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【WEB版】マッサージ師、魔界へ - 滅びゆく魔族へほんわかモミモミ -

作者:どっぐす
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第一部
第一章 開業
  第1話 赤黒い目

 水晶に吸い込まれ、一瞬だけ、流星が無数に流れるような空間を飛んだ気がする。

 行きついた先は、見たこともないようなところだった。
 上を見上げればカンカン照りの太陽に、雲一つない青空。
 地上は見渡す限り建物などはなく、ひたすら草一本ない白色の大地が続いている。
 はるか遠くにうっすらと丘が見えるが、色は緑ではなく薄い灰色だ。

 砂漠?

 日本にこんな場所はないはず。どこか違う国にでも飛ばされたのだろうか。
 なにがなんだかわからない。

 だがとりあえず、何もないこの場所にとどまっていても干からびるだけだ。
 意を決して、少しでも人に発見される可能性があるだろうと思った方角――丘とは反対方向に歩くことにした。



 陽射しは突き刺さるように鋭く、風は乾いた熱風。
 体力はどんどん削られていく。

 ダメだ、疲れてきた。どこまで歩けばよいのだろうか。
 そう思い始めた時、地平に小さな粒がいくつか見えた。

 人だ。

 気力を振り絞ってその方向に歩いた。
 粒は少しずつ大きくなってゆく。

 やがて、ラクダに乗った団体がはっきりと確認できた。
 助けてもらえそうだ。そう判断し、さらに近づいて救助を求めようとした。

「あの、助け――」
「止まれ!」
「えっ?」

 それは十人ほどの団体だった。
 そのうち三人がラクダに乗ったまま前に出て、近寄らせまいと剣で制してきた。

「貴様は人間か! なぜここにいる」

 彼らは日除けのフードをかぶり、全体的にほとんど露出のない恰好だった。
 顔のみわずかに露出があるが、表情までうかがうことはできない。
 しかし全体からあふれ出る異種感は十分に伝わってきていた。

「リンドビオル卿、いかがいたしましょうか」

 三人のうちの一人が後ろを振り向きそう言う。
 すると、後方から「どれどれ」という声とともに、ひときわ立派なラクダに乗った人物が現れた。

 リンドビオル卿と呼ばれたその人物は、フードを取ってこちらを見た。
 まだ若い。
 白い肌。後ろで縛られた長い金色の髪。育ちの良さそうな整った顔立ち。浮かべられている微笑。
 それだけなら、なんていうことはなかったかもしれない。
 へえ、貴族風のイケメンさんだ、と思っただけだったかもしれない。

 しかしこちらに向けられているその目は、赤黒かった。

 その見慣れない瞳の光は、ぼくの体と心を瞬時に凍らせた。

「ほう、人間の少年か。一人のようだな」
「殺しますか?」

 ――ええっ?

「いやいや。そんなもったいないことをしてはならない。ここは生け捕りにするのだ。我が家の奴隷にしようではないか」
「奴隷……になさるのですか」

「そうだ。私はずっと人間の奴隷が欲しいと思っていた。我々魔族は人間を捕虜にしてもすぐに殺してしまうから、なかなか私の元へは回ってこなかったが。これは好都合だ」
「はっ。ではただちに」

 三人はラクダを降りた。

「え。ちょっと待――」

 あっという間に転ばされて全身を縛られた。
 そして体を大きな布でグルグルに巻かれ、抵抗もままならないままラクダに積まれた。

 魔族? 奴隷? いったい……。
 状況が整理できないまま展開していく。
 まったく頭がついていかなかった。



 ***



 すぐにどこかに到着するのかと思ったが、予想に反してほぼ丸一日揺さぶられることになった。
 横積みされていたので、景色の移り変わりもよくわからない。

 やっと揺さぶりから解放されて景色を確認したときには、目の前にずいぶんと立派な屋敷があった。
 途中聞こえてきた話では、どうもリンドビオル卿と呼ばれていた人物の別荘らしい。

 ぼくはエントランスを入ったところで縛られたまま少し待たされ、縄を解かれた後、広いリビングほどの大きさがある部屋へと案内された。



 白っぽい石材を使った壁、そして高価そうなソファやテーブル。
 どうやら応接間のようだ。

 テーブルを挟んで窓側のほうに、リンドビオル卿と呼ばれていた人物が座っている。
 砂漠用と思われたフード付きマントは脱いでおり、いかにも仕立てのよさそうな黒基調の服を着ている。
 そしてその右には、黒のワンピースにフリル付きの白エプロン、メイド姿の女性が立っていた。

 ぼくは二人に相対するように、向かいのソファーに座っている。

「私の名はルーカス・クノール・リンドビオルだ。ルーカスと呼んでくれればよい。ええと、この場合は自己紹介をどこまですればよいのやら……」

 どうやら名前はルーカスらしい。

「フフフ。ルーカス様、前に『大は小を兼ねる』とおっしゃっていませんでしたか。全部言ってしまえばよいのですよ」
「おおシルビアよ。確かにそのとおりだ。素晴らしいぞ」

 シルビアと呼ばれたメイド姿の女性も、ルーカス同様に白い肌と長い金髪だった。
 しかし彼のように後ろで髪を縛っておらず、背中に流されていた。

 目の色は二人とも同じだ。
 しかし、今の掛け合いを聞いたからだろうか。その赤黒さはだいぶ柔らかい印象に変わっている。

「フフ。ルーカス様の人間語録はすべてメイド日誌に書いてありますのよ」
「ふふふ。さすがは魔国一のメイド長」
「ウフフフ」

 二人を前にどうしてよいかわからず困惑していると、ルーカスは「おお、すまない、人間の少年よ」と言って自己紹介を再開させた。

「私は軍に所属しており、参謀をしている。さらに言えば自称天才である。そして私は稀代の人間研究家と言われており、魔国のために日々人間の研究に励んでいる。齢は二十八歳。好物は最近人間が開発したというカップスープであり――」

 この自称天才を自称する人は、本当に思いついたことを、思いついた順に全部言いそうだった。
 たまらず遮った。

「あの、すみません。詳しい自己紹介の前に、まずここがどこなのかというところから教えてほしいんですが」
「む? 少年よ、お前は記憶喪失なのか?」
「いえ、そうじゃないんですが、どうも違う世界から飛ばされたような感じで」
「ほう……? 何かわけありのようだな。いいだろう」

 ルーカスの説明が始まった。



 たぶんこの人、頭は良いのだろう――それはなんとなくわかったのだが。
 話の脱線が多いし、ちょこちょこメイド長と掛け合いが始まって中断するなど、お世辞にも流れがよいとは言えなかった。
 正直、今の精神状態で聞くのは少ししんどかった。

 とりあえず聞いた話を簡単にまとめると、ここはクローシアという名の大陸。
 今いるこの国は魔国ミンデアというらしく、魔族の国らしい。
 そしてこの屋敷があるのはレンドルフという村だそうだ。

 ぼくが捕まったのは、この村から一日ほど西にいったところにある塩湖の跡地。
 ルーカスは「人間の書物によれば内陸性塩湖の塩は独特の風味で……」などと意味不明なことを言っていた。個人的な趣味で塩を採取していたところだったようだ。

 いきなり知らない固有名詞ばかり言われても覚えられる気がしなかったが、異世界に来てしまったということは、これでどうやら確定だ。

 意外と、そのこと自体にはショックがなかった。
 やはりそうなのか――そう思っただけだ。

 ルーカスやその部下たちの赤黒い目、そしてその醸し出す異質な雰囲気。それである程度覚悟ができてしまっていたからだろうか。
 それとも、もうあっちの世界では詰んでいたと思っていたので未練がないからだろうか。
 どちらなのかはよくわからなかった。

 それよりも、いきなり魔族の奴隷になるという流れのほうがショックだ。
 あの転送屋のお婆さん、転送先は指定できなかったのだろうか。
 どうせなら人間の国に飛ばしてほしかった。

 この先、どうなってしまうのだろう。 
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