洒落込もうかね……!」

 口癖ともなった呟きで気合を入れ直し、覇王城までの道をただ歩き出す。幸い徴兵が進んでいるせいか、城を正面に見ながらの一本道でも誰ともすれ違うことはなかった。城壁の前まで来たところでダークシグナーのマントを体に巻きつけて顔を隠し、極力目立たないようにそっと上空の様子を窺う。見回りの兵士が何度か近くを通ったが、デュエルディスクが腕に付いていないことを確認したら話しかける事すらせずに遠ざかっていった。難民か何かだと思われたんだろう。

「んー、やっぱ空路かなあ。チャクチャルさんはどう思う?」

 空路、というのは上空を飛び回るドラゴンたちのことだ。あれだけいればこっそり僕がモンスターを出して混ざっても気づかれる可能性は低いだろうし、一度入り込んでしまえばあとは適当な窓から何食わぬ顔で入り込めばいい。悪くないアイデアだと思ったが、うちのブレインはやや否定的だった。

『やめた方がいいな。確かに侵入まではさしたる困難もないだろうが、そこからどうする?入り込んでしまえば地の利は敵方にある。徴兵のせいで見回りの密度も増しているだろうしな』
「なるほど……ん?あれ?」

 チャクチャルさんの言葉ももっともなので、空路は諦めて改めて空を見上げる。そこでふと目に付いたのが、1匹の鈍く光る生体金属の龍だった。覇王城の回りをぐるぐると周回するほかのモンスターと違い、明確な目的を持って城内に着地しようとするコースを辿っていたため下から見ると目立っていたのだ。さらによく見ると、上には3人の騎士が乗り込んでいる様子が辛うじて見えた。
 それはいいのだが、あのモンスターはどこかで見た気がする。もちろんここは精霊世界なのだから見たことがあるモンスターがいても何も不思議ではないのだけれど、でもなぜか気になる。

「ねえチャクチャルさん、あれ……あ、もういいや」

 一縷の望みをかけてうちの邪神の記憶に頼ろうとするも、指さした時にはすでにその機械龍は覇王城の中に入ってしまっていた。仕方ない、多少気にはなるけれどあれは後回しにしよう。どうせ僕もあの中に入るわけだし、何かの機会でまた見ることもあるだろう。

「どっかに抜け穴でもないもんかね。お城って言ったら隠し通路のひとつやふたつ抱えてナンボじゃないの?」
『あるとしても、外から見つかりやすければ意味がないからな?それこそ内通者でも抱えていない限り探す手間で逆に時間がかかるだろうな。なるべくリスクを抑えて侵入するとなると、ふむ』
「もし、そこの人。すみませんが、水を一杯もらえませんか」
「え、僕ですか?」

 どこからなら入れそうか覇王城を見上げていると、戦争の気配から逃げてきたのだろうか、ぼろきれのような服を着た1人の老人が話しかけてきた。片目は怪我でもしたのか包帯が巻かれており、痩せこけたその体は一目見ただけでも相当ひどい状態にあることがわかる。
 一応水妖式デュエルディスクには川の水を限界まで補充しておいたからある程度は余裕もあるし、三沢のところからもらってきた水筒の中身もまだほとんど手を付けていない。何より下手に断わるとその場で倒れそうな老人の様子を見たらとてもじゃないが断りきれず、首にかけていた水筒を外して差し出した。

「おお、ありがとうございます……!」
「あんまり飲みすぎないでくださいね?」

 残った片目を輝かせてかすかに震える手を伸ばした老人が、水筒を受けとろうとしてバランスを崩す。そのままこちらの体にもたれかかるような格好になると、細い体からは想像もつかないほどずっしりと体重がかかってきた。どこにそんな肉がついているのかと驚きつつも、どうにかその体を支えて起き上がらせようとした……その時、こちらの耳元に顔を近づけた老人が先ほどの弱々しい声とはまるで違う低い声でそっと囁いた。

「……覇王と戦いたいなら、後ろに付いて来なさい」
「え?」
「おお、すみません。では、一口だけ頂きます」

 またもや弱々しい声に戻り、一口だけ中身を飲んで水筒を返す老人。そのまま今にも倒れそうな足取りで背を向け、ふらふらと覇王城から離れていく。その後ろ姿はやはりただの老人そのもので、さっき聞いた声は気のせいだったのかと首をひねりそうになる。もしここにいたのが僕1人だったら、そのまま見送っておしまいだったかもしれない。

『ハリーハリー、マスター。あの老人の言うことは、聞いておいて損はない。我々の疑問に対する最適解があるはずだからな』
「え、ええ……?」

 わけがわからなかったが、チャクチャルさんがわかっているならそれでいい。どうせこの世のあらゆる難しい話は、僕にとっての専門外だ。素直に老人の後をついていくと、今にも倒れそうな足取りの癖に意外なほど早く歩いてゆく。
 やがてそのまま数分ほど経つと、老人は突然向きを変えてもはや住む人もいなくなったのであろう見捨てられた家、屋根にも穴が開き壁も崩れかかっている廃墟の中にふらりと入っていった。もうどうにでもなれと、僕もその後に続き腐りかけた扉を押しのけて中に入る。待ち構えていた老人が、家の中に誰もいないことを確認するかのように辺りを見回してから口を開いた。

「……来たか。覇王を倒しに行くんだな?」

 その声は先ほど僕に囁きかけたときと同様に力強く、どうやらこちらがこの老人の本性らしい。いよいよもって正体が掴めないが、ただ者ではなさそうな様子に無意識に全身に力が入る。

「あなたは一体、誰なんですか?」

 老人の質問を無視してそう聞き返すと、包帯に覆われていない方の目が品定めするように僕を見て細まる。ややあって再び口を開くと、思ってもみなかった名前が飛び出てきた。

「私の名は、グラファ。かつて暗黒界の龍神とまで呼ばれた悪魔だ」
「グラファ……!」

 名乗られて真っ先に思い出したのは、バックアップ・ウォリアーから聞いたこの世界の話だった。龍神グラファはつい先日まで暗黒界を統治していたが、例の彗星が空に現れると同時に突如姿を消したというあれだ。この老人が、本当にそのグラファだというのだろうか。
 老人の真意を測りかねていると、地面に落ちた老人の影が急に伸びる。目の前の体は指一本動いていないのに、その影だけがより巨大に筋肉質に、そして禍々しい人型の龍の姿へと変化していった。それと同時に室内を小型の嵐のような風が吹き荒れ、かすかに残っていた家具が宙を舞う。こちらの表情が引きつったのを満足げに見て、再び影が元のサイズに戻っていった。

「……えっと」
『あ、そいつ本物だからなマスター』
「先に言ってよ!」
「わかってもらえたようで嬉しいよ。本題に戻るが、君の目的は覇王、そうだろう?」
「……なんでそれを?」

 なるほど、この老人がグラファだというのは間違いないんだろう。それはいいが、なぜこのタイミングでよりによって僕相手に接触してきたのだろう。というか、初対面なのになんで僕の狙いが覇王にあることを知っているのか。

「こう見えても、かつては龍神とまで呼ばれた身だからな。それに君は今、この近辺ではそれなりに顔が知られているのだよ。なにせ理由はどうあれ覇王に真っ向から刃向って生き延びた、ただ1人の戦士だからな。そのフードで顔を隠していたのと目撃情報にあった全身の痣がないから今までは気づかれなかったんだろうが、その目を見ればわかる。この世界では誰も見たことのない未知のテーマ、壊獣を使い鬼神ケルトを下した人間というのは、間違いなく君のことだろう」

 ケルト。こんなところで聞くとは思わなかったその名前に、少し言葉を詰まらせる。その無言を肯定と受け取り、グラファがこちらの目を真っ直ぐ見据える。

「勘違いしないでくれ。ケルトはいい部下だったが、君を相手にその仇討ちなどする気はない。むしろ鬼神の名に相応しい、誇り高い最期を遂げさせてくれたことに礼を言いたい。辛い仕事だったろうが、彼の魂がせめて安らかにあることを祈ってやってくれ」
「その……」
「時間がない、今は覇王だ。君も見ての通り、覇王城は難攻不落の要塞だ。ましてや今は徴兵により集められた悪魔により普段より監視の目が増している。だが奴らを束ねているものの根底にあるものは、あくまで覇王への恐怖でしかない。覇王さえトップから消えれば烏合の衆となり、情けない話ではあるが少し突いただけでその残党も崩壊するだろう。そこで覇王城に乗り込むため、君に私が力を貸そう」
「わかりました。でも、どうしてなんです?どうしてグラファ、あなたは……」
「なぜ私がまともでいるのか、かね?それともなぜ私が直接出向かないのか、かい?どちらにせよ答えは単純だ。残念ながら、今の私はここにこうしていることだけでも精一杯なのだよ」

 そう言い、腕に巻いた包帯を外して中身を見せる。老人に擬態したその腕には、人間ではありえないほどの力で無理やり引き裂かれたような傷跡がいくつも生々しく残っていた。傷口からにじむ濃厚な血の匂いが室内に満ちるのにも構わず天井越しに空の一点、あの隕石が浮かぶ場所のあたりを指し示す。

「もう何度も、あの光で自我を失いそうになってきた。辛うじて正気を失う寸前に私の力のほとんどを使い逃げ出すことには成功したものの、それも完全ではない。意識が呑まれそうになるたびに私は、こうして自らの体を引き裂いてきた。痛みだけが、私の意識を明瞭にさせてくれた。かつての魔力も、そして再生能力すらも失い、そうまでしてわずかな闇に逃れ正気を保っても、あの光のせいでまともに外を出歩くことは不可能なまま。日に日に落ちていく体力を実感しながら幾度となく心折れそうになってきた私にとって、覇王と戦おうという君の存在は最後の希望といってもいい」
「そりゃまた、随分都合のいい時に僕が来たわけね」
「少しは手を貸してくれる気になったかね?甘言は悪魔の得意分野だから、まだ欲しければいくらでも囁こう」

 あ、これ最初はただのいい人かと思ったけど、さすがに悪魔の大将やってただけのことはある。今までの発言だってどこまで本気かわからない、とことん食えないタイプだ。こんな相手を信用すると痛い目に合いそうではあるけれど、ここで僕を騙す理由はグラファにはない。もし覇王の内通者ならば、わざわざこんなところまで誘い込まずとも覇王城前でかかってくれば兵士たちが勝手に気付いて加勢しに来ていただろうし。

「もういいよ。それで?何してくれるの?」

 うっすらとはいえ本性が見えた以上、敬語を使ってやる義理もない。ため口に切り替える僕には何も言わず、部屋の片隅を指さした。すると何の変哲もないただの床がうっすらと光を放ち、魔方陣らしきものが浮かび上がる。

「そこに立つといい。この廃屋は万一のために私が作っておいた覇王城からの脱出経路のひとつでな。転移用のトラップ、ディメンション・ゲートが仕込んである。本来はあちらからこちらへ来るためのルートだが、最上階にある王室の真正面に出ることができる」
「……本当?」
「とっくに察しているだろうが、嘘をつく理由は私にはない。もっとも君にとってはこんな都合のいい話、疑念を抱くのもわからなくもないがな。なので、私ももう少し本音を言おう。正直なところ君がうまくやってくれれば、私は自分の手を汚さずに邪魔者が消えてくれるのをただ見ているだけで済むので大変楽なのだよ。仮に君が失敗したとしても、私への被害はこのルートが使えなくなる程度だからな」

 大変腹黒いけど、これぐらいはっきり言われるとむしろ好感が持てる。こういうのを清濁併せ持つ、とか言うんだろうか。なるほど、これは間違いなく大物だ。暗黒界を統治してきたという肩書にも納得できる。
 ともあれ、ここまで来たらグラファの話に乗るしかなさそうだ。思い切って魔方陣の中に飛び込むと、視界がぐにゃりと歪み始めた。時間が経つにつれますますひどくなる歪みの中で、最後にグラファの声が聞こえた。

「私はこれでも、ケルトのことは武人として信用していた。そのケルトが君を信じたのならば、それに足る何かを君は持っているのだろう」

 何か言い返そうかと思ったけど、結局声にならなかった。口を開くか開かないかのうちに、周りの風景が一変したからだ。ごつごつした石造りの巨大な建物、間違いない。ここが覇王城だ。
 だけどそれよりも、目の前の人物に話をつけねばなるまい。まさに今王室に入ろうとしていたのであろう、見覚えのある褐色の男。目を丸くしてこちらを見つめる友人に、とりあえずフレンドリーに手を振って笑いかけてみた。

「……えっと。やっほー、オブライエン」
「な、何?清明、なのか?だがなぜここにいる、そんなはずがない、え?」

 冷静沈着なイメージが強かったが、さすがに刺激が強すぎたらしく混乱するオブライエン。まあそりゃそうだ、僕の方は三沢から聞いた話や覇王戦で聞いたジムの名前やらでオブライエンがこの世界に来ていることは知っていたけれど、オブライエンからしてみれば砂漠の異世界で勝手に行方不明になったはずの僕が、こんなわけのわからない場所でいきなり空中から生えてきたわけだから、ねえ。立場が逆なら僕だって自分の頭がおかしくなったのかと思うはずだ。
 だからじっくり説明してあげたいところだけど、あいにくそんな暇はない。ここは覇王城、いつ何時悪魔どもに気づかれるかわかったものではないからだ。それにわざわざこんなところに居るところを見ると、どうせオブライエンも目的は僕と同じだろう。

「色々言いたいことはあるだろうけど、全部後で説明するよ。それよりオブライエン、僕と手を組まない?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味さ。正直タイマンだと厳しいけど、2人がかりなら覇王だって……!」
「……いいだろう。お前を信用しよう。そのかわり、後でちゃんと説明はしてくれよ」
「わかってるって、飲み込みが早くて助かるよ。んじゃこれ、軽くでいいから目を通しといて。ちょっとわけありで、だいぶデッキパターン変わったからさ」

 オブライエンが知っている僕のデッキには、まだ壊獣のカードが入っていないはずだ。流石に初見のデッキでタッグをさせるのは厳しいだろうと、デッキを取り出して放り投げる。オブライエンが空中でキャッチしたそれに素早く目を通し、何か聞きたそうなのを堪えて僕に返す。そして自身のデッキをおもむろに取り出し、何枚かカードを入れ替え始めた。何を思いついたのかは知らないが、まあいいだろう。改めて受け取った僕のデッキを握り、目の前の扉を開け放つ。

「さて……改めて、覚悟しな覇王。地獄の底から帰ってきてやったんだ、とっとと出てきて相手しな!」

 窓から外を見下ろしていた、忘れもしない鎧姿のあの男。奴が僕の声に反応し、ゆっくりと振り返る。

「侵入者と聞いて何かと思えば、貴様らか。臆病者と負け犬が示し合わせて寄り添って、その程度の浅知恵でこの覇王に敵うとでも思ったのか?」

 負け犬というのはまあ、認めたくはないけど僕のことだろう。オブライエンが臆病者扱いされるあたり、僕が見ていないうちに何があったのか知りたいところだけど、それこそ後でいくらでも聞けばいい。オブライエンが銃型のデュエルディスクを目にも止まらぬスピードの慣れた手つきで早抜きし、僕も腕輪のスイッチを起動して水の膜を放出させる。限界まで水が溜まったこの状態でどれだけ持つのかはよくわからないが、ここで出し惜しみはあり得ない。僕らの目を見て何を読み取ったのか、それ以上挑発してくることもなく覇王も円盤状デュエルディスクを回転、そして展開させた。

「いいだろう、2人まとめて相手してやる。ルールはバトルロイヤル方式、貴様らの次に俺のターンが来る。ただし俺にはハンデとして、1つだけ条件を加えさせてもらう」
「条件だと?」
「貴様らはどうせ2人がかりで来るのだろう?それに条件といっても、大したものではない。通常のバトルロイヤルルールでは全てのプレイヤーにターンが1巡するまで誰も攻撃が不可能だが、今回のみ3人目のプレイヤー、俺から攻撃の権利を得る。どうだ?」

 覇王の提案を受け、こちらにちらりと目をやったオブライエンと視線が合う。正直、実質2対1のデュエルに対してこの条件は破格の提案だ。最悪覇王のみ手札10枚からスタート、とか言われても文句は言えないのに、攻撃権を1ターン早く覇王に回すだけで済むとは。
 無論、これが覇王の自信の表れなのも、そしてその自信に相応しい実力が奴にあることもわかっている。悔しいが、奴は強い……僕が命のかぎり全力を尽くしてさらに奇跡を味方に引き入れ、そこまでやってもうまくいけば引き分けに持ち込めるかもしれない、という程度だろう。その奇跡をこの1戦で引き当てるという根拠のない確信があるからこそ、僕の方もここにこうしているわけだが。

「いいよ。後悔しても恨まないでよ?」
「後悔?それが必要なのは貴様らの方だろう。せっかく拾ったその命を、わざわざ自分から無駄にしにきたことにな」

「「「デュエル!」」」

「先攻は俺からだ!魔法カード、トレード・インを発動!手札からレベル8のヴォルカニック・デビルを墓地に送り、カードを2枚ドローする」

 戦いの火蓋を切ったのは、オブライエン。エースモンスターであるヴォルカニック・デビルを素早い状況判断で切り捨て、手札の質を高めにかかる。あの迷いのない判断は、さすがオブライエンとしか言いようがない。

「そしてヴォルカニック・エッジを召喚。このカードは1ターンに1度、攻撃宣言を放棄することで500ポイントのダメージを相手に与える。受け取れ、覇王!」

 二足歩行する炎のトカゲ型モンスターが口から火炎弾を吐き、覇王の足元に着弾したそれが勢いよく燃え上がった。通常では攻撃できないデメリットの方が大きいこの効果も、どうせ攻撃ができない先攻1ターン目ならばノーリスクで発動できる。

 ヴォルカニック・エッジ 攻1800
 覇王 LP4000→3500

「やるね、オブライエン。どう、覇王?少しは効いたかな?」
「……温いな」

 炎の勢いが次第に弱まってくると、残り火の中心から傷一つない覇王が姿を現す。さすがに、500程度のダメージじゃ痛みの内にも入らないってわけか。
 だが、その反応はオブライエンの予測の範囲内だったらしい。

「わかっているさ、この程度の炎じゃお前の鎧を剥がすことはできない。だが、次だ!魔法カード、トランスターンを発動!俺の場のヴォルカニック・エッジを墓地に送り、同じ炎属性炎族でレベルが1つ上のモンスターをデッキから特殊召喚する。来い、ヴォルカニック・ハンマー!」

 ヴォルカニック・エッジが炎に覆われ、その中で進化を遂げる。より強靭な表皮とそれを動かす力強い筋肉、そしてさらに激しい炎を操る能力を身に着けた上級ヴォルカニックだ。

 ヴォルカニック・ハンマー 攻2400

「ヴォルカニック・ハンマーはエッジと同じく、攻撃を放棄することで俺の墓地に存在するヴォルカニック1体につき200ポイントのダメージを与える。400ポイントのダメージを受けてみろ!」

 再び放たれる火炎弾。先ほどの物より威力こそ劣るものの、2連打すれば多少は効いてもおかしくない。だが炎に包まれた覇王が無造作に腕を振ると、まるで服に付いた糸くずをはらうかのように炎が四散して消えていった。

 覇王 LP3500→3100

「これでも効きやしないか……ならば魔法カード、闇の指名者を発動。モンスターカード名を1つ宣言し、そのカードが相手のデッキにあるならばそれを手札に加えさせる」
「オブライエン……?」
「俺が宣言するのは清明、お前のデッキのカードだ。その名は、怒炎壊獣ドゴラン」

 闇の指名者自体、オブライエンのデッキとのシナジーは皆無だ。まさか先ほどカードを入れ替えていたのは、あのカードをデッキに入れるためだったというのか。このバトルロイヤルで、自分の火力が多少落ちることになっても僕のことをサポートするために。
 申し訳なさに襲われながら、デッキに眠っていたドゴランを公開して手札に加える。恥ずかしい話だが僕は自分が戦うことで頭がいっぱいで、オブライエンのサポートなんてまるで考えていなかった。ここら辺が人間性の差なのだろう。

「確かにドゴランは僕のデッキにある。ありがとう、オブライエン」
「気にするな。それに、これは俺のためでもある。カードを2枚セットしてターンエンド……うまくやれよ、清明」

 そう言い、意味ありげな視線を僕に向けるオブライエン。俺のためでもある……普通に考えれば、覇王を倒すために僕の戦力を増加させることで結果的に勝利が近くなるとか、そんな意味だろう。だけどあの視線に込められていたもの、そしてあの言葉に含まれていたものがそれだけとは思えない。

「……僕のターン、ドロー」

 考えろ。そもそも、なぜオブライエンはドゴランを指定した?覇王のフィールドに出すためなら、攻撃力が最も低いガメシエルの名を出せばいい。僕のフィールドにアタッカーを出したいのなら、ジズキエルがサンダー・ザ・キングの方がわずかとはいえドゴランより打点が高い。何かドゴランにしかできないこと、ドゴランでなくてはならない理由があるはずだ。怒炎壊獣ドゴラン……レベル8炎属性恐竜族、攻撃力の3000とは裏腹に守備力は低めの1200。固有効果は壊獣カウンター3つを消費しての相手モンスター全破壊。レベル8の、恐竜族、炎属性……まさか。ある1つの可能性が頭をよぎった。ヴォルカニックと同じ炎属性、オブライエンのフィールドにはモンスターが1体、ドゴランの攻撃力は3000……考えれば考えるほど、その可能性が正しいように思えてくる。なるほど、そういうことか。

「僕はオブライエンのヴォルカニック・ハンマーをリリースして、怒炎壊獣ドゴランをオブライエンのフィールドに攻撃表示で特殊召喚する。さらに相手フィールドの壊獣の存在に反応して、怪粉壊獣ガダーラが手札から僕のフィールドに目覚めるよ。さあオブライエン、やっちゃって!」

 怒炎壊獣ドゴラン 攻3000
 怪粉壊獣ガダーラ 攻2700

 2体の壊獣が並び立ち、共通の敵である覇王と戦う構えを見せる。オブライエンがにやりと笑い親指を立て、伏せたばかりのカードを表にした。

「任せておけ!トラップ発動、火霊術-紅!俺の場の炎属性モンスター1体をリリースし、その元々の攻撃力のダメージを相手に与える!受けてみろ、覇王!」

 ドゴランの全身が燃え盛り、巨大な火の塊となって覇王に襲い掛かる。その全身を覆う漆黒の鎧を、紅蓮の業火が引きはがさんとばかりに覆い尽くした。

 覇王 LP3100→100

「ぐっ……!」

 燃え盛る炎の向こうから、これまで眉一つ動かさなかった覇王のかすかな苦悶の声が聞こえた。流石にこれだけの炎の力は、覇王といえども無視しきれなかったらしい。

「やった!」
「よくやった、清明」
「貴様ら……!」

 わずかな喜びに浮かれる僕らの前に、炎を制した覇王の憎しみに満ちた声がかかる。背筋の凍りそうな冷たい視線と恐ろしい声音にもめげず、オブライエンが語りかけた。

「今のは俺の、清明の、そしてジムの分の一撃だ。その様子を見ると、少しは効いたようだな……十代」

 覇王の心の闇を示すような鎧はところどころ焼け焦げ、あるいは熱量に屈し溶けている。オブライエンが奴のことを覇王ではなく十代、と呼んだのは、その鎧の様子を見てほんの一瞬だけでも十代の人格が表に出たりしないだろうか、という効果を期待してのことだろう。
 だが十代は……覇王は、以前として覇王のままだった。

「なんとでもほざくがいい。さあそこのお前、貴様のターンはまだ終わっていないぞ」
「わかってるよ。永続魔法、グレイドル・インパクトを発動。そしてこのエンドフェイズにインパクトの効果により、デッキからグレイドル・イーグルを手札に加える。ドール・コール!」

 覇王のライフは、ターンが回ってくる前にオブライエンの奮戦によりすでに100ポイントまで減った。いい調子だ、これならいける。何とかこのターンさえしのぎ切れば、僕らの勝利だ。

「俺のターン、ドロー。魔法カード、魔玩具補綴(デストーイ・パッチワーク)を発動。デッキから融合1枚及びエッジインプモンスター1体を手札に加える。俺が加えるのは、エッジインプ・シザーだ」
「融合を?」

 覇王が使うテーマであるE-HERO(イービルヒーロー)は、確かダーク・フュージョンによる融合召喚を得意とするカードだったはずだ。なのにあえてノーマルの融合を手札に加えたのか。

「そんなにこのカードが気になるか?だが生憎、これはただの手札コストだ。永続魔法、守護神の宝札を発動。手札を5枚捨てて発動し、カードを2枚ドローする」
「また、あのカードを……!」

 以前の僕との戦いでも使用し、融合召喚の連打による覇王の荒い手札消費を補ってきた厄介なカード。なるほど、発動できれば確実に手札が1枚増える魔玩具補綴は、守護神の宝札に寄る手札事故を少しでも軽減するためのカードだったということか。これで覇王の手札は3枚、引いたカードによっては融合召喚も十分にありえる枚数だ。
 だが、そこから先の覇王の行動は僕の予想をはるかに超えていた。

「魔法カード、ダーク・コーリングを発動。このカードは手札または墓地のモンスターを素材に、ダーク・フュージョンでのみ融合召喚できるモンスターを融合召喚する。俺は墓地の悪魔族モンスター、エッジインプ・シザーと岩石族の地球巨人 ガイア・プレートを素材とし、融合召喚!来たれ、E-HERO ダーク・ガイア!」
「E-HERO版のミラクル・フュージョン……ほんと、何から何まで元とよく似たものが揃ってるってわけね」

 墓地融合。確かにその方法ならば、手札消費を大幅に抑えたうえで強力なモンスターを場に出すことができる。だがまさか、それを可能にするカードがE-HEROにもあったなんて。
 だがオブライエンはそんなことより、覇王の場に現れたモンスターそのものに気を引かれたらしい。はっきりと息をのむ音が、僕のところまで聞こえてきた。

「ガイア・プレートだと!?それに、ダーク・ガイア……そのモンスターは……!」
「どうしたの、オブライエン?」
「奴が今融合素材にしたガイア・プレートは、ジムのエースモンスターだった。そしてあのダーク・ガイアは、そのジムにとどめを刺したモンスターだ」
「そんな……」

 ジムを倒したモンスターの素材を、よりにもよってジムのモンスターにするとは。オブライエンの心を全力でおりにくるあたり、やることがえげつない。
 あるいは、とぼんやり考える。覇王の言葉通りならば、ダーク・ガイアを召喚するためには岩石族のモンスターが必要となる。もしかしたら僕のラディアントークンを奪った時のように、あの恐ろしい覇王の象徴ともいえるカード……超融合で素材にしたのかもしれない。

「ダーク・ガイアの攻撃力は、素材としたモンスターの攻撃力の合計となる。エッジインプ・シザーの攻撃力は1200、ガイア・プレートの攻撃力は2800。よってその数値は4000だ」

 E-HERO ダーク・ガイア 攻4000

「攻撃力4000を、手札1枚でポンと出してくるとはね……」

 無理に笑って見せようとするも、さすがに顔が引きつる。あれだけの大ダメージを与えてライフ的には既に瀕死のはずなのに、勝負の流れが覇王に傾きつつある嫌な感じがする。

「まずは目障りな貴様からだ。ダーク・ガイアでダイレクトアタック!」
「オブライエン!」

 ダイレクトアタック、ということは、その相手は1人しかいない。ドゴランを射出したことでその身を守るモンスターが存在しなくなったオブライエンの方を向いたダーク・ガイアが、頭上に炎に包まれた巨大な隕石を出現させる。

「トラップ発動、竜魂の幻泉!このカードは俺の墓地のモンスター1体を守備表示で蘇生させ、その種族を幻竜族として扱う。甦れ、ヴォルカニック・ハンマー!」
「構わん、ダーク・ガイアでそのまま攻撃する」

 再び蘇るヴォルカニック・ハンマーに、ダーク・ガイアが狙いをつけ直す。守備表示ならば戦闘破壊されたところで、オブライエンにダメージは通らないダメージは通らない……だがその時、不思議なことが起こった。浮かんでいるダーク・ガイアを中心に辺りの風景が引き寄せられるかのようにぐにゃりと曲がり、防御態勢を取っていたはずのハンマーが強制的に立ち上がらされたのだ。

 ヴォルカニック・ハンマー 攻1500→攻2400

「何!?」
「ダーク・ガイアの攻撃宣言時、相手モンスターを攻撃表示とすることができる。さらに融合モンスターがバトルを行う攻撃宣言時に速攻魔法、決闘融合-バトル・フュージョンを発動。その攻撃力がバトルの間、相手モンスターの攻撃力分アップする」
「それじゃあ、オブライエンにダーク・ガイアの攻撃力4000がそのまま……!」
「消え失せろ!ダーク・カタストロフ!」

 止める暇も、そんな手段も、僕にはありやしなかった。隕石が雨あられと降り注ぎ、その衝撃がオブライエンを吹き飛ばす。わずか1撃、たった1ターン。オブライエンの(ライフ)は、ほんの1瞬で燃え尽きた。

 E-HERO ダーク・ガイア 攻4000→6400→ヴォルカニック・ハンマー 攻2400(破壊)
 オブライエン LP4000→0

「ぐわあああああっ!」
「オブライエン!」

 ダメージが体に響いたのか、吹き飛ばされたまま起き上がることすらできないオブライエンの体から光の粒がふわり、と放たれる。ライフが尽きたことで、消滅が始まっているのだ。どうすることもできないのはわかっているが、それでもじっとしていられずそのそばに駆け寄る。

「清明、こ、これを……」

 苦しそうに息を吐きながら、オブライエンが自身の胸ポケットから何か球状のものを取り出して差し出す。何の金属でできているのか、これまで見たこともない光沢だ。

『オリハルコンか?随分珍しいものを』
「オリハルコン?」

 チャクチャルさんの呟いたその名前だけは、僕でも聞いたことがある。伝説の金属の1つで、とにかく凄い代物らしい。そんなものをなぜ、オブライエンが持っているのだろう。

「知っているのか?これはジムの瞳にはめ込まれていた、オリハルコンの眼……不思議な力が宿っているらしい。ジムの形見だったが、俺は見ての通りこのざまだ。だからこれは、お前に託す……!俺の、そしてジムの思いを奴に、十代に伝えてやってくれ……!」
「わかった、約束する。絶対に僕が、十代をあの鎧から引きずり出して元に戻す!」
「頼んだ、ぞ……これで俺のミッションは、完了だ……」

 その言葉を最後に、オブライエンの姿が完全に消滅する。残ったのは主を失ったデュエルディスクと、最後に手渡されたオリハルコンの眼のみ。そのデュエルディスクをガンマンよろしく腰に差し、オリハルコンの眼の方はそっとポケットに入れる。
 しばらく見てて、オブライエンにジム。2人が繋いでくれたこのミッション、残りの手順は僕が引き継いだ。

「待たせたね、覇王。さあ、第3ラウンドと洒落込もうか!」 
 

 
後書き
エクストラデッキからはペンデュラム召喚でもEXモンスターゾーンに、かあ。
この裁定により魔界劇団の弱体化っぷりは愉快な自爆集団と化したイグナイト、ユニコーンがいまだ戻らずカウンター能力も5分の3に落ちたマジェスペクターの次ぐらいに跳ね上がってしまったと思います。2人で楽屋入りしたはずの劇団員がリンク張らない限り1人しか現場入りしてこないってどうなのよ。
なんだか愚痴が長くなってしまいましたが、次回で覇王戦も一区切りです。 
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