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仮面ライダーAP

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第三章 エリュシオンの織姫
  第9話 人類の挑戦

 ――2016年12月25日。
 警視庁警視総監室。

「……報告は、以上となります」
「ありがとう。……ようやく、君も肩の荷が降りたな」
「ええ。――いえ、降ろしてしまった。という方が、正しいように思えます」
「そうか……」

 平和を掴み取った世間が、復興への景気付けにクリスマスで賑わう中。
 警視総監室で対面している番場総監とロビンは、どこか物寂しげな面持ちで、手にした資料を見つめていた。

 ――あの激戦の後。

 ロビンはサダトの証言を基に羽柴柳司郎のアジトを発見し、そこで発見した手記から彼の「計画」を明らかにしていた。

 改造人間になり、数十年。羽柴柳司郎の身体は既に限界を越え、人工筋肉や装甲の補強では往年の性能が発揮できないほど老化が進んでいた。
 しかも、設備も人材も7年に渡る仮面ライダーとの戦いで消耗しており、この状況を打破する糸口もない。彼はじわじわと老いに力を奪われて行くしかなかった。

 だが彼は老い以上に、それが結果として「改造人間が生身の人間に屈する」という事態に繋がることを恐れていた。
 改造人間こそが絶対的な「力」の象徴であると信じて疑わない末期のシェードにおいて、それは自分達のアイデンティティが完全に崩壊することを意味している。

 だから彼は最後の改造人間である自分が、人間に敗れるほどに朽ちる前に、自らを処分することを考えついた。
 自分の衰えが改造人間の価値を落としてしまう前に、自分を超える改造人間を創り出し、自分を倒させる。「改造人間を倒せるのは改造人間だけ」という図式を死守するには、そうするしかなかった。

 だが、自分を倒し得るほどのポテンシャルを持った改造人間など部下にはいない。元弟子の仮面ライダーGが相手では、手の内を知り尽くしているせいで決着がつかない可能性もある。

 だから彼は量産型改造人間の身でありながら、シェードの切り札だった「アグレッサー」を倒した仮面ライダーAPを、「自分を倒す役」に選んだのである。
 ――仮面ライダーGに導かれ戦士となった、自らの孫弟子を。

 その計画通りに、彼は自らの理想の赴くまま渡改造被験者保護施設を破壊。そのテロで誘き寄せた仮面ライダーAPも撃破し、頭脳を持ち帰って肉体そのものを最新型改造人間のボディに挿げ替えた。

 あとは日本にとっては不要な風田改造被験者保護施設を破壊して被験者を全員殺害した後、怒り狂うであろう仮面ライダーAP-GXに討たれる。
 それで彼の計画は完成していた。

 人間を超えた上位種としての、改造人間の地位を貶める施設の被験者を抹殺し、自らを最強の改造人間に倒させることで、兵器としてのアイデンティティを維持する。
 それが、シェードが潰えた先も改造人間を絶対の兵器として人類に語り継がせるための、羽柴柳司郎の命を懸けた計画だった。

 ――改造人間は人類を超越した選ばれし者であり、下等な人間の生殺与奪を左右する権限がある。その者達には持って然るべき地位があり、それを捨てて人間の軍門に下ることは断じて許されない。
 それが、末期のシェードに蔓延していた優生思想。その扇動者だった羽柴は、この思想に基づいて最期まで戦い続けていたのだ。

「羽柴柳司郎の優生思想は、決して許されるものではない。……だが、一つの真理ではあるのかも知れん」
「だから誰に許される必要もない地位を、官軍だった頃のシェードに求めていたのかも知れません。――ですが、我々人間には理性というものがある。人間の『体』と『心』を捨てた改造人間にはない、人としての矜恃が」
「心……か」

 ロビンの言葉に、番場総監は目を伏せる。政府の圧力に屈するまま愛する娘を見捨てかけていた彼にとっては、何とも耳の痛い単語だった。

「我々は、彼に試されているのです。人間の心が、どれほど理性を保てるかを。……この戦いを生き延びた我々には、その試練を制して彼の思想を否定する義務があります」
「君は……出来ると信じるか?」
「信じます。実例なら、ありますから」
「実例……仮面ライダー、か」

 仮面ライダー。改造人間でありながら人間の「心」を捨てず、その苦悩を仮面に隠して戦い抜いた戦士。
 その名を感慨深げに呟く番場総監の脳裏には、ある青年の勇ましい横顔が過ぎっていた。

「彼らは人の体を捨てた……否、奪われた。しかしそれでも、人の心を失うことはなかった。人体の変調が精神に齎す影響は大きい。にも拘らず彼らはその影響に屈することなく、半人半獣の怪人達と戦い抜いて見せた。彼らは人間として、その心の強さを我々に証明してくれた、生き証人です」
「……」
「彼らのような人間がいるなら……私も、それに懸けて戦います。――魂くらいは、共にありたいから」

 胸に拳を当て、己に言い聞かせるようにロビンは厳かに呟く。彼が自嘲するような笑みを漏らしたのは、その直後だった。

「……魂、か」
「ふふ。尤も、この言葉は現FBI副長官の受け売りですがね」
滝和也(たきかずや)副長官か……あの人らしい言葉だな。……わかった。ならば、私も賭けてみよう。人類のため、などというお題目で全てを奪われた彼への、せめてもの罪滅ぼしだ」
「ありがとうございます。……遠回りではありますが、ようやくこの世界も前を向けるようになるでしょう」

 ――羽柴柳司郎が掲げた、優生思想。
 その理性を捨てた人面獣心の思想に対する人類の挑戦は、未だに続いている。

 事件の後、ICPOの捜査で「12月計画」が明るみに出たことにより、当時の内閣は激しく世論に責任を問われ総辞職を余儀無くされた。
 その政治的空白を埋めるべく、総辞職から間も無く城茂(じょうしげる)大臣を筆頭に置く臨時内閣が台頭。シェードのテロによって混迷の時代に立たされた日本を立て直すべく、日夜奔走していた。

 一方。事件を生き延びた番場遥花を含む数名の被験者は、日本政府から離れICPO本部に護送されていた。現在はそこで世界各国から結集した研究チームによる、改造人間の能力を無効化する治療を受けている。
 サイバネティクスにおける世界的権威である結城丈二(ゆうきじょうじ)博士の尽力もあり、現在は被験者の能力暴走も沈静化に向かっているようだ。

 今では、被験者に対する国民のバッシングも薄まっている。彼らに関する負担を外国が請け負ったことで、非難する理由を失ったためだ。
 ――それに「仮面ライダーとシェードの共倒れ」が周知されたことで、国民感情が安らいだことも大きい。

 すでに仮面ライダーとシェードの決着は世間にも知れ渡っており、今では誰もが仮面ライダーの功績を讃えるようになっていた。

 だが、それは「仮面ライダーはシェードと相討ちとなりこの世から消えた」と公表されたからに他ならない。ライダーの存命が周知されていれば、その力を恐れるあまり民衆は彼らを「恐ろしい殺人鬼」と糾弾していただろう。
 そのような人間の弱さというものを嫌という程知っているからこそ、番場総監とロビンはそのように公表したのだ。

 それに、仮面ライダーが消滅したというのはあながち嘘でもない。

 事実、アウラによる最後の秘術により南雲サダトは人間に戻り、現在は「シェードに長らく囚われ、改造人間の適性も皆無だったために労働力として使役されていた」とされ入院生活を送っている。来年には、シェードの拉致から解放された一般人として城南大学に復学する予定だ。
 すでに「仮面ライダーAP」としての彼は、この世にいないのである。

 さらに仮面ライダーGも行方不明であり、その居所はICPOの総力を挙げても見つからなかった。彼の恋人だったという女性シェフも消息を絶っており、二人して雲隠れしてしまったものと思われる。

 片方は行方知れずとなり、もう片方はすでに改造人間ですらない。仮面ライダーは、確かにこの世界から消え去ったのだ。

 だがロビンは、これで良かったのかも知れない――とも考えていた。
 仮面ライダーも怪人もいない世界。それをきっと、宇宙へ帰ったエリュシオンの織姫も願っていただろう――と。

(南雲君。君と彼女の絆を引き裂いたのは、我々の不徳の致すところだ。……その罪を贖うことこそ、この時代に生き延びた人間の役目であると、私は信じている)

 窓の外から見下ろせば、このような時代の中でも笑い合い、手を取り合い生きている人々の姿が伺える。
 そんな彼らの様子を、ロビンは喜びを噛み締めた面持ちで見守っていた。

(だから君にも……どうか、見守っていて欲しい。君達「仮面ライダー」が紡いでくれた、この世界の未来を)
 
 

 
後書き
※アウラはなぜ遥花達を治療しなかったのか
 改造被験者保護施設は「衛生省(えいせいしょう)」という省庁により設けられている。この衛生省により保護対象として登録された被験者が、国の管理下で施設に入ることができる。遥花も仮面ライダーAPに救出された直後に、衛生省から登録を受けていた。
 こうして国に「改造人間にされた被験者」として登録された彼らが、アウラの治療を受けると「生涯治らないはずの改造体が、不可思議な現象で生身に戻った」という記録が残ってしまう。
 万一、アウラを狙う諸外国にその記録を嗅ぎつけられた場合、彼らの狙いが日本に及ぶことになる。イリーガルな手段を辞さない連中が、日本に足を踏み入れれば何をするかわからない。
 無関係な日本の人々を、アウラの力を狙う勢力から守るためには、遥花達の救済を地球人の科学力に託すしかなかった。そうして、結城丈二を筆頭とする研究チームが組まれたのである。
 ただ、サダトだけは例外だった。彼は公式記録上「5月に消息を絶った行方不明者」でしかないため、衛生省の登録も受けていない上に改造人間にされたという物的証拠もなかった。彼がアウラの治療を受けても問題なかったのは、こっそり人間に戻っても衛生省にバレない身の上だったためである。

 ちなみに、衛生省というネーミングは「仮面ライダーエグゼイド」から。上記の内容を作中にぶち込む余地がなかったので、こちらに記載させて頂きました。ご了承ください。
 
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