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飛海寨城地獄変

作者:藤井機斎
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驟雨

 時間は多少戻る。サイクロップスが陽動作戦を開始する数分前。

 ステーションから少し離れたブロックに違法駐車されたトレーラーがある。このブロックは犯罪多発地域として警戒が必要な区域であり、下手に駐車などしようものなら、即座に盗難の憂き目に合うのが関の山である。当然、この界隈で違法駐車を咎める者などいない。(あなぐら)に潜む有象無象が、そんなおまんまの食い上げを好き好んでしようものか。

 だが、このトレーラーが未だにハイエナどもの陵辱を受けていないのは、如何なる理由か。なんて事はない。この飛海寨城(フェイハイさいじょう)市で雨に出歩く手合いがいようはずがない。汚染された大気が流す涙は受けた陵辱のほどを報復しているのか、雫は酸性雨となって、大地も植物も、そして人を含めた動物も融かし尽くさんと滔々と降り続けていく。魔窟に潜む魑魅魍魎は穢しの雨をやり過ごすまでは、窖暮らしを決め込むだろう。

 そんな酸の礁雨が上蓋を叩き、さながら飛礫(つぶて)のように響くトレーラーのカーゴの中。薄暗い空間の中、無線機に巻き舌でがなる男がいる。

「そろそろ時間だ。お前は陽動だ。打ち合わせ通り、連中をかき回してやれ」

 だが、無線機からは定期的に入る列車の揺れる音とそれに混じるノイズしか聞こえてこない。

「――ふん」

 鼻を鳴らしたのは、サーモスタット内蔵の耐環境コートを肩に聳やかした黒人の男だった。短く刈り上げた頭髪と長身、分厚いコートの布地でも隠せないほど隆起した人工筋肉が、男の頑強さを雄弁に物語っている。彫りの深い顔立ちに周囲を威圧するような黥利目(さけるとめ)。この黥面(げいめん)の男、名をボブ・ホークという。

 通信の相手は――サイクロップスの少年だ。
 今回の作戦のために陽動役として、凄腕の触れ込みで仲介屋を介して雇い入れたMBライダー。自身では黙して語らなかったが、あの黒の詰襟のジャケット――無敵の吸血鬼部隊と謳われた『ノスフェラトゥ』の軍服だったはず。

 ――プレストンの奴、どうやってこんな奴を見つけてきた?

 思えば奇妙な話だった。

 少年と仲介屋パイソン・プレストンが飛海(フェイハイ)解放戦線のアジトの扉を叩いたのは……ちょうど一週間前だ。
 探偵兼仲介屋をしているその男、生粋の不精者で、何をするにしても不承不承とした態度を隠そうとしないのだが、今回に限って言えば平素の彼が嘘のように作戦の参加を申し出たのだ。どこか釈然としないながらも、人手不足も相成って(がん)と断る理由もなかった。今は、運転席に座る男に訝しく視線を送るが、カーゴの外殻に阻まれて、彼の姿が目に届く事はない。

 訝しい点はそれだけではない。ノスフェラトゥ。かつて存在した特殊作戦部隊。血に餓えた最凶最悪の吸血鬼部隊。エクシオル軍に都合の悪い事象を完全に抹消する殲滅部隊とも、勝利不可能とされる絶望的な前線に送り込まれて、なお平然と凱旋する精鋭部隊とも言われている。その任務の詳細は機密扱いとされたが、真偽のほどはともかく、逸話は枚挙に暇がなく一種の都市伝説と化していた。曰く、惑星ツファイラクの内乱を、僅か一週間で反抗勢力を鏖殺して終結させた。曰く、ニュウアラーズ王国の城壁に鉄杭で貫いた死骸を飾り付けた。曰く、惑星ラッテマーズを荒野の星へと変えた。

 少年がノスフェラトゥの隊員であるかはさて置き、ボブは彼が気に入らなかった。

「正直、俺はまだお前を信用しちゃいねえ。俺たちの目的に賛同しているとは思えん。ただ、その腕だけは信用している。元・『ノスフェラトゥ』の実力、見せてもらうぜ」

 ノスフェラトゥの部分を強調した語調に、果たして少年が気づいたかどうか。相変わらず、通信の相手は存在を隠しているかのように、かすかなノイズが聞こえるばかりである。

 稀代の殺戮部隊とまで謳われたノスフェラトゥ。戦中戦後と忌み嫌われ続け、始末屋として外道働きを続けた名は決して耳障りの良いものではないはずだ。彼がノスフェラトゥの亡霊であるかは別としても……だ。

 ボブはカウントダウンを表示しているモニターを睨む。

 今夜は、太羲(タイシー)義体公司の足元を崩す。太羲(タイシー)義体公司製の義肢関連に使用されている義血(ぎけつ)又はマシンブラッドと呼ばれる人工筋肉の燃料。その、閉鎖型環境都市(アーコロジー)外殻に設けられた原料倉庫、五ヶ所あるうちの一つを狙う。

 義血は精製こそアーコロジー内で行われているものの、原料の確保は外部に依存している。ならば、義血の原料を奪えば、エネルギー源を失った太羲《タイシー》義体公司は立ち行きいかなくなるという寸法だ。そうなれば、飛海(フェイハイ)解放戦線の名もまた広がるというものだ。

 やがて来たる未来の青写真を思い浮かべ、胸から湧き上がる興奮の色を隠せない。ボブは、獰猛な笑みを隠すようにガスマスクを装着すると、耐環境コートのフードを被った。あとは、状況開始を待つばかりである。

 差し迫ったカウントダウンがやがて零点を示す。同時に耳に届いた遠雷のような破壊音は、ステーションに乗り上げた列車の叫び声だろう。

「作戦開始だ!」

 ボブの胴間声に、トラクターに潜んでいた五人が声を上げる。後部のハッチが開くや否や、飛び出す五つの影。ガスマスクには、微光暗視機能も備わっている。あざれる臭い立ち込める酸雨の(ちまた)も彼らを留める事などできず、街灯もない夜闇の中を不都合もなく走り去っていく。




 トラクターのドライバーズシートから、ハンドルに身を任せ、その姿をどこか気怠い様子で見送る男がいた。ぼさぼさの暗い金髪、筋肉の鎧を纏った身体に纏うは、背なに錦蛇の意匠が刺繍されたヨコスカジャンパー。男から放たれる一種の空気、尋常のものではない。だが、それらより輪をかけて男の異様さを雄弁に語っているのは、彼の面貌(おもて)だ。失った左の眼を覆った眼帯。そして、残された右の眼は正に毒蛇の牙のように鋭く、剣呑な光を揺らめかす。そして、貌を覆う無精髭は暗い金髪と相成って、どこか獅子の(たてがみ)を連想させる。少年と飛海(フェイハイ)解放戦線の仲立ちをした探偵、パイソン・プレストンである。

 男は、YAMATO魂と書かれた筆字のロゴと旭日がプリントされたシガレットケースから煙草を一本取り出した。マッチで火を灯し紫煙を肺へと送り込み、彼は運転席と助手席の間に備え付けられたカーナビの画面を覗き込む。カーナビには、監視カメラをハッキングしたのか、エレベーターホールで、単眼の巨人が三機入り乱れて喰らい合う姿が映っていた。三者三様の動きを見せる彼らは、一台のカメラの画面枠に到底収まりきれるものではない。巨人達の姿が画面から消え失せると、追従するように切り替わった別の視点からのカメラが、趨る冷然なる太刀筋と発火炎(マズルフラッシュ)の花弁を捉える。

「ノスフェラトゥ……か」

 男の声は低く乾いた響きをしていた。彼の乾く声が地獄を覗く穴から届く、鬼哭啾々とした嘆きを孕んだ業風を思わせるのは、男の生涯の一端を物語っているのだろうか。

 先ほどのカーゴ内の様子はトラクター内のスピーカーから聞いていた。ボブ・ホークの言に思い当たる節があったのか、せっかくの煙草も無聊の慰めにはならなかったとみえ、やり場を失った苛立ちをそのままに、うっとおしそうに髪をガシガシと掻いた。

 携帯情報端末(PDA)を操作し、通話アプリケーションを呼び出す。PDAはともかく、今時、通話アプリケーションなど使用している者などそうはいない。脳内チップによる量子ネットワーク接続によって機器なしで遠距離通話が可能となったこの時代において、端末の通話アプリなどもはや骨董品の域である。

 果たして、相手方は今や遅しと待ちかねていたのか、呼び出し音が鳴ったかどうかといったタイミングで通話がつながった。

「おー、どうしんしたかね。万年無精ひげの残念だんな様よ」

 PDAとネットワークを介した向こう側から耳朶を打つ少女の声は、抑揚を欠いてながらも(しゃん)と銀の鈴が鳴るような清澄さと、舌足らずな喋り方が却って、春霞のたなびく山水の彩りを添え、声景色の妙を感じさせる。

「誰がだんな様だ、娘」

 声の主の相変わらずの調子に嘆息を隠せず、少々持て余し気味に返事をするパイソン。だが、咥えた紫煙も果たせなかった苛立ちも、少女のいつもの調子がかき消してくれたらしく、声は無骨でぶっきらぼうなままだが、どこか温かみを感じさせるものとなった。

「む。どうしんた、お婿様」

 通話相手の少女は、少々不満げに頬をふくらませた様子で前言を訂正した。――もっとも、間違った方向はそのままで訂正されていたが。

 ……全く。
 声から察せられる様子を記憶の面影に投影するだけで、パイソンの脳裏にほほえましい娘の姿が浮かび上がる。だが、今は『娘』との言葉のやり取りを楽しむ時ではない。

「記録は続けているか? あと、だんなでもお婿でもない。父親役だ」

 逐次カーナビの画面に送られてくる映像に目をやると、既にMBの一台は沈黙したとみえ、残された二台が絡み戦う姿は双方の姿が同じだけあって、どこか共食いの様子を彷彿とさせる。

 実は、パイソンはサイクロップスの戦闘の一部始終を少女に記録するよう指示していたのだ。

「ん。でも、カメラのないところまでは追いかけきれんせん。そして、愛していんす。結婚しておくんなんし」

 リアルタイムで送られてくる映像は記録している映像の一片でしかない。実際には作動しているカメラのほぼ全てを掌握し、処理できる限界まで映像をかき集めているのだ。とはいえ、カメラの死角や処理しきれない映像もやはり存在する。全てを把握できないのは、致し方ないところだろう。

「よし。あ、いや、よしと言ったのは婚約じゃねえからな。引き続き、記録し続けろ」
「お父様は相変わらず、照れ屋なツンデレおやじでありんす。ところで、煙草を吸ってはいんせんな?」
「……」

 実のところ、パイソン・プレストンは愛煙家(ヘビースモーカー)なのだが、『娘』はかなりの嫌煙家なのである。近頃では、煙草の量もかなり――一週間に一本程度――減らされ、自宅兼事務所では吸わせてもらえず、ほとほと困り果てている。だから、外に出る機会があれば、こっそりと紫煙を体に取り込むのだが、いつもいつも見つかり、一週間に一本の煙草も没収されたりしている。
 今夜も、馴染みの店ではなく、わざわざ別の闇市からボブに――依頼料からこっそり代金を抜いておく、という約定までして仕入れてきたのだ。

「何を黙っとるかー」

 『娘』の抑揚のない問い詰めをBGMに、しきりにパイソンは考える。
 いつもより慎重を期していた。特に、今回はボブにこの話をした時には、辺りに端末がない事を確認した。携帯端末もだ。だから……。

「ローさんに聞きんした」

 パイソンの思考を読んだのか。少女の口にした名前で、パイソンは自身の行いが白日の下に晒された絡繰(からくり)を理解した。

 ――あのカマ野郎が!!

 ローツ・パトリシア・キャリコ。飛海(フェイハイ)城に長く巣食っている妓楼(ぎろう)の主にして情報屋である。もはや腐れ縁となってしまったオカマが、パイソンの脳裏で投げキッスをしてきた。

 なるほど。ローツならば、少女の魔の手(ハッキング)の及ばない場所であっても、容易に情報を引き出せる。おそらくは、店の人間もローツに情報を売っている者の一人だろう。しかし、たかが煙草ごときでわざわざ情報屋を使うか?

「ローさん、エリナに全面的に協力してくれんすから。つまり、情報タダ。お父様は詰み。チェスで言うところの王手ー、将棋で言うところのチェックメイト~」
「……」

 駄目だ。これでしばらくの間は、煙草と離ればなれが確定した。結婚してくれとかなんとか言うならば、少しは大目に見てくれるもんだろ――と心中でぼやきながら、通話を強引に終了させる。

「カァ~~。全く、父親ってのはこれだからしんどい。っつーか、そもそも、オカマ野郎は母親のつもりなのか? クソ!」

 セルを回すと、いがらっぽいエンジン音と共にトラクターが目を覚ます。しばらくは紫煙を味わえない未来が約束されたパイソンはフィルターぎりぎりまで煙草を楽しむと、吸殻を少し空けた窓の外へ捨てた。
 驟雨が煙草の火を一瞬でかき消す。その様子をなんとなしに見届けて、パイソンを乗せたトラクターはけぶる雨の向こう側へと姿を消した。 
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