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テキはトモダチ

作者:おかぴ1129
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British Rhapsody 〜赤城〜
  Conversation with my Lover

 実戦の時と同じ弓と艦載機、そして弓道着をまとった私が演習場に到着した時、すでに海面上でロドニーさんは静かに待機していた。私と同じくプレートメイルを身にまとい、右手で巨大なランス型の砲塔を持つ彼女は、目を閉じて静かに私の到着を待っていたようだった。

「……」

 逸る気持ちを抑え、私も海面に立ち、演習場へと入る。周囲の観覧席には、戦艦棲姫さん以外の見物客はいない。流れ弾で怪我をする者が出ないように……という提督の図らいとのことだ。私たちも余計な心配をせずに済む。

 フと疑問が思い浮かび、戦艦棲姫さんに問いただしてみた。彼女はなぜここに留まっているのだろう?

「戦艦棲姫さん」
「なんだ?」
「あなたはここにいていいんですか? 流れ弾が危険ですよ?」
「私は見届け人だ」
「なるほど」
「それに、お前らごときの流れ弾で、この私が沈むわけがない」

 言ってくれる。この人も私たちを挑発するか。ならば勝手にすればいい。私とロドニーさんの流れ弾で怪我を負っても私たちは知らない。

「ロドニーさん」
「……アカギ」

 私の呼びかけを受け、ロドニーさんは静かに鋭い両目を開いた。久しぶりに見る彼女の鋭い両の目が私に視線を向けられるだけで、強大なプレッシャーを感じる。ロドニーさんから吹きすさぶ強大な突風のような重圧は、気を抜けば私を吹き飛ばしてしまいそうな勢いだ。

 だが私も負けてはいない。目を開いたロドニーさんの姿勢は、先ほどに比べてやや前傾姿勢になっている。私がロドニーさんにぶつけた殺気を彼女は受け止めているようだ。

「カブトはどうしたんですか?」

 戦闘時につけているカブトを今日は装着していないロドニーさんに対し、私は純粋な疑問をぶつけてみたが、彼女にとってその質問は愚問だったようだ。

「いらん」
「へぇ……いいんですか?」
「アーメットを装着しなかったことを、私に後悔させてみるがいい」

 ロドニーさんはそういい、口角をあげていた。なるほど。いちいち私を挑発しなければ気がすまないか。それでこそロドニーさんだ。潰し甲斐がある。

 口角を上げているロドニーさんが、ランスの砲塔を大海原に向けた。ガチャリという砲弾が装填された音が聞こえ、次の瞬間、彼女の咆哮ともいえる砲撃音が周囲に鳴り響いた。

 ロドニーさんの砲塔から射出された砲弾は、砲塔から出た途端に数多の細い火花となって周囲に飛び散った。柳の花火のように美しい光だが、その美しさは私たち航空母艦と航空隊にとっては、天敵といえる。

「……三式弾だ」
「……」
「私の三式弾の破壊力がいかほどのものか……貴公は知っているな?」

 よく憶えている。集積地さんを轟沈寸前まで追い込み、電さんを戦闘続行不可能に陥らせた、強力な砲弾だ。

 ロドニーさんが、その三式弾が装填された砲塔をこちらに向けた。

「……ではいくぞ」

 彼女の足元の水面が水しぶきを上げ始めた。主機の音がここまで聞こえる。彼女の主機があげる水しぶきが、私の頬と髪を濡らした。戦艦の主機の出力は、10メートルほど離れた私の身体に水しぶきをかけるほどに強大なようだ。

「わかりました」

 私は彼女の主機の水しぶきを受けながら、艦攻隊の矢を構えた。ロドニーさんに正対し、静かに矢を引き絞る。見える射線のラインは……定まらない。だが今はこれでいい。

 私は矢を引き絞ったまま、ロドニーさんは主機を全力で回し前進する力を蓄えたまま、互いに微動だにしないまま、時が過ぎる。互いが互いの動きにスキを見つけるべく、そしてそのスキを相手に見せないよう、互いに動かない時間が続く。

「……」
「……」

 そうして私たちが互いに凝視したまま、数分が経過したときだった。私たちから少し距離が離れたところにいるはずの、戦艦棲姫さんの静かな……しかし私たちの耳元にまで届く、いつか聞いたことのある声色が聞こえた。

「……始めろ」

 私とロドニーさんの、戦いの火蓋を切って落とすには、彼女の声は充分といえた。ロドニーさんの目に火が灯り、私の全身の産毛が逆立った。

 先に動いたのはロドニーさんだった。私が矢を放つよりも先にランスの砲塔を私に向け、散弾とも形容できる三式弾の砲火を私に浴びせた。

「……ッ!!!」
「……」

――焦らず、佇みなさい

 私は微動だにしない。三式弾が髪を焼く。頭髪が焼ける匂いが鼻につく。久しく感じてなかった戦場の匂いが鼻腔をくすぐる。頬と腕、体中をかすめる三式弾の赤く細い炎は、私に致命的なダメージを与えることなく、素通りしていった。

――三式弾は対空兵器です ゆえに距離が離れているほど弾幕は広範囲に拡散します
  動かずに佇めば、ダメージは最小限で済みます

 まさか昔に鳳翔さんに教わった対三式弾の知識が、こんなところで役立つとは思わなかった。多少肌と髪は焼けたが、私の身体自体には何のダメージもない。引き絞った矢を放ち、艦攻隊を発進させた。

 ロドニーさんはフッと笑い、静かに前進をはじめる。それを受けて私も主機を回し、静かに後進して彼女との距離を調整した。以前に球磨さんも言っていた通り、彼女の航行速度は決して速くはない。恐らく彼女は、私との距離を詰めることはできないだろう。

 先程放った艦攻隊を左右に大きく展開し、一度ロドニーさんの視界から隠す。続けてそのまま、私は艦爆隊を発進させた。

「艦爆隊か」
「防ぎ切れますか」
「無論だ」

 私の艦爆隊は真っ直ぐにロドニーさんに向かって飛行し、そして天高く上昇した。ロドニーさんの左肩に備えられていた対空砲が火を吹き牽制を始める。だがもう遅い。私の艦爆隊は彼女の直上から急降下し、彼女に数多の爆弾の雨を降らせた。

「……」
「……」

 止めどなく続く爆撃の轟音が、私の耳に心地いい衝撃を伝え、水しぶきが私の火傷に心地よい冷たさと痛みをもたらした。艦爆隊の爆弾は周囲に黒灰色の煙を展開し、彼女の姿の視認を阻害する。

「……」

 私の艦爆隊が爆撃をやめ、着艦するべく私の元に戻ってきた。私が次の攻撃に備え戦闘機の矢をつがえつつ艦爆隊の着艦を待ったその時。

「甘いぞアカギ!」
「!?」

 ロドニーさんの叫びとともに、未だ晴れない黒灰色の煙の中から、再び三式弾の炎が咲き乱れ、私に浴びせられた。未だ三式弾は装填されてないと油断していた私の慢心とともに、艦爆隊の一部が三式弾で撃墜された。

「……ッ」

 序々に煙が晴れ、彼女の姿が見えてきた。撃墜された艦爆隊たちを見る。中の妖精さんたちは無事脱出をしたようだ。ならば心配はない。私は安心して矢を引き絞る。

 彼女の姿を確認する。あれだけ激しい爆撃を受けてほぼ無傷。彼女が身に付けるプレートメイルは思った以上に強固なもののようだ。ネルソン級はビッグセブンの中でもとりわけ防御力に秀でた艦だと聞いた。ならば彼女の頑丈さもうなずける。

「このネルソン級を舐めるな!」
「……」
「貴公が最強の航空戦隊なら、私は世界で最強の7人の一人だ!」

 煙の中からほぼ無傷の姿を見せたロドニーさんが、矢をつがえる私に向かって吠えた。彼女のダメージを改めて確認する。私の爆撃は、彼女の前掛けを焼き、鎧に多少のくすみをもたらしたに過ぎなかったようだ。

 自然と釣り上がりそうになる口角を、なんとか抑える。

 先程艦爆隊は撃墜されたが、私の矢はまだ尽きていない。私は戦闘機を発艦させ、私の周囲に展開させた。

 肩口の対空砲で私の航空隊を牽制しながら、ロドニーさんが次第に距離をつめてきた。私は再度後退し、矢で残りの艦爆隊を射る。艦爆隊は再びロドニーさんに向かってまっすぐに飛び立ち、再び直上からの爆撃を狙って急上昇した。

「……フッ」
「何がおかしいんですか」

 耳に届く、艦爆隊の急降下の風切り音。ロドニーさんの対空砲が射撃を止める。風切り音が猛り狂うこの状況で、私とロドニーさんを取り巻く空間は、不思議な静寂に包まれた。

「また慢心か」
「……」
「練度を上げたのは自分だけだと思うな……」
「……」
「……近代化改修を受けたのが!! 自分だけだと思うな!!!」

 私の艦爆隊の、先程よりも小さく小規模な爆撃音よりも早く、ロドニーさんの主機の稼動音が鳴り響いた。次の瞬間、彼女の身体は前方に大きく弾き飛ばされていた。

「あなた……!」

 私は自分の主機の回転を上げたが、彼女の突進力の前では無力だ。知らぬ間に近代化改修を受けていた彼女の主機は、爆発的な加速を生み、彼女の身体を信じられないスピードで私の眼前へと突き飛ばした。ロドニーさんは今、馬上でランスを構えて草原を駆け抜ける騎馬隊のチャージのように、信じられないスピードでこちらとの距離を詰めている。

「貴公に槍を突き立てる日を待ちわびたぞアカギ!!!」
「……ッ!!」

 ともすると駆逐艦の電さんにも匹敵するスピードで、ロドニーさんがランスを前方にかまえて突進してくる。ランスの先端は、寸分違わず私の胴に……心臓に向けられている。

「……クッ!」
「アカギィィイイイイッ!!!」

 私はランスの狙いを外せず、後退しかできない。彼女の突進のプレッシャーが凄まじく、左右の逃げ道を見えない壁で塞ぐ。私は後退しかできない。左右に避けられない。弓が撃てない。狙えない。逃げ切れない。捌けない。

 ならば迎え撃つ。

 ロドニーさんのチャージが私の身体に届く寸前、私は弓を右手に持ち替え、主機を逆回転して自身の後退にブレーキをかけた。そのまま姿勢を下げ、左手の掌を前につきだし、彼女のみぞおちを鎧越しに打ち据える。

 バゴンという鈍い音と、私の左手に伝わる鈍重な衝撃。私の左手は鎧にめり込み、内側のロドニーさんの肉体にまで届き、彼女の内部に衝撃の波によるダメージを与えた。

「……ッ」
「あなたこそ、距離をつめた私を甘く見ないでください」
「……ゴフッ」

 ロドニーさんが口から血を吐いた。私の掌打の衝撃は、彼女の腹部に確実にダメージを与えたようだ。金属の鎧そのものは衝撃に強く頑丈だが、その衝撃は身体にも届きダメージを与える。

「……ッ」
「私は航空母艦ではない。航空母艦の艦娘です」
「アカ……ゴフッ……」

 加えてロドニーさんのあの突進力で、私の掌打の威力は倍加される。倍加された掌打の威力は、彼女の鎧に私の掌の痕をくっきりと残すほどめり込み、内側の空間を隔てていたはずの彼女の身体へも届き、ダメージを与えた。

「あなたは空母である私に気を取られすぎていた。私が艦娘であることを忘れていた」
「……ごほっ」

 彼女の吐血が止まらない。内臓にダメージを負ったようだ。勝敗は決した。いささかあっけない幕切れだったが……

「……やっと捉えた」
「?」

 ガシャリという音とともに、私の右肩に重い感触が走る。ロドニーさんの左手が、私の右肩を掴んでいた。私の頭上にある彼女の顔を見上げる。彼女は大量の血を滴らせた口を歪ませ、目を見開いていた。

「捉えたぞアカギ」
「……あなた……」
「撃沈したと思ったか? ……それこそ慢心というやつだ」

 彼女の左手に力がこもり、私の右肩に食い込んだ。ランスが私の身体に向けられる。……違う。これはランスではない。

「貴公こそ、私が戦艦であることを……ゴフッ……忘れるな」
「まだ動け……」
「これはランスではない……主砲だ」

 慌てて主機を回し後退しようとするが、彼女の左手がそれを許さない。身体をその場で左に回し、立ち上がって距離を取ろうとするが、彼女の左手の拘束が強すぎる。ランスがこちらの身体に向けられる。中は三式弾。この距離で砲撃されればひとたまりもない。

「喰らえアカギ……ッ!」

 全力でロドニーさんの左手を払い、彼女の拘束を解いた。だがすでに砲塔はこちらに向けられている。急いで距離を取り、右半身を彼女に向ける。血を吐いたロドニーさんが引き金を引いた。反動で少しだけ私からそれた砲塔から、三式弾の真っ赤な雨が放たれた。

「……クッ!」

 三式弾は私から若干射線が外れたが、それでも私の身体にダメージを与えた。炎は変わらず私の肌と髪と服を焼き、衝撃は私の鎧と甲板に傷をつけた。衝撃は頭にも届いたらしい。右のこめかみがガンガンと痛む。

「クッ……」

 寸前のところで距離を離し右肩を向けて半身に構えたおかげで、致命傷は免れた。しかし無傷ではない。盾代わりにした甲板は砕けた。故に艦載機が発艦出来ない。空母としてこの損傷は致命的だ。

「ゴフッ……!」

 そして、砲撃の強烈な衝撃は、敢行したロドニーさん自身にもダメージを与えたようだ。すでに私の掌打でダメージを負っていた彼女の内臓は、今の砲撃でさらに揺さぶられたらしい。ロドニーさんは再度吐血し、左手で口を押さえて片膝をついた。口を押さえた左手の指の隙間から流れる血の量が、ダメージの大きさを伝えている。

「ゴフッ……ゴフッ……アカギ……フフッ……」
「フフッ……ロドニーさん……」

 ……自然と口角が持ち上がる。天龍二世さんを口説き落とした時とは違う性質の胸の高鳴りが、私の心に愉悦の感情をもたらした。

「……どうしたアカギ……フフッ……」
「あなたこそ……ククッ……」

 ロドニーさんも笑っていた。目を見開き、まるで好物を前にした少年のように、ニコニコと上機嫌で笑っていた。まるで豪華な衣装を与えられた少女のように、目をキラキラと輝かせていた。

 そして、恐らく私も今、同じ笑顔を浮かべている。ロドニーさんと同じように目をキラキラと輝かせ、上機嫌で微笑んでいることだろう。

「フフフフ……ゴフッ……このロドニーとの死闘は、楽しいか?」

 三度目の吐血を抑えながら、それでもロドニーさんは心底嬉しそうに、笑顔で私に問いかけた。『私も楽しい』彼女の輝く眼差しは、私に雄弁にそう伝えていた。

 認めよう。私は今、彼女との死闘を、この上なく楽しんでいる。

「楽しいですよ。フフッ……あなたとの潰し合いは」
「そうか。……重畳だ……クフフフ……このロドニーは、貴公にとって良き敵か」
「ですね。あなたにとっての私と同じく。……クックッ」
「そうだな。クフッ……貴公は良き敵だ」

 お互いに笑みがこぼれる。笑おうと思って笑っているのではない。互いに心が踊っているだけだ。油断していると大笑いしてしまいそうなほど、私の心は今、高揚している。

 ……今分かった。私は、ずっとこの日を待っていた。初対面で剥き出しの闘志をぶつけられたその日から……ロドニーさんを艦攻隊で攻め立て、艦爆隊で捉え、この腕でねじ伏せ潰しきる、今日という日をきっと待っていた。

 ロドニーさんの足元から再び水しぶきが上がった。先ほどのチャージをまた行うつもりか。こちらに甲板はない。ゆえに、再び艦攻隊と艦爆隊を発艦させることは不可能だ。

「続きだ!!」

 ロドニーさんが再びランスを構えて突進してきた。チャージのプレッシャーが再び私に襲いかかり、私の退避を阻害する。ランスの狙いは再び私。寸分の違いもなく、ランスはまっすぐに私の胸に伸びてくる。

「避けて見せろアカギ!」
「……」
「この愉悦、ここで終わりにしてくれるな!!」

 無論です。楽しみましょうよ。互いが互いを潰すまで。

 ロドニーさんのランスの狙いは確実に私。ならばランスを破壊する。私は自身の左半身をロドニーさんに向けてチャージを捌き、彼女のランスを砲塔ごと左脇で挟んで掴み上げ、彼女の突進を止めて動きを拘束した。

「艦爆隊!!」

 上空で待機させていた、残りの艦爆隊が急降下を始める。爆撃の標的はロドニーさんではなくランス。耳をつんざく甲高い風切り音と共に艦爆隊が投下した爆弾は、私とロドニーさんを繋ぐランスに命中し、砲塔と穂先が損壊した。

「アカギぃッ!!!」

 ロドニーさんの左肩につけられた対空砲が火を拭いた。狙いは艦爆隊ではなく私の身体。至近距離から放たれた対空砲の銃弾は私の肌を削り、肉をこそげとる。細かい裂傷が私の顔と身体に刻み込まれ、私の全身は朱に塗れた。

 対空砲火にさらされても、私は彼女の挙動から目を離さない。自身の吐血で真っ赤に染まった、彼女の左手が動いた。腰の剣を逆手に持ち、鞘から素早く抜き放つ。その手が私の身体を斬りつけるべく、横薙ぎの斬撃を繰り出してくる。

「艦戦隊!!!」

 開戦時に放っていた、私の周囲の戦闘機の残りが即座に反応し、彼女の剣を取り囲んで機関砲を浴びせた。いくら小さな戦闘機といえども、その機関砲はそれなりの威力がある。その銃撃はロドニーさんの斬撃を確実に捉え、私の身体に食い込む前に、彼女の剣を折った。

 これで彼女に攻撃の手段はない……そう気を抜いた瞬間だった。バゴンという鈍い衝撃が私の額を襲った。

「……ガッ!」

 視界が白く霞み、あるはずのない火花のようなチカチカした輝きが目に届いた。体中の力が一瞬で抜け、右手に持ち替えていた弓を落としてしまう。

 脳震盪で倒れそうになるのをなんとかこらえ、反射的に閉じてしまった目をなんとか開いた。彼女の顔が、文字通り目と鼻の先にあった。互いの唇が触れそうなまでに近づく彼女の額は、私の額に打ち据えられていた。

 私の後頭部に、ロドニーさんの左手が添えられた。朦朧となった私の意識が危険信号を発する。ロドニーさんが私の後頭部を支えたまま身体を弓の様にのけぞらせた。危険信号が警報に変わり、悲鳴へと変貌する。この状況はまずい。避けなければ危うい……

 ガツンという鈍い音とともに、今度は私の顔面に強烈な痛みが走った。ロドニーさんの額が私の鼻にめりこんだようだ。強烈な一撃を私の顔面に繰り出したロドニーさんは、さらに自分の額を、グリグリと私の顔に押し付けてくる。

「……ア……ガ……ッ」
「私の額に……キスした気分……は……どうだ?」
「……最っ低です……ね」

 私の鼻にめり込んだ、ロドニーさんの額が離れる。先程と同じ高揚した表情を浮かべたロドニーさんの顔を見た途端、私の鼻から大量の血が吹き出した。鼻がズキズキと痛む。おまけに出血のせいでうまく鼻呼吸が出来ない。

 しかし、この痛みが逆に私の意識を覚醒させた。

 困った。意識が覚醒した途端、笑みが止まらない。

 弓を落とした右手に力が戻った。私の顔から額を離し油断しているロドニーさんの顎を、掌打で下から突き上げ、振り抜く。ガツンという音ともに、彼女の顔は私の右手で無理矢理に上に突き上げられた。

「アカ……ッ!」
「私の唇は……あなたに捧げるためのものではない……ッ!」

 振り抜いた右手をそのまま再度ロドニーさんの首から下顎に添え、左手はロドニーさんの後頭部に回す。そのまま首を固め、全体重をかけてロドニーさんを背後に倒した。二人分の体重の衝撃が、私たちを中心に大量の海水の飛沫を上げる。私はそのままロドニーさんに馬乗りになり、彼女の行動を拘束した。

「ガボッ!」

 左手をロドニーさんのうなじに回し、そこを起点に彼女の首を背後に曲げる。海面に頭の上半分をつけた彼女の眉間は私を睨みつけていたが、その眼差しは、遊戯を楽しむ幼児のそれと同等に、キラキラと輝いていた。

――状況を作りなさい

「艦攻隊!!!」

 鳳翔さんの教えが再び頭を駆け巡る。私は、最初に放った後ずっと隠し続けていた艦攻隊に雷撃の命令を下した。

――艦爆隊の爆撃に比べて、艦攻隊の雷撃は避けられやすい
  ならば、避けられない状況で雷撃を放ちなさい
  戦場の流れを読むのではなく、避けられない状況を自分で作りなさい
  それが、航空母艦の艦娘である私たちの戦い方です

 十数機の艦攻隊が私とロドニーさんを取り囲み、私たちに向かって雷撃を放つ。このまま魚雷がロドニーさんに命中するまで、彼女をこの場に固定する。

「クッ……ガァアッ!!」

 ロドニーさんの左手が、私の顔を鷲掴みにする。その左手に残る彼女の血が私の顔にべっとりとなすりつけられた。猛烈な強さで私のこめかみが締め付けられるが、私は彼女の拘束を緩めない。

「無駄です! これで終わりです!!」
「ァァア……ガァッ!!」

 彼女の右手もまた、ランスを握ったままバタバタとのたうち回っている。だがもう遅い。砲塔は壊れている。接近する魚雷はあと数秒でロドニーさんに届く。このまま彼女を固定し続けていれば、この死闘は私の勝ちだ。

 私の耳と、きっとロドニーさんの耳にもけたたましく鳴り響いているはずの魚雷接近警報。360度全方位から、私たちに向かって放たれた魚雷は、まっすぐに私と……そしてロドニーさんに向かって直進している。あと少し。あと少しで……

――ガチャリ

 どこかで聞いた音が聞こえた。いつ聞いた音なのかが妙に気になる。フォトアルバムをめくるように記憶を懸命にたどる。この死闘が始まるときだったか? それとも深海棲艦さんたちと和解した日? それとも……ロドニーさんと初めて会った日だった……?

 妙に急き立てられ記憶を辿る私の左脇腹に、冷たい感触が走った。脇腹を見る。ロドニーさんの損壊したランスの砲塔が、私の脇腹に向けられていた。

――クソッ……私だけでも……お前を沈める!!!

 思い出した。あの音は、三式弾の装填音だ。彼女が集積地さんに砲撃した時に、意識せず聞いた、あの音だ。

 彼女を拘束していた両手を離し、慌てて彼女の身体から離れようとした。身体を左に捻ったその瞬間に、彼女の砲塔が火を噴く。射出された三式弾の砲弾が、私の左脇腹の防具を直撃した。

 至近距離での三式弾の直撃を受けた私の身体は、その反動で宙を舞った。グルグルと回る私の視界の片隅に、海面で横たわったままのロドニーさんの笑顔が見える。その顔は次の瞬間、十数本の魚雷の直撃を受けた。彼女を中心に水柱が上がった直後、私の身体は投げ捨てられた操り人形のように、無造作に海面に打ち付けられた。

「グクッ……ロド……ごふっ」
「アカ……ギィッ……」

 水しぶきの向こう側に、立ち上がるロドニーさんの身体が見えた。彼女はまだ轟沈しない。力が戻らない身体に鞭打って、私は渾身の力で片膝をついて身体を立てる。腹部がムカムカし、胃袋の中が持ち上がった。

「しぶとい……ですね……ゴフッ……」

 左脇腹への三式弾の直撃は、私の身体に思った以上のダメージを与えたようだ。先程から腹部のむかつきが収まらない。たまらず口を開き、腹部から持ち上がってきたものを吐いた。口から吐き飛んだものは、吐瀉物ではなく血液。先程のロドニーさんのように、内臓にダメージを受けたようだ。口の中に、生臭い鉄の味が残留した。

「貴公こそな……ゼハァー……三式弾の直撃で沈まんとは……」

 周囲に浮遊して、私の視覚を阻害していた水煙が落ち着いた。その先に立ち尽くす、ロドニーさんの満身創痍の姿。プレートメイルは雷撃でズタボロに砕け散り、剥き出しになった彼女の身体は血塗れだった。ガクガクと震える両足で海面に立っているが、あれは武者震いではない。疲弊した身体に鞭打って、なんとか立っている証拠だ。

「あなたも……あの本数の魚雷で沈まないなんて……ゴフッ……」
「お褒めいただき……ゲホッ……光栄だ……」

 額が痛い。右手で触れてみると出血している。ロドニーさんの頭突きで切れたのか。

「いいんですよ? ゴフッ……終わっても……フフッ……」
「だな。フフッ……そろそろ、終わってもいいかもな……ハァー……」
「名残惜しいですね。久々の……ゲフッ……フフッ……こんなに、楽しい戦いなのに」
「だなぁ……久しく、心躍る戦いだ……ゴホッ……」

 私は立ち上がる。身体は傷だらけ。内も外もダメージが蓄積している。体力もない。あと数回、ロドニーさんの攻撃を受けてしまったら……冗談ではなく私は轟沈してしまうだろう。

 それはきっとロドニーさんも同じだ。彼女もまた、息も絶え絶えに、ランスの砲塔を両手で支えていたが……もはや両手ですらそれを持ち上げられないほどに疲弊しているようだ。彼女は砲塔をその場に力なく落とした。

 互いがまさに満身創痍。私たちはもう、すでにどちらが轟沈してもおかしくない状況に陥っていた。戦う前はあれだけ互いを『轟沈させてみろ』と挑発したが、まさかロドニーさんに撃沈される結末を迎えることになるかもしれないとは……そして、まさか彼女を轟沈させてしまうかもしれない事態になるとは……ロドニーさんがここまで強く、そして轟沈させてしまうほど弱いとは思ってなかった。加えて、彼女によって轟沈してしまうかも知れないほど、自分が弱いとは思ってもなかった。私は、自身をもっと強い艦娘だと思っていた。

 私たちが相手のことを過小評価していたのか……それとも自分のことを過大評価していたのか……それは分からない。きっと答えは出ないだろう。とにかく私たちは、相手と自分の評価を誤っていた。

 だが今、私とロドニーさんの間には、心地いい春風が駆け抜けていた。今、私たちは充実している。深海棲艦たちと和解し、戦いが終わったあの日から……いや恐らくは、彼女と初めて出会ったあの日から、私たちがずっと渇望し続けた、彼女の言うところの『良き敵』との戦いを今、堪能出来ている。

 言ってしまうのなら、私は今日、この戦いの果てに轟沈しても、何の悔いもない。この瞬間、ロドニーさんの対空砲火を受けて沈むことになっても、彼女を恨む気持ちはさらさらない。むしろこの戦いを演じられたこと、彼女が良き敵として私を選んでくれたことを、誇りに思える。

 次第に呼吸が整ってきた。腹部のむかつきも幾分マシになる。相変わらず全身は痛く体力も回復していないが、それでも先程よりはマシだ。

「そろそろ……終わらせますか」
「そうだな……終わらせようか」

 すでに徒手空拳になったロドニーさんが、バキバキと指を鳴らした。私は頭を左右に振り、首を鳴らして筋をほぐす。互いに相手を見つめ続ける。世界を相手のみに収束させ、認識を彼女ただ一人に絞った。彼女の一挙手一投足、息遣いや、筋肉と骨格の挙動……どんな些細な違和感も見逃すまいと、意識のすべてを彼女に向けた。

―― 私があなたに教えた基本を思い出しなさい

 三度、鳳翔さんの教えが頭を駆け巡った。なぜ今? なぜこの状況で鳳翔さんの言葉を思い出す?

 唐突に異質な砲撃音が鳴り響いた。その音はロドニーさんのものでなければ、艦娘のものでもない。

「がふぁッ!?」

 私の真正面にいるロドニーさんが、私から見て右にはじけ飛んだ。激しく海面にたたきつけられつつ、遠くに転げ飛んでいったロドニーさんは、そのまま意識を失ったようだ。命を失ってしまったかのように、うつ伏せに倒れたまま動かない。

――自分の周囲のすべてを捉えるところから……

 再び鳳翔さんの教えが耳に届くのと、私の全身に強烈な衝撃が走ったのはほぼ同時だった。

「ガッ……!?」

 左側から私に襲いかかった強烈な衝撃は、私の全身を駆け巡り、私の意識に致命的なダメージを与えた。今の身体の許容量をゆうに超えたダメージを受け、私の意識が悲鳴を上げる。『まだ彼女と戦いたい』と声を荒げたが、私の身体がそれを許さなかった。

 満身創痍の身体によって強制的に意識が閉ざされていく中、私の耳に届く声があった。私はこの時、その異質な砲撃音の正体にやっと気付いた。長い間聞く機会がなく、完全に忘却していた砲撃音だった。

「轟沈は許さん」

 忘れていた。戦艦棲姫さん。この人の存在を完全に意識の外に追いやって忘れていた……。

「お前たちの稽古は、これで終わりだ」

 彼女は、この、最後の瞬間の砲撃のためだけに……この場に……ロド

………………

…………

……
 
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