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テキはトモダチ

作者:おかぴ1129
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23. 友達と手をつないで 〜赤城〜

「俺達の名は天龍組……」
「「「「「「フフ……コワイカ?」」」」」」

 天龍さんに『姐さん、ちょっと見てくれよ』と鼻息荒く言われたので、気になって演習場まで来てみれば……なんだこの妙な光景は。10人程度の深海棲艦さんと天龍さんが、全員おそろいの眼帯をつけて腕組みをし、息を合わせて私に凄んできていた。

「……何やってるんですか?」
「子鬼だけじゃなくて他にもいっぱい増えちまったからな。いっそのこと天龍組でも作ろうかと思ってさ」

 得意げにそう語る天龍さんの言葉通り、天龍さんの眼帯をつけたこの天龍組の面子は中々にそうそうたるメンバーだ。組長の天龍さんとその二世さんを筆頭に、駆逐のロ級さんとハ級さん、軽巡のヘ級さんとツ級さん……かなりの大所帯になりつつある。

 異彩を放っているのは、あの戦いでロドニーさんに徹甲弾をくらっていたヲ級さんだ。どちらかというと小型艦が多いこの天龍組の一員において、彼女の存在感だけが妙に目立っていた。

「……あなたも天龍組ですか」
「フフ……コワイカ?」
「怖くはないですねぇ……」
「「「「「「ガーン……」」」」」」

 私はヲ級さんにだけ向けて言ったはずなのだが……なぜ天龍組の全員がショックを受けるのか理解に苦しむ。

「でもさー。そろそろ姫クラスの仲間も欲しいよなー……」
「ヲ……」
「ヘ……」
「ロ……」

 真剣にそう話す天龍さんと天龍組のみなさんに対し、私は苦笑いしか出来なかった。

 集積地さんが、この鎮守府にたくさんの仲間を引き連れて戻ってきてくれたあの日から、三ヶ月ほど経過した。あの日からうちの提督を仲介人として、人間サイドと深海棲艦さんサイドの間で、停戦に向けて話し合いが続いている。

 話し合いに入ってもう二ヶ月ほどになるが、別段話が難航しているわけではない。細かい調整や互いの条件などの折り合いをじっくり折衝していった方が良いのではないか……という提督の提案のもと、一つ一つの懸案事項に対して丁寧に解決をしているだけだ。

 そしてもちろんだが、話し合いに入った段階で私達と深海棲艦さんたちの間で繰り広げられていた戦いも、停戦という形で幕を閉じた。最近ではこの鎮守府に深海棲艦さんたちが毎日顔を見せるようになった。

 鎮守府ももう『戦争の最前線基地』というよりは、『みんなの憩いの場』となっている。『鎮守府に来たらやっぱり鳳翔さんの冷やしおしるこは外せないよねー』というレ級さんと空母棲姫さんの会話が聞こえて来た時は戦慄を覚えたが……そんな会話も今ではもう聞き慣れた。

「おーい。アカギー」
「ぁあ、ロドニーさん」
「マミヤに行くのか?」
「ええ。抹茶アイス食べたいので」
「じゃあ私も行こう。私もグリーンティーアイスが食べたい」
「時間は大丈夫なんですか? 今日は外出の日でしたよね?」
「クリームあんみつがすぐ来れば、問題なく完食できる」
「確かに」

 お互いに『フフ……コワイカ?』と言い合っている天龍組の面々をほっといて、間宮さんへとトコトコ向かっていた私の目の前に現れたロドニーさん。一緒に間宮さんへと向かう。お目当てはクリームあんみつ抹茶アイス乗せ。

 ロドニーさんはこの鎮守府に残った。非常に重要なポジションについて現在がんばっている提督だが、その分敵も多い。そのボディーガードをロドニーさんは自ら買って出てくれたのだ。

 結果として、永田町に戻る話は白紙撤回。そのまましばらくの間は宙ぶらりんの状態でなし崩し的にうちの鎮守府にいたのだが……先日、晴れてイギリス本国から『もういいからそこにいろ』という指示が降り、今では胸を張って抹茶アイスを堪能出来る日々が続いているようだ。

「そういえばロドニーさん」
「ん?」
「ロドニーさんはイギリス出身なのに、紅茶にあまり興味を示しませんね」
「嫌いというわけではないんだがな……ティーパーティーも嫌いではないし」
「じゃあ他に何か好きなものでもあるんですか?」
「好きというほどではないが……一応、最近飲むように心がけているものはある」
「へぇ……なんですか?」
「牛乳」
「なんでまた」
「……おっきくなりたいから」

 これはまた意外な……ロドニーさん、自分の身長を気にしてたのか……。

「いや、でもロドニーさんは……別に気にするほど小さくはないと思うのですが……」
「いや気にはしてない。気にしてはないんだがな?」
「……ぁあ。鎧を脱いだ時、妙にみんなにいじられてましたもんねぇ。『思ったより小さい』って」
「ああ」

 こうやって並んで歩いていても、私の肩より少し低いぐらいの背の高さだし、別に気にしなくていいと思うけどなぁ……女の子だし。

「それに、いつもキリッとしてツンツーンってしてるロドニーさんが、鎧を脱いだら可愛い女の子だったってのも、けっこうポイント高いと思いますけど……?」
「アカギはたまに妙なことを口走るなぁ……」

 妙なこととは失礼な。……しかし初対面の時は、こうやってのどかに話をしながら歩く日が来るとは思ってもみなかった。あの時は随分と戦闘狂の危ない人だと思っていたけど、意外とこの人は人間味にあふれた人のようだ。……バトルジャンキーには違いなかったが。

「私が人間味に溢れているかどうかはしらんが、あんな永田町みたいな鎮守府にいたら余裕もなくなる。周囲が全部敵に見えるし、そんな中で毎日過ごしていたらああもなるだろう」
「まぁ……あれだけのことをやらかしてた中将でしたしねぇ……」
「ああ」

 永田町鎮守府の中将はあの騒動の後、数々の悪事が公になって懲戒免職の上、逮捕となった。最強の鎮守府を指揮する最高の指揮官……その裏の顔は、相当えげつないことをやらかしていたクソ・オブ・クソ。それを突きとめた提督が告発し事が公になった結果、中将は自身が築き上げた鎮守府の仲間たちにすら同情されず見捨てられ、憲兵に逮捕連行されて鎮守府を去っていったと聞いた。

 元々、提督は『うちの方針に口出しできなくさせるため』という理由で中将の身辺調査をさせたそうだけど……そのあまりのえげつなさにさすがの提督も正義の心が芽生えたらしい。提督はそのえげつない証拠を司令部に提出し、結果、中将は懲戒免職となり、そして憲兵の手で逮捕となった。

「でも司令官の身が心配だ。そこまで追い込んだら、なにをやってくるか分からんからな」

 そう言ってロドニーさんは心配しているが……私も気になって一度聞いてみたことがある。あまりに追い詰めると、人は何をしでかすか分からない。そこまで中将を追い込んだ結果、拘束中の中将が抜け出し、提督に襲いかかりでもしたら……。

 でも提督は……

――俺のとこに直接来た時は、ロドニーと戦艦棲姫がいるし大丈夫でしょ。
  仮に司令部にクソの仲間がいても大丈夫。
  黙らせる材料はいくつもあるし、いくらでもひねり出せるから。

 と死んた魚の眼差しで答えていた。ロドニーさんには黙ってるけど、提督の恐ろしさの片鱗を垣間見た気がした。。いくつもあるというのはまだしも、ひねり出せるって……。

 ちなみに中将の『えげつない悪事』の犠牲になった子たちは、後に次々と救出されていった。永田町にも新しい提督が着任したとも聞く。あそこも今後は良くなるだろう。

 そんなこんなで間宮さんの入り口に到着。入り口に置いてあるベンチで『ワっ……げふっ……』『奥様は予定日はいつ頃クマ? さすりさすり……』というよくわからない寸劇をやっていた球磨さんと補給艦のワ級さんを尻目に、私とロドニーさんは間宮さんに入った。

「じゃあじゃあ! 戦艦棲姫さんはどうして司令官の護衛を買って出たんですか!?」
「あ、い、いや……別に大した理由はないんだが……」

 店内に入ると同時に私とロドニーさんの耳に襲いかかる、この鎮守府の名ジャーナリスト青葉さんの声。青葉さんはくず餅を食べている戦艦棲姫さんに対し、独占インタビューを強行しているようだった。きっと本人の了解は得てはいないだろう。戦艦棲姫さんの冷や汗と困り顔がそれを物語っている。

「やあ青葉さん!」
「ぁあ、赤城さん! 恐縮です!!」
「アカギ助けてくれ……アオバが私にくず餅を食べさせてくれないんだ……」
「いやぁー、やっと戦艦棲姫さんにインタビューが出来るかと思うともう逸る気持ちを抑えられなくて……恐縮です!」

 どう考えても迷惑以外の感情を表に出してないはずの戦艦棲姫さんだったが、それでも青葉さんは『恐縮です!!』と言いながら戦艦棲姫さんに詰め寄っていた。私は青葉さんに『恐縮という言葉は免罪符ではないですよ』と教えてあげたくなったが……それは本人も分かった上で、あえて口走っているのだろう。

 青葉さんは提督からの極秘任務を受けてしばらく鎮守府から離れていたのだが……それは、この戦争の犠牲者のデータの入手と中将の調査だった。青葉さんはある日提督に、『轟沈に関する詳細なデータの入手』と、『中将の裏の顔の調査』をお願いされたんだそうだ。

 その後、青葉さんは永田町鎮守府に潜伏して中将に関する情報を収集し続けた。集積地さんを帰す時……集積地さんが意思表明した次の日に帰したのは、事前に青葉さんから『ロドニーさんを派遣するという話があがっている』ということが提督に伝わっていたからだそうだ。

 つまり彼女は、今回の騒動の裏の立役者の一人というわけだ。名ジャーナリストである、彼女らしい事態への関わり方だ。……いやルポライターか?

「だからといって人にくず餅をちゃんと食べさせないのはどうかと思うぞアオバ」
「恐縮です。ひいてはそのうち、ロドニーさんにもインタビューをさせていただきたいと」
「う……」
「なんせ今のところ唯一の深海棲艦さんとコンビでお仕事されてる方ですからね! 戦艦棲姫さんとのコミュニケーションとか仕事内容とか、青葉はとても興味があります!」
「……戦艦棲姫、答えてやれ」
「私に面倒事を振るなロドニー……」

 うーん……ロドニーさんたちもずいぶんな面倒事を背負い込んでしまったなぁ……なんて他人事満々な感じでクリームあんみつの到着を待っていたら……

「赤城さんにもそのうち“あなたと空を駆け抜けたくて大作戦”に関してインタビューさせていただきますよ?」

 と急に話題を振られた。

「ぇえ!? な、なぜですか!?」
「だって、深海棲艦さんとの歴史上初の共同作戦ですよ? これは詳細をぜひお伺いして、この事実を広く公にしなければ……」
「お、お手柔らかに……」

 そんな大げさなものではないのだが……でもあの作戦は思い出深い。私と天龍二世こと子鬼さんが仲良くなるきっかけになった作戦だし、青葉さんに話を聞いてもらって、記事にしてもらうのも悪くないかもしれない。

 ところで、先程から戦艦棲姫さんの様子がおかしい。青葉さんから開放されてやっとくず餅にありつけているというのに、なぜだか元気がない。しょんぼりとうなだれ、肩を小さくしてくず餅を食べている。

「戦艦棲姫さん?」
「? あ、ああ、どうしたアカギ?」
「なんだか元気がありませんが……どうかしたんですか?」
「ああ……今回の外出の件でな……」

 ロドニーさんも言っていたが、今日はこのあと戦艦棲姫さんとロドニーさんは提督と共に外出する。なんでも中枢棲姫さんも交えた会食があるのだとか。深海棲艦側と私達が会食をするなど一昔前では考えられないことなのだが……それだけ関係が良好になったということだろう。

「会食は銀座で行うそうだ。お寿司屋さんに行くらしい」
「へぇ~。いいですね。銀座のお寿司屋さんといえば高級ですよ?」

 しかもスポンサーは国家なわけだから、きっと食べ放題……いけない。戦闘意欲がかきたてられる。

「ジュルリ……」
「アカギ?」
「あ、し、失礼……でもいいじゃないですか」
「良くないっ」
「へ?」
「なぁロドニー?」
「ああ」

 んん? 戦艦棲姫さんだけでなくロドニーさんも? はて……私達なら泣いて喜ぶ銀座のお寿司屋さんなのだが……一体何が不満なのだろうか……?

「お寿司がお嫌いなんですか?」
「そうではないが……」
「ではどうして?」

 こうやって私が戦艦棲姫さんを問い詰めていくと……気のせいか、戦艦棲姫さんのほっぺたがどんどん赤くなっていっているような……。

「……筑前煮」
「へ?」
「鎮守府の今日の晩ご飯は筑前煮だと聞いた」
「ぁあそういえば」

 言われてみれば、今日は朝から鳳翔さんが大量の筑前煮の準備で忙しそうにしてたっけ。

 冷やしおしるこで深海棲艦さんたちの胃袋を掴むという偉業を成し遂げた鳳翔さんは、その後この鎮守府の食堂の責任者となった。おかげで鳳翔さんは朝から晩まで食事の準備で忙しく、演習を行う暇もない。もっとも……

「戦いよりは、こうやって皆さんに喜んでもらえる方がうれしいですから」
「弓もいいですけど、今の生活も楽しいですね」

 と今の状況もまんざらでもない様子。最近だと深海棲艦さん向け鎮守府ガイドブックみたいな書籍が出ていて、それを片手に鳳翔さんの食堂を訪れる人も多い。なんでも、鳳翔さんのお料理は外れ無しの絶品揃いだとか。件の冷やしおしるこも、ガイドブックでは『奇跡のスイーツ』として “間宮さんのクリームあんみつ”、“をだやのどら焼き”と並んで紹介されている。

「ホウショウの筑前煮か……いいなー……食べたいなー……なぁロドニー?」
「ああ……でもきっと、我々が戻ってきた頃には、全部なくなっちゃってるんだろうな……」
「「はぁー……」」

 そう言って盛大なため息をつく戦艦棲姫さんとロドニーさん。そんなに食べたいのなら、鳳翔さんにお願いして少し取っといてあげよう。こういう事情なら、鳳翔さんも喜んで二人の分を取っといてくれるはずだ。

「あれ? みなさん勢揃いなのです?」

 私とロドニーさんが注文したクリームあんみつが届いたのと同じタイミングで、電さん集積地さんコンビがお店に顔を出した。いつものように2人は手を繋いでいる。集積地さんは方の左手に大きなビニール袋を下げていた。中身は一体何だろう?

「……ホントだ。戦艦棲姫とロドニーもいるな。提督が探してたぞ?」
「……なんだと?」

 集積地さんのその一言を聞いて急に青ざめた戦艦棲姫さんとロドニーさんは、慌てて時計を見た。そしてその後……

「イナズマ!」
「は、はいなのです!?」
「このクリームあんみつはお前にやるッ!」
「は、はいなのです! ロドニーさんは?」
「私達はもう行かねば……!!」

 と言い、大慌てで間宮さんから出ていった。同じく戦艦棲姫さんも……

「うう……くず餅、全然食べられなかった……恨むぞアオバ……」
「恐縮ですっ」

 と青葉さんに恨み節をこぼしながら、ロドニーさんと共に間宮さんから出ていった。『お前、剣は?』『しまっ……!?』『忘れたのかッ!?』という会話が2人の去り際に聞こえていた。大丈夫かあの2人……

 ちなみにこの私の心配が杞憂であることは、先日私自身が身をもって体験している。きっかけはちょっとしたことだったが、まさか演習でロドニーさんと、互いに相手を轟沈寸前まで追い込む、本気のタイマン勝負をすることになるとは思ってもみなかった。だが、それはまた別の話だ。

「わーいすぐ食べられるのです~」
「やったなイナズマ~」

 そう言いながらイナズマさんと集積地さんは当然のように2人でロドニーさんのクリームあんみつを分け合って食べていた。本当に2人は仲がいい。

 あの日以来、集積地さんと電さんは、お互いに鎮守府と向こうの勢力圏内を行ったり来たりしているようだ。あの戦いがウソだったかのように毎日手を繋いで仲良く過ごしている。

 深海棲艦の住処なんて、誰も行ったことがない。だから電さんがはじめて向こうに赴いた時は提督以外の全員が心配していたのだが、次の日、電さんは笑顔で集積地さんと鎮守府に戻ってきて、

「とっても楽しかったのです! また行きたいのです!!」

 と満面の笑みで私たちに教えてくれた。なんでも、向こうは海が赤いんだとか……

「それはスクープですよ! 青葉もいずれ深海棲艦さんの住処にお邪魔させていただかないと……!!」
「取材の嵐になりそうですねぇ」
「恐縮です!!」

 クリームあんみつとくず餅を食べながら揃って『んん~……』と蕩けそうな笑顔で唸っている2人。今日はこれからどうするんだろう?

「お二人は今日は何やってたんですか?」
「2人で手を繋いで街に出てたのです!」
「みんなで出来るゲームを探してたんだ。モノポリー買ってきたからあとでアカギもやろう!」

 なぜだろう……やたらと電さんのホテルに宿泊させられてお金をむしり取られていく集積地さんしか想像出来ないんだけど……もしくはやたらと刑務所に入ったり所得税を取られたり……。

「? アカギ?」
「あ、いやすみません……そうですね。またのちほど伺います」
「あとはどら焼きも買ってきたのです!」
「ぁあ、あの“をだや”の」
「また神様のどら焼きを食べられるのです……ゴクリ……」
「思い出しただけでもドキドキするなぁ……」

 二人ともまったく同じ表情で目を閉じ、思い出の中にあるどらやきの味を反芻しているようだった。それだけ美味しいどら焼きも気になるなぁ。あとで顔を出してみよう。

 ところで青葉さんは来るのかな?

「青葉さんはどうします?」
「青葉さんも一緒にモノポリーで集積地さんをホテル地獄に引きこむのです!!」
「バカなッ!?」

 電さん……中々にさらっとエグい事を言う……

「そうですねぇ……今日のインタビューの予定が終わって間に合えばお伺いします!」
「わかったのです! お待ちしてるのです!!」
「まぁ、モノポリーならいろんな人も出来ますし。今度提督と大淀さんも交えてみんなでやってみてもいいかもしれませんね!」
「……そういえば、今日はオオヨドは?」
「今日の提督の会食に大淀さんもついていくらしいですよ。なんでも司令官婦人的な役割で。さっき青葉と話した時にそうおっしゃってました」
「ほぅ」
「その時の大淀さん、それはそれはとってもキレイな紫色の和服を着ていらっしゃいました。やはりパブリックな会食に出席されるからということで、随分気合いが入っていたようです」
「そうなのです……」

 突然の沈黙が私たちを襲う。このような突然の間のことを、どこかの国では『天使のあくび』とかいうらしいが、私たちに訪れたこの沈黙は、そんな優しく平和的な沈黙ではない。

「……」
「……」
「……」
「……」
「「「「ニヤリ」」」」

 悪魔のようにほくそ笑む私達。これは今晩、帰ってきた大淀さんをいじり倒すいい口実が出来たというものだ……

「クックックッ……お前もワルだなぁアカギ……」
「集積地さんほどではないですよ……クックックッ……」
「青葉、今晩のことを考えるとうずうずしてしまいますねぇ……クックックッ……」
「クックックッ……想像しただけで面白そうなのです……」

 とりあえず今晩戻ってきた大淀さんにかける第一声は決まった。『よっ! 提督婦人!!』て言っておけば『ぇえ!?』と可愛くうろたえるはずだ。

「でも赤城さん」
「はい?」
「思うのですけど……大淀さん、前途多難だと思うのです」
「どうしてです?」
「だって、相手はあの司令官さんなのです」

 言われてみれば確かに……たとえ相思相愛になれたとしても提督の方からは絶対に言い寄ってこないだろうし。かといって勇気を振り絞ってこちらからアプローチをかけたとしても……。

 ここで、自分が言い寄ったときの提督のリアクションを無駄に想像してみることにした。

『提督……私は……私は提督のことを……お、お、お慕いしています!!!』
『あらそお? ありがと赤城。じゃあお礼に、おじさんが買ってきたどら焼きを一個あげるね』

 さもありなん……。きっと相手がどれだけ情熱的に迫ったとしても、きっと提督は何かしらの理由をつけてうまく捌いてくることだろう。……いや、私は決して提督のことをどうこう思っているわけではないけれど。

 その後も私たちのとりとめのない話は続き、青葉さんが所用で席を外すことになったところで、私達の井戸端会議は終了になった。

「今日は貴重な情報ありがとうございましたっ!」
「じゃあ青葉さん」
「今晩はみんなで大淀さんに詰め寄るのです!! ぐひひひひひ」
「ですなぁ電さん! 今晩が楽しみですねぇ! ぐふふふふふ」

 最後に『恐縮です!』と一言いうと、青葉さんは演習場の方に去っていった。今日はこれから北方棲姫さん南方棲姫さんにインタビューする予定だそうだ。

「それじゃあ赤城さんも、また夜に!」
「はい! ご飯食べてお風呂に入ったら、資材貯蔵庫に向かいます!」
「了解なのです!」
「了解した! じゃああとでな!」

 入り口そばのベンチで苦しそうに『ワ……げっぷ……』と寝っ転がるワ級さんと、そのワ級さんのお腹をさすりながら『そろそろ生まれるクマ?』と相変わらず意味不明の寸劇を繰り広げている球磨さんには目もくれず、私たちはそこで解散する。

「集積地さん」
「ん?」

 私たちと別れた後、しばらく歩いたところで電さんが満面の笑みで集積地さんに左手を差し出していた。

「ん!」
「んー」

 その左手を集積地さんは右手で取る。二人の手は、今日もしっかりと繋がれた。

「今日の晩ご飯は筑前……」
「食べ終わったらホウショウに頼んでおしるこも……」

 満面の笑顔で会話をしながら、二人は資材貯蔵庫の方へと、ゆっくりと歩いて行った。

 本当に楽しそうに手を繋いで歩く二人を見ながら、私はこの数カ月間の事を思い出していた。

 電さんの『集積地さんと手を繋ぎたい』という思いは、ロドニーさんを変え、永田町鎮守府のみんなを救い、深海棲艦さんたちと私達の間に友情を育み、そしてついに集積地さんと気兼ねなく手を繋いで歩ける世界を作り上げた。それはひとえに、電さんの純粋でまっすぐな気持ち、そしてどんなに辛い境遇に置かれても、それでも『手を繋ぎたい』と思い続けた、強い気持ちのなせるわざだ。

 そして、そんな電さんに助けられたのが集積地さんだったというのも大きかったのかもしれない。これが他の深海棲艦さんだったとしたら……たとえば戦艦棲姫さんだったとしたら、最初にこの鎮守府で目を覚ました時、大暴れして電さんの行為を無にしていたかもしれない。電さんの行為に素直に感謝し、私達と素直に友達になってくれた集積地さんだったからこそ、二人で手を繋いでいられる世界を手に入れることが出来たのだろう。そう思う。

 私は、今も『集積地さんを助ける』という決断をした電さんのことを、『甘い』と思っている。確かに命は大切だが、仲間と自分を危険にさらしてまで助けるべき敵の命というものはない。

 でも電さんは、『集積地さんを助けたい』という気持ちを貫くために、集積地さんを敵ではなく友達にしてしまった。そして、電さんのその真摯な気持ちは、集積地さんだけでなく深海棲艦たちはおろか私たちまで巻き込んで、敵同士だった私たちみんなを友達同士にしてしまった。

 今も思い出す。震える身体で戦艦のロドニーさんの前に立ちふさがり、友達である集積地さんを守り通した電さん。あの時の電さんは誰よりも強く、そして美しかった。だから私はその姿に心を奪われ、ロドニーさんは素直に負けを認め、そして深海棲艦のみんなも胸を打たれたんだ。

「キヤァァアアア」
「あら天龍二世さん。天龍組のみんなと一緒じゃないんですか?」
「キャッキャッ……」
「じゃあ一航戦同士、一緒に晩ご飯までお散歩でもしますか」

 いつの間にか私の足にまとわりついていた天龍二世さんを肩に乗せ、電さんと集積地さんを見送る。天龍二世さんとの出会いは、電さんと集積地さんが私にくれたプレゼントだ。

 いつの日か加賀さんに出会ったら、その時は新しい一航戦の天龍二世さんを胸を張って紹介しよう。ひょっとすると『一航戦は私と赤城さんだけで充分です』と言い出すかもしれないけれど……その時は、私も電さんを見習って、加賀さんと天龍二世さんが仲良くなるまでがんばろう。大丈夫。二人ならきっと仲良くなれる。

 電さんと集積地さんの二人とはだいぶ離れたけれど、それでも二人が手をつないでいるのはよく見えた。二人の絆は強く、太い。遠く離れた私からも分かるほどに、二人は強く結びついている。

 未来のことは誰にもわからない。ひょっとすると、今提督が進めている深海棲艦との交渉がうまくいかなくなるかもしれない。あるいは、何かしらのキッカケで再び戦争が始まるかも知れない。その時、深海棲艦は今度こそ人間たちに本気で攻めてくるかも知れない。そんなことが起こらないとは、誰にも断言は出来ないだろう。

 でも私は意外と楽観している。あの二人を見る限り、もう人間と深海棲艦との間で再び戦いが起こるということはないのではないか……あの二人が笑顔で手をつないでいる限り、私達が再び戦うことなどないのではないだろう……なぜかそういう確信がある。

 逆に言えば、私達はあの二人の笑顔を曇らせてはいけない。あの二人がいつまでも笑顔で手を繋いでいられるように、この世界を守りとおさなければならない。新しい友達とともに力を合わせて。

 ……大丈夫。未来は明るい。

「ところで天龍二世さん」
「?」
「今晩はみんなで大淀さんをいじり倒すそうですよ?」
「!?」
「どうですか? 今晩は空いてますか?」
「コワイカー!」
「決まりですね。天龍二世さんも一緒に大淀さんをからかいましょう」

 私たち艦娘と深海棲艦は、すでに合同作戦を行うほど仲がいいのだから。大淀さんをからかうという、艦娘と深海棲艦の合同作戦。大淀さんが私達の波状攻撃をかわしきれるか見ものだ。

 天龍二世さんと今晩の約束を交わした後、私はもう一度電さんと集積地さんを見た。二人はいつの間にか寄り添って歩いていた。二人は本当に仲がいい。

 でも、仲の良さなら私たちも負けてはいない。

「じゃあ天龍二世さん」
「キヤァアアアア」
「お散歩しましょ」
「コワイカー!!」
「毎度言ってますけど、怖くはないですねぇ……」

 いつまでも見ていたくなる二人の優しい後姿に胸を暖かくしてもらった後、私は演習場に向かって歩き出した。

 晩ご飯までまだ時間がある。それまではのんびりと、みんなの憩いの場になったこの鎮守府を散歩しよう。電さんと集積地さんからみんなの素敵なプレゼントといえる、仲の良いみんなを眺めながら。

 おわり。


 
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