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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第一章 開業
  第13話 座位での施術

「今ここでやるということ?」
「そうだ。お前の技術は実際に受けてみることが一番よく理解できる」
「ベッドがまだ来てないけど……」
「ふふふ、ベッドはまだであるが、椅子はすでに納品されている。座った状態でもできるのだろう?」

 なるほど。スツールはすでに納品されて端のほうに置いてある。

 しかしルーカスも危ない、と思う。
 万一ぼくが「座っている状態ではできない」と言ったらどうするつもりだったのだろうか。
 ……まあもちろん、座った状態でもできるわけだが。

 ただ、世間一般の認識とは異なり、座位での施術というのは若干難易度が高くなる。
 一般家庭でマッサージというと、座った状態での肩もみをイメージする人が多い。なので、座位での施術が一番やりやすいと考えている人は多いかもしれない。

 だが実際は寝ている状態での施術のほうが、やる側はよっぽど楽なのである。



 ぼくは椅子をフロアの中央に置いた。

 では……「だっぺ」の人からやるか。
 椅子に座るようお願いをする。

 座った状態で簡単に検査をおこなう。
 職人なので仕方ないが、左右差が大きい。肩の高さも明らかに違う。
 触ると見事なレベルでコリ固まってしまっていることがわかる。
 また、かなり猫背になってしまっているようだ。肩が前に出ている。

「じゃあ、肩の力はなるべく抜いていてください」

 だっぺの人のすぐ後ろに立ち、施術を始める。

「ふがああ――!」
「イテッ」

 開始するや否や、だっぺの人が絶叫とともに首を後ろにそらし、後頭部がぼくの胸にヒットした。

「ああ、すまないっぺ」
「いえいえ。施術は痛くないですか?」
「大丈夫だっぺ。おめーの手は不思議だっぺ。気持ちいいっぺ」

 座位での施術では、受ける側が力を抜くことが困難というところに難しさがある。
 肩上部を上から下に押す分には問題はないが、少し背中寄りになると、力のベクトルは後ろから前になる。
 そうなると受けている側は、前に倒れないようにと力が入ってしまい、つらい。

 それを防ぐため、肩上部より少し後ろを施術する際は、親指以外の四本指をうまく使う必要がある。
 さりげなく、押す力へのストッパーとしての役割を持たせるのである。
 ぐいっと。

「ふがあ――!」

 この人も騒がしい。

「首はあまり下に倒し過ぎないように気を付けてください」

 これも重要である。
 座位での肩もみの場合、受けている側の首がだんだん下に垂れ下がってくることが多い。
 あまり垂れ下がり過ぎると、僧帽筋――首から背中にかけて外側を包むように広がる筋肉――が張りすぎてしまい、せっかくの施術が奥に届きにくくなってしまう。

 そして背中の施術については、術者の押圧しないほうの手を相手の前に回し、胸の前を押さえさせてもらうくらいでもいい。
 ぎゅー。

「ふがあああ――――!」

 そして〝体の前〟も極めて大切となる。
 一般家庭で肩もみというと、「体の後面しか施術しない」ケースがほとんどだろうと思う。
 だが、実はそれだけでは片手落ちとなってしまう。「体の前面の筋肉も施術」しないと、治療にはならない。

 特に、職人は長時間の作業のせいで猫背になりやすい職業だ。
 猫背は肩が前に出てしまっている状態である。
 つまり、肩を前に出す働きをする体の前面の筋肉……これも施術してゆるめないと姿勢の矯正ができないということになる。

 具体的には、鎖骨の近く、胸、肩関節の前面。
 これらの諸筋を施術してゆるめ、そして胸を広げるストレッチをおこなうことで、体に正常な姿勢を思い出してもらうようにする。

 ちなみに、鎖骨上下はコリが蓄積して硬くなると付近を通る腕神経を圧迫し、手のシビレやだるさの原因になりやすい。
 なので念入りにおこなう必要がある。

「ふぐぁんぐがああ――!」

 さらに腕。
 三角筋から上腕、前腕、手に至るまでの施術も欠かせない。

「ふがああああ――――!」

 だからうっせーっちゅーねん。

 他の四人にも順番に施術をしていった。

「あああああっ――――!」
「ふぐぉおおお――――!」
「むうぉおおお――――!」
「アッ――――――――!」

 全員大絶叫である。
 これは開業したら騒音が問題になるかもしれない……と本気で心配になった。



 ***



「ふふふ……どうだ。これで文句あるまい」

 それぞれの絶叫を上機嫌で見届けたルーカスは、両腕を組んで更なるドヤ顔である。
 両隣には同じくドヤ顔のメイド長とカルラが胸を張っている。
 なんだこの絵は。

「ハァハァ、これは凄いっぺ」
「……これは……確かに……」
「認めざるをえねえな」
「これは素晴らしいでおじゃる」
「あぁあん……」

 どうやら全員に満足してもらえたようだ。
 よかった。これで内装工事もはかどることだろう。

 そしてなんと。ギルド内で宣伝もしてくれるらしい。
 まだぼくには知名度がないので、これは大変ありがたい。

「マコトには是非に魔族になって欲しいっぺ」
「……魔族になってもらえれば……怖くない……」
「そうだな。人間やめちゃえよ」
「仲間になるでおじゃる」
「同じ種族になれば交われるわよ」

 種族変更?
 機種変更みたいなノリで言われたが、そんなに簡単にできるわけがない。 
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