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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン62 蹂躙王と墓場の騎士

 
前書き
前回のあらすじ:幻影騎士団(という名のシャドーベイルビート)対SR(下級ビート+ヴァルバロイド)とかいうテーマ名だけ見ればどっかで見た気がしないでもないマッチを制し勝利を掴んだのは幻影騎士団の使い手、暗黒界の鬼神 ケルト。 

 
 ケルトと出会ってからの森を抜ける旅は、それまでの強行軍とはまるで違うものだった。細かな点はいろいろとあったが、何よりも会話相手がいたという点が大きい。たった1人で暗黒界の拠点のはっきりした場所もわからずに何となくの方向だけを頼りに彷徨い続けていたあのころと比べると、今はまるでVIP待遇でも受けているかのようなぬるさだ。それに人数が倍になったことで、交代で眠る余裕さえ出てきたのも素晴らしい。実際この数日間に、荒んでいた僕の心にもだいぶ余裕が出てきた。木の実を採って食べたり、近くの川から魚を獲って焼いて食べたり、ケルトが見つけた薬草から僕らの世界には存在しない薬、ゴブリンの秘薬と呼ばれる苦い粒を収穫したりもした。
 だが、どんな旅にも目的がある以上必ずゴールが存在する。僕らにとってもそれは例外ではなく、ついにその時は訪れた。

「ようやく出たな。俺がいた時と何も変わっちゃいねえ……あれが暗黒界の中枢だ」

 森が唐突に途切れ、急に視界が開ける。目の前、といってもまだ数キロは向こうに広がっていたのは、恐ろしく巨大な城だった。分厚く重苦しい城壁で囲まれたその周りには、まるでそれ取り囲むように小規模な城下町が広がっている。流石に悪魔の城、その上空には馬鹿みたいに分厚い雷雲も常備されているのがなんだか妙におかしかった。

「あれが……」
「おう。さてと、お前もなにか上着かなんか着たほうがいいな。その赤い服じゃいくらなんでも目立ちすぎだ」

 言いながらケルトがマントを引っ張り出し、全身に巻きつけるようにして体を隠す。巨体なうえに翼や角まで生えているケルトが正体を隠すにはとてもじゃないが十分とは言い難い代物だが、そもそもケルトの場合元々この場所の出身だからこの程度でいいのだろう。それより問題は僕で、言われて初めて気が付いたが確かにこのオシリスレッドの制服は遠くからでもよく目立つ。1人だった時には自分の服が赤いのはわかっていたけど、だから目立つだろうというところまで考えが回っていなかった。
 だからあれだけ付け狙ってくる連中に見つかっていたのか、と自分から強行軍をハードモードに引き上げていたうかつさに舌打ちし、パッと思いついた上着を引っ張り出す。何もない空間からいきなり構成される灰色に紫の模様が入ったフードつきローブ……要するにダークシグナーとしての神官服だ。この服が5000年前にあれだけの大虐殺と共にあったことを思うと吐き気を催しそうにはなるが、この際背に腹は代えられない。全身を包むデザインなうえにフードで顔まで隠せるから、実際個人的な感情に目をつぶれば悪い選択ではないだろう。

「よし。まずは酒場でも行くか?景気づけに一杯やろうぜ、おごってやるからよ」
「僕まだ未成年!」
「あー?しゃーねえなあ、だったらミルクでも飲んでろよ」

 やいのやいのと言いながら、森を離れて街に近づいていく。この近くは常にかかっている分厚い雲のおかげで頭上の赤い彗星は隠されている、その光を浴びる危険がないためこうしてケルトも普通に出歩けるのだ。
 ……後になって思えば、なぜそんな結論に達したのかが本当にわからない。そもそもそんな浅はかな考えが仮に正しいのだとしたら、なぜ他の暗黒界はみなおかしくなってしまったのか。なんだかんだ言っても数百年ぶりの故郷に浮かれぎみだったらしいケルトはともかく、本来一番警戒しなければいけない立場にもかかわらずそんなことすら考えつかなかった僕の馬鹿さ加減は、すぐ後でたっぷりと呪うことになる。
 しかしその時はそんなこと考えすらせず、フードをなるべく目深に被ってうつむきがちにしながらケルトの後をついていくだけだった。
 そんな僕が最初に異変を感じたのは、街に1歩入ったその瞬間だった。それなりに広い道の両端には民家らしき家が建ち並び、それなりに生活感もある……のだが、なぜか誰もいない。人や悪魔どころか、鳥の1羽や犬猫の1匹すら通りを歩いていない。ケルトもかすかに眉をひそめているところを見るとこれが日常風景というわけでもないらしく、なにかただならぬことが起きているらしい。なんとはなしに顔を見合わせて呆然としていると、少し進んだ先にある十字路の部分に人影が現れた。

「おい、ちょっとそこの……」

 ケルトが声をかけるかかけないかのうちに、向こうもこちらの存在に気が付いたらしい。ビクッとした様子で立ち上がると、脇目もふらず今来た道をそのまま逃げ始めた。

「お、おい!?なんだってんだこん畜生、追っかけるぞ!」
「合点!」

 とにかく誰かに話を聞かないことには、この町のただならぬ様子のわけは掴めない。僕らが同時に1歩を踏み出した次の瞬間、足元を軸にいきなりの飛翔感が全身を包みこんだ。なぜか天地が逆転し、頭の上に地面がある……と、そこでようやく自分が宙吊りになっていることが理解できた。と同時に、暗黒界の軍勢に完全に一杯喰わされたことを悟る。まさかこんな単純な手に引っかかるとは、なんて考えてももう遅い。

「ななな……!」
「クソッたれがあっ!」

 すぐ隣では、僕と同じようにケルトが宙吊りになって暴れている。だけどケルトには僕と違って強靭な翼がある、それを開けば……ということを指摘しようとした時、地面から2本の黒い鎖が伸びてきた。ぐんぐん伸びるそれの片方がケルトの体を、次いでもう1本が僕の体をがんじがらめに縛りつける。一見ただの鉄製に見えるそれが肌に触れた瞬間、みるみるうちに全身から力が抜けていった。

「こ、これは……」
「デモンズ・チェーン。無駄さ、その鎖はあらゆる相手を縛り付けて特殊能力すら無効とする力を持つ魔の鎖。いくら暴れても切れるわけないだろう!」

 周囲の家々から、僕らがこのシンプルな罠にかかるのを待っていたらしい悪魔どもがぞろぞろと湧いてくる。その先頭に立つリーダー格らしき長槍を手にした悪魔が、手にする1枚のカードをこちらに見せながら近寄ってきた。

「みてーだな。お前も下手な抵抗はやめとけ、引っかかって怪我するぞ」

 吊るされながらも先に落ち着きを取り戻したケルトの言葉に、しぶしぶ僕も動こうとするのをやめる。精々できるのは、僕らを下ろしに来ようとする下級悪魔を思いっきり睨みつけてやることぐらいだった。





 それから。宙吊りの状態から地面に降ろされ……というより叩き落とされた僕らは、デモンズ・チェーンに上半身を縛り付けられたままその指揮官、なんでも尖兵ベージというらしい悪魔に連れられて街の中心部に向かわされていた。賞金首になっているらしい僕はともかく、なぜケルトまで?そんな疑問は、次第に城の一角に近づいていくにつれだんだん険しくなるケルトの表情を見てひとまず脇に追いやった。

「この方向、一体何が……?」
「……ああ、こっちには確かな」
「うるさいぞ、静かに歩け!」

 先頭を行くベージがデモンズ・チェーンの先端を力任せに引っ張ったため、バランスを崩して転びそうになるところを何とか踏みとどまる。しかしケルトはそれを最後に押し黙ってしまい、僕も何も言うことができなかった。
 そのまま少し歩くと、やがて小さな円形の建物が見えてきた。僕はあんな感じの建造物を知っている、あの形は忘れようったってそうはいかない。ニヤニヤと笑いながらその中に僕らを引いていくベージの顔を見ても、僕の予想が間違っていないことはよくわかった。

「闘技場……」

 そう。円柱の底に当たる位置にはむき出しの地面が広がり、その周りを取り囲むように設置された高い壁と観客席。これはいつぞやのセブンスターズ事件の際、アマゾネスのタニヤが作らせていたものとそっくりだ。もっともタニヤの闘技場がシンプルなできだったのに対し、この闘技場は石造りの悪魔像やらなんやらでごてごてと不気味に飾り立てられているという違いはあるが。まあ、いかにも悪魔らしいといえばらしくもある。

「へへへ……ほらよ、入りな!」

 ドン、と背中を突き飛ばされ、よろめいた拍子に押し出される。背後で分厚い鉄の門がおり、完全に進退窮まってしまった。そのすぐ横では、同じようにケルトも立っている。
 下から見上げると観客席には様々な悪魔族モンスターが座り、嫌な笑いを浮かべながら立ち尽くす僕ら2人を見下ろしている。ここまでくればこいつらがどんな悪趣味なことを考えているのかは嫌でもわかる……が、誰がそんなことしてやるか。手当たり次第に睨みつけていると、いつの間にか上に登っていたベージがメガホンのようなものを手にして声を上げた。

「静粛に、静粛に!ここに捕らえたるはここ数日、我らが同胞を虐殺して回っていた恐るべき賞金首の人間1人!」
「なーにが虐殺って?自分から喧嘩売ってきたくせに」

 誰も聞こえなかったのかあるいは無視したのか、いずれにせよ僕の声は観客の沸き立つ叫びにかき消された。

「そしてかたや、ここに捕らえたるはかつて我らが同胞でありながらも我らから離反、忌むべき歴史として暗黒界の書物からもその名を抹消された裏切り者のケルト!」
「ケッ、若造がデカい口叩きやがって」

 意外にも、こちらの方が歓声が大きかった。当然のごとくケルトの呟きは届かず、代わりに返ってきたのは殺せ、殺せ、殺せ……そんなコールだった。ベージはその反応に満足したように手で制し、再び静まり返った闘技場に声を張り上げる。

「本来ならば両名すぐさま処刑と致すところですが、どうでしょう皆様。本日はお日柄もいい(・・・・・・)、ここにおわせられる我らが覇王様の許可を得て、僭越ながらこのベージがひとつ趣向を凝らしました」

 その発言に、咄嗟にベージが叫んでいる方に目をやる。ベージのすぐそばにどっしりと座る、トゲトゲした黒い鎧を身につけた男……あれが、覇王なのか。でも、あの眼はどこかで見たことあるような。どうにか思い出そうとするも、再び始まったベージの講釈にその試みは中断を余儀なくされた。

「ここまで言えば、聡明なる皆様方にはもうお分かりでしょう。本日はこの2人の大罪人に、互いの命を賭けてデュエルをしていただきます!」
「ふっざけんな!」
「おやおや、そんなことを言っていいのですか?とはいえ、もちろんただではあなた方もやる気が出ないでしょう。そこでこのデュエル、勝ち残った方にはこの覇王様への挑戦権が与えられます!」
「なに?」

 そこで、ケルトが反応する。覇王と僕を見比べ、やがて場内の熱気に負けじと声を張り上げた。

「おい、俺はこの勝負乗ったぞ!だから早くこの鎖を外しやがれ!」
「なっ……!」
「もちろんですとも!速攻魔法、ツインツイスターを発動!この効果により、あなた方を縛るデモンズ・チェーン2枚を破壊します!」

 つむじ風が吹き、みるみるうちにボロボロに錆びていったデモンズ・チェーンが勝手に切れて地面に落ちる。言葉を失う僕と対照的に、笑顔さえ浮かべながらケルトがデュエルディスクを取り出す。

「け、ケルト……」
「い・い・か・ら・合・わ・せ・ろ!」

 二の句が継げない僕に、ケルトが目の前にいるからギリギリ聞き取れる程度の小声で指示を飛ばす。反応する暇すら与えず僕につかつかと近寄り、観客席に向かって大声で宣誓する。

「よおーし、いいかぁ!お前らの言う通りにするのは気に喰わねえが、背に腹は代えられねえ。今からこの俺、鬼神ケルトがこの人間をぶち殺してやるぜえぇっっ!!」

 うおおおお、と割れんばかりの歓声が闘技場全体に響いた。その興奮のどさくさにまぎれ、急にたった今の叫びが嘘のように冷静さが戻ってきたケルトが僕にあることを耳打ちする。
 ……なるほど、そういうことね。ややあってピンと来た僕も、気乗りしない風を装いながらデュエルディスクを起動させる。数日ぶりに使うディスクはまだ調子が悪いままでなんとなく異音が聞こえてくるけど、まあよほどのことがない限り大丈夫だろう。

「それでは皆さん、ご覧下さい!彼らは我らが敵ですが、その実力はともに確か。どちらが勝利を手にするか、賭けをなさる方はお早めにお願いいたします!」

 ベージの声を背後に聞き、仮にも命のやりとりであるこの世界でのデュエルモンスターズを賭けの対象にして笑いだすその神経に顔をしかめる。
 まあいいさ、今はデュエルだ。そして、周りの様子に神経を使わなくては。ケルトもまた僕の方を見据えるふりをして、さりげなく周囲の警戒の薄い部分を探っている。

「「デュエル!」」

「先攻は僕が貰った!僕のターン……これでターンエンド!」
「こりゃあ傑作だ、あの人間はドローゴーだってよ!」
「まともなデッキも組めないガキは、おうちに帰ってママのミルクでも飲んでなぁ!」

 何もせずのターンエンド宣言に、客席から嘲りの声と嘲笑が聞こえてくる。努めて気にしないようにするけれど、それでも顔が怒りで赤くなるのを感じる。治安度の悪い童実野町でたっぷり鍛えられたおかげで母親関係のことを言われるのは慣れたつもりだったけど、久しぶりに聞くとやっぱりまだ駄目らしい。
 怒りを力づくで抑え込み、ケルトから見えるように壁のある一点を視線で示す。ややあって、向こうがゆっくりと首を横に振るのが見えた。そして即座にそれを誤魔化すかのように、必要以上の大声でカードを引く。

「俺のターン、ドローだ!カードを1枚セットしトラップカード、幻影騎士団(ファントム・ナイツ)シェード・ブリガンダインを発動するぜ。このカードはトラップだが、俺の墓地にトラップが存在しない場合のみセットしたターンでも発動が可能となる。そして闇属性レベル4、攻撃力0守備力300の通常モンスターとして特殊召喚されるぜ」

 日陰者の鎧。自身が表に出てきて亡霊の姿をむき出しにしていたシャドーベイルとは違い、その名が示すごとく鎧の中にその身を潜める幻影となった騎士の目の光が灯る。

 幻影騎士団シェード・ブリガンダイン 守300

「さらにカードをセットし、ターンエンドだ」
「おいおい、鬼神がビビってんのかぁ~?」
「レベル低いデュエルだなあ、もっと面白いことやれよ!」

 僕とは違い、またまた飛んできた嘲笑も涼しい顔で聞き流すケルト。早くやれ、とその目が物語っていた。

 清明 LP4000 手札:5
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 ケルト LP4000 手札:4
モンスター:幻影騎士団シェード・ブリガンダイン(守)
魔法・罠:1(伏せ)

「僕のターン、ドロー!」

 よし、来た!僕の手札にあるカードは魔法カード、妨げられた壊獣の眠り。ブラック・ホールと同等のモンスター全破壊効果に加え、互いのフィールドに1体ずつの壊獣を攻撃表示で特殊召喚するという恐ろしい効果を持つ壊獣サポートの中でもトップクラスのパワーカードだ。この旅の間、請われるがままにケルトにも見せた僕のデッキ……その中に入っていたこのカードを引くこと、それが僕に課されたケルトからの指令だった。

『俺は適当にターンを流しておくから、とにかくお前はあの眠りのカードを引け。そしたら展開した2体の大型モンスターを一度に呼んで、一斉攻撃でこの闘技場の防御の薄い部分をぶち壊させる。そのままここはケツまくって逃げるぜ、今のままじゃどうにもならねえ』

 この世界でのモンスターは全てソリッドビジョンではなく、質量を持つ。だからこの闘技場でも、デスマッチをすると見せかけてモンスターを出し、その攻撃等を利用して逃げ出そうとする者が後を絶たなかったらしい。もちろん暗黒界も馬鹿ではない、そんな場合での対策も取ってある……のだが、その準備には少し時間がかかるらしい。
 つまりこの眠りのカードのように、1枚をポンと発動するだけで最上級モンスターを2体も呼び出せるカードは彼らにとっても想定の範囲外なのだ。しかも、僕が呼び出すのはただのモンスターじゃない。その攻撃力はあの伝説を作り上げたモンスター、青眼の白龍をも上回る3300。そう、サンダー・ザ・キングとジズキエルだ。この2体を呼び出してすぐさま大暴れさせれば、ここの連中の対策が間に合う前にこの闘技場ごと叩き壊すこともできるはずだ。
 とにかくここは逃げて体勢を立て直す、それさえできれば後はどうにでもなる。

「僕は手札の魔法カー……え?」

 だが必殺の切り札、妨げられた壊獣の眠りの名を宣言することはできなかった。突然目の前でケルトが自らの手札をバラバラと取り落とし、両腕で頭を押さえて苦しみだしたのだ。それもただの苦しみ方ではなく、こうやって押さえていないと目の前で頭がぱっくり割れるのではないかと思うほどの尋常ではない様子だ。

「ぐわあああっ!うおお、ぐっ、ぐわあああっっ!!」
「け、ケルト!?」
「おやおや、始まったようですね。皆様方、どうぞ今しばらくの間デュエルを中断し、この様子をお楽しみください」
「どういう意味さ!」

 苦しみ悶えるケルトとは対照的に、心底愉快そうなベージの声。突然起きたこの異常にもなんら驚いた様子の無いその声の調子に嫌な予感が膨れ上がってくるのを感じながら、遥か上のベージを問い詰める。
 そしてそんな僕に答えるのも楽しくてしょうがない、といった様子を隠そうともせず、ゆっくりと気取った様子で話し出した。

「では逆に聞きますがね。そもそもあなた、本当に何も起こらないとでも思っていたんですか?」
「え?」
「この分厚い雲が光を遮っているから、降り注ぐあの赤い光の影響も受けずにすむ……もしそんな浅はかな考えでノコノコとこの場所に出てきたのでしたら、それはお笑いですねぇ。考えてもごらんなさい、ここは我々悪魔の居城。そんな場所なのですから、当然この雲は数百年以上晴れたためしがありませんよ。にも関わらず、この雲が常に空を覆っているにも関わらず、私達はこうしてあの光の力で悪魔としての本分、つまりこの破壊と侵略の喜びに目覚め、ここにいらっしゃる偉大なる覇王様という素晴らしい指導者も得た。ここまで言えば、もうお分かりでしょう?」
「それじゃ……まさか、あの隕石は……」
「その通り。光が地上に届こうが届くまいが、あの美しい血のように赤い光の力にはなんの関係もありませんねぇ。今はちょうどあなたのご友人、我らが鬼神も自らのくだらない理性と悪魔としての荒々しい衝動との間に揺れ動いているようですが、すぐにその戦いも終わるでしょう」

 油断していた。ケルトが森の中に隠れてあの隕石の影響を受けなかったのは光を浴びなかったからではない、単にまだ光を浴びた量が少なかったからか。これは光を浴びていないから正気でいられるという本人の言葉をなんとなく信用し、ろくに確かめもしなかった僕にも責任はある。それにしても、このベージの物言いには少し引っかかる。光の力というこのワード、それにこの光への心酔っぷり。斎王……いや、さすがにないだろう。破滅の光はあの時、斎王を倒して確かに消滅させたはずだ。

「ううぅ……おい、よく聞け!」

 苦しげな、低いケルトの声。僕に向けて何かを伝えようとしているその様子に、慌てて背後の彼に向き直る。どうにか痛みと苦しみのピークは過ぎたらしく、もう先ほどまでのようにのたうち回ってはいない。

「俺は、もう駄目だ。これ以上は耐えきれそうにない」
「な、何を……」
「黙って聞け馬鹿野郎!」

 切羽詰まったケルトの気迫に押され、口をつぐむ。代わりに再び話し出したケルトの言葉を聞き洩らさないよう、集中して耳を傾ける。

「悪いな、ドジ踏んじまってよ。だが最後に、お前にひとつ頼みがある。俺にこの場で、なんとかしてとどめを刺せ……ああ、何も言うんじゃねえ。文句言いたいのは山々だろうがな、もう俺には俺自身が止められそうにない。俺は多分、今からお前を殺しにかかるだろう。だからお前は、それをなんとかして止めろ。そしてお前だけでも生き延びて、なんとか元の世界に変えるんだ。いいな!」
「そ、そんな急に……」
「ああクソ、時間切れだ。いいな、手加減なんてしたら負けるのはお前だからな。俺の分まで絶対に生き延びろ……ぐっ!」

 その言葉を最後に、再びケルトの体がその場に崩れる。再び起き上った時、その目からはもはやさっきまでの理性的な光は消えさっていた。そしてその目を見て、もう何を言っても無駄なんだと悟る。もうあれは、僕が見てきた気のいい悪魔ではない。破壊の嵐を巻き起こす恐るべき悪魔、暗黒界の鬼神と呼ばれるにふさわしい恐怖と畏怖の対象でしかないのだ。
 僕の心を蝕むダークシグナーの魂が、僕に戦え、目の前の敵を潰せと囁く。うじうじと悩まなくてもいいというのは、この場合ではむしろ喜ぶべきことなのかもしれない。この世界は弱肉強食、いつまでも迷いがあるようではここで死ぬのは確実に僕だからだ。

「ケルト……」
「ああ、いい気分だ。すがすがしいぜ、まったくよ。さあ、デュエルの続きを始めようぜ!」
「こうなった以上、もはや彼の戦いを止めることはできません。あなたが生き残るための道はただ1つ、鬼神ケルトを自らの手で下すことのみ!さあ御集りの皆様方、いよいよ本気のデュエルスタートでございます!どうぞ戦士たちの邪魔をしないよう口を閉じ、拍手をもって見守って差し上げましょう!」

 観客の悪魔どもも、最初からこうなることはわかっていたらしい。僕らだけが真剣になって、どうやって逃げだすかを考えていたということか。
 ……いや、まだだ。まだ眠りのカードは僕の手の中にある。

「魔法カード、妨げられた壊獣の眠りを発動!フィールドのモンスターをすべて破壊し、デッキから壊獣を互いの場に1体ずつ特殊召喚する!これでシェード・ブリガンダインを破壊して……」
「通すかよ、そんなもん!トラップ発動、死のデッキ破壊ウイルス!攻撃力1000以下の闇属性モンスターをリリースして相手フィールドと手札に存在する全ての攻撃力1500以上のモンスターを破壊!さあ、そのたくさんある手札を見せてもらうぜ?」
「くっ!僕の手札にある七星の宝刀以外は全部モンスターカードだ……」

 手札に存在する攻撃力1500以上のモンスター……それはつまり、今の僕にとってこの手札ほぼ全てを意味する。最上級モンスターばかりの壊獣が片っ端からウイルスに感染していき、ガメシエルにラディアン、ジズキエル、サンダー・ザ・キングの4枚をまとめて墓地に送りこんだ。

「おいおい、その眠りのカード以外はモンスターばっかりかよ?だがこれで終わりじゃねえ、さらにウイルスは相手のデッキにも感染し、相手は攻撃力1500以上のモンスターを3体まで選んで破壊することができるぜ」
「……遠慮しておくね。これ以上墓地にモンスターを送ることもないさ」
「そうかよ?なら待たせて悪かったな、次は妨げられた壊獣の眠りの効果を処理するぜ。と、言いたいところだがなあ」

 ここで意味ありげに言われて、初めて僕も気が付いた。先ほどフィールドに存在した唯一のモンスター、シェード・ブリガンダインがウイルスのコストとしてリリースされたことで、妨げられた壊獣の眠りで破壊できたモンスターは0体だった。そしてモンスターを破壊できない限り、このカードのリクルート効果は不発となってしまう。つまり僕は今、残り少ない手札のうち1枚の効果すら何もすることができないまま不発に終わってしまったのだ。当然、これ以上できる事などあるはずがない。

「くっ、ターンエンド!」
「俺のターンだ。このターンのエンドフェイズまで、俺はウイルスカードのデメリットでお前にダメージを与えられない。だがな、だからといってこのターンを無駄に過ごすほど俺は甘くないんでな。カードを2枚セットし、カードカー・Dを召喚!このカードをリリースすることでカードを2枚引き、このターンのエンドフェイズになるぜ」

 紙のように薄い車が現れてすぐ消え、ケルトがカードを2枚引く。先ほどのウイルスもそうだけど、ライフこそ変動がないとはいえじわじわとこちらがアドバンテージを取られつつある。それでもいまだ目立った動きがないのは、僕の壊獣もケルトの幻影騎士団も基本が受け身なデッキだからだろうか。

 清明 LP4000 手札:1
モンスター:なし
魔法・罠:なし
 ケルト LP4000 手札:4
モンスター:なし
魔法・罠:2(伏せ)

「僕のターン!このメインフェイズ1の開始時に魔法カード、貪欲で無欲な壺を発動!僕の墓地から種族が違う3体を選んでデッキに戻し、その後でカードを2枚ドローする。悪魔族のラディアン、水族のガメシエル、機械族のジズキエルを戻してドロー……さらに、墓地に存在する妨げられた壊獣の眠りのさらなる効果を発動!」

 まだだ。たとえウイルスで壊滅しようとも、まだ僕らは戦うことができる。
 ……本当にこれでいいのかは、僕にはわからない。もしかしたら、ケルトを倒さず正気に戻すような方法があるのかもしれない。だけど、それを探すことに気を散らした瞬間に僕は敗北する。ケルトは、それほどまでに強い。少なくとも、よそ事を考えながらの片手間でどうにかできる相手じゃない。
 結局、僕だって死にたくないんだろう。1度生き返った時点でもう自分の命に執着はないと思っていたのに、我ながらこの浅ましさが嫌になる。皆が笑って終わるハッピーエンド、その道を探すことすらせずにこうして本気で戦う事を、少しでも自分が助かる可能性の高い道を優先している自分がいる。ケルト本人だって最後には僕に倒されることを望んでいた……そんなもの、ただの詭弁でしかない。昔に比べて変わってしまったのは先代のせいなのか、それとも僕そのものが変化しつつあるのか。それ以上考えることを放棄して、ただ勝利に向けて感覚を集中させる。そして、僕は次のカードを繰り出した。

「妨げられた壊獣の眠りは墓地から除外することで、デッキから壊獣を1体サーチすることができる。粘糸壊獣クモグスをサーチして、七星の宝刀を発動!手札からレベル7のクモグスを除外して、カードを2枚ドロー!」

 手札1枚の状態から、どうにか4枚まで増やすことができた。だが、ここに来てこのデッキの弱点が露呈した形になってしまった。相手フィールドにリリースするモンスターがいない限り、このデッキはうまく動けないのだ。そして、そんな場合に備えてのカードはいまだ手札に来ていない。最もそのカードがあったとしても、貪欲で無欲な壺のデメリットによりこのターンバトルを行うことができないからあまり意味もないのだが。

「フィールド魔法、KYOUTOUウォーターフロントを発動!カードを1枚セットして、ターンエンド」

 結局、またがら空きのままターンを流すしかない。歯がゆいけれど、どうすることもできない。

「俺のターン。幻影騎士団クラックヘルム、召喚だ!そしてリバースカードオープン、幻影騎士団シャドーベイル!このカードは場のモンスター1体の攻守を永続的に300アップさせる、だがそれだけじゃねえ。ファントムのカードが墓地に送られたターンの間、クラックヘルムの攻撃力はさらに500ポイントアップする」

 ひび割れた兜に霊魂が入り込み、さながら兜をかぶった人魂のような幻影の騎士の姿になる。首元に巻かれた赤いボロボロのマフラーは、生者だったころの名残だろうか。

 幻影騎士団クラックヘルム 攻1500→1800→2300 守500→800

「バトルだ!クラックヘルムでダイレクトアタック!」
「この程度のダメージ、まだ……!それに場から墓地にシャドーベイルのカードが送られたことで、ウォーターフロントには壊獣カウンターが1つ乗った!」

 幻影騎士団クラックヘルム 攻2300→清明(直接攻撃)
 清明 LP4000→1700
 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(1)

「これでターンエンド。クラックヘルム自身の効果はここで切れるが、シャドーベイルによる強化はさっき言った通り残り続けるぜ」

 幻影騎士団クラックヘルム 攻2300→1800

 清明 LP1700 手札:2
モンスター:なし
魔法・罠:1(伏せ)
場:KYOUTOUウォーターフロント(1)
 ケルト LP4000 手札:4
モンスター:幻影騎士団クラックヘルム(攻)
魔法・罠:1(伏せ)

「僕のターン!クラックヘルムをリリースして、そっちのフィールドに雷撃壊獣サンダー・ザ・キングを特殊召喚!そしてクラックヘルムが墓地に送られたことで、ウォーターフロントの壊獣カウンターがまた増える」

 3つの首を持つ白き雷の龍。以前は僕のフィールドでワンキルの立役者になってもらったが、今回は敵役をお願いしよう。

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300
 KYOUTOUウォーターフロント(1)→(2)

「そしてサンダー・ザ・キングの存在に反応し、僕の手札から別の壊獣がフィールドに目覚める!出ろ、多次元壊獣ラディアン!」

 突然空間にひびが入り、そこから1本の腕が突き出す。その腕がひびを内側から押し広げ、ある程度開いたところで漆黒の人型壊獣がそこを通ってするりと抜け出てきた。ラディアンとサンダー・ザ・キング、奇しくもこれは僕が最初に壊獣を使った時の組み合わせだ。

 多次元壊獣ラディアン 攻2800

「ラディアンの特殊能力、分身を発動!壊獣カウンターを2つ消費して、攻撃力2800のラディアントークンを場に特殊召喚する!」

 突然ラディアンの姿がぶれ、その輪郭が2重に見える。ずれはみるみるうちに大きくなっていき、やがて完全に独立した瓜二つのラディアンがもう1体現れた。これこそが、場にモンスターがあまり並ばない怪獣の弱点を補うことができる数少ない特殊能力、分身だ。

 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(0)
 ラディアントークン 攻2800

「ほう?だが、んなことしたところで俺にテメエが寄越したこのデカブツの方が強いみてーだがな?」
「もちろんそれも対策済みさ!魔法カード、シャイニング・アブソーブを発動!相手フィールドの光属性モンスター1体を対象に、その攻撃力を僕の全てのモンスターに加算する!」

 多次元壊獣ラディアン 攻2800→6100
 ラディアントークン 攻2800→6100
 KYOUTOUウォーターフロント(0)→(1)

 サンダー・ザ・キングの攻撃力は3300。これがラディアンとラディアントークンに上乗せされることで、総攻撃力は12200……確かケルトの墓地にはシャドーベイルのカードがあるからワンキルとはならないだろうが、それでも先ほど受けたダメージのお返しには十分だ。

「バトル!ラディアントークン、そしてラディアンで攻撃!」

 2体の異星人が飛びかかり、その剛腕で宙に浮く龍を引きずり落とす一撃を叩き込む。だがその攻撃はともにサンダー・ザ・キングの体をすり抜け、有効打どころかまるでダメージにならなかった。

「攻撃が外れた……?」
「永続トラップ、幻影霧剣(ファントム・フォッグ・ブレード)を発動。このカードの対象となったモンスターは幻影となる」
「幻影に?」

 確かに言い得て妙だ。こちらの攻撃がまるで最初からモンスターなど存在しないかのようにすり抜ける様は、確かに幻影と呼ぶにふさわしい。

「そうさ。効果は無効となり攻撃宣言もできないが、代わりに相手からの攻撃対象になることもなくなる。打がモンスターが存在することに変わりはないから、直接攻撃を仕掛けることもできない」
「あと一歩だってのに!カードをセットしてこのターンのエンドフェイズ、シャイニング・アブソーブの効果は切れる……」

 多次元壊獣ラディアン 攻6100→2800
 ラディアントークン 攻6100→2800

「俺のターンだ。速攻魔法、非常食を発動!幻影霧剣を墓地に送ることで1000ライフ回復し、さらに幻影霧剣が消えたことでこのデカブツは幻影から再び実体になる。さらにフィールドからこの2枚のカードが墓地に送られたことで、その灯台にカウンターが2つ乗るんだよな?」
「壊獣カウンターが3つ……しまった!」

 ケルト LP4000→5000
 KYOUTOUウォーターフロント(1)→(3)

「まだだ。墓地の幻影霧剣は自身を除外することで、墓地に眠る俺の騎士を今再びフィールドに呼び起こす!幻影騎士団は倒れない、今こそ目覚めろクラックヘルム!」

 先ほどリリースされたクラックヘルムが、再びひび割れた兜と共に蘇る。これでモンスターは2体、だけどサンダー・ザ・キングには特殊能力がある……!

「さあ、お前のモンスターの効果を使わせてもらうぜ!サンダー・ザ・キングはフィールド上の壊獣カウンターを合計3つ取り除くことでこのターンモンスターへの3回攻撃が可能となり、さらにターン終了時まで相手はあらゆるカードの効果を発動できない!」
「だけど、その効果に対してのチェーンはできる!トラップ発動、ハーフ・アンブレイク!このターン僕のモンスター1体、多次元壊獣ラディアンは戦闘で破壊されず、さらにラディアンの戦闘による僕へのダメージは半分になる!」

 サンダー・ザ・キングの帯電が始まり、空気中に電気の余波が満ちていく。あらゆる効果の発動を封じ込めるよりも前に、ラディアンのうち1体が防御姿勢を取る。サンダー・ザ・キングだけが相手ならこれも使わない方がダメージを抑えられたけど、クラックヘルムまで出てきたとあれば話は別だ。さすがにそこまでの攻撃を受け切る余裕は、僕のライフにはすでにない。

 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(0)→(1)

「仕留め損ねたか?だが、ともかくダメージは受けてもらうぜ!バトルだ、サンダー・ザ・キングでラディアンに2回、ラディアントークンに1回の攻撃!」

 3つの首が一斉に雷撃のブレスを放ち、視界の全てが白く染まる。だが空を裂き大地を砕くその衝撃にも、ラディアンはどうにか踏みとどまって堪えてくれた。

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→多次元壊獣ラディアン 攻2800
 清明 LP1700→1450
 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→多次元壊獣ラディアン 攻2800
 清明 LP1450→1200
 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→ラディアントークン 攻2800(破壊)
 清明 LP1200→700

「クラックヘルムでの攻撃はできねえなあ……カードをセットしてターンエンドだ」

 辛うじてこのターンは耐えきれた……だけど、サンダー・ザ・キングをどうにかする方法はいまだにない。いや、あることはあるのだが、あのカードを引けるかどうか。

 清明 LP700 手札:0
モンスター:多次元壊獣ラディアン(攻)
魔法・罠:1(伏せ)
場:KYOUTOUウォーターフロント(1)
 ケルト LP5000 手札:4
モンスター:雷撃壊獣サンダー・ザ・キング
      幻影騎士団クラックヘルム(攻)
魔法・罠:1(伏せ)

「いや、引いてやる!絶対に引いてみせる!僕のターン、ドロー!」

 今のターンの攻防を経て、また少し考えが変わった。弱気を振り払い、迷いを捨て、目の前の(ケルト)を越えることだけをただ望みカードを引く。僕の心の闇を媒体にして顕現したこのデッキは、僕がそうありたいと望めばいくらでも強くなる。僕が怒りに囚われた時、悲しみに呑まれた時、憎しみに満ちた時。きっかけは何でもいいが、とにかく勝利を求める感情の爆発をトリガーとして、限界を超えた更なる力を僕にもたらしてくれる。だがこの時僕を動かしていたのはそういった負の感情ではなく、もっと純粋に強者と戦うことのできる昂揚感、そして自分自身への義務感。ただそれだけだった。
 僕がこの世界に来て初めて会った精霊、辺境の大賢者は道があったとしても、それを進むかどうかは僕が決めることだと言った。僕が進むと決めた道は、きっと一番いい道ではないのだろう。だけど、僕にはみんなが助かるような道を探すことはできない。ならば、せめて最高の選択でないなりに精一杯に足掻いてみせよう。
 もっといい道があるのではないか、そんな風に考えることは確かに大事だ。でもそれは、もし失敗してもその原因を、そもそも自分が正解を選べなかったからだという部分に押し付けて言い訳を作るもとにもなってしまう。自分から逃げ道を作りそこにこもるのではなく、不完全な道なりに1度選んだ以上は最後まで歩ききってみせる。そしてそのために、誰にも負けない力が欲しい。この場を制する力が欲しい。
 そして、その願いは……届いた。

「さあ、何を引きやがった……?」
「僕が引いたカードは、魔法カード。2枚目の、妨げられた壊獣の眠り!このカードで、今度こそフィールドのモンスターをすべて破壊する!」
「甘いぜ!トラップ発動、幻影剣(ファントム・ソード)!このカードはモンスター1体の攻撃力を800ポイント上昇させる装備カードになるが、ここで使うのはもう1つの効果だ。装備モンスターが破壊される場合、その破壊の身代わりとできる!そして幻影霧剣の効果で蘇生されたクラックヘルムは、墓地へ行かずゲームから除外されるぜ。おおかたモンスターを大量破壊して壊獣カウンターを一気に溜めたうえでリクルートした怪獣の効果を使うつもりだったんだろうが、アテが外れたな。俺の場にはいまだサンダー・ザ・キングがいる、そして壊獣はその特性により、互いのフィールドに1体ずつしか存在できない。つまりそのリクルート効果はまた不発だ!」

 サンダー・ザ・キングが再び幻影の存在となり、闘技場に巻き起こる嵐から回避する……かに見えた。雷撃の龍は幻影となりフィールドに留まるどころかその色がどんどん薄くなり、半透明から輪郭のみがかすかに見える状態へ、そしてついには存在ごと完全にフィールドから消え去った。

「馬鹿な!?」
「悪いけど幻影剣にチェーンしてカウンタートラップ、ギャクタンを発動させてもらったよ。相手のトラップが発動した時にその発動を無効にし、さらにそのカードを持主のデッキに戻す。幻影剣は最初からなかったことになって、サンダー・ザ・キングは今度こそ破壊されたのさ。そしてラディアンとサンダー・ザ・キングの2体に加え、僕の発動した2枚のカードが墓地に送られたことでウォーターフロントの壊獣カウンターはその上限の5つまで追加された。怪獣がどちらの場にもいないことで、眠りのリクルート効果も問題なく発動できる!行くぞガダーラ、敵はガメシエルだ!」

 昆虫にしてはあまりに恐ろしいほどのサイズを誇る巨大な戦闘蛾の壊獣、ガダーラ。対照的に全身が海のように青い亀の壊獣と対峙するその姿は、圧倒的でありながらも僕の心情を反映するかのようにどこか悲哀のようなものも感じられた。そして闘技場の中心で、その2体が激しくぶつかり合う。小手先の技など何もない力と力のぶつかり合いを制したのは、当然ながらガダーラの方だった。

 KYOUTOUウォーターフロント(1)→(5)
 怪粉怪獣ガダーラ 攻2700
 海亀壊獣ガメシエル 攻2200
 怒炎壊獣ドゴラン 攻2700→海亀壊獣ガメシエル 攻2200(破壊)
 ケルト LP5000→4500

「メイン2にウォーターフロントの効果を発動。壊獣カウンターが3つ以上乗っていることで、デッキから壊獣を1体サーチできる。2体目のガメシエルを手札に加えて、ターンエンド」

 ただ単にデュエルをする、のではなく僕自身がはっきりと強さを求めたことで、さらに力を引き出してくれた僕のデッキ。初ダメージはたかが500ポイントに過ぎないが、ここからが反撃のターンだ。

「チイッ……俺のターン!幻影騎士団ダスティローブを召喚し、さらに手札から幻影騎士団サイレントブーツを特殊召喚!このカードは俺の場に幻影騎士団が存在するとき、特殊召喚することができる!」

 幻影騎士団ダスティローブ 攻800
 幻影騎士団サイレントブーツ 攻200

 2体の幻影の騎士が、ケルトを守る壁として立ちはだかる。彼らが憑代としているのはそれぞれズダボロのローブに杖、そして柔らかそうなブーツとズボンだろうか。と見る間に、ダスティローブが体のそばを浮遊する杖を振り回してなにやら呪文を唱えだす。

「ダスティローブは自身を守備表示にすることで、場の闇属性モンスター1体の攻守を次の相手のターン終了時まで800ポイントアップさせる。対象はもちろん、このサイレントブーツだ」

 幻影騎士団ダスティローブ 攻800→守1000
 幻影騎士団サイレントブーツ 攻200→1000 守1200→2000

 サイレントブーツの攻守が申し訳程度に上昇する……だが、そこに何の意味があるのだろう。たとえ攻撃力が上がったとしても、素の攻撃力の低さが災いしてその数値はようやく4ケタに届いたといったところ。
 だが、僕は忘れていた。このケルトが操るデッキには、もう1つ別のギミックが隠されていることを。

「装備魔法、折れ竹光をダスティローブに装備!さらに装備魔法、妖刀竹光をサイレントブーツに装備!この2枚はどちらも装備したところで攻撃力が上がるわけでもねえが、妖刀竹光には特殊能力が存在する!俺の場の他の竹光を手札に戻し、このターン装備モンスターの直接攻撃を可能とする!」
「ダイレクトアタッカー……!」

 サイレントブーツの攻撃力は、ダスティローブの支援込みでもわずか1000。だが、僕のライフはそれよりもさらに低い700しかない。僕の方に傾きつつあった流れを強引に引き戻しにかかるケルトの反撃……それも今の動きで手札をすべて使い切ったことを考えると、正真正銘最後の賭けだろう。

「バトルだ、サイレントブーツでダイレクトアタック……!」
「ガダーラの特殊能力、風葬を発動!壊獣カウンター3つをコストにガダーラは自身の鱗粉をたっぷりと含む特殊な風を巻き起こし、自分以外の全てのモンスターの攻守を半減させる!」
「だが、サイレントブーツの攻撃が止まるわけではない!」

 KYOUTOUウォーターフロント(5)→(2)
 幻影騎士団ダスティローブ 守1000→500 攻800→400
 幻影騎士団サイレントブーツ 攻1000→500 守2000→1000

 ガダーラの羽ばたきが暴風を起こし、その風に乗ってガダーラ自身のカラフルな鱗粉がフィールドを包み込んでいく。いかに幻影の騎士といえども超自然の力には敵わないらしく、周囲を霧のように包む鱗粉に苦しみその場で力を失っていく。それでもなお挫けないサイレントブーツの一撃が、僕のどてっ腹を踏み抜いた。

 幻影騎士団サイレントブーツ 攻500→清明(直接攻撃)
 清明 LP700→200

 それにしても、今のはかなりギリギリだった。返しの反撃を警戒して僕のフィールドに出す怪獣にガダーラをチョイスしたのは、どうやら大正解だったようだ。ここでもしダメージを最優先にジズキエル辺りを出していたら、今のターンを乗り切ることはできなかったろう。やはり、少しずつ流れはこちらに傾いてきている。今の攻防はそれを崩すどころか、ますますその思いを強くさせた。

「ターンエンドだ……」

 清明 LP200 手札:1
モンスター:怪粉怪獣ガダーラ(攻)
魔法・罠:なし
場:KYOUTOUウォーターフロント(2)
 ケルト LP4500 手札:1
モンスター:幻影騎士団ダスティローブ(守)
      幻影騎士団サイレントブーツ(攻・妖刀)
魔法・罠:妖刀竹光(サイレントブーツ)

「僕のターン、ドロー!魔法カード、トレード・インを発動。手札からレベル8のガメシエルを墓地に送り、カードを2枚ドローする!」

 KYOUTOUウォーターフロント(2)→(3)

 この状況では特殊召喚するうまみも少ないガメシエルをコストに、再び次の可能性を求めて手札交換を行う。トレード・インのカードが送られたことでウォーターフロントのカウンターもまた追加され、もう1回ならガダーラの効果も使えるようになった。
 この状況でドローした2枚のカードは……よし。見えた!

「永続魔法、怪獣の出現記録を発動!このカードは1ターンに1度場の壊獣を破壊し、別の壊獣に入れ替えることができる!僕はこのガダーラを入れ替え、この怪獣を僕の場に呼び出す!今こそ目覚めろ、ドゴラン!」

 ガダーラの体が風に消え、入れ替わりに全身を紅蓮の炎に染め上げた巨竜が雄叫びを上げる。その姿はまさに壊獣の王と呼ぶにふさわしいほどの威厳に溢れていて、まるでこのデュエルがここで終わることを暗示しているようでもあった。

 怒炎壊獣ドゴラン 攻3000
 KYOUTOUウォーターフロント(3)→(4)

「攻撃力3000か。だがたとえサイレントブーツに攻撃したところで、まだ俺のライフは余裕で残るな!」
「こんなもんじゃ終わらせない!ドゴランの効果、覆滅を発動!壊獣カウンター3つをコストに、相手フィールドのモンスターをすべて破壊する!」
「その効果を使ってくる、だと!?」

 ケルトの驚きをよそに、ドゴランの全身が自らの熱で真紅に輝く。ほんのわずかな溜めの後で大きく身を逸らし、あらゆるものを焼き尽くすまで決して消えない終焉の焔をその口から吐き出した。破壊の熱量に飲み込まれ、サイレントブーツとダスティローブが燃えカスひとつ残らず完全にこの世から消滅する。やがて炎を吐き終え、大きく肩で息をするドゴランの姿のみがフィールドにはただ残っていた。

 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(1)→(4)

「俺のモンスター2体と妖刀竹光が墓地に送られたことで、実質ノーコストでの発動ってわけか。だがな、俺はここで墓地に送られた妖刀竹光のさらなる効果を発動!このカードがフィールドから墓地に送られたことで、デッキから竹光を1枚サーチする。俺が手札に加えるのは通常魔法、黄金色の竹光だ!」

 黄金色の竹光……たしか竹光が存在するときにのみ発動できる、カードを2枚ノーコストでドローする強力なドローソースだったはずだ。なるほど、このターンを耐えきればケルトの手札にはさっきバウンスした折れ竹光のカードがある、次のターンでそれをドゴランに装備すればそのコンボでさらにドローができるという訳か。
 確かにこの状況では最善のサーチだろう。それに、ドゴランには強力な効果の代償として自らの効果を使ったターンに攻撃ができないというデメリットがある。それを踏まえれば、次のターンまで生き残る目は十分にあると踏んでのことだろう。

「だけどもまだ、まだだ!魔法カード、アドバンスドローを発動!自分フィールドのレベル8以上のモンスターを墓地に送り、2枚ドローする!」

 もし次のターンを回すようなことがあれば、確実にケルトは僕にとどめを刺すだろう。ケルトに続く道を見事に焼け野原にしてくれたドゴランに心の中で礼を言いつつさらに次のカードを、このターンでなんとしても勝利を掴むためのカードを引く。

「墓地に存在する、妨げられた壊獣の眠りの効果を発動。このカードをゲームから除外して、デッキから最後のサンダー・ザ・キングをサーチする。そして魔法カード、埋葬されし生け贄を発動!僕の墓地のドゴランとケルトの墓地のダスティローブをゲームから除外して、手札から最上級モンスターをリリースなしで通常召喚する!今こそフィールドを支配しろ、サンダー・ザ・キング!」

 いつかのダーク・バルター戦の時のように、フィールドを睥睨する蛇のような体をした機械の壊獣。今回もフィニッシャーになるのは、このカードこそがふさわしいだろう。

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300

「魔法カード、一騎加勢を発動。このカードの効果を受けてサンダー・ザ・キングの攻撃力は、ターンの間1500ポイントアップする」

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻3300→4800

「だが俺の墓地には……ああいや、クソが!」
「そう、僕のダイレクトアタックに反応してモンスターとして蘇るトラップカード、シャドーベイルがいる。そんなことは百も承知さ、だから僕はサンダー・ザ・キングの固有能力、帯電を発動!」

 KYOUTOUウォーターフロント(4)→(1)

 相手フィールドにモンスターがいないから帯電の3回攻撃は意味がない。だけどこの力をメインフェイズのうちに発動しておけば、バトルフェイズにしか発動できないシャドーベイルの蘇生効果はもう使えなくなる。

「このデュエル、僕の勝ちだ!サンダー・ザ・キング、ダイレクトアタック!」

 3つの首が雷撃のブレスを放ち、空気がその衝撃に震える。ドゴランの起こす炎の嵐とはまた違った雷の爆発が、その身を守るべきカードを封じられたケルトの体を吹き飛ばした。

 雷撃壊獣サンダー・ザ・キング 攻4800→ケルト(直接攻撃)
 ケルト LP4500→0





「うう……」
「ケルト!」

 デュエルが終了し、最後の攻撃で吹き飛んで後ろの壁に激突したきりピクリとも動かないケルトのもとへ走る。息も絶え絶えといった様子で僕の呼びかけに顔を上げるケルトの目にもはや生気はほとんど残っていなかったが、さっきまでの狂気もまたきれいに消えていた。
 苦しそうにしながらもどうにかにやりと笑って見せ、自力で起き上がろうとしてその場に膝をつく。慌てて肩を支えると、かすかな声で言葉を発した。

「……よう。よくやったな、やるじゃねえか……」
「そんな、無理にしゃべらなくていいから!」
「いや。どうせもう長生きはしたしな、今更後悔はねえよ。お前のおかげで正気にも戻れたし、何ひとつ悔いはねえさ」
「そんな……!」

 ケルトの体が、うすぼんやりと発光し始める。ゆっくりと、その全身が光の粒子になって消えていきつつあるのだ。その様子をちらりと見降ろし、ケルトが最後の言葉を残す。

「いいな、なんでもいいから生き延びろ。気にすんなっつってんのにそんなにお前が気に病むんならもう俺は知ったこっちゃねえが、だったら俺の最後の頼みぐらい聞け。いいな、絶対生き残れ。俺の分までしっかり生きろよ。おら、返事しろ返事」
「う、うん……約束する、必ず僕は生きて帰る。元の世界に戻るって」
「よし。あばよ……」
「ケルト……」

 その言葉を最後に、ケルトの姿が消えていく。一緒にいたのはほんの短い間だけだったけれど、心にはぽっかりと穴が開いてしまったようで、どれだけここ数日彼に依存していたのかが痛感できる。
 そのままどうするでもなく立ち尽くしていると、やがてパチ、パチ、パチ、とゆっくりと手を叩く音が聞こえてきた。その方向へ視線をやると、その主は覇王……やがて覇王が手を叩くのをやめて立ち上がり、ここに来て初めて言葉を発した。

「いい余興だった。これから褒美として、この覇王が直々に相手してやろう」

 それを聞いて、思わず自分の耳を疑った。
 言葉の内容にではない。それは最初から聞かされていたし、それを忘れていたわけではないからだ。でも今の声、あの声には聴き覚えがある。それは、僕がこの2年間毎日のように顔を突き合わせていた相手の声。この世界にいるはずのない、でも疑いようのないあの声。

「十代……?」

 その言葉に返答をしてくれるものはなく、かわりにむなしく風だけが吹く。やがて闘技場の入り口が開き、そこから覇王が入ってきた。 
 

 
後書き
ふと気が付けば今年もこれが最終投稿ですね。
あれ、てことは来年は初っ端から覇王戦……?結果見えてるじゃないですかやだー。
それはともかく、よいお年を。来年も拙作をよろしくお願いします。

今回の登場人(?)物
一、ゴブリンの秘薬
通常魔法
自分は600ライフポイント回復する。
一言:ヴァリュアブル・ブックによれば苦いらしいです。ケルトの紹介は前回でやったからこのコーナーのために無理やりねじ込んだ感は正直否めない。 
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