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ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~

作者:???
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帰郷-リターンマイカントゥリー-part5/すれ違いの親子

ルイズがサイトとハルナの二人と共に実家に連れ戻されたことは、あの後すぐにアンリエッタの元に通達された。しかし、ちょうど公務と政務、そして今後の怪獣災害対策等の会議にアンリエッタが追われていたこともあり、ルイズたちがちょうど実家に到着した時刻に、ようやくアンリエッタのもとに話が通ったのだった。
「では、ルイズは姉上であるエレオノールさんによって、ヴァリエール公爵家に連れ戻されたのですね?」
「は、はい…そうです」
執務室にて、女王に対して言い辛そうに、ギーシュが頷いた。
「申し訳ありません、陛下。私が目の前にいながら、彼女の姉上殿を止められませんでした」
跪いているアニエスはアンリエッタに謝罪を入れるが、彼女は首を横に振った。
「いえ、いいのです。アニエス、謝ることはありません。事実、公爵家の方々が連れ戻しにかかるのも無理はないでしょう。私はルイズのご両親に何も言わずに、ルイズの力を借りようとしているのですから」
「ルイズの力を…?どういうことだよ、ギーシュ」
マリコルヌは、『ルイズの力』について妙に意味深な言い方をするアンリエッタに疑問を抱き、
「いや、そんなの僕に聞かれても…」
「あなた、アルビオンへの旅路でもルイズやサイトと一緒だったんでしょ?何か知ってるんじゃないの」
モンモランシーからも詰め寄られたが、ギーシュは知るきっかけなどなかったから、彼女がまさか伝説の系統に目覚めていることを知らなくて当然だった。
ルイズが虚無に目覚めたことなど知らない彼らからすれば、今でもルイズは陛下からの信頼を得てはいるものの、魔法はいまだに『ゼロ』のまま。にもかかわらず女王に頼られているという不思議に疑問を抱くのも無理はなかった。
「あの、お言葉ですが陛下。お尋ねしたいことがあります」
その疑問を、レイナールがアンリエッタに向けて投げかけてきた。
「なんでしょう」
「ルイズの魔法の力がないことは、陛下もすでに彼女から聞いているはずです。使い魔のサイトはともかく、彼女をこのUFZに加入するには、少々問題があるのでは…?」
少し目を閉じると、レイナールからの質問にアンリエッタはこう答えた。
「…ルイズの力のことについては、たとえ女王であろうと私個人の口から気安く口にすべきことではありません。ルイズが話してもいいと考えるまで、彼女のそれについて触れることはなりません」
「わかりました、陛下がそこまでおっしゃるからには、何か深い事情があるという…ことですね」
相手は女王、彼女よりも遥かに下の身である自分があまりとやかく言う立場ではない。
「それよりも、陛下。連れ戻されたルイズを、もう一度こちらに呼び戻す必要があると思います。どうなさるおつもりですか?
先ほどの時刻、既に公爵殿も会議終了の後、領地に戻られてだいぶ時間が経過したそうですが…」
既に夜、トリスタニアで会議という用事を済ませた公爵は、この時点で自分の領地であるヴァリエール家に戻っていた頃だった。
「ヴァリエール公爵家は、わがトリステイン王家とは古き親戚にしてトリステイン国内において高位に立つ家。ならば、私自らが説得に向かった方が、公爵殿も話を聞いてくださるはずです」
アンリエッタは自ら、公爵家の面々を説得することに決めた。自分ほどの立場でなければ彼らも自分たちの話に耳を傾けないはずだ。
「で、でも陛下…ここからヴァリエール領までかなり距離があるんですけど…」
マリコルヌが言う。このトリスタニアからヴァリエール領まで結構な距離が開いていることを指摘した。小国とはいえ、馬車だと二日以上はかかる。公爵も早く移動できる馬と馬車で移動しているが、今のトリステインは軍用の竜も多くなく、このためだけに運用するのも難しい状況だった。
「それなら安心してくれ。馬や竜よりも早く移動できる手段がある」
すると、ここにきてジュリオが口を挟んできた。
「あるのですか!?」
ジュリオの口から放たれた言葉に、アンリエッタが目を丸くする。
「ええ。その気になれば、このトリスタニアからヴァリエール家に、数時間もかかることなく飛ぶことは可能です」
「本当かよ…?」
マリコルヌが疑わしげにジュリオを睨むが、そんな彼と主に男性陣が疑惑の視線を強めに放ってきても、ジュリオはいつもの爽やかなスマイルを浮かべたままだ。
「そんなに疑うなら、見せるだけだ。陛下、そしてみんなも…ちょっと広いところに来てくれよ」



ルイズがカトレアにからかわれつつも就寝前の談笑を楽しみ、サイトがムサシと二人で秘密の会話を交わしあっている中、ハルナは一人自分のために用意された客室にいた。
いきなりだったな。まさかルイズの家に連れてこられるとは。それも…まったく得意じゃない侍女の役目として。最も、ここに来るまで侍女らしいことはしなかったが。どうもエレオノールは見てくれだけでも貴族としての姿勢をアピールしたいのか。そういうところも含め、ルイズの姉であることがなんとなく納得できる。
この屋敷だってそうだ。まるで迷路のようで迷ってしまいそうになった。住む世界が異世界であるというだけじゃない。身分とかでも本当に違う世界なのだと思わされる。
しかし、いったいなぜわざわざお姉さんが強引にも実家に連れ帰ってきたのだろう。その理由を、詳しい話を聞いていないハルナは知る由もなかった。
また、自分やサイトとも、そしてこの世界で知り合ったシュウともまた違う世界から来たムサシという人物にも出会うという驚きの展開もあった。怪獣と人類がともに共存しているなんて夢物語のような世界が実在している。にわかには信じがたいが、あのムサシという人物には強い好感を持てた。人生の先輩としても、彼は相談に乗ってくれそうだ。…主にサイトがらみのことで。
そうだ、サイトといえば…。ハルナはサイトたちのおかげで取り戻すことができた、地球にいた頃の私物を探る。学校鞄の中に教科書や愛読している小説、財布と携帯などが詰まっている。携帯は当然ながら電池が入っていなくて起動させることはできない。最も通話などできないが。
その中でも何より大事にしているものが…
「えっと…確か…………あれ?」
その時、ハルナは頭を上げる。
「私…何を探していたんだっけ」
確かに自分は今、鞄からあるものを取り出そうとしていたはずだ。けど、なぜかここにきてそれが思い出せなくなっている。なんだか、頭に奇妙な靄がかかっている。
何を思い出そうとしていたんだっけ?…いや、いいか。
明日も、サイトと話をしよう。そして、ムサシから聞いてみることにしよう。あの年頃の男の子の気を引くにはどうすればいいのか、とか。そう思うと、不思議と笑みが浮かぶ。
やっぱり自分は…そうなのだ。気が付くとサイトのことが頭に浮かんでくる。
「…おやすみ、平賀君」
ここにはいないサイトへ、お休み前のあいさつを済ませ、ハルナは鞄を部屋のテーブルの上に置いて、ベッドに入り込んで眠りについた。


それを、『黒い闇の何か』が覗き見ていたとは知らずに…。



翌日…。
「ふああ…よく寝た」
起床したサイトは背伸びした。
ルイズがこの屋敷に戻ってから、あまり顔を見ていない。やはりお嬢様が下々と気安く話すことはよろしくないとでも思われているだろう。サイトからすれば面倒なだけだが。
ハルナやムサシとの会話以外にやることが特になかった。だから今日も何か面白い話でも聞きに行こうかと思い始めた頃…妙に屋敷内の召し使いたちが慌ただしく動きだした。
「な、なんだ…?」
騒がしい。一体どうしたのだろう。
「平賀君、おはよう!」
そこへハルナもサイトのもとへ駆け寄ってきた。
「あ、ハルナ。おはよう。けど、どうしたんだこの騒ぎ?」
「さあ、私も起きてすぐに『退いて退いて!』って言われて…」
「多分、公爵様が帰ってきたんじゃないかな?」
さらに、ムサシとピグモンが後に続いて二人のもとにやってくる。
「公爵様?」
「ルイズちゃんたちのお父さんってことだよ」
「ルイズの、お父さん!?」
それを聞いて、自分でも不思議なくらいの緊張感がサイトたちに走った。




そのルイズは、庭を一望できるバルコニーにて、今朝も家族と一緒に朝食をとることになった。その際には母と二人の姉以外にも、ムサシが言っていた通り、ルイズの父であるヴァリエール公爵がいた。
エレオノールと同じ金色の髪と髭に、片眼鏡をかけた50代の初老の男。見た目からして彼は厳格そうな風貌をしていた。
「あなた、王都からの呼び出しの会議はいかがでしたか?」
「どうもこうもない。ここしばらく怪獣の出現が頻発している以上、新たな軍の編成と戦力増強で会議は決議された。だが、実に見ておられぬ有様だったわい。どいつもこいつも、ウルトラマンとかいう得体のしれぬ連中に頼ろうとしている」
「ですが、今のトリステインのみの力で、今のアルビオンを…レコンキスタの使役する怪獣たちに立ち向かえるのでしょうか?」
「それをどうにかするために、傍観者気取りのゲルマニアの連中を説得するべきではないか。それを連中は、バカの一つ覚えのごとくウルトラマンの名ばかりを口にしおって…。同じ貴族として恥ずかしいことこの上ない。
あの鳥の骨もだ。ならばとばかりに、軍を退役したわしに向かって『一個軍団編成されたし』だと?ふざけおって…現役の者でどうにかしようとも思わんのか」
どうやらこの公爵も、ウルトラマンに依存し始めている貴族に失望しているようだ。
「では、旦那様は手を貸さないと?そうなれば、ヴァリエールに逆心ありと噂されるのではないでしょうか?」
妻からの問いに対し、さも当然のごとく公爵は言った。
「どうせその噂も枢機卿を名乗るあの鳥の骨の差し金として流布されるのだろうが知ったことか。寧ろウルトラマンが戦に必ず来ると盲信している馬鹿どもをあえて戦に向けて動かし、必ず来ないことを思い知らせることで一度敗北の味を覚えさせた方が連中にはいい薬になろう」
「怖いことをおっしゃりますのね。宮廷の雀たちに聞かれていたらどんな目で見られるか」
カリーヌはそう言うが、とても怖いと思っているようには見えなかった。もしここにその鳥の骨と揶揄されているマザリーニがいたら、どんな顔をしていたことかなど、公爵からすればその顔さえも見たいとさえ思うほどなのだ。
「それとルイズ」
公爵は、今度はルイズの方に視線を傾けた。
「エレオノールから話は聞いた。舞台女優として舞台に立ったそうだな」
「はい…」
「ヴァリエールの者であるお前がなぜ、そのようなことをした?」
「それは……」
父は決して厳しいだけの人間ではないのだが、今の父と母、上の姉から発せられるプレッシャーに圧されかける。だが、言わなければ。自分があの人に…幼き日からの友と信じてくれる女王のために。
「…お父様。舞台女優として一度舞台に立ってしまったことは、確かにヴァリエール公爵家の出のものとして恥ずべきことでしょう。でも、これも大切な任務を果たすためだったの!姫様は…いえ、女王陛下は私を必要としてくださっているの!」
そうだ、自分には女王命令を果たすためという正当な理由はある。ならば恐れることなどない。あの父でも、陛下に逆らうことはあるまいと。
「ルイズ、あなたお父様に向かって!」
「お姉さまは黙ってて!私はお父様と話をしているの!」
「ッ!?」
強気な姿勢に出た妹に、エレオノールが怒りを覚えて無礼だと注意を知れようとしたが、逆にルイズから不測の返答が飛んできて思わず黙らされた。あのルイズが、姉に向かってここまで真っ向から逆らうことなど、彼女の家族たちからすれば一度も見たことがなかったことだった。
「大切な任務だと?」
ジロッと再び自分を見てくる父に気圧されかけながらも、毅然とした態度を崩すまいと必死になりながら、ルイズは話を続けた。
「はい。お父様もご存じの通り、現在のトリステインはアルビオンに救う邪悪な侵略者たちと戦うための対抗策を、陛下が率先して講じています。
私は陛下から、城下を中心に、怪獣や侵略者の発生原因を突き止める任、裏切り者をあぶりだす任…トリステインのために、あの方のためにできることを進んでこなして行ったんです!」
「あなた、私たちに内緒でそんな危険なことに…!」
エレオノールがきつい言葉を言おうとするが、公爵はそんな娘の言葉を遮るように、ルイズに問い返した。
「お前、系統に目覚めたのだな?」
「……」
ここまで危険な任務を、女王からの命令で受けたことを知った公爵は、『ゼロ』だったはずのルイズが魔法に目覚めたことに気付く。やはりこの人は只者ではないと痛感する。
「四系統のどれだ?」
その問いに対してルイズは一時言葉を詰まらせる。そうだ、虚無のことは他言無用だ。たとえ家族である彼らにも話すことは許されない。いや…そもそも信じてもらえるはずがない。ウルトラマンさえも驚かせたあの伝説の系統…虚無に目覚めたなど。
だから、やむなくルイズはうそをついた。
「火です…」
「火か…おじい様と同じ系統だな。だが…戦に惹かれる罪深い系統だ」
伏し目がちに公爵は呟く。メイジの軍人は特に火が多く、水は衛生兵などを勤めることが多い。公爵は現役時代にそれを飽きるほど見続けてきた。
「ルイズ、陛下は才能とかと関係なく…ほかでもないお前自身を望んだのか?」
「…はい、その通りです。始祖に誓って」
「名誉なことだ。父として鼻が高い。だが……だからこそお前に危険をこれ以上侵させるわけにいかぬ」
「な…お父様!?」
今の言葉から、もしかして自分がこの先も危険を承知で陛下の任務を受けることを認めてくれるのかと思ったが、結局望まない答えが返ってきた。
「家臣ならば使える相手の間違いを指摘するのも忠義。陛下にはわしから上伸する。ルイズ、お前にはやはり謹慎してもらう。魔法学院にも退学願いを出しておく」
「そんな…納得できません!」
魔法学院さえも退学させるだと!?父の強引すぎる決定にルイズは喚いた。
「ルイズ、それは我々の言葉だ。今のお前の考えに納得する者などこの家におらぬ。いてはならぬのだ。これもお前を思ってこそだ。わかってくれ。大方、ワルドに裏切られて自棄を起こしているのだろう?」
「違います!私は今更あのような外道からの屈辱など!」
ワルドのことを引き合いに出されたが、事実ルイズはワルドに対して抱いていた思いが単なる憧れでしかないことをアルビオンで自覚した。それにあの男から受けた屈辱をいつまでも引きずってなどいられないし、当に忘れている。それを公爵から無理やりそのように理由付けをされては余計に反論したくもなる。
だが、そんなルイズのもとに…新たな第三者の声が聞こえてきた。
「ルイズ様、そのようにいきり立たれないでください。せっかくの美しいお顔が台無しです」
「だ、誰!?」
ルイズの声に応え、バルコニーに若い貴族の青年がヴァリエール一家の前に現れた。
「申し訳ありません、公爵様。お嬢様の乱心を見過ごせなかったもので…」
「構わんよ。君を着けなければルイズを大人しくさせられんからな」
突然の来訪の無礼を詫びる青年だが公爵は首を横に振ると、ルイズに向けて彼についての詳細を教えてくれた。
「紹介しよう、ルイズ。彼はお前の新たな婚約者の『フレデリック・ド・アルベルト』君。アルベルト男爵家の次男殿だ」
「お、お父様!またそんな勝手に…!!」
また勝手に婚約者を決めた父にルイズは声を荒げた。
「いいかルイズ。ほとぼりが済むまでこの屋敷から出るな。無理に魔法を覚える必要もない。この機会だから彼と話して落ち着くがいい」
「お父様!」
父は既に食事を終え、ルイズの話には聞く耳持たずの姿勢を貫いたまま、バルコニーから去ってしまう。ルイズは一気に意気消沈した。父がまるで自分の話に耳を傾けようともしてくれなかった。
「ルイズ、お父様のお気持ちを理解なさい。あの方は自分がもう若くないから、あなたがいつまでも危険な王都にいることを心配しておられるのよ」
カリーヌがそう言うが、母の言葉もルイズには届かない。
「でも、これで決まりね。フレデリックさん、ルイズのことをよろしく頼みますわ」
ようやくルイズも、これで観念するだろうと思い、エレオノールはフレデリック青年に向けて言った。
「ええ、もちろんです。なにせ彼女は私の妻となるのですから」
にこやかに、フレデリックは答えた。その笑みは裏表を感じさせないほど爽やかだった。普通に見て、この青年が好印象を与えるのに十分な男だととってもよいだろう。
「ま、待ってください!まだ私…結婚だなんて…」
だが、父から理解されず謹慎を言い渡された直後に、いきなり顔合わせをすることになった新たな婚約者にルイズは動揺し、まだ結婚できないと首を横に振った。
「お母様、お姉さま、ルイズの言う通りよ。フレデリックさんには申し訳ないけど、結論が早すぎると思いますわ」
カトレアもルイズの気持ちをくみ取ってフォローに入ると、カリーヌはルイズの方を見て、一つの予想を立てる。だが、今思いついた話は夫が連れてきた娘の婚約者の前で話すには少々まずいと思った。
「ミスタ・フレデリック。少しの間だけ席を外してもらえるかしら?ルイズに聞きたいことがあるのですけど、あなたの前では少し話辛いことですので」
「あ、はい。構いません…ではルイズ様、後で二人で話をしましょう」
カリーヌがルイズに問おうとしていることにはあまり触れることなく、フレデリックはバルコニーから一度去った。彼が去ったのを確認すると、カリーヌは改めてルイズの顔を見ながら、確信めいた予想を彼女に尋ねた。
「ルイズ…あなた恋人でもいるの?」
突然心に槍のように突いてきた母の言葉に、ルイズはぎょっとした。
「こ、恋人なんていないわ!」
口ではそう言うものの、顔が明らかに真っ赤になっている。全く持って本音を隠せていない反応だった。
「想い人はいるみたいね?どこの貴族?」
「伯爵?男爵?……まさか、シュヴァリエとかそれ以下じゃないでしょうね!?」
ジロッと目を研ぎ澄ませる母に続き、エレオノールまでも問い詰め始める。しかも、たった今のエレオノールの問いに対して、さらにルイズが過敏にビクッ!と身を震わせる。
「な、なんてこと…身分の低い者に恋ですって…!?」
「はぁ…この子はいくつになっても心配ばかりね」
信じられないといった反応を示すエレオノールとカリーヌ。まさか、ルイズが身分の低い者に恋心を抱いてしまうとは。これを公爵が連れてきた新たな婚約者に聞かれたら事である。
「だ、だだ…だから恋なんか…!」
ルイズは慌てて否定を入れるも、もはや手遅れ。
…いや、手遅れというのは、自分が身分の低い者に好意を抱いていることを隠せなくなったこと以前の問題だ。ルイズの脳裏に、実家に戻る前に魅惑の妖精亭での、サイトとハルナの二人きりのやり取りが蘇る。
『僕はどこまでも、君のもとへ駆けつけよう』
『本気だから』
その言葉は、ルイズにはどう考えてもそのようにしか聞こえなかった。そして切なくなった。家族は自分を子供のころからの『ゼロ』のままとしか見ておらず、一番に支えてほしいと願うようになった使い魔も、別の女に目を向けている……寂しい現実を痛感させ、彼女は顔に光の差し込まないほどの影を作って俯いた。
「お姉様、お母様。いきなりルイズに相談もなしに婚約者なんて、やはり気が早いですわ。ルイズも見ての通り動揺してますし、本当に恋をしているのかどうかなんてまだわからないでしょう?」
カトレアがルイズのフォロに回る。本当は恋をしているなんて誰の目から見ても一目瞭然だが、あえてそう言った。
「何を言うのカトレア!このままルイズが好き勝手するのを見過ごすわけにいかないでしょう!この子もいくら魔法の才能がなくても、れっきとしたヴァリエールの人間よ。それに見合った姿勢と気品を持たせなければならないのよ。それを、私たちに無断で陛下からの危険な任を受けるわ、下賤なものに恋をするわ…まるで自覚が足らないわ!
この際、父様の決定通りフレデリックさんとの婚姻を進めるべきよ!そうしなければこの子は『ゼロ』の自分をわきまえないまま我儘を通すだけだわ!」
「ッ……!!」
『ゼロ』。またその言葉がルイズの胸に突き刺さる。
「エレオノール、興奮しすぎよ。落ち着きなさい。あわてなくてもその方針で行きます」
しかしカリーヌたちは自分よりもこの家では権力も胆力も強い。特にエレオノールはかなり不機嫌そうに聞き入れる姿勢さえも見せなかった。
「ルイズ、いいわね?父様の言うとおり彼と結婚して、もうこの家でじっとしていなさい」
カリーヌは、一気にヒートアップしかけたこの場を鎮めるように、静かにルイズに言った。しかしそれでも、ルイズに有無を言わせようとしないプレッシャーを放っている。
「…」
ルイズは俯いたまま母の言葉に答えなかった。
「ルイズ、返事くらいしたらどうなの」
エレオノールがルイズを睨みながら言う。すると、次のルイズの口から飛んできた言葉は、皆の予想をさらに上回るものだった。
「…うるさい」
「な、ルイズあなたねぇ!」
畏怖の対象にもなっていたエレオノールに対し、ただ一言の「うるさい」と一緒に、顔を上げてエレオノールを睨み返した。
真っ赤に染まった眼から大粒の涙を流しながら、ルイズは屋敷中に響き渡るくらいの大声で喚き散らした。
「うるさいって言ってるのよ!何よ!みんな揃いも揃って好き勝手言ってばかり!何が勝手よ!何が我儘よ!お父様も、お母様もお姉様たちの方こそ…みんな勝手なことばかりじゃない!!人の事をちっとも信じてくれなくて、昔みたいに『ゼロ』の一言で片づけて、全く知りもしない婚約者をまた無理やり押し付けて!!私がしようとしていることにまでいちいちいらないケチばかりつけて!私のことなんかより、ヴァリエールの家の名の方が大事なんでしょう!!
口先ばかりで、私の事なんか全然わかってくれないじゃない!!
だったら、『ゼロ』の私なんかこの家から追い払ってしまえば済む話じゃない!!」
…違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。私はただ、虚無のことを言うことも信じてもらうこともできない、ずっと家族からも『ゼロ』のままで認めてもらえないことにイラついているだけだ。それなのに…。
気が付けば、ルイズは家族に当たってしまっていた。
「る、ルイズ落ち着いて…!」
かつてないほどの剣幕で反発するルイズに、カリーヌとエレオノールが動揺して固まる中、カトレアがルイズを落ち着かせようと言葉を発そうとするが、その前にルイズが最後の止めのように叫んだ。
「もういいわよ!!こんな家…出て行ってやるわよ!それでいいんでしょう!!」
その一言と共に踵を返し、ルイズはバルコニーから走って逃げて行った。
「ルイズ、待って!」
カトレアが手を伸ばすが、愛する妹にそれは届くことはなかった。
「「………」」
エレオノールとカトレアは、ルイズの反発に未だ固まっていた。
「おい、どうしたのだ!」
「今、ルイズ様の叫び声が聞こえたのですが…」
さっきのルイズの喚き声を聞きつけたのか、公爵とフレデリックの二人がバルコニーにやってきた。今の様子だと、ルイズとは鉢合わせしておらず、入れ違いになったようだ。
「実は…」
カトレアが、また待っている二人に代わって事情を説明する。
「ルイズ……」
話を最後まで聞き終え、公爵が遠い目でバルコニーから見える庭を眺める。
ここしばらくの間のトリスタニア方面の怪獣災害、それからルイズを守るためにと思っていたのだが…どうも受け入れてくれる気配は今のところないことを痛感した。
しかしその直後、また新たな問題がヴァリエール一家に襲いかかる。
「う…ごほ!げほ!」
「カトレア!!」
突然カトレアがせき込み始め、床の上に崩れ落ちてしまったのだ。


一方、ヴァリエール一家が朝食の時間を取っていた頃…
サイトは他にやることもなく、ムサシの部屋でハルナやムサシ、さらにピグモンを交えて雑談していた。
サイトの場合、デルフで素振りをしようとも考えたが、ムサシから「刃物を敷地内で振り回すと不振がられるから」と忠告されて、結局止めている。
今はハルナの所持品である鞄の中の教科書で話が盛り上がっている。
「…懐かしいなあ。サイト君たちの学校ではこんな内容なんだね」
学生時代を懐かしみながらムサシはハルナから借りた教科書をじっくり読んでいる。元々勤勉家でもあったムサシには別次元の地球の教科書はどことなく興味を引かれた。
「春野さん、よくそんな楽しそうに読めますね…」
「そうかな?僕は普通だと思うけど?」
あまり勉強に身が入るタイプじゃないサイトからすると、教科書を片手にムサシが楽しそうにしているのはちょっと変わった光景に見えた。
「平賀君って、授業では寝てることが多かったんですよ」
「ちょ、ハルナ!?」
「あはは、駄目じゃないかサイト君。ちゃんと授業は聞いておかないと」
「うう…」
ハルナからからかい混じりに、間抜けな授業態度をカミングアウトされ、サイトは縮こまる。しかも相手は先輩ウルトラマン。できれば格好つけたかったのだが残念ながら短い夢に終わった。
そんなときだった。
「ミスタ・ハルノ!大変でございます!」
執事が大慌ての様子でムサシの部屋を訪れた。
「ジェロームさん、どうしたんですか?」
「カトレア様が倒れてしまわれたのです!」
「!」
「カトレアって…」
確かルイズのお姉さんの名前だ。倒れた、と聞く辺り、よくないことがあったに違いない。
「すぐに来るよう、旦那様からの命令です!」
「わかりました!すぐに行きます!
済まない皆、ちょっとカトレアさんの様子を見に行くよ」
「は、春野さん、俺たちも様子を見に行かせてください!」
ムサシは執事ジェロームに言われた通り、彼に着いていこうとすると、サイトも自ら同行を願い出た。
「カトレアさんも、ルイズのお姉さんです。できることなんてないかもしれませんけど、とにかく気になります」
「し、しかしお呼びしているのはミスタ・ハルノだけなのですが…」
「大丈夫ですよジェロームさん。彼はルイズちゃんの使い魔と、彼女が保護している女の子です。問題はないです」
「…わかりました。今は早くカトレア様のことが気がかりですので、使い魔様たちも」
「ありがとうございます」
「ですが、旦那様方もおられます。お二人は入室の際は旦那様方の許可を得てからになさってください」
「はい。あ、ピグモンも一緒にいいですか?カトレアさんも気に入ってますから」
少々大所帯だが、サイトたちはジェロームに連れられ、カトレアの部屋へ向かった。

カトレアの部屋の前に来たサイトたちは、ムサシの口添えもあって入室の許可をもらった。
「動物たちが、こんなに…」
「く、クマまでいる…」
部屋には公爵夫妻とエレオノール、そしてベッドで横になっているカトレアの姿が見えたが、他にも動物たちがカトレアの身を案じているような姿勢で待っていた。犬や猫、他にも大型の動物たちがいるという異様な光景にサイトとハルナは驚く。しかしその驚きも最初の内だけ。
平民というだけでエレオノールたちは、あまりサイトとハルナの来訪を快く思っていなかったのが伺えた。特にエレオノールはあからさまだ。
「まぁ、ムサシさん。使い魔さんたちも。わざわざ看に来てくれてありがとう」
しかしカトレアは、相手が身分違いだろうと決して差別的な視線を送らなかったし、それらしい感情を微塵も思わせなかった。寧ろ来てくれて嬉しいという気持ちを露わにしている。しかし、ベッドの上で横たえている彼女はどこか儚くて弱弱しい印象だった。触れようとしたら消えてしまいそうな…そんな感じだ。
(本当に、重い病気なんだ…)
ハルナもこういった手合いの人間の存在自体は地球にいた頃から知っていた。しかしそれはテレビの向こうの存在であるというだけで、実際に見たのはカトレアが初めてだった。
部屋には、他にも動物たちが部屋の隅からカトレアの容体を心配そうに眺めている。彼らと同じように、ピグモンがカトレアに寄り添い、彼女の顔を心配そうに覗き込んできた。
「ピピィ…」
「大丈夫よ、いつも通りちょっと調子が悪くなっただけだから」
心配そうな視線を向けてきたピグモンに、カトレアはいつもの花のような笑みを見せた。
「ちょっとなものですか。見るからに苦しそうじゃない」
エレオノールが呆れ気味に、しかし一方でいつもの鋭さがあまり感じられなくなった目でカトレアを見ていた。
「ちょっと休ませてもらえれば、すぐによくなるわ。ここにはムサシさんもいるんですし」
「…ハルノ、さっそくカトレアを診て頂戴」
「は、はい!」
カリーヌから視線を送られ、ムサシはさっそくカトレアの容体を確認した。
その際、サイトはあることに気が付く。彼の目に、ムサシの体からカトレアに向けて淡い青色のエネルギーのようなものが流れ込んでいるのが見えた。このエネルギーの気配には覚えがある。
(そうか、コスモスの力でカトレアさんの病を緩和させていたのか)
今の青いエネルギー、他の人たちには見えてないものだが、
思えば、ムサシは『自分が医者だ』とは一言も言っていなかった。あくまで怪獣関連の専門家。対人間の医学など学んでいなかったのだ。だからコスモスの力を利用していたのだ。
だが、待てよ?コスモスのエネルギーはムサシを変身させるだけの量も残っていないはずだ。その状態でカトレアの容体を回復させるためとはいえ、流し込んでしまったら、いつか自分たちがこの世界から出ることもできなくなってしまうことになりかねないのでは?
(なんて人なんだ…)
自分たちの身を犠牲にしてでも、目の前の命を放っておくことができない。
それでも異世界から迷い込んだ自分を保護してくれた人への恩返しのため、何よりムサシとコスモスの優しい性格がそうさせていたのだ。
「…どうだね。ハルノよ」
公爵がムサシに確認を求める。
「大丈夫ですよ公爵、これで一安心です」
「そうか…君を保護して正解だったな。礼を言う」
「そんな、僕は僕を保護してくれた皆さんへ恩返しをしているだけですよ」
気にしないでくれと、礼を言ってきたムサシ。エレオノールはその言い方が、内心気に食わなかった。平民なのだから、自分たち公爵家から受けた例の言葉を素直に受け取ればいいのに、何を顕著になっているのかと。
「公爵様、あの…差支えなければ、彼をご紹介いただけないでしょうか?」
ふと、さっきまで無言だったフレデリックが公爵に、ムサシのことを尋ねる。
「見ての通りだ。彼は娘の専門医のようなものだ。カトレアがどうしてもと言ってな、我々の方で保護している」
「なるほど…そうなのですか。確か…ハルノ殿でしたか。ミス・カトレアを診てくださってありがとうございます。彼女はいずれ私の義姉にもなるであろう大事な方ですから」
「義姉?」
サイトは聞きなれない単語を耳にして首をかしげた。ルイズの新たな婚約関連の事情をまだ把握していない彼からすれば当然の反応だった。
「では、カトレア。体を大事にするのだぞ」
「お父様、お母様、お姉様。その前にルイズのことなのですけど…」
腰を上げて、少し名残惜しげに思いつつも、他にやるべきことがある公爵は部屋を後にしようとしたところで、カトレアが引き留めてきた。
「ルイズが、どうかしたんですか?」
ルイズのことを口にしてきたサイトに、突然公爵が彼に槍のような視線を向けてきた。
「平民…貴様、ルイズを気安く呼び捨てにしているが…どういうつもりだ」
「え、どうって…俺はルイズの使い魔ですけ、ど…」
いきなり睨み付けられ、猛烈な緊張を感じるサイト。
「なぜ気安く呼び捨てにしているのかと聞いているのよ。言っていることが理解できないのかしら?」
妹を無礼な口のきき方で呼ばれたエレオノールまでもサイトに対して鋭い視線を向ける。
すると、カトレアが二人に対して物悲しげに口を開いた。
「二人とも、やめてください。ルイズから聞いています。使い魔さんは、ルイズを守ってくれている大切な盾なのですよ」
「使い魔なのだから当然でしょう」
さも当然に言い放つエレオノールだが、そんな彼女を今度はムサシも非難した。
「エレオノールさん、その言い方はやめてあげてください。誰かを守るっていうことは、そんなに簡単なことじゃないんですよ。常に命がけなんです。サイト君は危険を承知でルイズちゃんを守ってくれている恩人でもあるんですから、もっと穏便に接してあげてください」
「…それもそうですね。それに、さっきのミス・カトレアが倒れた原因は、おそらくストレスが彼女の病気を刺激したことが原因です。理由が何であっても、あまり場の空気が悪くなることはおっしゃらない方がお互いのためでしょう」
「…そうね。ハルノとミスタ・フレデリックの言うとおりだわ。病状の娘の前で言うことではありません。エレオノール、旦那様。ルイズのことは別室で待ちましょう」
「…わかりました」「…ふん」
カリーヌはムサシやフレデリックの話に納得を示してエレオノールと公爵を諭し、渋々といった様子で二人が頷き、カリーヌと共に先に部屋を後にした。
「平賀君、大丈夫?」
「あ、ああ…大丈夫。慣れてるから」
二人の気迫にはハルナも睨みの対象じゃないのに圧されたのを感じていた。実際にそれを受けたサイトに大丈夫かと尋ね、サイトはなんともないと言った。
「使い魔君、二人に代わって謝るよ。申し訳なかったね」
フレデリックは、サイトの顔を見ると、エレオノールたちが高圧的な態度を示したことに、二人に代わって謝ってきた。
「あ、いえ…いいんです。でも、さっきの話だとルイズの奴、どうかしたんですか?それにあなたは…?」
「自己紹介していなかったね。私はフレデリック・ド・アルベルト。アルベルト男爵家の次男で、ルイズ様の婚約者としてここに来たものだ」
「こ、婚約者!!?」
サイトとハルナは、さらりと言ってきたフレデリックの話の内容に驚いた。特に、ルイズの前の婚約者のことを知るサイトは違う意味でも衝撃を受けていた。そんなサイトたちの驚きをよそに、フレデリックはカトレアの方に視線を向きなおした。
「安心してください、ミス・カトレア。ルイズ様は私が必ず連れ戻してきます。ですから、ここでお待ちください」
「え、ええ…」
カトレアが少し戸惑いを示すも、とりあえず頷いて見せたのを見て、フレデリックもカトレアの部屋を後にした。
「あの、カトレアさん…」
サイトはカトレアの方を見る。話しかけたものの、またしても色々と驚きの連続で、カトレアに対して何を言うべきか頭がこんがらがった。
「ごめんなさいね。私の家族…みんなああ見えていい人たちなの。ただ、ちょっと融通が利かないだけなの。それとあなたも、一緒だったからお母様たちが怖かったかしら?」
そんなサイトとハルナに対し、カトレアは家族のことを詫びてきた。
「いや、その…いいんです。でもそれより、ルイズになにかあったんですか?…あ、すみません…まだカトレアさん、体の調子が…」
ルイズの身に何か起こったのかを尋ねようとしたサイトだが、カトレアが病み上がりであることを思い出して、ようやく浮かんだ質問を一度喉の奥に引っ込めた。
「いいのよ。そのことなんだけど…」
カトレアはそのことを気にしないでほしいというと、サイトたちに…ルイズが公爵の計らいで新たな婚約をフレデリックと結ばされようとしている事、トリスタニアで女王からの命令で行っている任務を受けていることに反対していること、さらにルイズを危険に追いやらないために彼女の意思を無視してでも実家に閉じ込めてしまおうとしていること、そのことでルイズが朝食の席から逃げたことを伝えた。
「そう、なんですか…」
『…ルイズ…』
ずっと屈辱的な意味で『ゼロ』だと言われてきたルイズにとって、家族に認めてもらうことは叶えたい望みでもあった。しかし真っ向から自分の意思を否定されてしまって、たまらなくなって逃げてしまったのだろう。
ゼロと馬鹿にされてきたルイズの苦しみを、まだ1年にも満たない期間とはいえすぐそばでルイズを見てきたサイトには、その苦しみが理解できる気がした。義母に出会うまで、自分を見てくれたり認めてくれる家族がそもそもいなかった。それは、サイトの目や耳を通して聞いているゼロにも、その苦しみが理解できる気がした。
家族を失ったサイト、家族の存在を知らなかったゼロ、家族に自分の力の秘密を話すことも信じてもらうこともできないルイズ。誰からもわかってもらえない。努力をしても…一番ほめてほしいはずの人たちに認めてもらえない苦しみ。
きっかけこそ違えど、家族から認めてもらえないというのは、孤独感に囚われるには十分。ルイズの場合、家族が五体満足で顕在だからその分だけ苦しいのかもしれない。
「今は召使の人たちが捜している頃ね。でも、あの子のことだからあそこでしょうね」
「わかるんですか?」
「もちろんよ。子供のころから、あの子の相談相手はたいてい私がやっていたのよ?でも、今度ばかりは参っちゃったみたいね。初めて私のことも拒否しちゃった。今は、一人になりたがっているのでしょうね」
カトレアは微笑んでいたが、その笑みは寂しげだった。昔から心の支えとなってきた自分でも、今回はルイズの支えになりきれなかった悔しさも混ざっているのかもしれない。
「ルイズが陛下に認められるようになったことも聞いたわ。その背景にはきっとあなたも頑張っていたのよね?」
「それは…」
確かに手助けをしてきたとは思うが、自分だけではきっとルイズや皆を守りきれなかった。自分と一体化しているゼロやデルフ、自分と同じウルトラマンであるシュウやゲン、あらゆる人たちが自分に力を貸してくれなかったらきっと叶わなかったことだ。
「詳しく話せなくてもいいの。あの子が自信を持って前に進むことができるようになったのなら。でも…さっきも言ったように、ルイズはお父様たちに許しをもらえなかったことですっかり落ち込んじゃったの。このままだとフレデリックさんと結婚させられてしまうのだけど、あなたはどう思ってる?」
「え…どうって言われても…」
ルイズと自分は、そもそも恋仲というわけではないし、彼女からすれば身分違いだ。別にあいつが誰と結ばれようが、自分が口を挟むべきじゃない。だが…
(何でだろう…ルイズがまた婚約者を付けられたって聞いたら、ざわざわしてきた)
表情が、自分が知らない間に陰り始める。理由はわからない。
「ごめんなさい、ちょっと意地悪な質問だったかしら」
サイトの渦をまく心情を察したのか、カトレアは謝り、話を続けた。
「お父様たちがルイズを危険な目に遭わせたくない気持ちもわかるの。でも、ルイズの気持ちを無視して強引に話を進めたのがよくなかったみたい。
それに、見ての通り私は体が弱いし、あの子の傍にいつまでもいてあげることもままならないわ。
だから、あの子が一番必要としている、あなたにお願いしたいの」
「俺に、ですか?」
「ええ、知らないだろうけど…ここにあなたが来る前から知っているの。平民の使い魔のくせに、自覚が足りないとか、間が抜けているとか、気が付いたらどこかにふらふらしてるとか…」
「なんかボロクソだな…」
カトレアに自分のことを話していたと聞いて、何だろうと思ったが、やっぱりルイズはそう言っていたのか。
「ルイズの奴、俺のことなんて気に入らないんですかね…」
そんなことを思わず口ずさんだ。
「人はね…本当に嫌ならそのことを話したがったりしないの。あなたのことを話していた時のルイズの目は、すごく輝いていたわ。まるで星みたいに」
しかしカトレアはそんなことはないとでも言うように笑った。
「でも、今のルイズは一人ぼっちなの。意地を張ってしまうこともあるけど、やっぱりそれでも本心は隠せているわけじゃないわ。誰かが、一人で立てるようになるまであの子の傍で支えてあげないといけないの。それも、一番傍にいて安心させてあげられるあなたでないといけない、私はそう思ってる。
あの子が危ない目にあってほしくないのはお父様たちと同じだけど、あなたが一緒なら、きっと大丈夫」
カトレアはサイトの手をそっと握ってきた。いきなり美女から手を握られ、サイトは思わずドキッとしてしまう。さらにハルナに至ってはアッ!と声を上げそうになった。
「使い魔さん、あの子がせめて一人で立てるまででいいの。それまでの間、あの子を支えてあげて」
「………」
カトレアのまなざしは、まるで10年後のルイズから直接見つめられた様な感覚をサイトに与えた。
「お願いしますね、騎士殿。あの子とあなたに、始祖のご加護がありますように」
優しく微笑みながら、カトレアは体を起こしてサイトの頬を両手で挟みながら顔を近づけさせると、彼の額に軽く口づけをした。
「…え…」
今度は額にとはいえ、年上の美女に口づけをされたために、サイトは顔を赤らめてボーっとしてしまった。
「あ…ああああぁあああ!!」
それを見た瞬間、ハルナは思わず絶叫してしまった。
「は、ハルナちゃん…!?」
「どうしたんだ、ハルナ…?」
前触れなく大声を出した彼女の声に、特にすぐそばにいたムサシは愚か、サイトも驚いてしまった。
「あ、あらあら、私ったら…ごめんなさいね。ハルナさん…だったかしら。気が利かなくて…」
ハルナの様子を見て、カトレアはこの少女もまた、ルイズと同じものを抱いていることを察し、それに気づくのが遅れたことを詫びた。
「…い、いえ…私の方こそ…お騒がせしました」
「え?なんで謝ってるの二人とも?」
一体どういう理由で二人が互いに謝罪し合っているのか分からず、サイトは首を傾げた。ムサシは若い頃はきっとサイトと同じ反応を示したのかもしれないな、と思いつつも、今のサイトの鈍感な反応にちょっと呆れていた。
「気にしなくていいんじゃないかな。それより、早くルイズちゃんのもとに行ってあげたらどうだい?」
「あ、はぁ…それじゃ、行ってきます」
よくわからないこともあるが、言われた通りサイトはルイズを追うことにした。
無視したくてもできない、あの我儘で生意気だけど、弱くて優しい小さな主の元へ。
「ハルナちゃん、君は追わないのかい?」
気になっているんじゃないのか?
「私は…」
本当は、引き留めたがっている自分を感じていた。だから否定をすることはできない。だが、彼女は今の空気の流れから、サイトがルイズを追っていくのを止められなかった。止めてしまったら、嫌な女だと思われるのが瞬時に怖く感じた。でも、ここで止めなかったら、サイトが自分の元から離れていく…そんな気がした。
「ぴぴぃ…!」
ピグモンは憂うように、ハルナの顔を覗き込んだ。


しかし一方で、サイトの身にもあることが起こっていた。
カトレアに言われた通り、中庭にある池の小舟を探した。その最中、廊下を歩いている時だった。
「にしても、婚約者、か…」
「なんだい相棒、やきもちか」
背中に背負われているデルフがサイトをからかってくると、サイトは少し顔を赤らめて否定した。
「んなんじゃねぇよ!別にあいつが誰と結婚しようが、関係ないだろ。俺には地球に帰るって目的があるんだ…」
「地球に帰る、ねぇ…」
「せめて、ワルドみたいな奴じゃないことを祈るさ…」
デルフは「ふーん」と呟くように言った。なんとなくだが、こうして一緒にいる内にサイトの心の内を読み取れるようになってきた気がした。今のサイトの心は、ワルドの時のように渦を巻き始めているのだと。今のサイトの声だって、妙に何かを思わせるような弱い声だった。
ふと、その時だった。
アルビオンでワルドの提案で行われた結婚式の時と同じように、サイトの左目の視界がぼやけはじめる。そして、全く異なる景色が左目に映る。
「これは確か、使い魔の視界の共有…?」
「とすると…まずいぜ相棒。あの娘っ子、悪い奴に狙われたようだな」
「!!」
それを聞いて、サイトは危機感を抱き、息を呑んだ。
ルイズの身に、危険が!?
「くそ、ルイズどこなんだ!」
「落ち着け相棒!見えている娘っ子の視界をよくたどってみな」
(嫌な予感がする…)
何かルイズのもとに、何か悪いことが起こりつつあるのでは?
左目に映った景色をよく観察するサイト。

そこは…カトレアが言っていた、中庭の池の景色だった。それを見て、サイトはすぐに駆け出した。その時の彼の足は、いつしかオリンピック選手さえも超えるような速さを誇っていたことに、彼自身は気づいていなかった。
 
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