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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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61.第十地獄・灰燼帰界 後編

 
前書き
文字数が膨らむ割に話が進まなくて本当にすいません。
この小説書き終わったらもっとコンパクトな文章を書けるよう修行に出たい気分です。

書きかけで投稿するという何度も繰り返したミスをまたしてしまい、申し訳ありませんでした。 

 
 
 勘違いするなよ、■■■■。

 これは貴方が望んだから使っているんじゃない。

 ただ――ただ、もう少しその行く末を見ていたい馬鹿がいて。

 それで、その馬鹿の未来に邪魔な黒蜥蜴がいるから仕方なく使ってるだけだ。



 激しく紫電を迸らせる全身を真下で防御する黒竜に向け、剣先に意識を集中させる。

 『万象変異』――(イカズチ)。雷の速度と俺の罪科の重力加速、そして剣の三重刺。

 今考えうる、今の俺が繰り出せる最大貫通力の貫撃。


(これで貫けなきゃ、後は本当に死ぬだけだな。死ぬだけ――狂おしくなるほど待ち望んだ俺の終焉。そこに飛び込みたかっただけなのに、アズの奴め。あいつがいると死を望む自分が白ける)


 不思議だ。あれほど熱狂した戦いだったのに、自分以外の人間が関わると熱が冷める。

 今、こうして切っ先を黒竜に向け、背に巨大な十字架を背負った今でも、微かの熱もない。


 ――いいや、違う。熱はある。

 次の瞬間に、確実に、全力を以って致命の一撃を叩き込む。

 鋼にも似た決定意志。それはつめたいが、その形状は鋼をも溶かす熱で形作られる。

 ならばそれは、俺の意志だ。

 俺は、確かにこの胸に存在する熱に魘されて黒竜を穿つ。



「脆く儚き我が身よ、煉罪の深紅(あか)き霹靂となりて漆黒(くろ)を穿て」


 その瞬間、ギロチンが振り下ろされるような速度で落下を始めた『贖罪十字』の底を蹴り飛ばし、オーネスト・ライアーという男は『雷刃』へと変貌した。嘗ての英雄たちも成し得なかった限界を越えた加速が生み出す刃の威力を以てすれば、それは虚言となりえない――力の身の捨て身を上回る、技術を重ねた捨て身の一撃だった。


 人間でありながら雷であるという、この世に起こりえない『奇跡』という副次効果を携えた一撃の意味を、オーネストはこの瞬間だけ忘れていた。



 = =



 どこまでも果てのない黒と、どこまでも際限のない闇が波打つ泉の中央にいた『それ』は、どこか遠い場所から投影される深紅の霹靂を見つめる。覗き込んだ者を引きずり込むような深淵の淵のような眼光には、人間の言語ではまだ説明のできない狂気的な意志が渦を巻いている。

 ――金色の御髪(おぐし)、金色の(まなこ)

 ――溢るる力は矮小なる人間のそれではない。

 ――ああ、なんと。

         忌まわしき

     呪われし    恐ろしい

    祝福されし      暖かい

  異端的な          妬ましい

  偉大な            羨ましい

  悪魔的な          悍ましい

    神々しい        美しい
     憎い        眩しい

      愛おしい   狂おしい

         穢れなき
 
 ――左様であるか。

 ――恐れを抱いたことも、警戒したことも、やはりそういう訳であるか。

 言葉のようで言葉ではない、意志というエネルギーの奔流の中で、『それ』は納得する。
 納得したのならば、後はそれに付随する行動を取るのみ。

 ――ならばちっぽけな『個』よ、滅せよ。

 ――その細胞の一片すら余さずこの栄光なる穢れの盤上より消えよ。

 ――黒竜、我が愛しき子に与えし力では足らぬ。

 『それ』の、ぞっとするほど白く、彫刻のように温度を感じさせない指の先に、どす黒く染まった結晶が現れる。『それ』は手を掲げ、その結晶を砕いた。
 『それ』の足元に広がる闇より暗き泉のそれに似た液体が結晶から溢れ、彫刻のような『それ』の手を黒くなぞり、泉に堕ちて消えた。

 ――あれを滅する為の力に集いし我が傀儡たち。

 ――望まれし力を飲み、望むがままに為せ。

 ――殺せ、血に狂い、血に狂わされた、哀れでちっぽけな一人の男を。

 瞬間、泉の漆黒に無数の紅い光が血管をなぞるように八方に広がり、どくん、と胎動した。胎動は加速しーー思い出したように『それ』が頭を振ると同時に終息した。

 ーー口惜しや、これまでか。

 『それ』は、もう深紅の霹靂を見ずに手を降ろす。必要な力は十分に送った。殺すべきと決めたことも殺す方法を講じたのも決して偽りではないが、『それ』の行使した力は呼び水程度でしかない。

 ――真なる終末の日まで、これ以上の干渉はできぬ。

 ――これ以上の介入を行うとするのなら、それは黒き翼(あのこ)が髄まで散ったその刻のみ。

 ――或いは。

 一瞬、紅き霹靂の背後に控える黒套の、死より死に近い人間に目を細める。
 男は既に力尽きたように膝から崩れ落ち、その懐から一本の鎖が零れ落ちる。
 人間はそれを見届け、何かを呟き、そしてこと切れるように氷柱の上で倒れ伏す。

 ――……………。

 『それ』は、刹那の思考を止め、再び目を閉じて悠久の眠りへと戻っていった。



 = =



 雷が煌いたと認識したその瞬間には――既に、『徹魂弾』の雨を潜り抜けたオーネストの刃は黒竜に突き刺さっていた。

 神聖文字とオーネストの血によって強化されたヘファイストスの直剣は、周辺をプラズマ化させながら炎に包まれた黒竜の二つの翼を貫通し、背中にその刃を届かせていた。

「ッッオおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 雷から人へと肉体を強制的に戻したオーネストが犬歯を剥き出しにして獣のように吠え、剣を凄まじい膂力で更に黒竜の背中に叩き込んだ。『雷刃』の貫通力によって既に黒鱗を貫通していた剣がギチギチと軋むような音を立て、黒竜の肉を強引に抉ってゆく。
 強引に振り落として来る可能性かとも思ったが、いまだにオーネストの体に紙一重で当たらない大量の弾丸が降り注いでいる為に下手に体勢を変えられないのだろう。オーネストの一撃でバリア代わりの翼には大穴が開き、もう一対の翼は構造上背中を覆えない。
 尤も、それを抜きにしても黒竜の抵抗は終わらないが。

『グガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!?!?』
「く、そ、がぁ………ッ!!」

 げに恐るべきは黒竜の肉体の頑強さ。オーネストの繰り出した、例え相手が完全装備のオッタルやガレスでも当てれば一撃で両断する破壊力の刃の直撃を受けて、それでも剣は黒竜の背中に刃の中ほどまで突き刺さった時点で停止していた。刃の刺さった感触で背中の魔石の位置はおおよその見当がついたが、魔石の周囲を覆う骨と筋肉の塊が信じがたい程に硬い。

 更に、オーネストを焼き殺さんと黒竜が傷ついた背中から燃える血を噴出し、オーネストの全身が焼かれる。咄嗟にダメージを軽減するために魔法を用いて全身を炎で覆ったオーネストだったが、黒竜の血の炎は纏った火さえ焼き尽くして肉体を蝕んでいく。
 このまま時間をかければ勝ち目はない。ならば多少のリスクを抱えてでもここで確実に相手の力を削ぐしかない。

「だったら……!」
 
 複雑に入り組んだ筋組織の鎧に覆われた部分を貫くには、一点に集中した力をもう一度叩き込むしかない。『贖罪十字(グラーエイツ)』による重量増加がまだ自分に圧し掛かっているうちに剣の柄を無理矢理黒竜の肉に捻じ込み、強引に柄を重力と垂直にする。
 剣の刃は未だに強度を保っているが、所詮強化度合いは急造品の域を出ない。長時間灼熱の血に触れていれば遅かれ早かれ刃は砕ける。だから、砕けぬうちに更に叩き込む。

「腕一本くれてやるッ!!もう一度無様に這いつくばりやがれぇええええええええッ!!!」

 高く振り上げた右拳にあらん限りの筋力、気力、膂力を凝縮させ、筋肉が極限まで弓引く。
 次の一瞬、次の一撃に殺意と戦意と覚悟の塊を押し込めて――己の腕を粉砕する威力でオーネストの拳が剣の柄に叩き込まれた。

 ダガァンッッ!!!と、大気が歪むほどの破壊力が一挙に剣に注がれ、逃げ場を無くした莫大な破壊の一撃が黒竜の背中を貫いた。

『ガアアア、グギ、ア……ッッ!!』
「ぐ、う、おぉぉぉおおおおおおおおおおお……ッ!!!」
 
 それまでに黒竜に命中したどれよりも体の芯に響く、一種の(けい)にも似た衝撃が黒竜を揺るがし、体内でバギャン、と鈍い破砕音が響く。それを聞いたオーネストは、叩き込んだ反動で原型を留めない程滅茶苦茶な形状になった拳に目もくれず左の拳を構える。

 オーネストの一撃は、自らの腕と引き換えに黒竜の背中にある巨大な魔石を確かに粉砕した。これで黒竜の再生力も移動力も随分制限される筈だ。だが、それは巨大な肉体を制御する三つの内のひとつに過ぎない。先程の一撃で更に大量の黒竜の返り血を浴びて全身が燃えている上に右腕一本を失ったオーネストからすれば、これは骨を切らせて肉を断ったようなものだ。

「これで終われるか……ッ!!ぐああああああああああああああああああああああッッ!!!」

 まだ足りない――魘されるように体を突き動かして灼熱の血の中から剣を強引に抜き取ったオーネストは、間髪入れずにその剣を鋭く数閃した。瞬間、黒竜の4つの翼の付け根が完全に斬り伏せられ、尾を引く紅の血と共に剥がれた翼が無様に宙を舞った。

 機動力は削いだ。反撃の隙も削いだ。後はもう一つの魔石を壊して一気に――。

「――ッ、な、んだ……これは」
 
 すとん、と、膝が落ちた。力を込めて立ち上がるが、凄まじい虚脱感のせいか踏ん張ることが出来ない。これまで凄惨な戦いに身を投じて死に急いできたオーネストが初めて経験する状態だった。

 全身を焼く血の炎の熱によるダメージはある。
 『贖罪十字』の加重の事も理解している。
 それを差し引いても、異常なまでの疲労だった。

 更に状況は悪化する。上方から絶え間なく降り注いでいたアズの『徹魂弾』の集中砲火が突如として止んだ。理由は、あえて考えるまでもない。

「アズ……限界か」

 上を見上げ、悔いるように呟く。
 黒竜に翼による防御一択という状況を作り出したこと自体が本来なら歴史に残る戦果だ。その間にオーネストは黒竜の魔石を一つ砕き、翼を全て切り裂いた。魔石を貫く為に腕一本を犠牲にしたが、最低でももう一つの魔石を壊すために左手は残した。

 しかし、これで黒竜は上からの攻撃を気にせずに行動できることになる。今は翼を失ったことで落下を開始しているが、地上に降りればまた地に足の着いた戦い方も出来るし、ここで仕留め損なえばこちらの警戒する『切り札』が待っている。

 もう一撃叩き込めば、少なくとも下にいるユグーとリージュでも辛うじて戦闘になるレベルにまで追い詰められるというのに。

 なのに、肝心な時に限ってこの体は働こうとしない。
 いつもそうだ。オーネストの人生は、肝心な時に一番求めるものがなく、ぼろぼろと得たものが手のひらから零れ落ちていく。残ったのは欲しくもない戦闘技術、知りたくなかった事実、知識、経験、恨み、妬み、畏怖と嘲笑、そして――未来(あす)という名の辺獄。

「………ふざけるな」

 そんなものを得るために、今まで足掻いてきたのか?
 ミア・グランドは生きることにこそ価値があると言ったが、それでは目指した場所に辿り着けなかったという結果を背負って永遠に沈んでいく人間に価値はあるのか?
 逃した一瞬は永遠になる。
 永遠は、死出の忘却というもう一つの永遠でしか忘れることは出来ない。

「ふざ、けるなぁ……ッ!!」

 オーネスト・ライアーは断言する。自分が自分になれなかった人生に価値はない。
 今、アズたちと共に迎える未来を見ること以外に何も望んではいない自分がいる。
 溺れる程の後悔と無力の果てに、望む未来を求めようとしている自分が確かにいる。

 これ以上後悔したくないから、後悔しない生き方を模索した。
 このまま後悔だけを抱えて沈んでゆく終わりに、満足など出来る筈がない。

「今動けなくていつ動けるッ!?何度俺は俺を裏切ればいいッ!?人生でたった一度の些細な一欠片でいい……もう二度と訪れなくてもいい……だからッ!!」

 ある筈の力を振り絞り、落下を始めて身をよじり始める黒竜の背中を力の入らない握力で必死に掴む。もはや脱力のせいで体を守っていた炎さえ消え、全身が黒竜の消えない炎によって呪いのように黒く蝕まれながら、オーネストは涙を流しながら叫んだ。

「俺の望んだ未来(あす)を、俺に掴ませやがれぇぇぇぇぇぇええええええええッッ!!!」

 それはきっと、オーネスト・ライアーという鉄壁の城から漏れた、本物だった。



 ――いいよ、言い出しっぺ俺だし。ただ、これ終わったら全力で寝るから暫く起こすなよ。



 背中を、冷たい(あたたかい)なにかが押した。
 


 = =



 黒竜は、オーネストの体が背中から剥がれていくのを感じた。

 その理由も、黒竜は知っていた。
 焦って攻め込んでくるであろうことも、燃える血を浴びることも辞さずに戦うことも、予想の範疇であり、狙いであった。オーネストの虚脱の原因……それは全身を蝕む血にこそあった。

 黒竜の血は唯の燃える血ではない。その内には、『母』が来るべき終末の決戦を見据えて与えたもうた『神殺し』の呪怨が流れている。黒竜がその身を漆黒に染めているのは偶然などではなく、黒竜そのものが神殺しのプロトタイプであるが為の黒い因子こそが所以だ。

 同じ血を分けしベヒーモスとリヴァイアサンは、それぞれ黒竜とは別の、しかし決して劣る事はない特異な因子を埋め込まれている。それらもまたすべてが終末の決戦を見越したものだ。

 黒竜の全身にも、牙にも、そして血にも、濃密な『神殺し』が込められている。
 その血を人間が浴びれば込められた呪いと灼熱にのたうち回って死ぬ。
 そして、この血は『神気』を喰らい、無力化することをその本懐とする。

 確信はなかったが、黒竜はオーネストの説明不能な戦闘能力と再生能力には神の力が関係していると踏んでいた。普通の冒険者ではありえないほど高度で深くに『神の力』が入り込んでいるのならば、己の血によってその力の一部を封じることも可能だと考えた。

 ただ一つ誤算であったのは、神の力を封じられたオーネストは灼熱の血に抗うことが出来ずその場で燃え尽きるという見立てが違った事だ。オーネストは確かに弱体化したが、その全身を蝕み続けるだけで殺すには至っていない。
 人間が浴びれば数秒と持たずに塵となって崩れるほどの熱量に耐えているオーネストの力には、まだ黒竜の予測できない何かがあるのかもしれない。しかしどちらにせよもう(しま)いだ。弱体化には成功した。あとは振り返り、止めを刺すだけだ。

 魔石を一つ犠牲にはしたが、翼の再生を止めることで貫かれた部分の再生は続いている。もうあの忌々しい消失の弾丸も

 ――『切り札』の準備を止めないまま、黒竜は静かに己の勝ちを確信していた。





「――まったく、最悪なダチだよ。お前は」



 
 前触れと呼ばれる程のものもない、無機質なまでの致命。
 黒竜の胴体を――それも、魔石がある場所をピンポイントで、青白く発光する刃が貫いた事に黒竜の思考は一瞬停止した。遅れて、空間を捻じ切るような轟音と閃光が空間を強かに照らしあげた。

『―――――ッッ!?!?』

 黒竜が見上げた先にいたのは――金属片を撒き散らし、両腕と胴体から血を噴出しながら「ざまぁ見ろ、くそったれ」と笑うオーネストの顔だった。



 = =



 折れた右腕に、呪帯の絡まった『選定之鎖』が巻き付く。

 それは、まだ辛うじて意識のあるアズが下に放り投げた、アズの最期の力の結晶だった。オーネストの背中に優しくもたれ掛かったそれは、オーネストにその力を貸す。恐らく、そういう鎖なのだろう。

 余程慌ててこちらに放り投げたのか、鎖にはついでとばかりにアズの持ち込んだ水筒だのトランプだのアイマスクだのといったしょうもないガラクタが幾つか絡んでいる。この極限状態に於いてここまで役に立たないものを見せてくる馬鹿も珍しいが、それもアズらしいといえばらしいのだろう。

 首の皮よりなお薄く、しかし確かにそれは途絶えかけの戦意を繋げて見せた。

 だが、どうする。魔法はまだ使えない訳ではないらしいが、力が先程のもの程引き出せないし、握力が足りないから剣を振り下ろせない。鎖の補助があってもそれは無理だろう。何かサポートする道具でもない限り、もう打つ手が――。

(――あんの馬鹿、そういう事かよ!)

 よくもまぁ、と更に飽きれながら鎖に絡まったものの一つ、トランプの束を掴み取る。
 黒竜の血の炎で皮膚の爛れと再生力が拮抗する高熱の腕に掴まれたそれは、しかし燃え尽きることはない。何故ならこのトランプはアズが金持ちの道楽と言わんばかりの金を費やした金属製のトランプだからだ。

 そうだ、このトランプはあの大馬鹿が馬鹿馬鹿しくも超希少鉱物である『イロカネ』をベースに作成した合金で出来てる。そしてイロカネは、本人はそこまで考えての作成ではなかったろうが、魔力を通す媒体として最高峰の性質を持っている。
 加工が難しすぎる上にもっと別の安価で安定した効果を発揮する宝石や水晶に隠れて日の目を見ることは少ないが、イロカネは間違いなく最高の魔力伝導物質だ。魔剣の原材料にでも使ったらさぞ派手な代物が出来上がるだろう。

 このカードで何をするかなど考えてはいなかったろう。ほぼ間違いなく「何かに使えるかもしれないし、取りあえずなんか送っとけ」とかいい加減なことを考えて無理やり引っ掛けたに違いない。要するに使い方はこちらに丸投げという訳だ。

(何をする。何に使える。何が有効だ。時間がない、考えろッ!!)

 魔石の位置は鎖が教えてくれる。照準も鎖と呪帯が強引に導いてくれるだろう。

 第一条件、体がいう事を聞かない以上、武術に準ずるものは却下。魔法のみの攻撃となる。
 第二条件、魔法を使用する際は一撃で黒竜の魔石の位置を破壊する必要がある。
 第三条件、現在の装備と組み合わせて黒竜の魔石を貫ける威力に達さなければならない。

(黒竜に届く一撃を魔法で使うならほぼ雷一択。だが俺が現時点で発生させられる雷で黒竜の腹部を貫通させる威力を出せる可能性は低い。かといってイロカネのトランプをどう使う?魔力導物質であることを利用して威力を増幅させることは出来るが――雷、増幅、剣……)

 握ったトランプを指でずらす。規則的にずらりと並んだ54枚のカードを見て、剣を見る。剣を雷の速度で発射すれば、その貫通力は当然雷以上になるだろう。かといって剣をそこまで加速させる方法など、あるだろうか。
 電気の速度の弾丸――電磁投射砲。確か、アメリカ軍が電磁投射砲(レールガン)の実用化に乗り出したなんてニュースをはるか昔に見た気がする。

(レール……)

 イロカネのカードを並べて、簡易的なレールを作る。

(弾体……)

 剣を磁場で操り、カードごと浮遊させる。

(発射に必要な膨大なエネルギー……)

 魔力を代用すれば、自分自身が大容量コンデンサのようなものだ。

(発生するプラズマと、発射の反動――)

 これまで死ねなかった体だ。今更何を気にする必要がある。
 レールガンの基本原理くらいなら知っている。あとは細かい物理法則を魔法で発生させた現象で埋め合わせる。魔導式電磁投射砲。なんともまぁ、アズ辺りが好きそうな技ではないか。

 まったくもって馬鹿馬鹿しいその思想は、西暦という時代を生きた人間でしか辿り着かない異次元の発想。そしてオーネスト・ライアーという男は、そこに一つでも合理性があれば躊躇いなく実行できる異常な判断力を持っていた。

 両腕を黒竜に突き出し、電磁力を操作してトランプをレール上に並べていく。既に中身は原型を留めていない右腕を鎖で強引に縛り上げ、そのレールの上にヘファイストスの直剣を設置する。両腕と剣を中心に青白い電光が煌き、光の筋はやがて一つの円となって膨大な熱量を胸の前に形成していく。

(まともな人間が真似すれば上半身は発射の反動とプラズマでバラバラの消し炭だな)

 それに自分がならないという確証も存在しない。これは威力と引き換えに自分の体を捧げる、本物の自爆技だ。それでも、今、ここで実行しなければ黒竜の次の狙いは無防備なアズ、そして体の動かなくなって落下している自分自身。

 自分で黒竜を討伐しようなどと言い出しておいて、最後は力とアイテムだけ貸しておねんね。
 その癖して、どうせ目を覚まして俺のやったことを聞いたら「もっと安全に戦えんのかこのアトミックヤクザは」などと呆れ返るに違いない。勝手な奴だ。絶対に友達にいてほしくない。そんな奴と友達になってしまった俺は、やはり友達趣味が最悪なんだろう。

「――まったく、最悪なダチだよ。お前は」

 言いながら、笑みが零れる。黒竜は一応こちらを警戒してはいるようだが、弱った俺が先程より更に速く貫通力のある攻撃を行えるとは考えていないらしい。

(これを発射したら、俺も寝るか。目が覚めるかは分からないがな)

 両掌を開き、脱力する肉体からありったけの魔力を込めて瞬間的にエネルギーを高め、照準を合わせ、祈るように。レールの胸元から手先へと迸るようにカードが輝き、今出来る極限の相乗効果を蓄えて。

 俺は、剣を発射した。

 眩いプラズマの燐光が、ただ一筋の告死の使者となって空を駆ける。

 俺から黒竜までにある距離をあっという間に縮めた目にも止まらぬ異次元兵装は、黒竜の反応する時間をも許さずに魔石を貫いた。命中の衝撃で体組織を再び大きく破損させた黒竜の目が見開き、悲鳴すら上げられずに胴体をへし折られて落下していく。もう、最初に遭遇した時ほどの戦闘能力は発揮できまい。

 発射の反動で真っ赤に染まる視界と、激痛すら感じられない程に破壊された肉体がひしゃげる光景を視界に収めながら、俺は「ざまぁ見ろ、くそったれ」と吐き捨てて――。

 そこで意識を落としていれば、すべては終わっていたのだろう。

 見てしまった。
 感じてしまった。
 黒竜、あいつは魔石の力の3分の2を破壊されて体内の循環を滅茶苦茶に寸断された今でも、まだ。

 あの化け物の中の化け物は、『切り札』の準備を止めてはいなかった。

 黒竜の頭部周辺に集束する魔力が、まるで地上の太陽のような煌きを放ってに可視化しつつある。


 もう、オーネストにもアズにも打つ手が残っていない。
 ユグーにはこれから訪れるである超広域破壊攻撃を防ぐ手立てはないだろう。
 異常に勘づいたリージュが剣を片手に走り出しているが、もう間に合わない。
 間に合ったところで、恐らく総合的なエネルギーの差を埋められない。

 撃たれたら終わる。

 下手をすればダンジョンを数層犠牲にする火力で、恐らく原爆の爆心地付近にいた人間のように『影しか残らない』。

(………結局、こうなる訳か)

 オーネスト・ライアーという仮面を剥いでもがき、借りたくもなかった力を酷使してまで進んだ無様な結末。つくづく俺は、運命とやらに逆らう力が足りないらしい。

(しかし、それでいいのかもしれない。勝てない程の相手と戦って勝てず、死ぬ。この世にありふれた、自然な死だ。アズの面倒を見ていたガキも、メリージアも、あれも、これも……まぁ、物好き連中(ゴースト・ファミリア)が何とかするだろ)

 この世に永遠はない。黒竜もまた必ず終わる日が来る。
 本当に今出すことのできる全てを出し切った果ての諦観に、俺は身を委ねた。
























「どこを斬ればいい?」

《右目ッ!あのオーネストとかいうのが魔石二つと翼斬ったから、その反動で今だけは反応が鈍ってるはずだから!!》

《オッタル、命令よ。オーネストを絶対に殺させては駄目。余裕があったら貴方が黒竜のそっ首を切り落としなさい。あと黒コートは無視しなさいよ》
 
「……アズは私が回収するから、ふたりはオーネストをお願い」

『リョーカイ!!オーネストはセキニンもってアタシたちがキュウシュツするよ~!!』

『あのお二方をあそこまで追い詰めるとは憎き奴よ……されど、これ以上の狼藉は我らが許さぬッ!!』





「………………」

 目と耳の錯覚だろうか。上からなんか降ってくる。大剣を抱えた褐色肌の猪人と、見覚えのある金髪金目の少女。ついでになんか、2対の人形が抱き合いながら動かない翼でグライダーのように滑空している。

 落下しながら目を擦り、もう一度よく見てみる。
 急速に落下スピードを加速させるオラリオ最強の冒険者――『猛者(おうじゃ)』オッタルと、目が合った。何故こんな愉快な面子で登場し、何故落下していて、そもそもなぜここに来ているのか……流石のオーネストにも、まったく意味が分からなかった。

「………………何してんだお前」
「フレイヤ様の命令以外で俺が動く訳がなかろう。後始末はつけてやるから大人しく寝ていろ」

 短い会話の後に、オッタルはオーネストを通り過ぎて更に加速した。

 階層一つ分の自由落下でも正確に落下先を見極める奇跡的な体捌きと、恐らくそのまま着地しても怪我の一つもしないであろう頑強な肉体。そしてこの街でたった二人しか存在しない『公式なレベル7』の一角にして、勝てる戦士がいないが故に最強の代名詞となった冒険者。

 そんな男が、しかも事の仔細をある程度のぞき見していたミリオン・ビリオンのサポートまで受けて、相手の弱点まで判明している段階で、攻撃を失敗するなどという事は――それこそ彼の仕える女神フレイヤの名に誓ってあり得ない。

「黒き獣よ。貴様はつくづく星の巡りが悪いな……この世界で最悪の人間二人に追い詰められた挙句、フレイヤ様の命を受けた俺が来るまでにその『切り札』とやらを発動させ損ねた。だからといって、どうという訳でもないが――」

 アズの攻撃ともオーネストの破壊とも違う、場を支配するかのような圧倒的な存在感と力を込めた刃を以て。

「――貴様は、ここで潰えろ」
『ガアアアアアアアアッッ!?!?』

 空間ごと断絶するが如き一閃が、回避の間に合わない速度で魔力集束の要となっていた黒竜の右目を顔面ごと切り裂いた。渦巻く魔力が力を喪って霧散し、暴風となって60層を吹き抜け、そして黒竜が最後の最後まで殺意塗れでこしらえた『切り札』は日の目を見る事すらなく消え去った。


 奇しくもそれは、嘗て黒竜がその眼球を喪うこととなった一撃と、まったく同質の一撃だった。
  
 

 
後書き
オーネストは『詠唱破棄』を習得した!
正直オラリオ世界の魔法って使い勝手が悪すぎると思います。本当に神にテコ入れで制限されてるんじゃありませんかね……。

オッタルとかなんとかがここにやってきた理由などの説明は次回です。微妙にギャグチックに見えるかもしれませんが、単に乱入者たちが空気読めないだけだったり。という訳で、次の更新は来年になりそうです。良いお年を! 
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