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仮面ライダーAP

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第一章 鉄仮面の彦星
  第10話 変身、APソルジャー

「……あぐっ!」

 上も下も分からない、闇の底。その渦中に沈む彼は、やがて壁が崩れた先にある場所に落下した。

「……こ、ここは……?」

 薄汚れたなんらかの資料やコンピュータが散乱している空間。――そう。ここが彼らの目指す「地下研究所」だったのだ。

「そうか、ここが……。よし、ここのデータを全部処分して――」
「――そうはいかんな」
「……ッ!」

 だが。そう悟った瞬間――冷ややかな呟きが、波紋のようにサダトの聴覚に響き渡る。振り返れば、毒液を撒き散らしながらエチレングリコール怪人が降下して来ていたのだ。
 咄嗟にその場を飛び退き、サダトは警戒するように身構える。だが、いつでも殺せる相手と思っているからか、怪人の殺気は収まっていた。

「よくここまで落ちてきて、生きていられたものだな。どこまでも悪運の強い小僧だ」
「――ここのデータを基に俺達のようなAPソルジャーを大量生産するつもりなんだろうが……そんな事させるか! 徳川清山の解放なんて、させないぞ!」

 精一杯の虚勢を張るサダトとは対象的に、エチレングリコール怪人の姿勢は落ち着いている。

「勘違いするな。食前酒計画は俺の物する。だが――俺は徳川清山を救うつもりなど微塵もない」
「な、に……!?」

 エチレングリコール怪人から飛び出た発言に、サダトは目を剥いた。
 シェードの洗脳によって操られた改造人間は、徳川清山の忠実な奴隷となる筈。彼に逆らうなど、普通の改造人間なら有り得ない。

 ふと、辺りを見渡せば、ここの研究員だったと思しき白衣の男達は惨殺されていた。これも、あの怪人の仕業だとすれば――。
 そう仮説を立てたサダトは、ハッとして顔を上げる。

「そう。俺も貴様と同じ。既に洗脳から解き放たれている身なのだよ。シェードの奴隷など、偽りに過ぎん」

「まさか……そんな!」

 洗脳から解放されていながら、操られた振りをしてシェードに付き従っていた改造人間がいた事に、サダトは衝撃を覚えた。

「俺は俺達を迫害するこの世界が憎い。だがそれ以上に、俺をこの体に改造した徳川清山が憎いのだ。だからこそ、俺は徳川清山を滅ぼし、奴に代わってこの世界を支配する!」

 いままで抑えていた感情を解き放つように、エチレングリコール怪人は叫ぶ。

「そのためには力が必要だ。食前酒計画から生まれたAPソルジャーのデータは、その先駆けとなる」
「馬鹿な! 洗脳から解き放たれていながら、人間と敵対する道を選ぶなんて!」

 洗脳から解放されたなら、人間の心を取り戻した筈。それが、どうしてこのような野心を生み出すのか。
 ――近しい身の上でありながら、道を違えている事実に胸を締め付けられ、サダトは怪人に訴える。

「……ふん。俺もある事故がきっかけで洗脳から解き放たれたばかりの頃は、人間の心を以て善行を試みたものだ」
「……!」
「だが――奴らは俺を怪物と罵倒したのだ! 助けた事実など無視して!」

 これまで見受けられなかった、エチレングリコール怪人の真意が、根底の感情が、露呈しようとしていた。

「俺がそんな苦しみに苛まれた後になって……あの小娘がのこのこと、善人ヅラで改造人間を人間に戻し始めてから――俺は決めたのだ。復讐をな!」
「……!」
「そう。俺を迫害するこの世界と俺をここまで追い詰めた徳川清山への復讐! ただそれだけが、俺を駆り立てる全てだ!」
「そんな……そんなことって!」
「――ここの研究員共はよく働いてくれた。いずれ私に始末される運命も知らず、徳川清山を助ける為だと信じ続けてな……。実に下らん!」

 研究員の死体を踏みにじる異形の怪人。人間としての心を持ちながら、人間らしく生きる事や大切なものの為に戦う事を諦めた男の姿が、そこにあった。
 事実にうちひしがれ、俯くしかなかったサダトが、静かに口を開く。

「例えそうでも……俺は、立ち向かう。戦い続ける! 大切なものは――これから見つけられるから!」
「知った風な事を。もういい、貴様も消え失せろ!」

 ――その時。どこからともなくエンジン音が響いて来た。

「……んッ!?」
「来るな――奴が!」

 このエンジン音は――APソルジャーが使うバイクの物ではない。
 ならば――答えは一つ。

「――はぁあぁああッ!」

 刹那――怪人の頭上を一台のバイクが飛び越えていった。そのバイクは、滑らかな動きでサダトの傍に着地する。
 そして、そのバイクから白いジャケットを纏う青年が颯爽と降りて来た。

「あ、あなたは!」
「現れたな――No.5!」

 そう。そこには、元ソムリエの改造人間「吾郎(ごろう)」の姿があったのだ。思わぬイレギュラーの出現に、サダトは戸惑う。

「どうして……! これは俺の問題だって!」
「君の体は、僕を基盤に作られたのだろう? なら、僕にとっては半身だ。僕自身の問題とも言える」
「う……」

 サダトの抗議をあっさりあしらうと、吾郎はエチレングリコール怪人を見据える。

「残念だが、食前酒の時間は終わった。ここからは――メインディッシュのようだね」
「――貴様も、俺と同じだNo.5。人間社会は貴様を決して受け入れない」

 非情な現実を、怪人はストレートに言い放つ。しかし、吾郎の毅然な姿勢に揺るぎはない。

「それでも僕は戦う。貴様があり得ないと叫ぶ、愛という幻想に賭けて」

 彼の手元に、真紅のワインボトルが現れ、腰にワインオープナーを思わせるベルトが現れた。

「――俺も、賭けていいですか……それ」
「ああ。――それが悔いを残さない道なら、誰にもそれを阻む権利はない」
「わかりました。……行きます」

 それに続いてサダトも再び、ワインボトルを再びバックルに装填する。場違いなほどに軽快な電子音声が、この狭くじめじめした地下室に響き渡った。

「貴様らが正しいか、俺が正しいかは…この戦いの決着が教えるだろう! 来るがいい!」

 二人との間に距離を置き、エチレングリコール怪人は戦いに備えて身構える。
 その様を見据える吾郎とサダトは――ベルトを起動させる動作に入った。

 彼らの手は、「G」を――あるいは、「a」を描いていく。

「今、僕のヴィンテージが芳醇の時を迎える――変身!」

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「変身ッ!」
『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 吾郎のベルトにワインボトルが収められ、サダトのバックルのレバーが倒されると、二人の体を真紅のエネルギーが包み込んでいった。

 そしてその中から、新たな姿となった戦士達が飛び出していく。

 ――「仮面ライダーG」と、「APソルジャー」の強襲である。
 
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