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飛海寨城地獄変

作者:藤井機斎
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月光

 常に並んで空に浮かぶ双子月を衛星に擁する惑星カロウデ。そのエウロッパ大陸に位置する一都市、夜雨に烟る飛海(フェイハイ)城。

 プラテメルダ歴二〇二五年三月十三日未明。飛海(フェイハイ)城の環状線を横殴りの雨の水圧に逆らい、蓄電池式鉄道列車が走る。驟雨で軌跡を顕にしたヘッドライトの光線は、夜闇を串くナイフの尖さがあった。二車輛編成のそれは、前車輛が制御電動車、後車輛が有蓋貨車となっていた。

 列車はかなり旧式の車輪式とみえ、線路の繋ぎ目ごとにガタつく車内は、磁気浮上式列車(リニアモーターカー)に慣れた者では些か不快さを感じさせるものだろう。

 後部有蓋貨車内の闇で人の形に似た(かげ)が鎮座している。翳は人のものには巨大にすぎ、また神の被造物にしては、あまりに金属的で無骨にすぎた。それもそのはず。これなるは神ならぬ人の手による被造物――その最も血腥い機械装置郡(システム)、兵器……であるからだ。

 人型兵器の胸部――今は装甲が開き、ぽっかりと空洞となっているそこに、さながら臓腑(ぞうふ)の如くに収められた少年は、線路の繋ぎ目ごとにゴトゴトと体を揺さぶる揺れに不快さどころか、生まれ(いづ)瞬間(とき)を待つ胎児の鼓動を感じていた。

 彼の頭部には、兵器システムとケーブルで直接繋がれたヘッドギア付きのヘルメットが装着されており、(かんばせ)すら完全に覆われ表情を窺い知るすべはない。ヘッドギアから網膜に直接投影された視覚の右上部に四角く縁取られたカウントダウン計が、ほどなく五分を切ろうとする。

「そろそろ時間だ。お前は陽動だ。打ち合わせ通り、連中をかき回してやれ」

 ヘルメットの無線から粗野な印象を受ける野太い声が響く。

「……」

 声には答えず、少年は最後に、今宵命を預ける戦闘機械の自己判断プログラムを走らせた。

 簡略化された機体図が呼び出され、各部に表示されたプログレスバーが現在の進捗状況を、大まかながらも知らせている。メーター左端から伸びた黄色のバーが右端に到達すると、一つまた一つと、異常なしを意味する緑へと変色する。
 躯体部、深刻なエラーなし。各部人工筋肉、正常稼働中。コンバットプログラム、問題なし。弾薬も装填済み。ほどなく全てのバーが緑になり、機体図そのものも緑色に表示された。
 スクラップと密造パーツで構成され、信頼度に不安が残った車体だが、なんとかそこそこの基準に仕上がったようだ。

 カウントダウンの指し示す残り時間は大凡(おおよそ)一分。

 最後にシートベルトの締まり具合を調整していると、再度、無線から野太い声が響く。

「正直、俺はまだお前を信用しちゃいねえ。俺たちの目的に賛同しているとは思えん。ただ、その腕だけは信用している。元『ノスフェラトゥ』の実力、見せてもらうぜ」
「……」

 ヘッドギアに隠された少年の瞳にちらりはらりと冷たく燃える炎が宿る。

 金属同士がぶつかり合う重い音を立て、展開していた胸部装甲が閉ざされる。気密性に難があるのか、隙間隙間にこもれ出る光が、狭いコクピット内部の闇を一層深いものとしている。ヘッドギアと車体を繋ぐケーブル群はへその緒か、鋼鉄の子宮で胎児(しょうねん)はヘッドギアごしに(うつつ)見る(のぞく)。蹲っていた機体を立たせ、瞳を閉じて深呼吸。鉄の匂いを孕んだ酸素が肺を満たし――目を閉じる寸前に見たカウントダウンを脳裏で刻んで――カウントダウン・ゼロ。状況開始。

 目を見開いた瞬間、列車に衝撃が走る。ぶれるカメラアイを通した(うつつ)の世界。
 前後左右に振り回されながらも、これを待ち構えていた少年が、ただいたずらに翻弄(ほんろう)されているはずもない。車輛の一角にアサルトライフルを斉射。続けざま、フットペダルを踏み込み、脚部のホバーブレイドの出力開放。

 車輛の壁面を円形にくり抜き、それを突き破る。横腹に孔を穿(うが)たれた車輛の断末魔と共に、三~四メートルほどの鋼の巨人兵が歩廊(プラットホーム)に躍り出た。制動用脚部ブレーキステークを打ち込み、ホームの床とステークが火花を散らす。まま制動しつつ、まずは自己と周囲の状況を確認。|

手《マニピュレーター》に構えたマシンライフルの放熱ジャケットが、先ほど破壊の銃弾を吐き出した名残に薄い陽炎で揺らめく。背後では、先ほどまで乗っていた列車の前部分、制動電動車が見るも無残なスクラップ同然の姿で横たわっていた。ステーションに減速せずに突っ込んだ結果、オーバーランを起こしホームに乗り上げられたのだ。後部の貨車は、オーバーランによる衝撃の傷痕をかろうじてだが免れ、横たわる制動電動車に少し乗り上げた形で原型を保っていた。もっとも先ほどのサイクロップスの行為で、端部に白煙をくゆらせている大穴が口を開けてはいるが。

 深夜の平穏を荒らされた櫛形ホーム。充分な広さをもったホームは、かつては人が行き交う一般ターミナル駅として建設された名残だろう。もっとも、今となっては太羲(タイシー)義体公司の貨物ターミナルとして機能するのみである。

 鋼の巨神兵――多脚式歩兵型戦闘車輛・マニピュレーターバイク、通称『MB』と呼ばれる機動ロボット兵器は、プラメテルダ(この)世界ではポピュラーな兵器である。その機動性・汎用性は高く、ワイヤーウインチによる壁面踏破、ホバーブレイドによる高速移動と短時間の跳躍など、最高でも五メートルに満たない全高もあって、特に高低差のある市街戦において真価を発揮する。反面、機体重量の削減が必要となり、最低限の装甲以外を省略した軽量化により、被弾に脆く機動力による回避を主体とした兵器となっている。

 サイクロップス・タイプ1。プラメテルダ銀河で使用されている中でも初期型にして最も生産されているMBで、幾度もの細かいモデルチェンジを経て、未だに第一線で活躍している傑作機である。およそ半世紀もの永き庭たり、連綿と練磨されてきた車体は、整備性信頼性の上で他の追随を許さず、MBといえば本機が思い浮かぶほど銀河中で浸透しているMBだ。その最大の特徴は頭部のカメラアイであり、見た目の印象からも単眼の巨人を連想させる。人間の眼球を模したカメラアイが一つ頭部の中心にあり、搭乗者の視線をヘッドギアが感知《トレース》、フレキシブルに動作する。

 ぎゅいぎゅいと動作音を奏でるカメラアイで周囲を精査すれば――いた。数十メートル先の昇降口より、押取り刀で駆けつけてくる警備兵六名の姿を補足。更にズーム、拡大した視覚で見る昇降口の向こう側。少年は自身の乗るサイクロップスと同じMBの機影を見た。

 事前に登録していたナビゲーションによれば、その昇降口を通る事になる。ならば。

 ホバーブレイドを吹かせれば、サイクロップスが数センチ分だけ重力を裏切り浮遊する。続けざまにフルスロットルで昇降口へと突進する。
 それを見て、泡を食った警備兵六名は慌てて身を翻す。当然だ。いくら装甲が薄いMBとはいえ、人体にとっては致命的な速度で接近する暴力的重量の鈍器である。接触するという事は、自らの人格によって統制されている身体から、只の肉片へ成り果てるという他ならない。
 そして、車線上から退いた警備兵たちの過去の立ち位置の向こう側に……サイクロップスに呼応するかの如く昇降口から飛び出してきたのは、四脚式MBケンタウロス・V2であった。

 サイクロップスより後発となるこのモデル、サイクロップス系が二脚式MBの原型的存在であるならば、こちらは四脚式MBの代表作である。特徴は、増加された装甲も然る事ながら、機動性が求められる時は二脚、悪路など安定性が要求される状況では四脚と、使用環境に応じ|適宜使い分けられる自由度の高さだ。また、四脚となった事で、ホバーブレイドの数も単純に倍化されており、加速性能についても向上している。反面、コスト面と整備性に加えて、稼動時間が犠牲となった。価格はサイクロップスの三倍に相当し、稼働時間については、二脚型の二/三~一/二程度まで低下しており、払拭できない短所がMBのシェアをサイクロップスに譲る形となっている。

 昇降口より飛び出したケンタウロスは接近するサイクロップスへと突進、マシンライフルを構えた。

 距離を縮める両者の隔たりが先程までの半分ほどに差し掛かる。この距離瞬間を待ちわびていたのか、ケンタウロスのマシンライフルが火を吹き、殺意の飛礫(つぶて)に貫かれた大気の断末魔が夜をかき乱す。

「……ッ!」

 しかし、対するサイクロップスの少年にとって、それは元より予想の範疇(はんちゅう)だったとみえる。ケンタウロスがマシンライフルを構えた刹那より、地を這う蛇よろしくホバーブレイドの連続切り返しで左右に不規則なジグザクを描きながら突進する。
 ケンタウロスの銃弾が人造石の壁や床を容赦なく抉り破面を覗かせるも、サイクロップスを被弾させるには至らない。粉砕された破片が塵芥(ちりあくた)と果てた煙幕が辺りにもうもうと立ち込める。サイクロップスは威嚇射撃しつつも突進を続け、ケンタウロスが塵埃の遮光幕の向こうに翳を認めた時には――致命的に両者が交錯、手を伸ばせば届く接近距離。

 ――電磁ロッド!

 砲煙弾雨の雨霰でも、抜け目なくケンタウロスの装備を確認していた少年は、敵の現在装備している唯一の接近戦用武装に目をつけていた。接近戦ではこれに頼らざるを得まい。

 サイクロップスの少年は既に武装メニューを呼び出し、装備欄より爆斬鉈(ばくざんしゃ)を呼び出していた。武装プログラムにエスコートされ、サイクロップスは機体左腰部に武士(モノノフ)の刀の如く備えられた爆斬鉈(ばくざんしゃ)を右マニピュレーターで抜き払った。玉散る氷の刀身は、ただ斬るという機能に沿って研ぎ澄まされた、冷徹さの表れだろうか。ほぼ同時に、ケンタウロスも動いていた。マシンライフルを右マニピュレーターのみで保持し、空いた左マニピュレーターで左腰部に下げられた電磁ロッドを抜くや否や、四脚MBは単眼のMBへ踊りかかった。ケンタウロスのライダーはほくそ笑んだ。もはや躱す(いとま)など、ない。|爆斬鉈(ばくざんしゃ)も、アサルトライフルも、操縦席を襲う電磁ロッドを止められる位置からは程遠い。

 だが、そう来ると予見していたサイクロップスが、どうして見逃そうものか。少年は右脚部ホバーブレイドのみの出力を全開、片脚だけで跳躍のプロセスを行う。結果、右脚部はMBの可動範囲の限界近くまで跳ね上がり、コクピットを狙った電磁ロッドを――更には握った左のマニピュレーターもろとも、膝部装甲で蹴り上げた。精密機械的構造により極めて脆い作りのマニピュレーターがこの衝撃に耐えられようはずもない。予想だにしない膝蹴りに粉砕されたマニピュレーターは、握りしめていた電磁ロッドと共に細かな部品を中空に撒き散らす。

 MBでは高等技術でありながらも、実際使用するにはリスクの高い蹴り技。実際、存在こそ知ってはいるものの、ケンタウロスの操縦士も実戦で使用する例など聞き及んでおらず、何が起きたのか理解できず混乱の最中にあった。左マニピュレーターのエラー警告が網膜投影した画面に表示されている。目の前には数瞬前に撃墜したはずの敵機が、蒼い瞬きを照り返す鉈を振りかざしている。まるで、死神が魂の尾を刈り取らんとするその姿のようで――。

 結局、自身の電磁ロッド攻撃がどうして無為に終わったのか理解する間もなく、炸薬が破裂する音と共に、四脚のロボット兵器は地に伏していた。同時に、爆斬鉈から射出された薬莢が地に落ち、鐘のような音を辺りに響かせる。
 衝撃度武具鋼で成形された鉈は硬度と靭性に長け、触れるだけで人の皮膚を貫通するほどの鋭さを持つ。その鋭利極まりない刀身へ更に爆破による衝撃を伝え、剣速を正に爆発的に加速させる。これこそがMB近接戦用武装、甲型爆斬鉈(ばくざんしゃ)である。爆圧による破断力は言うに及ばず、仮に弾薬が尽きてもそのまま剣鉈(けんなた)として使用できる継戦能力の高さが評価されている。反面、加速による体勢の変化に対応しうる闇夜に針の穴を通すような姿勢制御の精緻さ、爆破加速のタイミングが要求される玄人向けの武装であり、実際に熟練パイロットにしか好まれていない。その爆斬鉈を、いとも容易く扱ってみせたサイクロップスのライダーの腕前が推して知れようというものだ。

 崩れ去ったケンタウロスを尻目に、昇降口の奥を目指すサイクロップス。

 この作戦でのサイクロップスの役割は、十五分間の陽動である。実のところ、先ほどの一刀、巧みに操縦席を外しつつ、敵機を沈黙させていた。陽動という役目は敵の目を引き付ける事が何より肝要である。今頃、生かしたケンタウロスのライダーが増援を要請している事だろう。それが誘蛾灯の役割をし、サイクロップスをより目立たせる。

 とはいえ、少年も自身の目的のために逡巡などしている余裕もない。陽動の任はこなすが、その間の行動は一任させてもらう。

 MBがギリギリ通れる通路を恐ろしいまでの速度で爆走するサイクロップスは、要所要所でなるべく目立ちやすいよう、左腰に備え付けられたMB用手榴弾を投擲し、毒々しい炎の花を咲かせる。

 いくらホバーブレイドで浮遊しているとはいえ、機体の姿勢や挙動によって沈み込む事は多々ある。時折、脚部接地面が摩擦によりギャリギャリと火花を散らす。
 この、硝煙と灰の匂い。懐かしくも忌まわしい戦場の芳香。装甲を通して感じる、ちらちら燃える炎の吐息の熱さ。けぶる黒煙。這う程の低い前傾姿勢での疾駆に、膝部装甲が地と擦れ、火花の悲鳴が耳を苛む。きな臭い戦火の悪夢……少年は、その一部と化そうとしている自分に気がついた。

 ふと頭をよぎった考えを振り払い、前を見据える。マップによれば突き当たりを右――網膜投影された視界の右上部、四角に縁取られたナビゲーションマップを横目で見やりつつ、突き当たりまで敵影のなき事を確認。

 残り、十分。ぼやぼやしている暇はない。些か過剰な速度で角に突っ込み、直前でブレーキステークを打ち込む。だが、速度を出しすぎたか、制動のタイミングが遅かったのか、またはその両方か。速度を殺しきれず、虚しく火花を散らせて、サイクロップスは床面を抉りながら流されていく。あわや激突寸前かと思われた、その時。前傾姿勢のままに、片脚を支点として車体頭部を内側に旋回、もう片方のホバーブレイドを頭部方向へ加速させる。結果、致命的なオーバースピードで壁面へと突進したにも関わらず、滑らせた車体を内を目指す推力(ベクトル)で強引に曲がらせ、サイクロップスは直角カーブを脱出していた。床面には、脚部との摩擦熱で生じた二条の黒く焦げ付いた描線と、ブレーキステークが抉った(わだち)が残されていた。

 MBによるホバーブレイド・ドリフト走法。減速を最低限に抑え、サイクロップスの疾駆は止まらない。ナビゲーションが表示した到達ポイントまでの想定時間を塗り替えつつ、鋼鉄の機動兵は高速の操作技術を駆使した先、今までと比べ広めの空間――エレベーターホールへと辿り着いた。ここは軌道エレベーターの機材搬入口であったのだろう。機械部分が剥き出しのままの昇降機はちょうどMBを乗せられる大きさだった。元々、MBは作業ロボットから派生した兵器である。従って、MBサイズの作業ロボットが乗せられるようにエレベーターも設計されていたのだろう。

 ナビゲーションは、この昇降機で上のフロアへ出るように表示されている。示されるがまま昇降口へ向かい――ふと、少年に戦士の勘が警鐘を鳴らす。内なる警告に、意識より先んじた体が反応した。左脚部のホバーブレイドを開放し、右脚部を軸に床に半円を描く。更に右脚部ホバーブレイドを開放させ、機体を故意にスピンさせる。果たして、連続旋回しつつ横軸移動したサイクロップスの過去位置に、発火炎(マズルフラッシュ)の怒号とともに銃弾の洗礼が与えられた。

「……うっ!」

 反応が数瞬遅れれば、サイクロップスと少年はオイルと鮮血滴る鉄くずと肉片の混合物へとなり果てていたであろう。少年の背なに冷たい汗がひたひた吹き出る。だが、脳裏によぎった事実に頓着(とんちゃく)している場合ではない。そんな事生き残った後でするべき贅沢だ。今は背後に迫り寄る死神を振り払うために戦うのみ。

 招かれざる侵入者を待ち伏せていたのか。エレベーターホールの柱の影から、少年のそれと同タイプのサイクロップスが三台、姿を現す。
 先ほどの斉射も彼らの仕業と見て間違いはあるまい。時間の制約がある中で三台の相手ともあれば、先ほどのように手加減して戦える余裕は――ない。

 ステージはエレベーターホール。ステップを誤れば、即座に奈落へ急降下。演奏曲は鉛弾と鋼鉄の多重奏。如何に死神の誘いに()るか()るか、命懸けの死亡遊戯(ロシアンルーレット)。揺れる均衡の糸は綾目模様。生死という結果は二通りながら、せめぎ合いは神が遊ぶパズルのように、一刹那ごとに推移する複雑怪奇な方程式。一ツ目の鋼鉄巨兵の舞踏が幕を開く。 
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