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密会

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第一章

                          密会
 サンタカルス教会はブラジルのサンパウロにある。この教会の責任者はグレゴリ神父という。落ち着いた初老の人物で確かな侵攻の持ち主と言われている。
 その彼のところにだ。同じくサンタカルス教会にいる若い神父であるカレーラス神父が言ってきた。
 グレゴリ神父は今は教会の私室にいて書類の仕事をしていた。その彼にだ。カレーラス神父、華奢で若々しい顔立ちの彼がだ。おずおずと言ってきたのだ。
「あの」
「今日もですね」
「はい。あの方々がです」
「礼拝堂におられますね」
「そうです。そこで、です」
 何が行われているのか。カレーラス神父は席に座りサインをしているグレゴリ神父に話した。グレゴリ神父はカレーラス神父に背を向ける形になっている。
「申し上げにくいことですが」
「接吻ですね」
「それを行っています」
「そしてそれをですね」
「止めなければならないと思うのですが」
「いえ、それには及びません」
 落ち着いてだ。グレゴリ神父はカレーラス神父に答えた。
「接吻ならばです」
「それ位ならばですか」
「それ以上は流石に、ですが」
「そうなのですか」
「愛は神の御教えです」
 グレゴリ神父は今度はこうカレーラス神父に述べた。
「だからこそです」
「宜しいのですね」
「はい」
 その通りだと答えるグレゴリ神父だった。そうしてだ。
 そのうえでだ。神父はここで席を動かした。そのうえで立ち上がりだ。カレーラス神父に顔を向けていた。微笑んでいる温厚そのものの顔だ。
 そしてその顔でだ。カレーラス神父に話すのだった。
「むしろ喜ばしいことです」
「教会を密会に使うこともですか」
「あのお二人にはそうしないとならない事情があるのでしょう」
「家同士の対立、いえこれは」
 自分で言ってからだ。カレーラス神父は自分の言葉を否定した。
「ないですね」
「ロミオとジュリエットですね」
「それは幾ら何でもないですか」
「面白い話ですが実際にはそうそうないですね」
 グレゴリ神父も微笑んでそれはないとした。
「あのお二人はおそらくごく普通のカップルですよ」
「ではそのカップルがですか」
「ああして。気恥ずかしいのでしょう」
 グレゴリ神父はここで洞察を見せたのだった。
「だからです」
「見て見ぬふりですか」
「そうするとしましょう。それでいいのです」
「わかりました。しかし」
「しかしとは」
「いえ、ここはブラジルですから」
 だからだとだ。カレーラス神父はその細い顔を捻ってだ。温厚かつ知的な印象を受けるグレゴリ神父のその眼鏡の顔を見つつ述べたのである。
「開放的にいってもいいと思うのですが」
「わざわざ教会でこっそり、とはいかなくともですね」
「はい、そう思うのですが」
「そこはそれぞれです」
 その温厚な笑みで返すグレゴリ神父だった。
「それもまた、です」
「人それぞれですか」
「公に。明るく付き合える人もいればです」
「それができない人もいると」
「確かに我が国は明るい国です」
 二人の祖国であるブラジルはラテン系の国だ。その明るさは折り紙付きである。
「そして開放的でもあります」
「しかしですか」
「そうです。人はそれぞれです」
 グレゴリ神父は穏やかな笑みでだ。カレーラス神父に話す。
「その中にはです」
「彼等の様におおっぴらに交際できない者もいますか」
「神はそうした繊細な二人に対しても愛を向けられます」
 これがグレゴリ神父の言葉だった。
「ですから。私達はです」
「その彼等に対してですか」
「見守るべきなのです」
 こう言うのであった。
「そうして頂けますか」
「私はです」
 カレーラス神父はグレゴリ神父とは対象的だった。 
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