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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第一章 開業
  第3話 お誘い

 結局、人間に対する施術と同じようにやった。
 人間との体のつくりの違いがあれば見逃すまいと、神経をとがらせていたが、結局は大幅に違う骨や筋肉はなかったように思う。

 少し引っかかった点としては、足の小指の関節が一つ足りなかったこと。
 ただし、これは今までいた世界の人間でも足りない人は結構いる。特に異常ということではない。

「ハァハァ……」
「大丈夫? ルーカス」
「大丈夫ですかルーカス様?」
「ああ……大丈夫だ」

 全身脱力状態のルーカスは、立ち上がった際に少しよろけた。
 あわてて椅子につかまり体を支えている。

「シルビア、お前も受けてみろ」
「よろしいのですか?」
「ああ、これは説明不能だ。実際に受けてみなければわからない」
「なるほど……」

 ということで、メイド長にもやることになった。
 また同じように立位の姿勢チェックから始める。

 メイド〝長〟だが、まだ若い。恐らくぼくと同じくらいか、少し上くらいだろう。
 やはりメイドらしく姿勢は良いのだが、ルーカスよりも危険な類の反り腰のようだ。

 彼女はカカトが高いメイド靴を履いている。そのせいでつま先体重になっているのか、骨盤が前に倒れている。
 これは一般的にハイヒール腰と言われている形で、腰の痛みや足のシビレにつながりやすい。
 すでに痛めている可能性もあるのではないか。

「腰、痛かったりするんですか?」
「あら、わかるのですね」

 横で「ほう……」とつぶやくルーカスの声が聞こえる。

「確かに重くて痛いですわ。しかも治癒魔法をかけても何も変わらず、そのままですの」
「へえー。そうなんですね」

 ルーカスも話に入ってきた。

「そうなのだ。なぜか治癒魔法で和らぐ痛みとそうでない痛みがあるようでな。魔国で最も博識な私にも、どのような仕組みでそうなっているのかはわからない。ただ、ケガによる痛みについては治癒魔法でほぼ百パーセント和らぐ、ということはわかっている」

 それを聞いて。今更ながら、ああやっぱりこの世界は魔法があるんだ、と思った。
 そして、「ケガの痛みは魔法で軽減するが、そうでない痛みは軽減しないことがある」ということについては、別に不自然だとは思わなかった。

 一般的なイメージの治癒魔法は、あくまでも損傷した組織の修復をするだけだ。痛みを直接取る作用はないだろう。
 そうなると、治癒魔法が外傷以外による痛みを治しづらいというのは自然な話だ。

「じゃあ、横向きで寝てください」
「うつ伏せではないのですね?」
「はい、恐らく最初は横からやったほうがよいと思いますので」

 腰が結構ヤバいように見えたので、そのほうが良いと判断した。
 寝る姿勢には仰向け、うつ伏せ、横向きの三種類に分かれる。
 そのうち、腰に最も負担がかからないのは横向きである。

 たとえばギックリ腰などで「とにかく痛い!」というケースでも、横向きで寝ることは可能であることが多い。腰にはとても優しい姿勢なのだ。
 今回のケースでは、横向きで十分にゆるめてから体位を変えることが良いように思えた。

 さて、では施術だ。

 これくらいのベッピンさんをやるときでも、おかしな気を起こすことはない。
 仕事であればそのようなスイッチが入ることは絶対にない。それがマッサージ師である。

「ふふふ、マコトよ。魔国一の美女に触れることをありがたく思うがいい」

 そう、このように余計なことを言う人がいなければ大丈夫だ。
 深呼吸して雑念とルーカスの声を振り払う。

 もちろんいきなり腰からやる手もあるのだが、ハイヒール腰であれば、太ももの前面にある大腿四頭筋や、内側にある内転筋の緊張が強くなっている。
 今回はそこから始めることにした。

 下になっているほうの足。その内転筋を手掌で圧迫していく。
 横向きの場合、ももの内転筋は手のひらを置いて体重をかけるだけで施術可能だ。やりやすい。

「ァアア!」

 四頭筋を把握して揉む。

「ハアアッ!」

 腰、と。

「アアア――!」

 そして仙骨――腰の下、骨盤中央にある逆三角形の骨――に手をひっかけ、滑らないように足の方向に伸ばす。
 詰まりやすい腰椎四番と五番との隙間、そして腰椎五番と仙骨との隙間を伸ばすイメージだ。

「ンアアアアア――!!」

 このカップルうるせえええええ!



 ***



 翌日。
 奴隷なのにベッドでぐっすり寝たぼくは、朝からさっそくルーカスに呼び出された。
 また昨日の応接間だ。メイド長もいる。

「マコトよ。手を見せて欲しい」
「え? うん。いいけど?」

 両手を差し出すと、ルーカスはジロジロと観察した。
 そして手のひらを指でツンツン突いたりしている。

「やはり何か仕掛けがあるようには見えない。不思議だな」
「どういうこと?」
「人間である以上、お前は魔法を使えるわけではないな?」

「そりゃそうだよ。逆に、魔族は全員魔法を使えるんだ?」
「もちろんだ。“魔”族を称しているくらいだからな」
「へー。魔族の魔は悪魔の魔かと思ってた」
「ふふふ、お前はこの世界の勉強が足りないな」

 ぼくは昨日来たばかりなので勉強のしようがない。その前提はルーカスの頭からは抜けているようである。
 そのまま話は続く。

「まあ、もちろん使える魔法のレベルに個体差はあるぞ。特に、私のように優れている者はそのレベルも格段に高いのだ」
「ウフフ。ルーカス様の魔法は魔国最高のクオリティなのですよ」
「ふふ、さすがはシルビア……表現の選択も完璧だ。私の魔法は威力も当然魔国一を誇るが、クオリティが最高であるというのが正確な表現だ」

 まだ会ったばかりなので何とも言えないのかもしれないが、しゃべると残念なカップルというイメージで固めてよさそうに思えてきた。
 さっさと呼び出した用事の話に入ってもらうことにする。

「で、朝からどうしたの?」
「うむ。体が非常に軽いのだ。私も少し腰に痛みがあったのだが、今朝はかなりよくなっている」
「よかったじゃん」

「シルビアも腰の痛みがだいぶ楽になったそうだ」
「はい。マコト様、ありがとうございました」
「いえいえ。よかったですね」

 満足そうな笑顔をメイド長に向けたルーカスが、また視線をぼくのほうに戻す。
 そしてほんの少しだけ真面目な顔になった。

「しかも不思議なことに、だ」
「ん?」
「気分まで軽くなっている。生きる希望……と言えば大げさなのかもしれないが、視界が開けて明るくなったような錯覚がある」

「ルーカス様、それはきっと錯覚ではありませんわ。わたくしも景色に輝かしさを感じていますから」
「ほお、それなら間違いないな。さすがはシルビア。この国で最も輝かしいメイドだ」
「ウフフフ」

 真面目な話が来るのかと思ったらまた脱線。
 突っ込む気もないので掛け合いはスルーした。

 とりあえず、いきなりぼくの手を調べていた理由はわかった。
 二人に施術の効果が出たようで、手に何かあるのか確認しただけのようだ。

「さて、では本題に行きたいのだが」
「うん」

 本題に入るまでがやや長かったが、やっと話が進むらしい。
 昨日渡された奴隷手帳なるものを開いて、メモの準備をする。

「マコト……お前、王都で開業してみる気はないか?」

 ……ええ!?
 ぼくは驚きのあまり立ち上がってしまった。

「奴隷なのに開業!?」
「ああ。奴隷であろうと、お前の技術が今の魔国に必要。しかも至急。私はそう考えている」

「何か……事情があるんだね」
「ふふふ、そうだな。事情はある」 
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