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テキはトモダチ

作者:おかぴ1129
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7. それは神様だった 〜電〜

 集積地さんがこの鎮守府に来て、一週間ほど経過した。集積地さんが資材を集め始めてからこっち、資材貯蔵庫の資材が貯まっていくスピードがとても早い。私たちも遠征で資材の確保に奔走しているが、それでも集積地さんとPT子鬼さんたちの資材を集めてくるスピードには負ける。その割に資材の量はあまり増えた気がしないけど……。

 これだけの資材を一体どこから集めてくるのか集積地さんに聞いてみたことがある。いつもどこからか資材を持ち帰ってくる子鬼さんたちは、一体どこでこれだけ大量の資材を確保しているんだろう。出来るなら私たちにも教えて欲しい。

「いや、こいつらがどこから資材を持ち帰ってくるのか、私にもさっぱり分からない」

 私の質問に対し集積地さんは妙にキリッとした顔でこう答えた後、うっとりした顔で鋼材に頬ずりしていた。私の質問には妙にキリッとした顔で答えるくせに、私との会話が終わると集積地さんは鋼材に頬ずりし、燃料タンクに抱きつき、ボーキサイトを撫で、弾薬にうっとりしていた。その時の集積地さんの目は、確実に恋する女子中学生の目だった。

 集積地さんは資材貯蔵庫にいることが多い。資材貯蔵庫に行けば彼女に会える。行けば彼女はだいたいテレビゲームで子鬼さんたちにボンビーをなすりつけられているか、資材にまみれてぽやぽやしていた。『資材貯蔵庫にいる変な人』それが、私たちの中での集積地さんに対する共通認識になっていた。

 今日も私は資材貯蔵庫に向かう。遠征で資材も調達したし、演習も終わった。今日はもうお休みだ。天気もいいし、集積地さんと間宮さんに行ってクリームあんみつでも食べようか……自然と足が弾む。今日はちょっと奮発して、クリームあんみつに抹茶アイスでも乗せよう。楽しみだ。

 ところが今日は先客がいたようだ。資材貯蔵庫の扉を開くと、中から楽しそうに弾む声が聞こえてきた。

『ぅお! お前らまた資材持って帰ってきたのかよ!!』

 この声は天龍さんかな? なんなら天龍さんと三人でお散歩するのもいいかもしれない。

「天龍さんなのです?」

 資材貯蔵庫の奥に向かって声をかけてみた。

『おー電か! こっちこいよ!!』

 やっぱり天龍さんのようだ。ちょうど資材を持ち帰ってきた子鬼さん一人とともに、貯蔵庫の奥に向かう。奥に入ると、集積地さんが妖精さん二人とテレビゲームで遊び、天龍さんが3人の子鬼さんたちと遊んでいた。

「子鬼さんたちと遊んでるのです?」
「ああ。演習の時はめちゃくちゃムカついたけど、こうやって見るとこいつら案外おもしれーぞ」
「……ああッ!? やめろッ!? そこでボンビーが……ああッ!?」

 集積地さんの悲痛な叫び声は聞かなかったことにし、天龍さんたちを見る。天龍さんは床にあぐらをかいて座っていて、両手で一人の子鬼さんの両腕を掴んで持ち上げ、ぶらぶらさせて遊んでいる。そしてその天龍さんの股ぐらにはもう一人、右肩の上にももう一人の子鬼さんがいた。

「うひゃひゃ……手みじけーなーお前ら!」
『ウキャー!』
「なんだよお前らそれしか言えねーのかよ! おーいえーとかかまーんとかなんかしゃべれよ!!」
『ヴォォオオオ!?』
「突然闇落ちした球磨みたいな叫び声あげるのはやめろよ心臓にわりーだろー?」

 『なんだよこれがおもしれーのか?』と言いながら子鬼さんをぶらぶらと左右にゆらして遊んでいる天龍さん。なんだかダックスフントをぶら下げて左右にゆらゆらさせて遊んでいる感じがして楽しそうだ。ちょっと羨ましくなってきた。

「おう! 電もちょっとゆらゆらしてみるか?」
「え……あの……あの……」

 唐突に言われるとちょっと戸惑ってしまう。子鬼さん、私にゆらゆらさせてくれるだろうか。

「まーこいつらに比べると、いくらおこちゃまって言っても電でけーからな! いくら俺でもちょっとゆらゆらしてやるのは無理かな?」
「電はゆらゆらされたいんじゃなくてゆらゆらしたいのです……」
「お、俺をか……?」
「天龍さんをゆらゆらさせるのは赤城さんでも無理なのです」
『キャハハハ! キヤー!!』
「あ、こら! 眼帯をひっぱるんじゃねー! なんだよこれがカッコイイってか? わかってんじゃねーかおまえー!」

 なんだか甥っ子や姪っ子をあやすおねえちゃんみたいな雰囲気を漂わせる天龍さんをほおっておき、私は集積地さんの様子を見る。今しがた『バカなッ……私の球団が……ッ!?』と悲痛な声をあげていた集積地さんは、どうやら妖精さんたち二人の策略にはめられ、約1500億円の借金を抱えた挙句、苦労して手に入れた球団を手放したようだ。ボンビー恐るべし。

「バカな……なぜみんなが私にボンビーをなすりつけていくんだ……」

 うつろな目で中空を見つめ、ぶつぶつとそうつぶやいている集積地さん。……集積地さん、これはそういうゲームなのです……。二人の妖精さんは満足したのか、私の肩と頭に飛び乗ってきた。

「なー集積地ー」

 頭上に陣取る子鬼さんに髪の毛をくしゃくしゃにされた天龍さんが集積地さんに声をかけていた。見ると眼帯がズレているが、目だけはしっかりと隠れている。そして掴んだ子鬼さんをゆらゆらさせているのは止めてない。

「返せ……私の球団……ぁあ? テンリュウどうかしたか?」
「あのさ、こいつらって艦種で言えば何になるんだ?」
「魚雷艇だな。こいつらを駆逐するための艦がイナズマたち駆逐艦だ」
「へぇえ〜……んじゃ電はこいつらの天敵ってわけだ」
『ギャァアアアア!?』
『ヴォォオオオオ!?』

 天龍さんが変なことを言うものだから、数人の子鬼さんたちが私を見て明らかにガタガタ震え始めた。私も子鬼さんたちともっと仲良くなりたいのに。

「まぁいいじゃねーかそのうち仲良くなれるって!」
「天龍さんが仲良くなった早さには負けるのです……」
「そっか?」

 こうして私たちが楽しく話をしている最中も、別の子鬼さんたちが資材を資材貯蔵庫に運び込んでいる。私たちの視界のすみっこでとことこと動きまわる子鬼さんたち。本当に子鬼さんたちは働き者だなぁ……。

「そういやさ。お前らって魚雷艇なんだよな?」
『きやー!』
「魚雷ってどこから撃つんだ? 口の中?」

 言われてみると不思議だ。以前に子鬼さんたちと天龍さんが演習で戦った時は猛スピードで動きまわる子鬼さんたちに驚かされて、いつどうやって魚雷を発射していたのかまったくわからなかった。

「よし。てめー、ちょっと口ん中見せてみろ」
『アガガガガガ……』

 子鬼さんの両腕を右手でつかみ、左手で子鬼さんのほっぺたをつまむように挟み込んだ天龍さんは、そのまま子鬼さんの口を無理矢理に開かせていた。

「おいおい。私の子鬼に乱暴はやめてくれ」
「心配すんな口の中みせてもらうだけだって。どれどれー……」
『アガガガガガガ……』

 なんだか私も気になってきた。子鬼さんの魚雷の威力は破格だった。あれたけの威力の魚雷、どこからどうやって発射していたんだろう。とても気になる……それは妖精さんも同じようで、私の肩と頭の上で、なんだかそわそわし始めていた。

「い、電にも見せて欲しいのです」
「イナズマもか……」
「よっしゃイナズマ、一緒に謎を解明しようぜ!」
「なのです!」
『アガガガガ……』

 天龍さんと妖精さんたちと共に、子鬼さんの口の中を観察してみる……その小さな身体に似合わない巨大な口から覗くものは、不釣り合いなほどに大きく、異形といっても差し支えない……おぞましくうごめく鮮やかなピンク色の舌。

「う……」
「こ、これは……」

 私たちは気付いてしまった。この愛嬌のある動きと資材を集めてくれるマスコット的存在という雰囲気に隠れがちだが……唇がないため外気にむき出しになっている歯と歯茎は、人間のそれをそのまま大きくしたような印象を受ける。そのため見るものの不快感と恐怖心を無理矢理にかき立ててくる……そして歯や舌はテラテラとおぞましく湿り、輝いていた。明らかに私達とは異なる、粘度を持ったヨダレが歯や舌を湿らせ、滴り、その様はまるで肉食獣……それも、腐肉を食い散らかした後の化物の口のような……これは……

「キメぇな……」
「キモいのです……」
『ガーン……』
「しょぼーん……」

 この時私には、子鬼さんと集積地さんのおでこに縦縞の線が見えた。

 予想以上にキモい子鬼さんの口の中に私たちがドン引きしていると、私に乗っていた二人の妖精さんが急にピコンと反応し、私から降りて入り口の方にとことこと駆けていった。

「ま、まぁそんなに気にすんなよー。お前らマジで迫力あるよ」
「震えながら言っても説得力ないぞテンリュウ……」
「だいたい迫力って褒め言葉ではないのです……」
「そっか! わりぃわりぃ!!」

 『ほらー悪かったよ機嫌なおせよー』と再び子鬼さんをゆらゆらさせはじめた天龍さんを尻目に、私は先ほど私の肩の上でピコンと反応した妖精さんたちの行方が気になっていた。二人でどこかにとことこと駆けていってから姿を見ていない。

「集積地さん。妖精さんたちは知らないのです?」
「そういえば私に1500億の借金をなすりつけた後は見てないな」

 まぁ鎮守府にいることは確かだし、ここにいる分は身の安全は保証されるわけだから問題はないだろう……なんて思っていたら。

『キャッキャッ!!』

 妖精さんたち二人が、子鬼さん二人と一緒に戻ってきた。なんだか四人で力を合わせて四角くて大きな包みたいなものをこっちに運んできている。

「あ、おかえりなのです!」
「心配したぞ。さぁ続きだッ! 次はお前らにボンビーを……?」

 私と集積地さんは四人の仲良し妖精さん&子鬼さんたちに声をかけたが、四人が運んできたものが目に入り、言葉が止まった。

 四人が運んできたものは、高級な和紙でくるまれたものだった。包み紙には、『をだや どら焼き』と書かれている。

「これは……」
「お? どしたー?」

 私と集積地さんの異変に気付いたのか、天龍さんが子鬼さんをゆらゆらさせながら覗き込んできた。

「へー。“をだや”のどら焼きって言ったら、確かかなりの高級品だぜ?」
「そうなのか?」
「ああ。なんでもどら焼きのくせにけっこう高いらしいんだ。んで人気商品だからすぐ売り切れて中々買えないって話だな」
「しかもこれ、包み紙に20個入りって書いてあるのです」
「だったら相当値が張るんじゃねーか?」

 そんなものをこの四人組はどこから持ってきたのだろうか。四人の妖精さんと子鬼さんたちは、両手を上げてドヤ顔で勝鬨をあげている。子鬼さんは歯茎丸出しのキモい顔なので、ドヤ顔というのは私の予想だけど。

『ガーン……』
「ご、ごめんなさいなのです……でも電の心を読んだらダメなのです……」
「でもよー。こいつら、このどら焼きをどこから持ってきたんだよ?」
「分からん……」
「それでもお前こいつらの大将かよ……どうすんだよこれ」
「……」

 私たち三人の間に訪れる、困惑の空気。……いや、きっと私たち三人は今、同じことを考えている。ただ、それを口に出さないだけだ。口に出してはいけない。なぜならそれは、許されないことだからだ。そうだ。そんなことをしてはいけない。口に出してはいけない。そんなことをするような悪い子になってはいけないんだ。

「あのさ……」
「天龍さん! 言ったらダメなのです!!」
「これさ……」
「ダメったらダメなのです!!」
「……食っちまおうか」
「そんなことするのは悪い子なのですー!!」

 天龍さんが、生唾を飲みながら……罪悪感に抗いつつ、ぽつりぽつりと口を開いていく。ダメだ。いけない。ここでそんな悪いことをしてはいけない。

 このどら焼きは、他の誰かのどら焼きなのかもしれないんだ。その人は何日も何日も、この“をだや”のどら焼きを待ちわびていたのかも知れない。辛い日もあっただろう。悲しい日もあっただろう。それでも今日この日……このどら焼きを食べるその日を夢見て、毎日毎日を血を吐く思いで過ごしてきたのかも知れない。私たちがこのどら焼きを食べてしまうということは、その人の夢を壊すことだ。その人の誇りと尊厳を踏みにじる行為だ。

 そうやって私が葛藤に苦しんでいた時。集積地さんがポツリとつぶやいた。

「……熱いお茶ならすぐ準備できるぞ」

 前言撤回。このどら焼きは、今日私たちに食べられるために生まれてきたのだ。そのためだけにこの世に生を受け、実り、収穫され、調理されたのだ。私の口に運ばれるために、農家のおじちゃんの手によって畑に撒かれ、太陽の光を受けてすくすくと育ち、おばちゃんに収穫され、職人さんの手によってどら焼きとして生まれ変わったのだ。きっとそうだ。そうなんだ。

「集積地さん、お茶を淹れて欲しいのです」
「了解した。可及的速やかに淹れる」
「では天龍さん、電たちは包みを開けるのです」
「おう」

 お茶の準備という重大任務を集積地さんに任せ、私と天龍さんはどら焼きを開封することに全力を傾ける。心なしか包みを破る私の手に緊張が走る。それは天龍さんも同じだったようで、天龍さんの手は若干震えてるように見えた。

「いや、さっきまで子鬼のやつをゆらゆらさせてたから疲れただけだよ」

 包み紙を剥がし終わった。その中から出てきたのは……

「こ、これは……」
「美味しそうなのです……」
「お茶淹れてきた……ぞ……」

 黄金色に輝き甘い芳香を纏った、この世の何よりも美しいと言える奇跡のどら焼きだった……。

 そのかぐわしき甘い香りを、胸いっぱいに吸い込む。

「すんすん……甘くていい香りなのです……」
「この匂いがすでに美味しい……すんすん……」
「なんだかずっと嗅いでいたくなるな……すんすん……やべえ」

 吸い込む度に、甘い香りが私の口の中に……胸の中に広がっていく。集積地さんが言ったことは正しい。すでに香りが美味しい。ずっと吸い込んでいたい……この香りに包まれていたい……私たち三人+妖精さんたちと子鬼さんたちは、どら焼きを囲むように円陣を組み、時間も経つのも忘れてただひたすらその香りを胸いっぱいに取り込み続けた。

 香りを存分に堪能するために閉じていた目を、私は静かに開いた。途端に私の視界に飛び込んでくる、黄金色に輝く魅惑のどら焼き。どら焼きたちは、私たちの耳元でこう囁き続けていた。とってもかっこいい、イケメンな声だった。

――俺が欲しいんだろ? いいぜ お前と一緒に一緒に堕ちてやる……

「よーし! 一個目は俺が……!」

 聞こえるはずのない誘惑に負けたのか何なのか……天龍さんはどら焼きの一つに手を伸ばしそれを口に運んだ。口を『ぅぉああーん』と大きく開け、どら焼きの半分以上を口にいれ、食いちぎって丹念に咀嚼している……

「んー……」
「どうだ!? どうなんだ!?」
「……」
「天龍さん! このどら焼きの味はどうなのです!?」

 口の中に入れたどら焼きを静かに味わう天龍さん。その天龍さんの両目から、一筋の涙がこぼれ落ちていった。

「天龍さん!?」
「な、泣くほどなのか……そうなんだな!?」

 天龍さんは、ただ涙を流しながらどら焼きを味わっていた。こんな天龍さんは初めて見る……

「おい電……もぐもぐ……集積地、やべえぞこのどら焼き……」
「ど、どうやばいのです?」
「俺が今まで食ってきたどら焼きって……何だったんだろうな……もしくは、今俺が食ってるこれ、どら焼きじゃなくて何なんだろう? ……もし、神様がこの鎮守府に遊びに来たとしたら、このどら焼きはきっと、その神様の手土産なんだろうな……」

 感極まっているためか、天龍さんは何やら意味がよくわからないことを言いながら、丁寧にどら焼きを咀嚼して味わっている。いつもは荒々しい言動の天龍さんが『神様』なんて言葉を口にしているあたり、このどら焼きは相当に美味しい代物のようだ。

「わ、私も食べてみよう……」
「ああ、食ってみろ集積地」
「い、電も……」

 我慢の限界だ。これ以上のお預けはもう耐えられない。私と集積地さんは二人で一緒にどら焼きを手に取り、そして同時に口に含んだ。同じタイミングで子鬼さんたちと妖精さんたちも、二人で一つのどら焼きをわけあって食べていた。

「はぐっ」
「むぐむぐ……」
「……」
「……」
「「……美味しいな……」のです……」

 私はこれまでも、何度か『どら焼き』と称される菓子を食べたことがあった。美味しいものもあった。甘いだけで、いうほど美味しくないものもあった……色々あったが、すべてがどら焼きだった。

 だが……今私が食べたこのどら焼きは……いや自称『どら焼き』であるこの何かは、私が知っているどら焼きとは根本的に違うものだった……はちみつが練り込んであると思われる生地の優しい甘さと香り……そしてその生地に隠れていた、甘みが絶妙なあんこ……口の中に入れた途端にこってりとした甘みが口いっぱいに広がるが……

「……」
「……」

 飲み込んだ途端、その甘みは口の中からスッキリと消えた。後に残るのは、どら焼きがそこにいたのだという、甘い香りと美しい余韻……まるで、とってもキレイな人が歩いたあとのような甘くてキレイな残り香……天龍さんの言いたいことが分かった。これは神様だ。どら焼きではなく神様なんだ。神様が私たちにくれた、天国の食べ物なんだ。神様は、いつもこんなに美味しい物を食べているんだ……

「……」
「……」

 私は実感した。人は、美しいものと出会った時、感動を抑えられないということを……真に尊いものと相対した時、涙が止まらないということを。涙が止まらない。感動が抑えられない。

「ずず……あー……どら焼きのあとのお茶ってうめーなー……」
『キャッキャッ!!』

 私と集積地さんがどら焼きの余韻に浸っていた時、私達に背中を向けた天龍さんのこんな声が聞こえた。

「ほらよ電。集積地も」

 天龍さんが、私と集積地さんにお茶が注がれた湯のみを持たせてくれる。私と集積地さんはしずしずとその湯のみに口をつけ……

「「ずず……」」
「……」
「……」
「「……!?」」

 私は苦いお茶が苦手だ。だから赤城さんや司令官さんが苦―いお茶を飲んでいるのを見て、『大人になったらあんなに苦いものを飲まなきゃいけないのか……牛乳でいいのに……』と常々思っていたが……今日、私はそれを改めようと思う。天龍さんが渡してくれたお茶のこゆい苦味は、口の中に残るどら焼きの甘みと混ざり合って、さらに美しい余韻となって私の口の中で輝きをました。

「集積地さん……」
「イナズマ……」
「世界はこんなにもキレイなのです……」
「そうだな……世界はこんなにも美しい……」

 心が動くとは……感動するということはこういうことなのか。涙が止まらない。世界の真の美しさを垣間見た私と集積地さんは、ただひたすらに涙を流し続けた。

 お茶が口の中をさっぱりとさせたその直後、私はあることに気付いた。

「……消えちゃったのです」
「……だな……消えちゃったな」

 そう。余韻が消えた。どら焼きの余韻がキレイサッパリと消えた。それは、桜の花が散った時の寂しさに似ている。どら焼きの余韻が消え入る瞬間の美しさは、まさに風に乗って美しく散る桜の花びら。その瞬間はとてもキレイだ。でも、その後に残された私たちの胸に訪れるのは寂しさ。もうあの美しさを見ることは出来ない……次の機会まで待たなければならないという寂しさ。

 この寂しさを解消する方法を私と集積地さんは知っている。今手に持っているどら焼きの残りを、再び口に運ぶことだ。私と集積地さんは、再びあの感動と喜びを味わいたくて……もう一度、その儚い美しさに身を委ねたくて、残りのどら焼きを口に運んだ。

「美味しいのです! 美味しいのです!!」
「うまいな……うまいなイナズマ!」
「あっ! お前ら! 俺の分のどら焼きも残しとけよッ!!」
『キヤァァアアアアア!』

 私と集積地さんは止まらなかった。手に持ったどら焼きがなくなれば新たなどら焼きを手に取り、どら焼きを口に運べばお茶をすすり……お茶を飲んだら再びどら焼きを頬張って……そうしてしばらくの間、私と集積地さん、そして天龍さんは、どら焼きの甘い誘惑の虜となってしまった。

 そうしてどら焼きが残り3個になったときのことだった。ゴウンゴウンという貯蔵庫の入り口が開く音が大げさに聞こえ、外の空気と光が貯蔵庫に侵入してきた。

「……誰かが来やがった!?」
「バカなッ……!?」

 貯蔵庫内に鳴り響くコツコツという靴音。こんな音を立てて歩く人は、この鎮守府ではただ一人。この靴の音は男性が履く革靴の音だ。ということは……

「おーい集積地ー」
「し、司令官さん!?」
「なんだ電もいたの? ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 そう。鎮守府の中でたった一人の男性である司令官さんだ。どら焼きの熱狂で我を忘れていた私たちの意識が、司令官さんの声で現実世界に呼び戻された。私たちはどら焼きの惨状を見る。20個もあったどら焼きが、今や残り3個……

「や、やべーぞ電……」
「で、でもこれが司令官さんのものだと決まったわけではないのです……!」
「俺が酒保に頼んで取り寄せといたどら焼き知らない? 今日来るお客さんのために用意したんだけど、いつの間にか酒保から無くなってたらしいんだよねー……誰も知らんって言うし……」

 全身の血の気が引いた。私たちは司令官さんがわざわざ取り寄せたどら焼きを食べてしまったというのか……!? そうこうしている間にも、司令官さんの足音は容赦なく私たち三人の元に近づいてくる。いけない。このどら焼きの残骸をなんとかしないと……私たち三人は残り2個のどら焼きと包み紙の残骸を持って、司令官さんの死角になるボーキサイトの陰に隠れた。

「い、電たちは知らないのです!」
「? 電、なんか焦ってない?」
「焦ってねーって!」
「天龍もいるの?」
「そ、そうだ知らない! 『をだや』のどら焼きなんか知らない!!」
「? 俺何も言ってないのになんで取り寄せたどら焼きが『をだや』のどら焼きって知ってるの?」

 集積地さぁぁああああん!!! 余計なことを言ったらダメなのですぅぅぅううう!!!

「……まぁ、知らんなら仕方ないな……他をあたってみるか」

 ほっ……なんとかごまかせたのです……と私が胸をなでおろした時の事だった。

『きゃっきゃっ……』
「? なー集積地?」
「ど、どうした!?」
「今さ、集積地のPT子鬼がすごーくキラキラ輝いた顔で俺の足元にいるんだけどさ」
「し、失礼した! すぐに私の元に戻らせる!!」
「いや、そいつな。俺にどら焼きをくれようとしてるんだけど……」

 その時私は気付いた。確かに司令官さんが来た時のどら焼きの残りは3個だったということを……集積地さぁぁぁああああああん!!! ちゃんと子鬼さんたちの行動を把握しなきゃダメなのですぅぅううううう!!!

「まさかお前たち……」

 もう観念するしかない……私たち三人はすべてを諦め、司令官さんの前に姿を見せた。残り2個のどら焼きと、包み紙の残骸を手にして。

「ごめんなさいなのです……」
「す、すまねぇ提督……」
「も、申し訳なかった……」
「お前たち……そのどら焼きは貴重品なのよ? それが分かってたから今日に合わせてわざわざ一ヶ月前から予約してたのに……」

 いっかげつまえ……!! 私たちはそんな貴重などら焼きを……!?

「で、でも子鬼さんがどこからか持ってきたのです! 電たちは知らなかったのです!!」
「そ、そうだ! 俺たちゃ何もしらねー! 責任があるとすれば子鬼だ! さらに言えば子鬼たちの親分の集積地だ!!」
「なッ……!? だいたい食べようってそそのかしたのはテンリュウじゃないかッ!」
「それを言ったら『お茶なら出せる』て最後のダメ押ししたのは集積地じゃねーかッ!」
「け、けんかはやめてほしいのです……」
「てめーだってこんな時に限って旗艦の威厳たっぷりで俺と集積地に『お茶を淹れてこい』とか『包みを開けろ』とか指示出しまくってたじゃねーか電ッ!!」
「!?」

 私たち三人の醜い攻防がやいのやいのと続く。その間司令官さんはホクホク顔の子鬼さんから手渡されたどら焼きを悲しそうな顔で口に運び、そのまま私たちの口喧嘩を眺めていた。

「美味しいなぁ……をだやのどら焼き……」
「それには同感なのです」
「だな」

 その後私たちは執務室に連行され、司令官さんのじとっとした視線に耐えつつ、大淀さんの小言にしばらく付き合わされる羽目になってしまった。

「まったく……今日この日のために一ヶ月前から準備してたんですよ? お客さん甘党だから、これを手土産代わりに渡そうと思ってたのに……」
「ご、ごめんなさいなのです……」
「出処が分からないものなら、まず提督に確認を取るのが当然じゃないですかっ」
「め、面目ねぇ……」
「集積地さんも……今はこの鎮守府のメンバーなんですから、ちゃんと規律には従ってくださいっ」
「も、申し訳なかった……」

 確かに大淀さんの言う通りだ……出処不明のどら焼きなら、食べる前にちゃんと司令官さんに確認を取ればよかった……そうしていれば、こんなことにはならなかった……。

「あ、あのー……司令官さん。ひとつ、質問いいのです?」
「ん? どうした電?」
「お客さんに渡すどら焼き無くなっちゃって……どうするのです?」
「鳳翔に急遽お茶請けというかお菓子みたいなのを作ってもらってる。持ち帰りはできないけど、なんとかなるだろう」
「間に合うのです……?」
「鳳翔だからその心配はいらんと思うよ」

 私達の愚行は鳳翔さんにまで飛び火してしまったみたいだ。あとで鳳翔さんには誠心誠意謝っておこう。

「提督」
「ん? どうした集積地?」
「てことは残りのどら焼きはどうするんだ?」
「……まさか『いらないなら食わせろ』とか言うつもりじゃないだろうな?」
「そ、そのとおりだが……」

 集積地さぁぁあああああん!!! 余計なことを言っちゃダメなのですぅぅううううう!!?

「もうしこたま食べたでしょ? 少なくともお前たちにはやらん」
「しょぼーん……」

 しかし、確かに少々気になる。今残り2つのどら焼きは皿に盛られ司令官さんの机の上に置かれている。距離が離れていても漂ってくる、どら焼きの甘い香り。さっきから私の鼻をくすぐってきて仕方がない。

「まぁそれは置いといて……真面目な話、この残りのどら焼きはどうします?」
「1個は間宮のチケットと一緒に鳳翔にあげようかなと。急遽お茶請け作ってくれたお礼として」
「なるほど」
「最後の1個は大淀が食べちゃっていいよ」
「よろしいんですか?」
「他のやつに意味もなくあげたらえこひいきになるしね。このどら焼きの存在を知ってるのは、あとは大淀だけだから」

 いつもの死んだ魚の眼差しでそういう司令官さんに対し、大淀さんは困惑というか困った顔というか……でもどこかうれしそうというか……かなり複雑な表情をしていた。心持ちほっぺたが赤くなっているから、ひょっとすると大淀さんも食べたくて仕方なかったのかもしれない。

「いいから食べちゃってよ。このことは他のみんなには秘密だ。その口止め料ってことで」
「で、では……いただきます」
「どうぞ」

 私や天龍さんとは異なり、両手で上品にどら焼きを持った大淀さんは、そのまま口を開いてどら焼きを口に運び……

「はむっ……」

 どら焼きを一口かじっていた。

「んー……」
「……」
「……んっ!!」

 あ、大淀さんのメガネが光った。

「提督……これは……ッ!」
「美味しいでしょ? をだやのどら焼き」

 司令官さんの問いに答えることなく、大淀さんはメガネを輝かせたまましずしずと立ち上がり、そのままテキパキとお茶の準備を始めていた。その動きには迫力を感じる。不思議だ。大淀さんの動きにプレッシャーを感じる日が来るとは思ってもなかった。

「……なにやってるの?」
「熱いお茶を……これほどのどら焼き、こちらも相応のお茶を準備しなければどら焼きに対して失礼というものです」
「俺、お茶なしで食べちゃったんだけど……」

 私は直感した。大淀さんも堕ちた。どら焼きに心を奪われたようだ。

「バカなッ! 提督! そのような暴挙は許されませんよッ!?」
「なんで業務外のことでそんなに怒られなきゃならんのよ……そもそもお前さん、なんだか性格変わってない?」

 ちなみに余談だが、鳳翔さんが準備したお茶請けは冷やしおしること塩昆布だとか。あんこってそんなにすぐ準備出来るものだったのか……鳳翔さんの冷やしおしるこはお客さんに大好評だったようだ。美味しそうだな……今度集積地さんと一緒に食べさせてもらおう。もちろん、今回のことを謝った後で。

「イナズマ」
「はい?」
「今度ホウショウに冷やしおしるこ食べさせてもらおう」
「はいなのです」
「「キリッ」」
「……それはいいけど反省はしてちょうだいね?」


 
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