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百人一首

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64部分:第六十四首


第六十四首

               第六十四首  権中納言定頼
 今見えるものといえば。霧だけだ。
 真っ白い霧だけが見えるだけで他には川のせせらぎが聞こえるだけ。音以外は何もない冬の朝だった。その冬の朝の世界に今いるのだった。
 宇治川は今は霧に覆われて他は何も見えない。見えるのは霧だけで他には何もありはしない。
 けれどそれもやがて終わって。やがて幕を上げるように霧が消えていく。
 次第に晴れてきて白い中から川の世界が現われる。その川の世界にあるすのこや杭が出て来た。それは変わった形だけれど川の世界であってそこに確かにある。
 次第に次々と。姿を現わすその川の世界を眺めているとこの冷たい冬の朝も悪くないものだと思う。
 冬は確かに辛いものだけれどそれでもこうした次第に姿を現わしてくる世界の美しさがそこにはある。その白い中から姿を現わしてきた世界を見ているとこの光景を歌にしたくなった。そうして詠ってみた。

朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木

 この宇治川にある白い世界はもう今消えようとしている。霧は少しずつだが確かに消えていきその中から姿を現わす川の世界の後ろにはせせらぎという音まである。冬とはいっても美しくその心に残るものもある。確かに何もかもが枯れてしまって雪の中に白く消えていってしまう季節であるけれど。今自分が見ているような世界もそこにはある。そのことを今歌にした。冬の中に現れていく世界を歌に詠った。己の目にあるものを託して。


第六十四首   完


                 2009・3・2
 
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