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テキはトモダチ

作者:おかぴ1129
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18. 開戦 そして再会 〜電〜

「永田町の艦隊が露払いをしてくれるそうだ。我々は資材集積地に一直線で向かえば、それでいい」

 私たち第一艦隊と共に出撃したロドニーさんからそう言われ、私達は一直線に作戦海域へと向かった。『露払い』。そう言えば聞こえもいいだろうが、実際には私たちの退路を塞ぎ、集積地さんたちを倒さざるを得ない状況に持っていくという、中将さんの思惑としか私には思えなかった。

「赤城さん鳳翔さん、念の為索敵機を出してほしいのです」
「わかりました」
「はい」

 赤城さんと鳳翔さんに、念の為の索敵機を出してもらうようお願いしたのだが……二人とも表情が沈み気味だ。作戦内容を考えれば無理もないことだけど……二人が放った索敵機は、綺麗な編隊飛行で周囲の索敵に入った。

 この作戦に参加したのは、私と赤城さん、天龍さん、鳳翔さん、球磨さん……青葉さんを除いた鎮守府のいつもの面子が揃っている。そして、永田町鎮守府から私たちの監視役として合流したロドニーさんだ。

「なー電ー」
「はいなのです?」
「お前さ、平気なのか?」

 やる気のない天龍さんが、私に近づいてきて話しかけてきた。いつもなら出撃の際はやる気に満ちあふれている天龍さんも、今日ばかりはまったく覇気がない。まるでいつもの司令官さんのようだ。

「これからさ。集積地と天龍二世たちを殺しに行くんだぜ?」
「……」
「お前は出撃しないと思ってたよ俺は。お前と集積地が仲よかったの知ってるからさ」
「はいなのです……」
「でもさ、お前意外とすんなり旗艦を引き受けたじゃねーか」

 平気なはずがない。『お前の友達を殺せ』と言われて、平気な人などいるはずがない。

 でも、私は司令官に『切り札』だと言われた。そして『思ったようにすればいい』とも言われた。きっと司令官さんは、何か考えがある。詳しくは何も話してくれなかったが、事態を好転させる何かを司令官さんはまだ隠している気がしてならない。

 みんなが諦めきっていたあの状況の中で、司令官さんだけはまだ希望を持っていた。ならば私は出来ることをしよう。集積地さんと戦うことなく、命を奪うこともなく……そして私たち自身もひどい目に合わないために、司令官さんを信じて出来ることをするだけだ。

「電は、司令官さんを信用してるのです」
「……ハンッ。おめでたい話だ……」

 心底呆れ返ったように天龍さんはため息をついて鼻を鳴らしていた。

 私たちの頭上を、一機の偵察機が素通りしていく。周囲の索敵をがんばってくれているようだ。

「電さん!」

 私達の戦列の最後尾にいる赤城さんの声が聞こえた。深海棲艦さんたちの艦隊が見えたのか?

「前方に深海棲艦の艦隊を発見しました。駆逐ハ級が1、軽巡ホ級が1です!」
「数が少ないのです」
「『露払い』を受けて逃げてきた敗残兵かもしれません!」
「だったらあえて戦わなくても……」

 私が前方に発見した深海棲艦さんたちとの戦闘を避ける指示を出そうとしたその時だった。前方からドカンという砲撃音が聞こえた。今まで聞いたこともないような、とても大きな砲撃音だ。

「え!?」
「砲撃!?」

 慌てて前方を見る。ロドニーさんのランスの砲塔から煙が上がっていた。先ほどの砲撃音は、どうやら彼女の砲撃らしい。私は急いでロドニーさんの元に向かい、彼女を制止した。

「ロドニーさん!」
「なんだイナズマ。前方にいる敵艦なら今攻撃したぞ」
「戦わなくていいのです! 相手はきっと逃げてるだけなのです!!」

 前方のはるか先の方に、2人の深海棲艦さんが見えた。一人はすでに轟沈しかけている……。

「ここまで来てまだそんなことを言うか?」
「いいのです! 無理に撃沈しなくても……」
「イナズマッ!!」

 不意にロドニーさんが私に肩でタックルしてきた。あまりに突然のことで私は身を守ることが出来ずにもろにそのタックルを受けてしまい、バランスを崩してそのまま海面に倒れこんだ。

「おい! なにすんだテメー!!」

 天龍さんが私の様子を見て隊列の後方から私たちにそう吠えたが……次の瞬間。

「ガッ……」

 何かに弾かれたかのようにロドニーさんの頭がぐらつき、兜から『ガキン』という音が鳴っていた。

「え……」

 慌てて再び前方の深海棲艦さんを見る。まだ轟沈してない駆逐ハ級の砲塔がこちらを向いていた。ハ級の砲撃が彼女の頭に命中したのか……。

「……フンッ」

 ほんの少しグラついたロドニーさんだったがすぐに持ち直し、ランスの砲塔をハ級に向け砲撃を敢行していた。先程も聞いたドカンという強烈な砲撃音と共にランスから三式弾が発射され、その花火のような砲弾は満身創痍のハ級にさらに追い打ちをかけていた。

「ロドニーさん……助けてくれたのです?」

 ロドニーさんが振り返り、私を見た。バイザーを上げ青く鋭い眼差しを私に向けると、彼女は前進をやめて私に近づき、私の手を取って立ち上がる手助けをしてくれた。そのスキに2人の深海棲艦はなんとか距離を取って離脱したようだ。

「あ、ありがとうなのです……」
「礼はいらん。旗艦を守るのは随伴艦の役目だ」
「は、はいなのです……」
「それよりも……まだ敵はトモダチなどと甘っちょろいことを考えてるのか」

 ロドニーさんの鋭い眼差しが私の胸に刺さってくる。彼女の兜には、先ほどのハ級の砲撃でついたらしい、痛々しい傷がついていた。その傷を自身の左手でコンコンとつつき、私に傷のアピールをしてきたロドニーさんに睨まれ、私は身動きが取れなくなっていた。

「受けたのが私だったからこの程度で済んだが……これが現実だ」
「……」
「いい加減に幻想は捨て去れ。でなくば貴公や艦隊の仲間に危険が及ぶ」
「……」

 言いたいことを言い終わり気が済んだのか、ロドニーさんは再び兜のバイザーを閉じたあと、踵を返して前進をはじめた。

 私は、動くことが出来なかった。もしロドニーさんがかばってくれなかったら、私は今の一撃で轟沈していたのかもしれない……返す言葉がなかった。

「……ほら、行くクマよ」

 戦列の後部にいた球磨さんが、私の手をひっぱってくれた。

「あ、ありがとうなのです」
「別にいいクマ」

 球磨さんに手を引っ張られ、体勢を崩しながらもなんとか進軍についていく私。最後尾にいる赤城さんと目が合った。

「電さん!」
「は、はいなのです!」
「提督があなたに何を託したのかは分かりません。でも、提督に切り札と言われたあなたを私達は信じますから!」
「……!」
「だから胸を張って! 旗艦らしく、堂々としていてください!」

 赤城さんはまっすぐに私を見て、そう言ってくれた。そしてまるで赤城さんの言葉を体現するかのように、その背後からは偵察機が一機、ブウンと前方に向かって飛び立っていった。

「……赤城」
「はい鳳翔さん」

 赤城さんの横にいる鳳翔さんの顔つきが変わった。二人の周囲の空気が変わったことを私は感じ取った。作戦海域が近いのか……。

「電さん。目標、発見しました!」
「念の為に戦闘機を発艦させます。赤城、やりますよ」
「はい!」

 赤城さんと鳳翔さんが、全く同じ動きで矢を放った。放った矢は戦闘機の編隊となり、私たちの周囲を旋回しはじめる。周囲の温度が下がった。空気が痛い。これは戦場の空気だ……集積地さんと友達になってから今までずっと感じる機会のなかった戦場の空気になったことを、私は悟った。

「皆、そろそろ警戒しろ。私からも敵艦隊が見える」

 最前列にいるロドニーさんが私たちにそう告げた。天龍さんの目が鋭くなり、球磨さんのアホ毛がビンと立ち上がった。天龍さんと球磨さんはこれまでずっとやる気がなかったのに……やはり戦場の空気を感じると意識が変わるのだろうか。

「電」
「はいなのです」
「やべーぞ。お前は何も感じねーか?」

 さっきまでのやる気のなさが感じられない天龍さん。奥歯をギリギリと噛み締め、前方に次第に見えてきた深海棲艦さんたちの艦隊を睨みつけてるようだった。

「な、何がなのです?」
「……殺る気満々だぞ、あいつら」
「……」

 天龍さんがサーベルを抜き放った。

「……そっちがその気なら黙っちゃいないクマ」

 球磨さんはアホ毛をうにうにと動かしながら、指をバキバキと鳴らし始める。

「……」

 赤城さんは、まだ迷っているようだった。だがその赤城さんですら、右手は矢筒の矢を掴んでいる。その気になればいつでも艦載機を射出出来る体勢を整えているようだ。同じく鳳翔さんも、射撃体勢には入ってないもののすでに矢をつがえている。

「みんな! やめてほしいのです!」
「電さん……」
「戦っちゃダメなのです! 電は戦いたくないのです!!」
「そうは言ってもよ……あっちが殺る気満々な以上、俺達も応戦しないと……」
「でも……でも……!」

 そうだ。相手の殺気に応戦しちゃいけない。そうしたら、本当に戦いが収拾つかなくなってしまう。

 ロドニーさんは改めてランスの砲塔を前方に向けていた。やめて欲しい。撃ってはいけない。戦い始めてはいけない……戦い始めてしまえば……集積地さんたちを沈めるまで、私達は引けなくなってしまう。

「!? 避けろイナズマ!!」
「クマッ!!」

 突然ロドニーさんの叫びが聞こえたのと、球磨さんが私の身体を押し倒したのはほぼ同時だった。途端に私がいた場所から水しぶきが上がり、正確無比な観測射撃で狙撃されてしまったことをその時になってやっと気付いた。

「大丈夫クマ?」
「だ、大丈夫なのです……」

 なんとか一命は取り留めたが……報復のつもりなのだろうか。ロドニーさんがランスを前方に向け、引き金を引こうとしているのが見えた。

「ロドニーさん! 撃っちゃダメなのです!!」
「こちらが撃たれたのだ! 撃ち返さなくてどうする!?」
「ダメなのです!」
『……敵艦隊に告ぐ!!!』

 周囲に聞き覚えのある声がこだました。前方を見る。資材が山積みになった小島のそばの敵艦隊の中に、見覚えのある人影があった。肩に化物を載せ、巨大な砲塔をこちらに向けるあの見覚えのある女性は、戦艦棲姫さんだ。

「今の一撃は警告だ!! これ以上こちらに近づくようなら、我々は貴君たちを容赦なく撃沈する!!!」

 戦艦棲姫さんの、信じられないほど大きく怖い声が、周囲に轟いていた。以前に会った時のような穏やかさはない。聞いているこちらの心臓を握りつぶしてしまいそうな、殺気に満ち溢れた恐ろしい声だった。

 ロドニーさんが前進を止め、兜のバイザーを開いた。そして、はるか遠くからこちらを威嚇してくる戦艦棲姫さんに対し、同じぐらいの殺気と威圧を込めて、大声を張り上げた。

「女王陛下の戦艦ロドニーだ!! 任務につき、小島の資材集積地及び貴公たちの命をいただきに参上した!!!」
「退け! 我々は余計な戦闘は好まない!!」
「……」

 戦艦棲姫さんの威嚇を受け、ロドニーさんの身体がブルッと震えていた。私は最初、ロドニーさんも戦艦棲姫さんの声で恐怖を感じたがゆえの震えだと思ったのだが……

「先程の正確無比な観測射撃……この威圧感……面白いッ……!!」
「なんだと?」
「貴公、良き敵と見た! ならば、このロドニーと斬り結んでいただこうか!!!」

 ロドニーさんは震える左手で兜のバイザーを閉じていたが、その瞬間、確かに口角がつり上がってニヤリと笑っているのが見えた。バイザーを閉じたその直後、ロドニーさんは突然に砲撃し、その直後戦艦棲姫さんの隣にいた戦艦ル級の艤装が爆発していた。

「……貴様ッ! 無駄に命を散らせたいか!?」
「さぁ……戦の時間だ……ッ!!!」

 そして私は見てしまった。見つけたくないものを見つけてしまった。

「……」
「!?」

 今までは山積みになった資材の陰に隠れて見えなかったが……

「集積地さん……」
「……イナズマか?」

 十数人の子鬼さんに囲まれ、集積地さんが小島で静かに佇んでいた。彼女はダサい抹茶色のジャージを艤装の下に着こみ、その胸には『しゅうせきち』と書かれた名札が貼り付けられていた。

 司令官さんを信じてここまできたけれど……やっぱり本人を見るとダメだ。

 電は、こんな風に集積地さんと再会したくはなかったのです……。


 
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