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ギルド-Guild-

作者:相羽 桂
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3話 星の見守る空の下

「なるほどなるほど……信じがたいことだけど、納得するよりほかはないか」

 クツクツとこみ上げてくる笑いを漏らしながら呟かれたエドアルドの言葉は、もう今まで使っていた物ではなかった。それは紛れも無く魔法使いたちが使っていたものであり、しかもさっきまでわからなかった彼らの言葉も完全に理解できている。
 とは言っても、所詮は攻撃の合図と「奴を殺せ」くらいのもので、特に知る必要も意味も無かったが。

 そんなことよりもっと重要なことが解ったのだから仕方がないだろう。もう既に事切れている肉塊たちに言われたことなど、いつまでも気にしていてたら兵士などやっていられないのだ。
 エドアルドは笑いを止めて目を閉じ、粒子と共に自分の中に入ってきた情報たちを思い返す。

 まずここは天国などではない。あの光も、どこぞの国の衛星兵器などという陳腐な代物ではない。
 この場所はメルクリオという国の王城地下であり、とある魔法を研究するためだけに作られた、巨大な実験場なのだ。
 その研究されている魔法こそが、光の梯子として向こうの世界に現れた『時空転移魔法』。他の世界から人間一人を拉致してくるための、外道な神秘だった。

 当然、戻る方法は無い。まだ研究中の魔法であるために、どこかの世界から生き物を連れてくるばかりで、今この世界からどこかへ繋がる扉を開くことは出来ない。なによりその扉を開くための魔法使い二十人は、ついさっきエドアルドが自身で殺してしまっているのだから打つ手は無かった。

 だが、これはエドアルドにとって、幸運と捉えられるべき出来事である。

「僕はこの世界では……自由だ」

 仕えていた国は無く、上司もいない。空からの監視も無ければ、連れ戻される心配も無い。
 しかし武器と、そして力……更には自分の意思。それはある。
 生きていくのには充分だろう。いや、ようやく生きていくことができるのだ。自由に、好きなように、やりたいように。既に世界が違うのだから、もはや前の世界の罪など関係無い。全てがリセットされてしまう『生まれ変わり』なんて物より好条件で、エドアルドはこれからの人生を生きていくことができる。

 これまでの厳しい人生にも、こうなってしまうと感謝すら芽生えてくる。なにせ身を守る方法は十二分にあるのだ。更に――

「魔法も……ある」

 じんわりと上がっていく口角を抑えもせず、エドアルドは右手に粒子を纏う。そして手のひらを上に向けると、そこに炎を灯してみせた。
 ゆらゆらと立ち上る炎と、それと同化するように黄色い粒子。生み出した彼自身に熱さを感じさせることはなく、ただ薄暗い部屋を照らしている。
 これこそが魔法。人の中にある魂――白い粒子と共にエドアルドに吸収されたあの石が、世界に起こす奇跡。共に生まれる細かい光の粒子に、世界を変えてしまった罪を背負って貰うことで発揮される力。

 元の世界には無かった世界の常識に、エドアルドは珍しく興奮していた。何と言っても、彼は結局年頃の青年なのだ。
 炎を握りつぶすようにして魔法を解除すると、エドアルドはその辺に落ちている肉塊から魂を取り出していく。この世界の生き物はどんな者であっても、一つ以上の魂を体内に持っている。もちろんそれはエドアルドとて例外ではない。もちろん前の世界ではありえないことだったが、いま体内スキャンをしてみれば心臓あたりに異常が――白い結晶の姿が認められるはずだ。

 そして身体の中に結晶化した魂を持つ物は、他の魂を吸収することで、魂の中に宿っている力をも獲得出来るのだ。先ほどエドアルドが炎を出したのは、黄色い魂を吸収したおかげだった。
 もちろん何も制限が無いはずはなく、基本的に同じ色の魂を取り込まなければ、元の魂は別の物へと変わってしまう。つまり、エドアルドであれば人ではなくなってしまうということ。

 それではエドアルドの魂は黄色なのかと言われれば……そうではない。彼の魂は先程の通り、一切の濁りすらない『白色』だ。
 しかしその力によって、全てを知っているはずのエドアルドは……いや、全てを知っているのにエドアルドは、何の恐れもなく拾った『赤』の魂を手のひらに置いて願う。

 ――灯れ。

 瞬間、エドアルドから漏れでた白い粒子が、赤の魂を絞る。
 その魂が経験してきた出来事、記憶、そして力の中身まで。その全てを絞り出し、砕き、凝縮して、白い粒子はエドアルドの中へと戻って行った。

「なるほど……これで」

 握りしめた拳を目線の高さで掲げ、じんわりと赤い粒子が漏れ始めたかと思えば……そこにパチッとした音とともに閃光が走った。たったわずか、それこそ瞬きでもしていたら見逃してしまうほどに小さなものだが、今は確認の為の試しだ。やろうと思えば戦いに使えるくらいの電力を生み出すことはできる。

 エドアルドによって呆気無く殺されてしまったとはいえ、それでもここにいた者たちは国を代表する魔法使いたちだったのだ。その力を受け継いだ(奪いとった)のだから、それなりの力を手にできるのも当然のこと。
 加えて白い粒子の特異性が、彼に大きく味方していた。

「さて、上が騒がしくなってきたし、どんどん吸収してしまうか」

 チラリと視線を上に向けて、それからすぐに集めた結晶へ戻す。
 さすがに王城の地下ということもあって、この場所は充分に警戒されている。なによりこのメラクリオという国にとって、時空転移魔法の研究は一大事業だったのだ。内容も内容だけに、何が出てきてもいいよう兵士がずっと気を配っていた。

 そして中からの連絡がなくなった今、上にいた兵士たちはこの広間へ乗り込んで来ようとしている。エドアルドが聴いた騒がしい音というのは、その兵士たちがせわしなく動き回っている音だった。きっと今ごろ、何が起きたのかを確認するべく準備を整えているのだろう。二つの魂から得た情報によれば、五十の兵士が乗り込んでくる予定になっている。それでいて外は王城であり、当然ながら防御は硬い。

 そんな事になる前に……と、エドアルドは魂の吸収を急いだ。
 赤、青、緑、黄、桃、茶……カラフルな粒子が舞い、そのたびに知識と力が増えていく。その中に白い魂が無かったのは当然のことで、白色が何よりも珍しいというのもその辺に転がる魔法使いたちの知識。

「これ、僕の力がコレじゃなかったら……大変だっただろうな」

 最後の一つが自分の体に染みこんでいくところを確認しながら、小さな呟きを漏らした。
 確かに、エドアルドが元より持っていた白い粒子の力が無ければ、まだ言葉すら解らずに呆然としていたに違いない。力を吸収できるのは万人の常識だが、魂の記憶や知識を吸収できるのは彼だけの特殊能力なのだ。
 白い粒子には不思議な力の中でも更に得意な力が宿る。それもまた、辺りに転がる魔法使いたちの知識。もちろん個々の力を他人が知るはずもなく、まだ隠された力があるかも解らないが……ともかく、自身の力が他人の魂のデータを読み取る物だということは理解できた。

「さて……」

 そう呟いて上を見た途端――大きな音を立てて壁の一部が吹き飛んだ。
 聴こえてくるのは一つの掛け声と、それから無数の金属が擦れる音、あとは無数の足音。そこそこ重装備の兵士たちが壁に沿う螺旋階段を駆け下ってきている。

 少なくとも百人は居るだろう。しかし階段は、どうにか一人が通れるくらいに狭いもので、ここに来るまでには相当な時間が必要なように思える。
 もちろんそんな長い時間を呆けて待つ必要も無く、エドアルドはスーツの力を借りて一気に跳躍した。

 魔法という力により作られたこの大きな空間は、スーツの力を持ってしても一飛びで上までたどり着くことは出来ないほどに高い。それこそ元の世界にあった高層ビルと同じくらいに。だから彼は壁を蹴ることで上への推進力を手に入れる。

「お、おい! 何か飛んでるぞ!」

 その壁を蹴る音に反応して、兵士たちはエドアルドの姿を認識した。

「な……何だアイツは。人か? 魔物なのか?」

 しかし彼らが見たのは、顔から足まで、全身余すところ無く真っ黒いスーツに覆われた人型だ。『魔物』と呼ばれる異形の生物が居るこの世界では、そんなエドアルドの姿を見て人間だとは思えなかったのだろう。
 兵士たちは迷うこと無く剣を構えた。『魔物』であれば、言葉を交わす必要もない。なにより言葉を交わし合うことは出来ない。そんな判断の元に、彼らは自国の脅威と成り得る敵を排除するべく鋭い視線を向ける。

 だが、エドアルドに戦う気は無かった。これで顔を見られていたのなら、迷うこと無くここにいた兵士たちを皆殺しにしていただろう。しかし顔はスーツによって隠されているのだから、ここで無駄な体力を使う必要も無い。
 自分に警戒した目線を向けてくる兵士たちを眼下に収めながら、エドアルドはちょうど先頭を行く兵士の頭上にある壁を蹴った。

「魔物が上に行くぞ!」

 一番前の兵士……恐らく指揮官らしき兵士が、エドアルドの動きに声を荒げる。だが一列に並んでいる彼らはどうすることもできない。必死で体の向きを反転させようにも、指示が浸透するまでにはどうしても時間がかかってしまう。
 結果、エドアルドは難なく広間の出口を突破した。

「ちゃんと情報通り……か」

 そこは緑のある庭だった。空に無数の星々が散らばっている、夜。周囲は石のレンガでできた壁で囲まれていて、確かにこの場所が王城なのだろうことがわかる。
 そして――

「まさか本当に時空転移とやらが成功するとはな。だが、倒せもしない魔物を呼び出してしまっては意味が無い」

 目の前には、一人の女兵士が居た。 
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