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提督はBarにいる。

作者:ごません
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寒くなったら食べたい汁物トリオ

「さて、そろそろ来る頃か……。」

 年の瀬も迫る12月の昼日中、俺は昼の執務室から夜の姿――『Bar Adomiral』へと姿を変える。決してサボりではないということを先に断っておく。今日の書類仕事は終わっているし、出撃した艦娘達も軒並み戻ってきて午後からは休みモードに入っている。だからこそ、俺は早めに店を開けた。勿論、呑兵衛共が陽のある内に呑みに来る事を予想しての事だがそれ以上に、この日はある艦娘が毎年尋ねてくるのだ。
……おっと、噂をすれば影って奴か。少し控えめな、ノックの音がした。

「おぅ。準備できてるから、入って良いぞ―。」

「し、失礼します…。」

 
 少し緊張の窺える声色で入ってきた艦娘。その姿は凡そ「軍艦の転生した姿」には見えない。

 艦娘は基本、セーラー服の様な制服か、巫女の様な和装が多い。しかし彼女は似つかわしくないエプロン姿。かといって補給艦かと言われれば、それに近いが呼び名が違う。彼女の艦種は「潜水母艦」。潜水艦を主体とする艦隊の旗艦として、潜水艦への補給機能や潜水艦隊を指揮する能力に長けた艦娘だ。

「何で緊張してるんだよお前はぁ。もう毎年恒例の事なんだからいい加減に馴れろよ。」

「だっ、だって執務室に来るなんて、秘書艦の娘かMVPを取った娘位じゃないですかっ。」

 むぅ、と頬を膨らませてその艦娘・大鯨が反論してくる。何というか、見た目が艦娘というよりも主婦に近い上に顔が童顔だから幼妻の様に見える。ぶっちゃけ可愛らしい。それにしても、だ。

「しっかし、本当に時雨に似てるよなぁ。」




 過去の軍艦だった時代に護衛に就いていた影響なのか、顔立ちや髪型がよく似ている。それに白露型のトレードマークでもある赤いネクタイを着けている。本人に聞いたら「時雨ちゃんから『御守りに』って戴きました♪」との事だった。そのネクタイをしているせいか、余計に似て見える。

「僕を呼んだかい?提督。」

 ヒョコッと顔を出したのは噂の主・時雨。本当に二人並ぶと姉妹だなぁ。夕立とか村雨が姉妹だって言われるよりも自然だわ。

「どうした?ウチは昼メニューはやってねぇぞ。」

 半分からかうようにそう言うと、

「大鯨さんに聞いたんだ。冬にピッタリの温かい汁物を作るから、作り方を教わりたければ来ると良いよ、ってね。」

 成る程、そういうワケか。大鯨が来たのもそういう理由だ。実は今日は仕事納めで、ここから暫くの間は我が鎮守府は交代で年末年始の休みに入る。……だが、ウチの全艦娘の1/5を占める潜水艦娘達は終業時間ギリギリまでオリョールやバシー島沖、カレー洋等にローテーションを組んで出撃している。そんな潜水艦娘達の労を労いたいと、着任当初から大鯨が俺に要望してきた事だった。

「はぁ。まぁいいや、作り方は教えてやるからお前も手伝えよ?時雨。」

「勿論さ。ホラ、エプロンだってもう持ってきてあるんだ。」

そう言ってピンクのエプロンを着ける時雨。さてと、じゃあ始めますか。




「それで提督、今日は何を作るんだい?」

「今日は豚汁とけんちん汁、それにせんべい汁を作ろうと思ってな。」

 そう言うと二人は首を傾げた。

「豚汁とけんちん汁は知っているけれど、せんべい汁は初耳ですね。」

「そもそも、お煎餅を汁物に入れて美味しいのかい?」

 だよなぁ。知らない人が聞くと、大概そういう反応だ。

「まぁ待て。そもそも、お前らが想像している煎餅とせんべい汁のせんべいは別物だ。」

 せんべい汁のせんべいは、南部せんべいという岩手と青森の辺りで昔から食べられていたせんべいを使う。普通の煎餅は呼んで字の如く薄切りにした餅をパリッと焼き上げた物だ。それに対して南部せんべいは、主原料は小麦粉。昔は米が殆んど取れなかった土地柄からか、岩手北部と青森の辺りには小麦粉やそば粉を使った郷土料理が多い。せんべい汁ってのは、その南部せんべいのなかでも汁物に適する様に堅焼きにした南部せんべいを使った料理、って訳さ。

「へぇ、やっぱり料理って地域性があるんだね。」

「まぁな。今日のは我が家のレシピだから、多少有名なレシピとは違うかも知れんが、味は保証するぜ。」

 んじゃ、作っていこうかね。

 豚汁にもせんべい汁にも、我が家で欠かせない具材はゴボウ。今日はそれぞれに2本ずつ、合計4本を使おうか。

「二人はゴボウを笹がきにしてくれ。俺はその間に他の具材を準備するから。」

 我が家の豚汁は、とにかく具沢山だ。ゴボウ・ニンジン・長葱・玉葱・ジャガイモ・椎茸・榎茸・大根・白菜(又はキャベツ)・豆腐・コンニャク。そして最後に豚肉。これをまとめて炒めて煮込んで作るのだ。

 ゴボウは皮を剥かずにたわしでよく泥を落としながら水洗いして皮付きのまま笹がきに。笹がきにしたら真水に着けて軽く灰汁抜き。

「提督、酢水の方が灰汁は抜けるんじゃないのかい?」

 このレシピで作った経験の無い時雨が質問してくる。

「ゴボウは皮から良い出汁が出るんだ。それに、酢水だとその出汁まで抜けちまうからな、水でいいんだ。」

 そう、我が家の豚汁の特徴としては、鰹や昆布などはまず使わない。野菜と豚肉から出る出汁で仕上げる。そのためには炒める順番が重要になるからな。

 ニンジンは細切り、長葱は斜め切り、玉葱やジャガイモは食べやすい大きさに。椎茸は干し椎茸を戻して使う。戻し汁は煮込む時に使うからとっておく。戻した干し椎茸は半分に切ってスライスし、榎茸は石附を落として適当な長さに。せんべい汁に白菜を使いたいから、豚汁はキャベツにするか。
キャベツも食べやすい大きさに刻んでおく。大根は銀杏切り、コンニャクは好きな物を好きな形にしてOK。

「ふぅ、粗方具材は刻み終わったな。」

 さて、お次は炒めていくぞ。豚肉は一口大に切って、油を熱した鍋に投入。使う種類はバラ肉や小間切れとか、脂の多い部位が良い感じだ。脂から出汁が出るからな。

「お肉の量が野菜に比べて随分と少ないね。」

 そう、これも我が家の豚汁の特徴。豚肉の分量に対して他の具材は2倍~2.5倍は入る。そもそも、俺の考えとしては豚汁ってのは「豚肉がメインの汁物料理」ではなく、「豚肉の旨味を吸った野菜を味わう汁物料理」だと思っている。だからこそ、出汁が出る程度で豚肉はいいんだ。

 さてさて、こっからの順番が重要になってくるぞ。 
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