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飛海寨城地獄変

作者:藤井機斎
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剣舞

 エレベーターホールは硝煙と炎の臭い、そして、かつて巨人兵だった鉄屑が支配していた。――否、炎の中一つだけ佇立する影がある。少年のサイクロップスだ。装甲のところどころに被弾の痕跡が認められるものの、いずれも機能を失うほどの損傷度(ダメージ)は見られない。……いや、見られないのは当然だ。被弾は装甲の分厚い、または弾道を逸らせる曲面部に集中させており、巧みな損傷箇所限定効果(ダメージコントロール)により機体性能は些かほども損なれてはいない。

 少年が三台相手に丁々発止の立ち回りを見せ、数のアドバンテージを物ともしなかった証左といえる。彼の卓越したライディングは、忌まわしいノスフェラトゥの亡霊である故だろうか。

 ナビゲーションの告げる通りにエレベーターに乗り込み、上階へと登ったサイクロップスは更に目的の場所へ向け奔走する。

 しばらくMBを進ませると、ナビマップの矢印の先に広めのフロアが表示された。そのまま進もうとして――何を思ってか、少年はフロア入口でサイクロップスを停止させた。

 元々は、商業施設として建設されたのであろう。すり鉢状に三階上まで吹き抜けのフロアは、ガラス天井から効率よく採光するためだろう。本来の建設目的通りならば、市民の憩いの場となっていただろうが、現在では吹き抜けを交差するように配置されたエスカレーターに、更に、中央に噴水として作られただろう円形の囲みに、僅かな(おもかげ)を残すばかりである。

 停止したサイクロップスの正対する方向。サイクロップスのカメラアイはフロアへ入る直前、目指す先にMBの翳を二つ認めていた。気づかず進んでいれば槍衾の憂き目に合っていた事は疑いの余地がない。

 はたして、双子のように並んだ翳は、少年のサイクロップスの後期モデルであった。しかも、ライダーの特性に合わせてカスタマイズしているのが、見て取れた。

 増加装甲で肉厚を増したボディは少年のもの(サイクロップス)と比べて鈍重に見えるが、ホバーブレイドも相当強化されているらしく、脚部はその爆発力を形にしたように肥大化していた。右肩アーマーに背負うはバックパックに備えられた弾薬タンク。大量の弾丸を収めている事は想像に難くないそれから、給弾ベルトが伸び、更に先には大型回転式機関(ガトリング)砲がガンオイルに濡れた妖しい光沢を放っている。
 向かって右のサイクロップスはそれを右マニピュレーターで構え、並び立つもう一台はバックパックのマウントレバーに取り付け、代わりにマシンライフルを持っている。

 間違いなく、少年のサイクロップスより性能は上回っている。そもそもスクラップから再生した上、密造部品で誤魔化した車輌にまともな性能を求める方が酷であろう。少年の、極めてプレーンな機体構成のサイクロップスで優っているのは、機体重量の軽さと旋回能力か。

 迫り来る二台のサイクロップス。かつて施工に携わった者の思いとは裏腹に、円形の広場は剣闘場(コロッセオ)として、三者の戦いを見守る事となった。

 回転式機関(ガトリング)砲の敵機が先行しつつ接近するのを認めた少年は、それを視界に収めつつ後方のサイクロップスを警戒した。前方が回転式機関砲で掃射牽制しつつ攪乱、後方が死角から強襲する。マニュアル通りだが、最も確実な方法であるのも事実。少年は、前方の敵機を軸に旋回する軌道で攻撃を避け、後方からの夾撃を警戒し決して目を離さぬ。前方のサイクロップスは少年を追いかけ、後方のサイクロップスは右へ左へ少年の死角を求めてステップを繰り返す。時折、スイッチし入れ替わり立ち代わる敵機。上方から見れば、彼らの軌道は幾何学的模様の(てい)をなしている事だろう。

 修羅の激闘の最中、少年は敵機のライダーの技量に舌を巻いていた。かくも美事(みごと)な業前は、彼らが少人数で深夜シフトにあてがわれた警備スタッフではなく、侵入者を任務に忠実に排斥する戦士である事を雄弁に語っていた。そして、同時に、夾撃を許した刹那に呀を首元に突き立てる覚悟がある事が容易に想像できよう。

 敵機の銃撃から身を避けつつ、その挙動を見据えながら舞い踊る、薄氷を踏む
ような危険なステップ。焦れる心をなんとか抑えつつ、蜘蛛の糸を手繰り寄せるような集中力で身に修めた技術を駆使する。回転式機関砲で迫る敵車輌の向こうに踊る影に合わせて、回避。どうしても躱しきれない弾丸は、即座に弾道が逸れる角度を見出し、装甲でいなす(ヽヽヽ)

 気がつけば、残り時間も三分を切っている。値千金とも言える時間を無為に浪費した事に、我知らず歯噛みする。進むにしても退くにしても限界に近い。

 ――埒が明かない。

 そう判断した少年は戦況を打開すべく、安全率を捨てる強攻策に出た。三者が入り乱れての戦場は、回避する者と攻撃する者、隙を狙う者にあるリズムを産み育んでいた。無駄な神経をすり減らしたと見えて、実際、費やした時間は複雑な変拍子だったリズムを、密やかに単調なものへと変化させていた。

 砲煙弾雨の最中、ステークスを打ち込みながら制動距離をターンによる旋回で補い、ホバーダッシュから強制的に機体を停止させると、幾何学的軌道に綻びが生まれた。ホバーダッシュからの急激な停止は、前方のサイクロップスからはあたかも姿を消したかに見えた事だろう。前方サイクロップスが少年を一瞬見失い、僅かな(いとま)に少年をかすめるように通り過ぎる。無論、僅かな閑だとて、強引な機動により少年の回避行動は疎かにならざるをえなかった。先ほどの、交錯した敵機より無防備な自機へと放たれた弾丸が、装甲を擦過する衝撃を思い出し、少年の心胆を刹那だけ寒からしめる。その一方で、精神と分離されているように、身体は淀みなく、サイクロップスを繰っていた。

 旋回制動の最中、少年はアサルトライフルに備わったカメラを作動、映像がヘッドマウントディスプレイに表示された。操縦桿上部のトラックボールを操作すると、連動して、アサルトライフルを構えたマニピュレーターが照準に最適なポジションまでエスコート、カメラの視界が敵機を捉える。一連の動作と制動が完了したのは同時だった。少年の視線を感知してロックオンカーソルが動き、照準を合わせる。先は――後方のサイクロップス。

 ロックオンサイトの先の敵機は、僚機を攪乱突破し自身に迫る驚異に虚を突かれたらしい。精彩を欠いた動きで回転式機関砲を構えようとするが、既に射撃体勢に入っている少年からは遠い。一髪千鈞を引く機動が手繰り寄せた、決定的な隙。音速の膜を貫かれた空気の、破瓜(はか)を散らす断末魔が辺りを谺する。

 果たして、三発の銃弾は吸い込まれるように後方のサイクロップスへ着弾した。銃痕を打ち込まれたサイクロップスは重力に導かれて、床面に大きな音を立てて倒れ込む。一瞬、遅れて体勢を立て直したもう一台の敵機には、なす術もなく崩れ去る僚機はどう映ったのだろうか。瞋恚の炎を滾らせ、単機となった敵機の殺意が、カメラアイを通して少年に突き刺さる。

 下知を与えられたホバーブレイドに主の蹶起が乗り移ったのか、正に懸河の勢いで迫りくる敵サイクロップス。ライフルを振りかぶると銃床から、鋭い鉄杭の先端が覗く。仕込み杭だ。銃床に銃爪が備えられており、引くと強力な撥条(バネ)もしくは火薬で鉄杭が射出される仕組みだ。その勢いに、MBの装甲などひとたまりもない。装甲ごとライダーに磔刑に処す、断罪の杭。

 対峙する少年のサイクロップスは、右マニピュレーターで爆斬鉈を抜き払うや、陽の構えで待ち受けていた。まざまざと感じる獣じみた殺意の質量は、じわじわと酸素を奪いつつ圧力を増やしていくかのようだ。

 撓む弓弦の如き緊張感の中、少年が動く。

 杭が仕込まれたマシンライフルを振りかぶったサイクロップスは自身の間合いの外から――そして、ライダーが見定めた的車輌の刃圏より遠間から、発火炎(マズルフラッシュ)の猛々しい雄叫びを聞いた。

 爆斬鉈が鬨を上げたのだ。火を噴く咆哮が鉈の刀身を加速させる――サイクロップスの手を引くように。それは、ホバーブレイドの加速と相乗効果を産み、通常では不可能な速度域での旋回機動を実現させた。刀身の軌道を名残惜しむように、爆発の炎がたなびく(みち)を描く。

 爆斬鉈(ばくざんしゃ)の刀身の加速力をMBの機動に重ねての高速旋回は、怒りによって反応を増した彼の反射神経でも捉えきれなかった。ただ偶然故か殺意故か、意識の埒外で仕込み杭のトリガーを引いていたらしい。仕込み杭が作動し少年を穿つも、無慈悲な現実は少年のサイクロップスの頭部の一部と胸部装甲を抉るのみに収まった。加速された回転力と打ち出された杭の穿孔力のせめぎ合いは、はたして、胸部に刺さった杭が突き抜ける前に加圧された回転勁力に阻害され、本来の点による攻撃では不可能な広範囲でひとしきり装甲を引き裂きはしたものの、致命傷を与える事はついにかなわなかった。

 一方、曲芸じみた爆斬鉈の一撃は、バックパックごと機体を逆袈裟に斬った。少年は、独楽(コマ)じみた回転をしたまま、対手の脇を抜け――残心。鮮やかな手並みは、なるほど、凄腕に違いない。

 単眼の先――憤怒の一撃も虚しく、命脈を断たれた敵車輌から斬られた動脈よろしく、堰を切って噴き出る墨色の血。機械の血(マシンブラッド)とは言い得て妙である。噴出する血流に圧されて、直立を維持しきれなくなったサイクロップスは、ふらりくらりとたたらを踏む。そのさまは不格好な踊りにも見える。敵車輌は周囲に義血を撒き散らすと、力なく大地に膝をつき動きを止めた。しばらく吹き続けていた義血も粗方出尽くしてきたとみえ、ぼたりぼたりと、逆袈裟の裂け目から粘性の滴る音を響かせるばかりである。

「…………」

 残心の構えを解くと、爆斬鉈を鞘に収める。

 カウントダウンを見ると、既に脱出可能な限界時間といっていい。今夜、死線を掻い潜った甲斐もなく、少年自身の目的には近づけなかった。少年の表情は、ヘッドギアとヘルメットに覆われて見えない。はたして、その顔に浮かんでいる色は何か。

 しかし、少年の冷静な戦士としての側面が思考を打ち切った。感傷に浸っている場合ではない。まごまごしていると、先程までの比ではない増援に囲まれ、待つのは死だけだ。

 鋼の血が滴る音が消えた頃には、フロアは鋼鉄の二体の像を残し、時間の止まった空間へと戻っていた。

 
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