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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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IFエンド 「ディアーチェ・K・クローディア」

 ここ最近思うことがある。
 それは充実した日々を過ごしておると時間の経過が早いということだ。
 ついこの間アリサ達と共に大学に入ったかと思えば、今はもう卒業して魔法世界へと帰ってきておる。魔法世界で生まれ育ったというのに懐かしさを覚えるあたり、我は地球に慣れ親しんだのであろうな。
 いや……それも当然といえば当然。思い返してみれば、中学生の頃からホームステイをしておったのだ。中学、高校、大学……とこれまでの人生の半分近くは地球で過ごしたことになる。

「……今にして思えば、ずいぶんと長くあの家を使わせてもらったのだな」

 最初こそあやつの家という感覚であったが、高校に入ってからはほぼ自分の家のように思っておった気がする。まあショウやレーネ殿が魔法世界の方へ拠点を移してしまった故に使っていたのが我ひとりだったからであろうが。

「……いつまでも懐かしがっておれんな」

 我はもう大学生ではない。するべき仕事があるのだから手を動かさなければ。
 そう思った我は開店の準備を進める。分からぬ者も居るだろうから説明しておくが、我が働いておる店は喫茶店。名前は《翠屋ミッドチルダ店》。地球の海鳴市にある翠屋の2号店だ。我はここの責任者でもある。
 なぜ我が2号店を任せられたかというと、簡単に言ってしまえば地球で過ごした日々の結果と言えるであろう。
 我は翠屋でバイトをしておった。手伝い自体はなのは達とも知り合いだった故に中学時代からしておったが、バイトとして働くようになったのはあやつらが魔法世界へと移ってからになる。
 バイトを始めた理由としては、生活自体は親や夜月家の援助もあって金銭的に困ることはなかったのだが、さすがに友と遊んだりする分の金をそこから出すのは我の精神的に許容出来なかったからになる。
 バイトとして働いている間に桃子殿からお菓子作りを教わり、いつしか自分も店を持つことが出来たらと思うようになった。それが大学卒業を機に運良く叶うことになり、今に至るわけだ。
 店の名前が翠屋になったのは桃子殿に話したところ我は自慢の弟子であり、また魔法世界には愛すべき娘達が居る。忙しくてなかなか帰って来れない彼女達のためにも集まる場所、故郷を懐かしめる場所に我の店がなってくれたらという話になったので我から翠屋という名前を使わせてほしいと願い出たのだ。桃子殿はそれを快く承諾してくれたため、晴れてここが翠屋2号店になったのである。

「あちらと比べると小さいのだがな」

 まあここは海鳴市ではなくミッドチルダ。開店したのがごく最近で周囲への認知はほぼないに等しい。この先の未来が成功すると確定されていないのだから最初から大きな店を構えるのは悪手だろう。今後この店がどうなっていくかは我とここで働く者の手に掛かっておるのだから。

「……ん?」

 開店準備を進めていると不意に来客を知らせるベルが鳴り響いた。
 店前の掃除などをしていたのでドアは開けたままにしておいたがきちんと準備中という札は書けておいたはずだ。シュテルやレヴィを始めるとする友が来るという連絡は受けてはいない。注意不足かおちょっこちょいな人物が札を見らずに入ってしまったのだろうか……。

「あ……おはよう王さま」

 営業時間外に入ってきたにも関わらずにこやかに挨拶をしてきたのは同年代の女性。髪色は茶色であり、長さは肩甲骨あたりまである。他に特徴を上げるとするならば髪留めがあることくらいだろう。
 我のことを愛称で呼び、なおかつ悪びれた様子を見せない茶髪の女……ここまで言えば分かる者には分かるのであろうな。はぁ……何故朝っぱらからこやつの相手をしなくてはならぬのだ。

「小鴉……いったい何の用だ?」
「ちょっ王さま、その面倒臭さを全く隠してない顔はどうかと思うんやけど。今日はまだ何もしとらんやん!?」
「開店もしておらぬのに入ってきておる時点で何もしとらんことはないであろう。それにこれから何かするに決まっておる」
「あんな王さま、そういう決めつけはあかんと思うで。私達ももうええ年や。いつまでも昔のままじゃないんやで」
「確かに子供の頃とは環境も生活も変わっておるのは認めるが……貴様の胡散臭い物言いはあの頃と何も変わっておらんぞ」

 なのはやフェイトと比べても出世しておるこやつだが、何故こうも仕事から離れると甘えたがりの構ってちゃんになるのであろうか。
 まあ……こういう一面まで見せておるのは親しき者だけなのであろうが。しかし、親しき中にも礼儀ありという言葉があるのだから少しは成長してほしいものよ。

「ところで……先ほども聞いたが貴様は何をしに来たのだ?」
「うーん……一言で言えば出社前の暇潰しやな。今日はちょっと早く起き過ぎてもうて」
「だったら早めに出社して仕事でもすれば良いであろう」
「残念やけど昨日一段落してもうたんや。それに最近は管理局も労働時間にうるさいんやで」

 貴様は注意されておる人物のひとりであろうが。
 こう言いたくもあったが管理局は今も昔と変わらずに人材不足。これに加えて、数年前にジェイル・スカリエッティ一味が中心となって引き起こした事件がきっかけで大きく体制が変わった。
 小鴉を始め我の友人の多くはエリートに分類される人材なだけに仕事量は我が予想するよりも多かったのだろう。人よりも働いておったこやつらが休めと言われるようになったのは喜ぶべきことだ。

「開店準備が残っておるが……まあ良い、適当に座って待っておれ。準備をしながらで良いのなら話し相手くらいなってやろう。……飲み物はコーヒーで良いか?」
「さすが王さま、愛しとる!」
「貴様に言われても嬉しくないわ」

 本当に嬉しくないのかと問われると答えはノーなのだが……こう言うと素直ではないなどと言うものがいそうだが冷静に考えてみよ。友から好きだと言われて嫌に思うものはいないであろう。それで嫌だと思うならば、そやつは貴様にとって真の友ではないということだ。

「いやはや、今日も良い味出しとるなぁ」
「何をしみじみと言っておるのだ。というか、今日もと言えるほど貴様はここに来ておらぬだろう」
「それは仕方ないやろ、私だって社会人なんやから。……お客さんの方はどうなん?」

 開店してから間もないが故に客足は多くない。来てくれているのも小鴉のように繋がりがある者がほとんどだ。我としてはコーヒーや紅茶、お菓子類も含めてそのへんの店には負けておらぬと自負しておる。が、結局は情報が広がっていかなければ新規の客は望めない。
 とはいえ、我の知り合いには顔の広い者も多い。開店して日も浅いにも関わらず多少なりとも黒字が出ておるのだから上々と言えるであろう。

「まあぼちぼちといったところよ」
「ならすぐに店仕舞いとかにはならなそうやな。……ところで王さま、さっきから私の顔ばかり見とる気がするんやけど何か付いとる?」
「ん、いや別に何も付いてはおらぬが……大分髪が伸びたなと思っただけよ」

 我がそう言うと小鴉は自分の髪に触れて軽く弄ると少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

「自分ではええかなぁって思っとるんやけど……おかしい?」
「誰もそうは言っておらぬ」

 大体こやつに似合わぬのなら我も似合わぬことになる。血筋故か体格こそ今では我の方が大きいが、それでも顔立ちなど似ておる点は多い。一緒に居れば姉妹と勘違いする者も居るだろう。
 どういう心境で髪を伸ばし始めたのかは知らんが……昔はともかく今ではこやつに間違われることはあまりない。我と似たような髪型にするな、と言うのは良くないであろう。

「そもそも貴様ももう子供ではないのだ。付き合いや仕事柄パーティーに参加することもあるのだろう。自分の容姿を気に掛けるのは悪い事ではない。むしろ当然だ……何だその顔は?」
「いや……何か今日の王さまはえらい優しいなと思って」
「怒鳴り散らしておったのは貴様が人のことをからかうからだ。それに……我とてもう大人だ。すぐにムキになったりはせん」

 と言ってみたものの……こやつが本気でからかってきたら抑えられるかどうか分からぬ。
 最近はこやつやシュテルといった茶目っ気の多い人間と顔を合わせることが少なかったが故に穏やかな気持ちで居ることが多かった。そのため今も前よりも落ち着けているのだろうが……からかわれた瞬間に反動で一気に爆発しかねんな。奥ではあやつが作業しておるし、どうにか平常心を保たなければ。

「そっか……何か少し寂しいなぁ」
「何故そうなるのだ。貴様は我の親か?」
「あはは、私が王さまの親のわけないやろ。だって私は王さまの妹なんやし」
「まあそれもそう……って、いつから貴様は我の妹になったのだ。貴様を妹だと認めた覚えはないぞ!」

 我とこやつでどちらが妹かと言われたらこやつだと答えはする。
 こやつが姉なんて思えるわけがないからな。姉として振舞うには私生活での自制心に欠けておるし……かといって口にもしたが我はこやつの姉になった覚えはないのだからな!

「大人になったんならそのへんも許容してくれてもええと思うんやけど?」
「それとこれとは話が別だ。というか、ニヤニヤしながら問いかけるあたり我のことをからかっておるだろ!」
「まあ多少はそうやけど……王さまも折れへんなぁ。いい加減認めてくれてもええやないの? 見た目から服の好み、好きな相手まで一緒なんやから」
「多少ではなく全力でからかって――」

 ちょっと待て……こやつ今さらりととんでもないことを言った気がするのは我の気のせいだろうか。

「――小鴉」
「うん?」
「今のは我の聞き間違いか? 貴様が最後にとんでもないことを言った気がするのだが……」
「そうやって確認するなんて王さまは野暮やなぁ。まあ気持ちも分かるからもう一度はっきりと言っとこか。王さま、私はショウくんのことが好きなんや」

 すすすすすすす好き? そ、それはそういう意味で言っておるのか?
 友として好きといった意味で言っておるのならば慌てる必要はない。しかし、どう見ても小鴉の目は異性として好きだと言っておる。

「なな何を言っておるのだ貴様! あ、あやつは我と……!」
「せやな。私の好きな人は現在進行形で王さまとラブラブ。私が入る隙間なんてないかもしれへん」
「だ、誰と誰がラブラブだ! べべ別にそんなにイチャついとらんわ!」
「このタイミングでそこにツッコむん?」

 小鴉が何やら呆れたような顔をしておるがそんなことはどうでも良い。そんなに我はショウとイチャついてはおらぬのだからな。一緒に出掛けたりすることはあれど、手を繋いだり腕を組んだりすることはほぼない。唇を重ねることだって滅多にせんからな。何故しないのかって? 馬鹿者、頻繁にできるわけないであろう。恥ずかしくて我が死んでしまうわ!

「貴様こそ何故そんな冷静にそこにツッコんでおるのだ。貴様は自分が何をしておるのか分かっておるのか!」
「分かってるから冷静なんやん。あんな王さま」
「待て、ちょっと待て!」

 何となく状況的にこやつが言おうとしておることは予測できる。だがどうしてこのタイミングでそれを言うのだ。奥の方で作業しておるとはいえショウもここにおるのだぞ。
 そもそも、我とショウが付き合い始めたのは昨日今日ではない。あやつがこやつと一緒に機動六課で働き、あの事件を無事に解決。その後もあやつは魔導師として仕事を続け……難事件に何度も当たってしまったが故に体がボロボロになってしまった。あと一度でも無茶をすれば魔導師どころか日常生活にさえ支障が出てしまうほどに。
 あやつが無茶をして入院する度に我は本気で怒鳴った。人を助けることは素晴らしい行いだ。しかし、それで貴様がいなくなるようになれば貴様を知る者は悲しむのだと。
 六課が担当したあの事件の後……ショウは入院した。命に関わるほどのものではなかったが、事前に事件のことを知らされていなかった我にとっては心臓が止まるほどの衝撃があったものだ。余計な心配はさせたくないというあやつや他の者の気持ちも理解は出来る。
 しかし……魔導師としての道を選ばなかった我が出来ることは待つことだけ。心配することだけなのだ。我の事を心配させたくないというが、何も知らずに後で結果を聞くのと知らされて心配して待つのとでは心境が違う。

 待つ者は何もしてやれぬ。ならば……せめて心配だけでもさせてほしい。それはいけないことなのか?

 この言葉はショウが入院する度に言っていた気がする。ただ……何度目かの入院で次はない、と医者から言われた時はさすがに口にすることは出来なかった。

『もう……魔導師はやめてくれ。……もしも……また何かあれば…………何かあったなら』
『ショウ……貴様が…………お前がいなくなるのだけは堪えられん。……もう……心配もしたくない』
『頼む……頼むから…………我の隣に居てくれ。……ずっと傍に居ってくれ』

 これまでの人生で最も感情が高まっていただけに自分が何を口にしたのかはっきりとは覚えておらん。しかし、このようなことを泣き崩れながら口にしたのは確かだ。今振り返ってみると……我にとって人生最大の汚点かもしれん。
 いやしかし、あれがあったからショウは魔導師をやめ我のものになってくれた。個人的には技術者としての仕事はやめなくとも良かったのだが……

『ん? まあ喫茶店は子供の頃の夢のひとつではあったし、技術者の方は手伝えって言われたらそのときはやるさ。というか、お前がずっと傍に居ろって言ったんだろ。俺は少しでもお前の傍に居られる選択をしただけだ。後悔なんかないさ』

 と言われてしまっては我ではもう何も言えぬではないか。簡潔にまとめれば何よりも我の事を優先してくれておるのだぞ。愛しておる者からそのようなことを言われたらときめきはすれど、邪険に扱うような真似は出来るはずがないではないか。
 そんなこんなあって我とショウは付き合うようになったわけだ。周囲の者からは祝福……からかってくる連中が多かったように思えるが、まああれはあれで祝福してくれたのであろう。母上やレーネ殿が最も面倒ではあったが……それは置いておくとしよう。
 今大切なのはそこではない。我とショウが付き合っておると知っているにも関わらず小鴉が想いを打ち明けてきたことだ。これまでの関係を破壊しかねないというのに何故このタイミングで……六課解散から我らが付き合うようになるまで時間があったのだから言うタイミングはあってであろうに。
 しかし、これだけは言える。小鴉は何かしらの覚悟を決めておる。ならば我は最後まで聞くしかあるまい。今後どうするかなぞそれから決めれば良いのだから。

「……よし、今の状況に納得しておらぬがあれこれ言うのは後回しだ。言いたいことがあるなら最後まで言うが良い」
「怒られるかなって思ったけど、こういう時の王さまは男前やな。私が女やったら惚れてまうかも」
「怒るだけならあとでも出来る。聞いてからでも遅くはなかろう……って、それを言うなら男ならであろう。すでに貴様は女だ。というか、貴様が惚れておるのは我の恋人であろう。ふざけてないで話を進めんか!」

 こやつ、真面目に話をするつもりがあるのか。大体誰が男前だ。そのへんの女子よりも我は女子力があるであろうに。それでも我が男前というのならそれは男共が女々しいだけよ。我が悪いわけではない。

「話を進めろと言われてもなぁ……本当に進めてええの?」
「くどい。進めて良いと言っておるのだからさっさと進めぬか」
「ならまあ進めるけど……さっきも言うたけど私はショウくんが好きや。王さまのことも好きやけど、ショウくんの隣には自分が居たい。やからチャンスがあれば奪うつもりでおるんやけど……」
「貴様、もう少しシリアスに話さぬか!」

 人の恋人を略奪すると言っておるのに何故そんなにも普段通りというか、世間話をするかのようなリラックスした顔で話すのだ。

「えー」
「えー、ではない! 貴様は自分が何を言っておるのか本当に分かっておるのだろうな。普通ならばこれまでの関係が壊れてもおかしくないのだぞ!」
「確かに普通ならそうなんやろうけど……王さまの対応が普通やないやん。私をここから叩き出すどころか、きちんと話聞いてくれるし。シリアスにならんのは私だけやのうて王さまも悪いと思うんやけど」

 ぐぬぬ……それはそうかもしれぬが。
 しかし、どこに真正面から普段通りの口調で友人に恋人を奪うと言う奴がおる。……目の前に居るのだが、こやつは常識的に考えておかしい。もしかすると我もおかしいのかもしれぬが、こやつよりはおかしくはないはず。

「あと王さま」
「今度は何だ?」
「コーヒーのおかわりもらってもええ?」
「……はぁ、貴様相手に真面目に対応しようとしていたのがバカらしくなってきた」

 こやつはどういうつもりでショウを奪うなどと口にしておるのだろう。これでは空気的にただの談話と変わらんではないか。
 まあこやつのペースに負けてコーヒーを注ぐ我も我なのだが……やはり我もどこかおかしいのだろうか。
 自分の恋人を奪うと言ってきた相手に普通に接客するのはよほどのうつけか、奪われない自信がある奴だけだろう。
 我の場合……どっちなのであろうな。
 変にくすぶられて我らとの関係に亀裂が入るくらいならば、我は正々堂々と奪いに来いと言うだろう。ショウは我が選んだ男であるから信じておるというのもある。だが我が選んだ男が違う女になびいてしまったならば、我がその者よりも魅力がなかったというだけの話……などと思ってしまう我も居る。

「小鴉、先に言っておくがこれ以上飲むようなら金をもらうからな」
「あのな王さま、私だってそこまでがめつくないで。というか、さすがに3杯目行けるほどの時間は残ってへんかな」
「だったらさっさと飲んで仕事に行かんか」
「えぇー、そこは時間ギリギリまでゆっくりしていけって言ってほしいんやけど」

 開店準備が全て終わっておるなら口にしても良いが、あいにく貴様が来たタイミングがタイミングなだけに微妙に残っておるのだ。相手をしてやってるだけでもありがたいと思わんか。

「それに……まだショウくんに会っとらんし」
「小鴉……分かっておるとは思うがまだ開店時間にはなっておらぬのだ。昔なじみ故に開店前に入れてやっておるのだから少しは遠慮したらどうだ? 大体あやつは我のもの、略奪すると口にした者に簡単に会わせるわけなかろう」
「でもここから呼んだら顔くらい出してくれるやろ?」

 それは…………出すであろうな。あやつの性格的に。無愛想なようで面倒見は良いし、面倒臭くてもなんだかんだで相手にしないなんてことはしない奴なのだから。
 ぐぬぬ、相変わらず不必要なことには頭が回る奴よ。昔から分かっておったことだが、年を重ねたことで一段と腹黒くなりよって。

「あやつはケーキの準備やらで忙しいのだ」
「どうしたん王さま? 急にカリカリし始めて。余裕があるように見えて本当は私にショウくん取られるって不安なん?」
「ええい、ニヤニヤするな! だれも貴様に取られるなどと思っておらぬわ。貴様のそのにやけ面と人をおちょくるセリフが気に入らぬだけだ!」
「じゃあ、そこを直せばショウくんをデートに誘ってもええってことやな? まあこれまでに何度かしとるんやけど」
「な、何……!?」

 どうして今の流れでそうなるのだ。人の揚げ足を取るような真似をするでない。
 と言いたいところではある。が、それ以上に重大なのは小鴉がショウとデートをしていたという部分だ。我の知る限りそんな話は聞いておらん。小鴉の作り話という可能性はあるが、逆に言えば本当にしていた可能性もある。

「さっきから騒がしいと思ったら……やっぱりお前だったのか」

 と、店の奥から長身の男が現れる。まあこのような言い方をしたもののこの店で働いているのはまだ我とショウのみ。故に消去法でショウということになる。我の立場からすれば実にタイミングの悪い登場だ。

「あ、ショウくん。久しぶりやな」
「久しぶりって言うほど期間は空いてないと思うんだが?」
「ちっ、ちっ、ちっ。甘いでショウくん、私からすれば3日くらい顔を合わせなければ久しぶりの範疇や」
「それってお前の価値観だろ。俺の認識がおかしいみたいに言うな」

 小鴉は笑っておるし、ショウはどこか呆れが混じっておるが嬉しさもある顔をしている。実に昔から見慣れたこやつらだ。
 しかし、昔とは違うことがひとつある。それは今やショウは我のもの……我だけのものだということだ。別に昔からの友人を無下に扱えなどと言うつもりはない。ないが我とてひとりの女だ。多少なりとも嫉妬してしまう。顔には出さぬように務めはするが……

「いやいや、前までは私のことちゃんと分かってくれてたやん。そんなんじゃ、はやて検定1級から降格してまうで」
「そんな試験を受けた覚えはない」
「私と話してる段階で自動的に受ける試験なんや」
「本人の意思を無視して勝手に採点するな腹黒タヌキ」

 そう言ってショウは小鴉にでこピンを放つ。そこそこ力が込められていたらしく、なかなかの音が鳴り小鴉は額を手で押さえた。そこから始まる昔ながらのじゃれ合うようなやりとりに苛立ちを覚える。

「もう、痛いやないか。女の子には優しくせなあかんやろ」
「あのなはやて、お前はもう女の子って呼べる年齢じゃない」
「事実やけどそういうのは言わない約束やろ。まあ女の子扱いされても困るんやけどな。女として扱ってもらわんと何か癪やし」
「前から分かってたことだけど、お前ってそういうところ面倒臭いよな」
「面倒臭いところがあるんはお互いさまや」

 …………。
 ………………小鴉、これも貴様の作戦か?
 貴様とショウが昔から親しいのは知っておるし、このようなやりとりは今までに何度も見てきた。嫉妬めいた気持ちを抱いたことも何度もある。とはいえ、貴様を含めショウと親しい女子は我の友人。故に胸の内に抱いた感情を爆発させることはなかった。
 だがしかし、我とショウの城とでも言うべきこの店で我を蚊帳の外にしてショウと話すのはどうなのだ。我とて人の子であり、何よりショウの恋人なのだぞ。自分と瓜二つの女が奪い取る発言をした挙句、目の前で堂々と恋人と楽しそうに話しておる光景を見せられておる我の気持ちを貴様は分かっておるのか。

「そういやコーヒーだけなのか。試食用に作ったやつがあるけど食べるか?」
「食べる、って言いたいとこやけど……そろそろ仕事に行かないけん時間や。また今度来る時にご馳走して」
「ああ、営業中なら金もらうけどな」
「ちょっ、そこはおまけしてな。じゃあ、そろそろ行くなぁ……あ、ショウくん。今度デートしよな」
「バカなこと言ってないで行くならさっさと行け」

 ショウの返しに小鴉は唇を尖らせたが、すぐに笑みを浮かべると手を振りながら出て行った。その際、我と目が合ったわけだがウインクをしながら念話で我に「さっさと身を固めんと本当に取ってまうよ」と言われる。
 さっさと? ……あやつ、もしや我の危機感を煽って先に進ませようとしておるのだろうか。ショウと付き合い始めてそれなりに経つだけに可能性がないわけではない。母上やレーネ殿からも結婚はいつだの、孫の顔はいつ見れるのかなどと会うに度に言われておるし。
 しかし、発破だけでなく本当に奪おうとしている可能性もある。そう考えると、あやつは我の友人の中で最も腹芸が得意なだけに楽観的に捉えておくのは危険に思える。

「ディアーチェ、難しい顔してるがどうした?」
「別に何でもない」
「何でもないのにお前が人を睨むわけないだろ?」
「……少し考えれば分かるのではないか?」

 我の目つきが鋭くなっていると理解しておるのならば、我がどうしてそのようになっておるのかも貴様ならば推測できるであろう。我は意味もなく人を睨むような真似はせんのだから。

「まあ……単純に考えればやきもちだろうな」
「それが分かっておるのならどうして貴様はあのような態度なのだ?」
「それについては長年の習慣というか……素っ気ない態度を取ったらそれはそれでお前は怒るだろ?」

 それは……否定はせぬが。
 我のこのような性格が面倒だと思わせておるかもしれぬが、このような性格なのだから仕方があるまい。我は勝負事は基本的に真正面から受けるタイプなのだから。まあ勝負内ではあれこれ策を巡らせたりするがな。相手を不戦敗に追い込むような手段を取らぬだけであって。

「別に……怒りはせぬ。ただ……小言を言うだけだ」
「それは多少なりとも怒ってるってことだろ」
「……うるさい」

 確かに我も悪い。が、貴様だって悪いのだぞ。我の恋人のくせに誰にでも優しくというか同じように接しよってからに。我から我を特別扱いせよとは言わぬが、さらりと特別扱いしてくれても良いであろうに。我は貴様の恋人なのだぞ。

「あのな……拗ねるなよ」
「拗ねてなどおらん」
「だったら何で顔を背ける? ……なあディアーチェ、俺が悪かった。頼むから許してくれ」

 正直なことを言ってしまえば、我とショウのどちらが悪いかと言われれば我だろう。
 何故なら我は、我のことを特別扱いしてほしいと心では思いながらも、他の者を無下に扱うことは望んでおらぬ。故にショウは友人達への態度をこれまでと変えはしない。にも関わらず、やきもちを妬いて拗ねてしまうのだから。
 今回の原因の大元は小鴉にあるのだろうが、我らの関係が進展せぬのは何よりも我が素直に自分の気持ちを口にしないからであろう。
 また今日もうやむやにしてしまえば、本当に今後小鴉にショウを取られてしまってもおかしくない。学業や喫茶店の店主としての力量などで負けるのは構わん。だがショウだけは……こやつだけは誰にも譲れん。こやつは我のだ。我だけのものなのだ。こやつの隣に我以外が立つなど許せるはずもない……

「……許してほしいなら…………にせぬか」
「えっと……肝心な部分が聞こえなかったんだが?」
「――っ。……えぇい、ならばはっきり言ってやる!」

 凄まじく恥ずかしくて爆発しそうだが、女は時として度胸。というか、ここで言わねば今後言える気がせぬ。それにこやつを誰かに取られるくらいならば死ぬほど恥ずかしい想いをするほうがマシだ!

「我を貴様の……お、お前だけのものにしたら許してやると言っておるのだ!」

 よ、よし、よく言ったぞ我! やればちゃんと出来るではないか……む? 何ならショウの顔が真っ赤になっておる。何故こやつまで顔を赤らめておるのだ……

「ディアーチェ……今のは…………その、お前からのプロポーズってことで受け取って良いのか?」
「な、何を言って……!?」

 我とショウは現在友人同士ではなく恋人。その状態で我をショウだけのものにせよ、という発言は我を嫁として受け取れという意味と同義であると言える。
 いやいやいや、待て待つのだ。確かにゆくゆくは結婚も考えて交際しておる。こやつに言ったことはないが、子供が何人ほしいとか将来こういう生活をしたいということに想いを馳せることも多々ある。し、しかしだ、今日明日に夫婦になる覚悟は出来ておらぬぞ。
 でも勘違いするでない。夫婦になるのが嫌というわけではないぞ。恋人としての期間はそれなりにあったし、段階的に次に進んで良い時期だからな。だが……やはり急にショウが恋人から夫になるというのはあれなわけで……えぇい、我はいったいどうしたら良いのだ!?

「そそそその、そのだな……い、今のは!?」
「あぁ分かった、分かったからとりあえず少し落ち着け。落ちたら割れるものも近くにあるんだから今の状態は危険だ」
「急に自分だけ冷静になるでない、このうつけ!」

 と言いはしたが、ショウの顔には赤みが残っている。冷静に振舞おうとしているだけで決して普段通りというわけではないのだろう。まあ我の方が格段に普段通りではないのだがな。ショウに対して背中を向けておるのが良い証拠よ。
 ……顔を見ろだと? 何を言っておるのだ、このたわけ。そんなことをしたらまともに話せなくなるではないか。今の我ならば恥ずかし過ぎてこの場から走り去るぞ!

「……まあ、なんだ。……俺の考えとしては、そろそろそういう段階に進んでも良いのかなとは思ってたよ。子供が居てもおかしくない年齢にはなってるし、正直結婚を考えられる相手はお前しかいないから」
「――っ」
「……その、今の言葉は嬉しかった。ただするとなれば親に報告しないといけないことだし、そっちにも挨拶に行かないといけない。だから籍を入れるのは少し待ってほしいというか……」

 我の親は昔からショウを婿として迎えるつもりでおったし、レーネ殿も我にショウの嫁になれと言うお人なのだから了承はあっさりと得ることが出来るであろう。だが物事には何事にも順番というものがある。結婚するにしてもショウの言ったことはせねばならん。我が嫁に行くのか、ショウが婿養子で来るのかといったことも決めねばならぬしな。

「ディアーチェ、聞いてるか?」
「……聞いておるに決まっておるだろ。……ショウよ」
「ん?」
「今の言葉……嘘ではないであろうな?」
「ああ」
「ならば……」

 あぁもう、これから口にする言葉を考えると今日の我はどうにかしておる。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
 けれど……ここで素直にならねばいつなるというのだ。恥ずかしがって自分の気持ちを殺していては更なる幸せは望めん。ディアーチェよ、覚悟を決めるのだ!

「その……我を抱き締めろ」
「……正面からか?」
「うつけ……後ろからに決まっておる。……正面からでは恥ずかしいではないか」


 
 

 
後書き
 今回はディアーチェエンドを書いてみました。これまでとは趣向というか流れを変えて書いてみようと思った結果、ショウとディアーチェ以外も大分絡んでしまいました。ただ個人的に最終的にはディアーチェらしい内容になったかなと思ったりしています。 
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