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飛海寨城地獄変

作者:藤井機斎
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色街

 七番街は玄天街でもかなり珍しく、犯罪抑制がある一定の成功を収めた街である。
 玄天街は、一番街から八番街まであり、基部アーコロジー外周を囲む形で存在している。そして、街区の違いによって、街の様相は異なる。例えば、六番街などは治安という言葉が存在しているのかどうかも怪しく、闇市には違法薬剤(ドラッグ)、各種銃器弾薬、二足型戦闘車輛はおろか、拉致してきた同じスラム(げんてんがい)の住民の人身売買まで行われているといった有様である。

 七番街は数々の朱色に彩られた秋津風建築の、軒下に備え付けられた赤提灯の色に染まり、絢爛たる紅蓮華(くれないれんげ)の色彩が目にも眩しい。その、紅蓮華の色合いを見せる赤提灯と朱に染まった秋津風建築物の二階にある背の低い欄干は、そこが妓楼である証左だ。そう、玄天街七番街は玄天街随一の花柳街である。

 傾城町(けいせいまち)としての特徴はそれだけに留まらない。
  ここは、秋津にある吉嶋遊廓(よししまゆうかく)をモデルとしているらしく、模倣は市街機能にまで及んでいた。
 七番街では他街区との連絡は東西南北の門においてのみ行われる。街区のすぐ外には堀を設け、他街区からの侵入を妨げ、往来を徹底して管理していた。そして|、男たちが女子供を保護し、代わりに女たちは春を(ひさ)いで外貨を得る、いわば運命共同体として機能している。貧民街にも関らず、医療所や孤児院の類までもが存在し、スラム街の抱く印象にそぐわぬ綺羅びやかさが七番街にはあった。更には自警団が、他街区からの招かねざる訪問者、内部の伝法な輩に目を光らせている。『玄天街の十万億土』などと言われる所以である。

 そして、この七番街の代表が、ローツ・パトリシア・キャリコ――パイソン・プレストンとその娘との会話に上がった人物である。

 七番街のほぼ中央に、玄天街でも名の知れた妓楼が存在する。華翠館(かすいかん)と銘打たれたここは、(くだん)のローツが経営する妓楼である。

 昼と夜の境目も確かでない玄天街ではあるが、七番街では所謂『夜の仕事』は夜の時間帯で行うというルールがある。華翠館も例外ではない。営業時間外として立札が表に出されており、建物内も、夜半まで続いた祭りの熱も今や冷め、静かな眠りについている。

 その妓楼の扉が軋んだ音を立てて開く。くたびれた様子で、中に入ってきたのは、パイソン・プレストンだった。足を引きずるように歩いているのは、久しぶりの夜を徹しての仕事だった故か。残された右眼も半開きになっており、様子から身体が睡眠を欲している事が一目瞭然だ。

 そんな様子のパイソンを出迎えたのは、ブレイズヘアーを下ろし、艶やかなドレスを纏った黒人男性――もっとも、服装や口調は女性のものであったが――であった。この華翠館の主、ローツ・パトリシア・キャリコである。玄天街に巣食う情報屋兼玄天街一の妓楼の主、そして、七番街を仕切る実力者の一人である。

「パイソン! お仕事ご苦労様♪」
「……」

 楽しげな声に辟易しつつ、不機嫌な態度を隠そうともしないパイソンは、やにわに自分より背の高いローツの胸ぐらを掴むや、押し殺したような声で凄む。

「こんの、カマ野郎……。てめえ、一体どういうつもりだァ?」
「おー、怖い怖い」

 冷たく沈む眼光で射殺さんとばかりにローツへと突き刺すが、肝心の相手は突きつけられた鋭さを知ってか知らずかおどけてみせると、安穏とした態度のまま、ため息をつくかのように笑う。それに呼応するように、紅の瞳が常にあらぬ光を灯した。

「フフ、あんたも丸くなったわねぇ。玄天街(ここ)であんたと再会した時は、いつ殺されるか冷や冷やしたもんだけど?」

 ローツとて、魔窟を己の庭として久しい。向けられた殺気の虚と実を看破できぬようでは、玄天街で妓楼などという商売はできまい。ローツの鍛えられた嗅覚は、パイソンの放つ殺気に明確な『嘘』の匂いを嗅ぎ分けていた。

「エリナちゃんのおかげかもね」
「……チッ!」

 かぶりを振りつつも、胸ぐらを掴んだ手を離したパイソンは指を突きつけ釘を刺す。

「とにかく! 今後、あいつに余計な事を吹き込むな!」
「あら~、それはできないわよ。私、エリナちゃんの事、応援してるんだから」
「ぁあ? 今度いらん事しやがったら、そのB級映画(シネマ)の粘土細工みたいな顔ごと、日光浴させて灰にしてやるからな!」
「――あんた自身、B級映画に出そうな見た目のくせに」

 そう言うと、ローツは預かっていた札束を投げ渡すと、パイソンは隻眼のハンデがあるとは思えぬほど、危なげなく受け取った。

 このような悪態の応酬も常になって久しい。誰が知れようか、今のパイソンを見て、これが『不死の男』と人々に膾炙(かいしゃ)された英雄にして、伝説の無頼者(アウトロー)だと。

 ぎぃと扉の鳴く音に、ローツは一瞬だけひたっていた感慨から、現実世界へと戻ってきた。
 扉の方を見れば、神門が一礼して中に入ってきた。パイソンと、華翠館で落ち合う手はずとなっていたのだ。

「ただいま、戻りました」

 朴訥な人柄ではあるが、己が目上と定めた者には礼を尽くすほどの謙虚さも、この少年にはあった。とりわけ、魔都に辿り着いた時から世話を焼いてもらっている二人には、礼儀正しい態度で接している。

「おう、おけぇり」

 パイソンはそう言うと、先ほどの札束の半分を神門に手渡した。受け取った報酬をじっ……と見つけながら、神門は何かを考えるような顔をしている。

 珍しい事もあるものだ――と、パイソンはその様子を見守る。平素では、自警団との仲介で警護などの仕事に就かせているが、それらのお世辞にも高額とは言い難い給料と違い、今回は相場より安めとは言え、玄天街では相当な額面の報酬である。もっとも、今まで神門は無駄な何かを買い求めていた事もなく、彼から不満等も一切耳にした事はなかったのだが。

「……ローツさん」
「はい?」

 基本的に寡黙な神門であったが、ローツもそこは承知している。だが、何となくではあるが、今日の神門の沈黙には、歯切れの悪いものを言い出そうとするような気配を感じていた。事実、表情も苦虫を噛んだかのような渋い顔だ。

「…………女衒から女性を買う場合、幾らほどかかりますか?」


 * * *


「偽善だな」

 眠たげな瞳を少年へ向けて、パイソン・プレストンは断言する。

 はたして、少年が告白したのは、ボブ・ホークの私有物の少女を解放したい、だった。そうなると、身請けしかあるまい。だが――。
 ボブ・ホークの愛妾についてはパイソンも見知っていた。どうやら、『外』ではなかなかの富裕層の生まれらしく、持って生まれた気品がどことなく垣間見えた少女だ。ボブ・ホークが飽きるまでは、手元に置いておくだろうという事も、容易に推察がついた。

「考えるまでもなく、ボブ・ホークの野郎があれだけの上玉を簡単に手放すわけはねえし、仮に買い取れたにせよ、次はまた違う愛妾(おきにいり)を囲むだけだ」

 錦蛇の名前を持つ男は底意地の悪そうな笑みを浮かべて、神門の瞳を覗き込む。その左眼は眼帯に覆われて、何も映すことはない。

「それに、買い取った後はどうする? お前が囲むか? それじゃあ、以前と何も変わらねえな。ならば、放り出すか? そんなことをしたら、結局生きていくために遊女になるだろうな」
「…………」

 反駁の余地はない。偽善である事は自分が一番よく分かっている。ただ、そうと分かってはいても、あの怯えた眼差しが目に焼き付いたのだ。それだけだ。神門の中ではそれだけでしかない。蛇の右眼が神門を捉えて離さない。だが、そうと決めた神門の瞳は、例え自分の思いが偽善だとしても揺るがない。

 沈殿した空気が、数秒を長きに感じさせる。無言で視線を交錯させている両者は、どちらも逸らそうとはしない。

「ケーッ! 好きにしろい!」
「…………」

 面倒になったといったような態度のパイソンに、神門は首肯した。

「はーいはいはい! とりあえず、今の龍神くんの手持ちが幾らあるか、とかその辺の話をしましょうか」

 ローツがこのやり取りはお仕舞とばかりに手を叩いて話を区切り、次の話題へと先を進める。

「ざっと、三万天円(ティエンイェン)
「じゃあ、夜になったら、うちに来てくれる? 手はずを整えておくから」
「…………」

 こく、と頷く神門。

「じゃあ、さっさと帰るか~。眠い」

 あくびを隠そうとしないパイソンは話は終わったとばかりに、外へ出る。それに倣い神門もローツに一礼してついて行く。
 背に蛇を背負った男と、龍の銀細工(こしら)えの鎖を鳴らす少年が立ち去る姿を見送ったローツは、我知らずため息をついた。

 ローツ・パトリシア・キャリコとボブ・ホークは妓楼の主と女衒という間柄ながら、七番街と六番街の実力者ともあって、折り合いが悪い。そもそも、七番街の性質と六番街のそれは、大きく異なっている。

 六番街の治安は劣悪といってよく、前述通りに、他街区への人攫いすら行うような伝法の輩が跋扈する魔窟である。そこから逃れてきた者たち、売られてきた者達が集って、独自のルールを作り上げ治安を向上させてきたのが七番街である。

 折り合いの悪さもむべなるかな。利用し合う間柄といえ、両者に横たわるのは海溝の深さの険悪さだけである。

 ――さて、どうしましょうかね。

 苦笑しつつ、ローツはしばらくの間、扉の向こうを透かし見るように眺めていた。 
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