| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

仮面ライダーAP

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三章 エリュシオンの織姫
  最終話 紡がれた未来へ

 ――2022年4月3日。
 大戸島(おおどしま)しばふ村。

「はい、これでよし。かけっこもいいけど、あんまり無茶なことするんじゃないよ?」
「オッケー、ありがとね先生! それじゃまた怪我したらよろしくねー!」
「あっ!? も、もう島風(しまかぜ)ちゃんっ、さっき擦りむいたばっかりなのに! 南雲先生、夜遅くにすみません! ありがとうございました!」
「あはは、吹雪(ふぶき)ちゃんも気をつけて帰るんだよ。僕なら、いつでも大歓迎だからさ」

 日本列島から遠く離れた孤島にある、小さな村。芋が名産と評判のこの村の中には、一軒の診療所がある。
 そこに勤務している医師「南雲サダト」は、村民から先生と慕われる温厚な青年であった。

 彼は今日も、躓いて擦り傷を負った女子中学生に手当てを施しつつ、穏やかな一日を終えようとしていた。部活帰りの中学生達が通りがかる頃には、その日の診察も終わりが近いのだ。

「ま、待ってよ島風ちゃん! なんで練習のあとなのにそんなに元気なの〜!」
「早く早く! 私んちまで競争だよ〜!」

 手当てが終わった途端、性懲りも無く全力で走り出す親友に手を焼く少女。そんな彼女達の幼気な背中を見送りつつ、彼は澄み渡る月夜を見上げ、朗らかな笑みを浮かべていた。

「んー……涼しくていい夜だね」
「――いい夜だね、じゃありません! この島でたった一人のお医者様なんですから、もっとシャキッとしてください!」
「うわぁ! 出たぁ番場さんだぁあ!」
「出たって何ですか人をお化けみたいに!」

 すると、背後から突然怒号を浴びせられ、サダトは仰天して振り返る。その視線の先では、黒く艶やかなセミロングを靡かせる一人のナースが、むくれた表情で彼を睨んでいた。

 そんな怒り顔でも隠し切れないほどの美貌と、ナース服がはち切れんばかりの巨峰を持った彼女の名は――番場遥花。

 約6年に渡る治療を経て、生身の人間と遜色ないレベルまで能力を抑えることに成功した彼女は、人を助けたいという一心から看護師の道に進んでいた。
 また、人間社会に復帰する際「元改造被験者である絶世の美少女」としてマスコミ関係者が殺到したこともあり、周囲の奇異の目やストーカーを避ける目的で、父の生まれ故郷であるこの大戸島で勤務することになったのである。

「全く! 南雲先生には、医師としての自覚が足りていません!」
「番場さん、僕としてはそんなにむくれてちゃ可愛い顔が台無しだと思うなぁ。ホラ笑って笑って」
「か、かわっ……!? て、ていうか南雲先生がヘラヘラし過ぎなんですっ! いい加減にしないと本気で怒りますよ!」
「うわぁすでに本気で怒ってる!」

 とはいえ本島から離れた島に移っても絶世の美少女であるには変わりなく、ここでも村の若い男達からは絶えずアプローチを受けているらしい。
 だが彼女はその全てを断り、あくまで看護師の職務に集中したいと主張してきた。

 ――しかし実のところ、その言い分は村の者達からはあまり信じられていない。彼女はいつも、共に診療所を切り盛りしているサダトの隣にいるからだ。
 たまに村民がその点を指摘する度、彼女は顔を真っ赤にして「私情」を否定するのだが――その反応がさらに、村民達の疑惑を煽っていた。

 そういうこともあり、サダトは村民の大部分からは慕われる一方で、一部の若い男達からはあまり歓迎されていなかったりする。

「全く……よくそんな調子で医師になれましたね。何で医師になろうと思ったんだか」
「ん? 何で医師に、か……うーん」

 遥花が漏らした愚痴に、サダトは顎に手を当て暫し逡巡する。口をついて言葉が漏れ始めたのは、その数秒後だった。

「……わからなかったから、かなぁ」
「え?」
「人のため、人のためって言っても……それが本当に人のためになってるかなんて、結果が出るまでわからない。僕自身はそのつもりでも、本当はそうじゃなかった――『過ち』だった。そんなことが、たくさんあった」
「……」
「だから、本当に人のためになることが何なのかを知りたくて……それをずっと追い求めていたら、いつの間にか医者になってた。気がついたら、この白衣を着てたんだ」

 普段の間の抜けた雰囲気とは、少し違う。その違和感を肌で感じた遥花は、暫し神妙に聞き入っていた。
 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、サダトはすぐにおどけた表情に戻ってしまう。

「あはは、なんかごめんね。わけわかんない理由で医者になっちゃって!」
「……今も、『過ち』ですか?」
「ん?」
「この島で、この村で医師を続けていること。私と一緒に、診療所を切り盛りしてること。村のみんなと、笑い合って暮らしていること。先生にとっては……『過ち』ですか?」

 だが、遥花の表情はどこか不安げだった。
 宇宙へ帰った異星人の姫君とどこか似ているその表情に、サダトはバツの悪そうな面持ちになると――青空を仰ぎ、呟いた。

「……まだわからない。その時が来ないと」
「……」
「だけど。きっと『過ち』なんかじゃない。ここに来たこと、みんなに会えたこと。医師でいること。どれも大切なことなんだって、僕は今も信じてる」
「……そっか……そうですよね! 私も、南雲先生と会えてよかっ――い、いえ、なんでもないです」

 その言葉に、遥花は不機嫌だったり不安げだったりと曇りがちだった表情を一変させ、華やかな笑顔を浮かべる。すぐに顔を赤らめて言葉を中断してしまったが。
 そんな彼女に、何処と無くあの姫君を重ね――サダトも、穏やかな笑みを浮かべていた。

 ……しかし。遥花の視界に、目を光らせてこちらを覗き見る女子中学生達が入り込んだ瞬間。ナースの表情は凍り付き、好転していたムードは一気に瓦解してしまう。

「ふっふーん。見ちゃった見ちゃった聞いちゃったー。これは村のみんなに報告しないと!」
「えっ!? 島風ちゃんに吹雪ちゃん!?」
「ご、ごめんなさい遥花さん。立ち聞きする気はなかったんですけど」
「みんなー! 遥花さんが南雲先生とランデブーしたいってー!」
「ちょ、ちょちょちょ! 待ちなさい、こらぁああぁあぁ!」

 島風と呼ばれる少女は一目散に村の中を駆け抜けながら、有る事無い事を吹聴して回り出した。吹雪という片割れの少女は必死にペコペコと頭を下げるが、そうしている間も島風の言い触らしは進行している。
 遥花は顔を茹で蛸のように赤らめながら、怒号を上げて島風を追いかけて行くのだった。豊満に飛び出した胸を、激しく上下に揺らしながら。

「……ふふ」

 そんな彼女達を、遠巻きに見守りながら。サダトは月明りを映す海原から――夜空の彼方へと視線を向け、微笑を浮かべる。この星から遠く離れた、銀河の果てへと。

(……アウラ。俺達がしてきたことは、もしかしたら「過ち」だったのかも知れない。でも、その「過ち」の中で見つけた幸せは、ただの間違いなんかじゃない)

 その先にある異星――エリュシオン星の玉座に座する、若き女王も。その君主の座から、この蒼い星を見守っていた。
 彼と同じ、穏やかな微笑を浮かべて。

(だから俺は、今でも。君に会えてよかったと思ってる。それはこの先もずっと変わらない。君の願いは確かに、この星に届いたんだから)

 星を隔て、永遠に別れた織姫と彦星。年に一度も会えない彼らだが――互いが残した絆の深さは、絶えずその想いを繋ぎ続けている。彦星が「剣」を捨て、その手に「メス」を取った、今も。
 織姫がこの星に残してしまった「罪」を彼女に代わり清算するべく、その道へ踏み入った、今も。

 それはさながら、脈々と鼓動する「命」のように。

 この島に咲き誇る「花」も。夜空を滑るように舞う「鳥」も。頬を撫でる夜の「風」も。煌々と光を放つ「月」も。――その全てに宿る「儚き命」も、彼らの絆を見守っていた。

「南雲先生っ! ぼさっとしてないで先生も島風ちゃんを捕まえてくださいっ!」
「え、僕も?」
「さっさと走るっ!」
「は、はいはい。おーい島風ちゃーん!」
「ふっふーん! ここまでおいでー!」
「もぉー! 待ってったら島風ちゃあぁーん!」

 そして今日も、南雲サダトは。守り抜いた人々と共に、穏やかなひと時を謳歌するのだ。

 仮面ライダーがいないのは、世界が平和である証なのだから。

 ◆

 ――2022年4月4日。
 東京都稲城市山中。

「……」

 陽の光が網を抜けるように僅かに差し込む、新緑に包まれた自然の砦。その森の中を歩む一人の男は、神妙な面持ちで道無き道を進んでいた。

 金色の髪や蒼い瞳を持つ、壮年の男性。彼は林の奥を突き進む中で見つけた、あるものと対面すると――嘆息するように息を吐く。

「……科学に善悪を判断する力はない、善悪を分けるのはいつも人間……か。結城博士の仰る通りだな」

 彼の眼前に映る――重戦車と小型乗用車の残骸。かつて正義と悪に分かれ、熾烈な争いを繰り広げたこの二台の車は今、一様に鉄屑として朽ち果てている。

 車体のあちこちから苔や雑草、果ては花々まで咲いていた。善悪に分かれていようが、壊れてしまえばどちらもガラクタ――という非情な現実を物語っているようだ。

 そしてその現実こそが、正義と悪を分かつものに科学の関与はないのだと訴えている。

 シェードも仮面ライダーも、元を辿れば源泉は一つ。人間を超える超人を生み出す科学が、シェードという悪を生み、仮面ライダーという正義を生んだ。

 そのぶつかり合いの果てに待っていたのは、共倒れ。対消滅の如く、どちらも残らないこの結末は、人類の進歩を押し留めていると言えるだろう。

 だがそれは、争いの虚しさを伝える福音として、残された人類が手にした叡智の一部となった。

「……我々は。この戦いを教訓に、前へ進む。君達の骸を、踏み越えて」

 この光景から決意を新たにし、男は踵を返して行く。一歩一歩、草木の上を強く踏みしめて。

「だから君達は、静かに眠りなさい。もう……誰も、君達を振り回したりはしないから」

 教訓を残すために犠牲となり、朽ち果てた二台の車。

 雌雄を決するべく激突した二人の男を乗せていた、この二つの鉄塊を一瞥した後――男は正面へ向き直り、前に進んでいく。

 もう、振り返ることはない。

 立ち去った男の後ろでは――花と草木に彩られた屑鉄達が、今も沈み続けていた。
 二度と醒めることのない、安らかな眠りへ。

 
 

 
後書き
 本作を最後まで読んで頂き、誠にありがとうございます。仮面ライダーAPは、今話にて完結となりました。
 明日この時間帯からは、宇宙戦闘機SFアクション「超速閃空コスモソード 〜最強のエースパイロットは、静かに朽ちたい〜」を全4話+番外編1話でお送りします。お楽しみに。
 それでは、仮面ライダーAPこと南雲サダトの旅路を最後まで見送って頂き、誠にありがとうございました。機会があれば、またどこかでお会いしましょう。失礼します。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧