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To Heart 赤い目

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来栖川綾香

 どうにか追手を振り切り、病院と思われる施設の駐車場に入ると、ピンクのリムジンがあり、綾香はその中に籠城していた。
 広大な来栖川の家や施設、その中にも関わらず頼れるものが誰ひとりとして居なくなった哀れな少女は、車の中という狭い空間とセバスチャン、そして姉や祖父の「攻撃」を止められる、同年代の人類では今の所一人しか存在しない浩之を求めていた。
「綾香様、藤田様をお連れしました」、
 そこでリムジンの後部座席から手が飛び出し、中に引きずり込まれる浩之。
「うおっ!」
「浩之~~~~っ、怖いよ~~、うええ~~~~んっ!」
 後部座席にいたのはやはり綾香だった。 浩之を引き込んだ後も、胸に顔を埋めて駄々っ子のように泣き叫ぶ。
「発車します、少々右にお寄り下さい」
 残骸同然になったハンビーに目をやり、軽く敬礼するセバスチャン。この逃避行が成功するのかどうかは不明だが、追手は超能力少女と来栖川本来の力を持った次期当主。
 ほぼ「バビル二世とヨミ様」を同時に敵に回したような物だが、それまでに綾香の心の傷を少しでも癒やし、空港まで送って両親のいるアメリカかどこかに送り出せればミッションコンプリートである。
「どうしちまったんだ綾香、しっかりしろ」
「怖いよぉ~~、怖いよ~~~~~!」
 もう綾香は、すっかり駄目になっていた。ガタガタと震えて歯の根は合わず、涙と鼻水は流れ放題、目は現世に焦点が合っておらず、「お友達」が侵入して来ないか、あの世に焦点を合わせていた。
「どうかお助け下さい、綾香様は目を覚ましてからずっと、こんなご様子なのです」
 気が付いてから、ずっと泣き続けていると思われる綾香の顔は、もうヌレヌレのヌルヌルだった。
 道着のまま裸足で逃げまわり、姉から守ってくれる人物を探した綾香は、薄汚れた体でガタガタと震え、まるでレイプ被害者のようにも見えた。
「そうか… お前も怖かったんだな」
 窮鳥懐に入れば猟師もこれを撃たず。余りに哀れな綾香を見て、日頃の仕返しをしようとは思いもよらなかった浩之。
 なでなで
「ううっ、うっ、ぐすっ」
 しがみ付いている綾香の肩を抱き、頭を「なでなで」してやると、ようやく泣き声が収まって来た。
「おおっ、やはり」
「綾香、どうして俺なんだ?」
「は、それが、藤田様と私を探しながら病院中を逃げ回り、表に出ようとなさったので、こうしてお連れした次第でございます」
 来栖川の屋敷なら安心だろうと思ったが、当然「あの人」がいるので「お友達」を呼ばれれば終りである。 
「どうして俺なんだ?」
「うう~、ううう~~」
 まだ「うるうる」して、お返事できる状態ではない綾香ちゃん。
「藤田様、できれば綾香様に、棚の中の飲み物をお渡し下さいませぬか」
「え?」
「先ほどから水や食べ物も一切口になさらず、このままでは脱水症状に……」
「そ、そうなのか… ほら綾香、何か飲むか?」
 リムジンのバーから、グラスやジュースのボトルを取り出して見せる。
「ひぃっ! ビッ、ビンは嫌ぁぁっ!」
 瓶を異様に恐れる綾香を見て、今の状況を理解した浩之。「ビンに入ったお薬を持っていて、綾香が怖がる人」で思い当たるのは一人しかいなかったので、薬、瓶入り、は体が受け付けないのだと思えた。
「すっかり怯えてしまわれ、召使い達や医者、セリオも近寄らせないのです。特に「薬」を目にすると、手が付けられない程暴れられて… ううっ」
「ああ… そうだな、暫く綾香を取り囲んだり、目に付く所に「薬のビン」を置かないでくれるか? セリオもマルチもだめだ」
「はい、しかし今日は綾香様の身に何があったのでしょう? それを思うと私は、私は」
 そこで綾香の耳を塞いでから、そっとセバスチャンに耳打ちする。
「さっきの琴音ちゃんって子は超能力で綾香をふっ飛ばして、離れた所から心臓を掴んで止めようとしたんだ」
 ビクウッ!!
 まるで感電したように、大袈裟な反応をするセバスチャン。
「超能力、ですと?」
「ああ、その上、メイドロボとか機械を操れるんだ、マルチとセリオ操って、葵ちゃんも坂下も倒された。綾香も信用してたセリオに蹴られそうになって取り乱してたし、マルチ一人迎え撃つ準備しかしてなかったから、こっちはボロボロ。逃げ道も無くなった所で先輩、芹香さんが来たんだ」
「まさか……」
「ああ、先輩がまた「お友達」を呼んじまったんだ」
「や、やはり…… では、藤田様もご覧になられたのですか?」
「ああ、もしかして、あんたも紹介されたのか」
 お互い、一般的な反応を見て来たので、間接的な表現しか使えなかった二人。 自分達の体も「アレ」を口にして説明するような勇気は持ち合わせていなかった。
「よくご無事でしたな…」
「あんまり無事じゃない…」
 二人の間に、大きな災害や戦争を共にしたような、漢の友情が芽生えようとしていた。 セバスチャンも単に「幽霊を見た」とか、そんな生易しい経験では無かったらしい。
「しかし、普通の方ならば」
「その日の記憶を無くすか、何も無かった事にするんだろ」
「左様です」
 これでやっと、なぜ綾香が自分を探していたのか分かった浩之。
「そうか、何であんたと綾香が一緒なのかと思ったけど、あれに耐えて、先輩を止められる奴じゃないと駄目だったんだな」
 ビクッ!
 何故かそこで驚くセバスチャン。
「芹香様を止めた? ですと?」
「え? ああ、さっきは日も呉れたし、皆んなを送り返さないといけないから解散しようって、お友達にも帰ってもらったんだ」
 頭をかきながら、自分の情けない対応を話す浩之。
「そうでしたか、ご立派でしたな、私にはとてもそこまで出来ませなんだ」
 腰を抜かして、その場で倒れるしか出来なかった自分の反応を思い出し、「お友達」に話し掛け帰らせる勇気を持っていた浩之に、綾香の警護を頼もうと考えるセバスチャン。

「以前も、日本に帰って来られて少し経った頃、同じような事がありました。それから綾香様は、何かに憑かれたように武道にお励みになられ、「えくすとりいむ」なる競技で優勝なさるまでに…」
 この場合、憑かれたのではなく、憑かれないように努力したと思われる。
「それで今度は2回目だったから、忘れようにも忘れられなくて、俺を探してたのか」
「うんっ、グスッ」
「藤田様、できましたらこのまま、私共の屋敷にご逗留願えませんでしょうか?」
「え? それはいいけど、綾香がこのままじゃあ、便所や風呂まで一緒に付いて来そうだな」
「いい… 見られてもいい、見てもいいから姉さんからあたしを守って」
「お、おい」
「だって、シャンプーする時に目を瞑ったりしたら、絶対出てくるもんっ、トイレで一人になったら、床や天井、それに便器から… ひいいっ!」
 そう言って、座席の下から出て来ないか探して、リムジンの中を逃げ回る綾香。
「落ち着けっ、今は出ない、出ないからっ」
 そして、最後には浩之の膝の上に座ってやっと落ち着き、震えながら抱き着いてオイオイ泣き出す綾香。
(これがあの綾香なのか?)
 余りにも情けない綾香を見て、「あの人達」の力を思い知る浩之。霊力の無い人間が、如何に徒手空拳で戦った所で「お友達」には全く効果が無い。

「実は、あの力こそが来栖川を治める力。 お二方のご両親にはその力は無かったのですが、現在のご当主様も同じ力をお持ちです」
「でも、遺伝で先輩には出たんだ」
「左様です、そして、その力を見せられたご両親も、綾香様とご同様」
「じゃあ、先輩だけ日本に置いて、海外に行ったのって?」
「はい、「お友達」を見てしまい、芹香様を置いて、何もかも無かった事にして海外に出帆なさったのです」
「そんな、ひどいっ」
「いえ、アレを見て耐えられたのは、今まで藤田様と私だけ、どうか悪く仰らないで下さい」
「いや、もう一人いるんだ、それも全然平気で、「お友達」になった子が」
「なっ、何ですとっ、それでは姫川様とは、生きている方なのですかっ? 私はまたてっきり」
 死んでいるお友達が一人増えたのだと思ったらしい。
「ああ、「姫川琴音ちゃん」って1年の女の子なんだ」
「そんな… 普通の方がまさか」
「普通じゃない、テレキネシスを使う超能力者だし、メイドロボってどうやって操るんだろうな?」
「…………」
 返す言葉も無く、震えているセバスチャン。

「さすがの綾香も、その子の力には叶わなかったんだ。テレキネシスで吹き飛ばされたり、離れた場所から、こうやって心臓を掴まれて」
「な、何ですと?」
「いやあっ、あの子がまだ私の心臓掴んでるのっ!助けてっ、助けてよ~、浩之~~っ」
 胸を掻きむしり、自分の心臓は琴音の胸三寸でいつでも止められる。そう思っている綾香は子供のように泣き叫んだ。
「もう大丈夫だ、俺がそんな事させないからな? 「俺の友達に手出しするような奴とは付き合えない」って言ってやるから、安心しろ」
「うん、うん~~、ありがとう、ありがとう~~」
 綾香の震えが「半分だけ」収まった。後は「お友達」「大きなお友達」を連れ歩ける怖い人をどうにかすれば、哀れな少女は助かり、アメリカでもどこにでも送り出せばいい。
「それにあの子、マルチとかセリオ以外にもロボットを操れるから… 工場の方でも何かあったんだろ?」
「ご存知でしたか、工場でも事故があり、ロボット達が人を襲い始めました。しかし、数分するとそれも収まり、芹香お嬢様から迎えを寄越すようご指示があり、工場の件も「気にしなくていい」と」
 経済的な損害より、自分と似た力を持つ新しいお友達、それも敵対者を一瞬で滅ぼせる一騎当千の兵を手に入れ、当主も芹香も笑って喜んでいた。

「綾香様、一旦ご自宅に戻られますか? それともこのまま空港に向かわれますか?」
 そこで、リムジンの「上」から声が聞こえた。
『セバスチャン、藤田くんを外国に行かせてはならぬ。綾香は両親の所でも、どこにでも行くのを許す。相続や次期当主の座からは外れるが、仕方あるまい』
「きゃあっ、いやああああああっ!」
 取り乱す綾香を抱き締めて耳も塞いでやる、屋根の上からは、カラスの声真似のような言葉が聞こえたが、話している相手は明らかに現当主で、浩之の海外逃亡は許可されなかった。
 セバスチャンも国外逃亡は一旦諦め、後ろから着いてくる「巨大怪鳥」に窓枠を捕まれ、「ふりだしにもどる」事態にならないよう、綾香の邸宅に向かった。

 綾香の邸宅に着くと、車のライトが当たる前に立った琴音が笑顔で出迎えた。もちろんエンジンの再始動など許されるはずもなく、バッテリーの電源も全停止して、動けない箱の中で震えている綾香。
「琴音ちゃん」
「これが姫川様の力、一体どうやって?」
 ハンビーを犠牲にして振り切ったのに、汗一つかかず笑顔で佇んでいる少女。
 間違いなくテレポートで到着したと思われるが、それも「藤田さんの居る場所」と願うだけで転移できる、悪質なテレポーターだった。
 その間にも綾香は、心臓が苦しいと言いたげに過呼吸を起こし、恐怖に震えていた。
「ちょっと話してくる、そこで待ってろ」
「いやあっ、置いて行かないでっ、あたしを見捨てないでぇっ」
 この世に何一つ縋るものが無くなった綾香。心と体を鍛えるため何年も修練を積んだが、格闘技など何の役にも立たないのを思い知らされ、もう頼りになるのはセバスチャンの各種能力と、琴音を操れる浩之だけだった。
「すぐ戻って来るからな、心配するな」
「だめっ、だめえっ、来ちゃう、来ちゃうよおっ」
 綾香を置いてドアを開け、浩之が立った時、それはやって来た。
「イヤアアアアッ!!」
 二台目の来栖川のリムジンが到着し、「あの人」を降ろして立ち去った。
「藤田様っ、どうかっ! 綾香様をお助け下さいっ! 報酬なら私の命でも何でも差し上げますっ! ですからぁっ!」
 セバスチャンも綾香に覆いかぶさるように守り、我が子を守るより強く抱きしめていたが、リムジンの外にいる人物には敵うはずも無かった。

 浩之も、どこかの祐一クンのように詰みとチェックメイトと死刑を覚悟したが、ヤンデレーな彼女に向かって歩き、唯一対抗できると言われる「逆ギレ」で琴音に向かおうとした。
「おい、俺が待ってろJっHって言ったのに(言ってません)それぐらいの言いつけもM、ま守れないのか、だった、ら、もうお前とは……」
 琴音の笑顔が怖すぎて、盛大に噛んだ、これ以上無いと言うぐらい噛んで「お前なんかとは付き合えね~よ」と言い切れなかった。
 その後、狼狽える予定の琴音に逆ギレを繰り返し、自分に優勢に話を運ぶつもりだったが、一連の事件を起こした超能力少女が怖すぎて、攻め切れなかった。
「藤田さん、その女、誰?」
 ヤンデレ女から、一番怖い「浮気相手の女」扱いされた綾香。琴音も綾香を知っていながら、あえて浩之の口から言わせようとした。
「綾香って知ってたじゃないか? さっきも境内で呼んでただろ?」
 浩之クンは答えを間違った。正解の例としては「何だ?あんな男女、芹香のイモートの綾野だっけ?アソ子だっけ?忘れたよ」ぐらいにしておかないとヤンデレの人は満足しない。
「へえ、藤田さんが一番大切な人で私やお姉さまを放り出して助けに行くぐらい大事な人なんですね?」
 病んだ人はジャッジメントチェーン?を発動させるため、また綾香の心臓を握り潰すような動作をした。
「ギャーー! やめてくれっ!」
 綾香の叫び声も聞こえたので、浩之は坂下の言葉に従って琴音を抱きしめ、唇を強引に奪った。
「うっ、ううっ」
 琴音の腕が上下し、浩之の背中に落ち着いた所で、リムジンの中で泣き叫ぶ声が収まった。
「ずるい人……」
 本日最初の正解を選んだ浩之だが、今度は芹香の方角から恐ろしい冷気を感じて、何か言われたような気もしたが、翻訳すると夜に眠れなくなるので、ゴン太君方式で話すのをやめた。
「あいつは味方でもないけど敵じゃない、坂下とか、あ…あいつらの仲間だ、家に入れて寝かせてやってくれ」
 途中「葵ちゃん」と言いそうになって、自分の身の危険と葵の危険を察して「あいつら」に変更したが、手遅れだった。
「葵さんは藤田さんの仲間ですよね?」
(バレテ~ラ)
 葵に「股割り」してしまっているのもバレているらしく、ストーカーヤンデレメンヘラリスカボーダー女が、非常に怒っているのも理解させられた。

 どうにか琴音と芹香の許可を取って、綾香を家に入れて寝かしつけるのを許してもらった浩之。
 それからはトイレに行くにも水を飲むのにも、全部一緒に行動させられ、泣きながら着いて来た。
 ようやく着替えや入浴にも応じたが、浩之の前で全裸になり、自分を守って貰う代償として、自分の肉体であろうが何だろうが差し出して、恐ろしい姉とお友達に魂まで食われたり、AKIRA君みたいな超能力者に神経まで分解されて標本や試験官の中で生きているような地獄を味合わずに済むよう、守ってもらう契約を済ませようとしていた。
「おい、お前だって乙女なんだろ? ちょっとは恥ずかしがれよ」
「いいもん、あたし浩之がいなかったらもう生きていけない、またあんな怖い思いするなら死んだ方がマシ。何してもいいよ、子供できても大丈夫だし、そうしよっ、ね? ね? ね?
「いや、琴音ちゃんより強い超能力者探すか、幽霊全部追い払えるような寺生まれのTさんとか探した方がいいだろう?」
「そんなの居なかった。お坊さんも神職も全部何の能力も無いニセモノよ」
 綾香の自由になる範囲で、心の何処かで探し求めていた相手を探していたが、ついに見つからなかったらしい、
 結局は綾香に泣かれ、風呂までご一緒する事になった二人。
「おい、本当にいいのか?」
「一緒じゃないとイヤッ」
 生乳をギュウギュウ押し付けながら、周りを警戒している綾香。
「お、俺だって男だぞ、襲われてもいいのか?」
 もちろん、力技なら逆に倒されるのが普通だったが、現在「お友達」に対抗できて、綾香の「味方チーム」にいるのは浩之だけで、琴音と「あの人」両方を止められるのは、世界に浩之ただ一人だった。
「いいよ、浩之だったら、だから結婚してずっと一緒にいて」
「何言ってんだ、そんな簡単に一生の事決めるなよ」
「だって、あの二人に勝てるのって、この世に浩之しかいないじゃない… うえええ~~~~~ん」
 風呂に入って、体を洗い始めても、綾香は絶対に背中を向けなかった。
「おい、お前もちょっとは隠せよ」
「だって、背中向けたり、目閉じた間に浩之が入れ替わってたら、もっと怖いじゃないっ! 洗ってあげるから、ねっ?」
 そう言って、石鹸が付いた手で浩之を洗い始める綾香。なんだかんだ言いながら、二人は目を閉じないでキスも済ませて大人の階段を登ろうとしていた。
「大丈夫か、綾香?」
「うん、こうしてたら怖くないよ、キスして抱き合ってたら怖くなくなったよ」
 そのまま泣きながら、暫く抱き合っていた二人。そこで風呂場の外で、大きな音が聞こえた。
 ドーン! ガラ、ガシャーン!
「ふ、藤田さん、何してるんですかっ!」
「げっ、琴音ちゃんっ!」
 入口を死守していたはずのセバスチャンは、超能力少女の前に玉砕したらしい。
「どうして綾香さんと……」
 今回は言い訳のしようも無く、しっかりキスしちゃっていた二人。そして琴音は、滝のような涙を流しながら、フラフラと近付いて来た。
「そんな、私と約束したじゃないですか、私と……」
 バーーーーンッ!
 風呂場の鏡やガラスが全て吹き飛び、破片が宙を舞い始めた。
「キャアアアアッ!」
(あ、プラネタリウムみたいでキラキラしてて、なんか綺麗)
 死を受け入れたのか、何か達観して諦念している浩之。
「もう藤田さんを殺して私も死ぬ~~~っ!!」
 ガラスの破片を操り、中心にいる二人に向けて投げ付ける琴音。
「綾香、一緒に死んでくれるか?」
「いいよ、浩之となら、もうどうなってもいいよっ」
 もう助からないと覚悟した浩之と、これ以上、恐怖の体験が続くより、死を選んだ綾香は、抱き合ったまま手と足をしっかりと絡ませて来た。

 その後も、いつまでもやって来ない痛みを待っていると、あの声が聞こえて来た。
「え? 「お爺様も、お婆様以外の女性は沢山いらっしゃいます」「ですからマルチやセリオ、あかりさんや葵さんにレミーさん達も呼んで、みんなで楽しく暮らしましょう」だって?」
 やはり普通人とは器が違うらしい芹香、夫の浮気ぐらい気にしないらしい。ちなみに浩之が自分の夫になって、自分が正妻になるのは既に決定事項だった。
 ニコニコニコ
 しかし、芹香の笑顔がとても怖かった浩之。きっと自分より先に、妹や琴音、マルチや葵を頂いてしまったのが、お気に召さなかったらしい。
「ああっ、いやっ、いやああああっ!」
 壁や床から出現した、綾香が最も怖がる物体?は、自分の舌を噛み切って自殺しようとした綾香を止め、手首や首につけようとした傷も、ガラス片を奪われて阻止された。
「ひいっ、いぎいいいっ!」
 死ぬことも許されなかった綾香は、壊れてしまってその場に倒れた。
 
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