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見えなくなると

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第三章

 式は速やかに行われた、そして。
 全てが終わった後でだ、信子は家族に言った。
「実はね」
「どうしたんだい?」
「前にお父さんが見えなくなったことがあったの」 
 このことを話すのだった。
「一瞬だけれど」
「その姿がかい?」
「そうなの」
 こう母の富子に答えた。
「そうなったの」
「そうかい、それはね」
「前兆だったのね」
「そう思うよ、見えなくなったことはね」
「お父さんがこの世から去る」
「その前兆だったんだよ」
 こう娘に答えるのだった。
「やっぱりね」
「そうよね」
「そう、魂がね」
「それが旅立つから」
「お父さんが見えなくなったんだよ」
「そういうことね」
「そう、けれどね」
 富子は娘とその場にいる家族に話した。
「それでもお父さんは満足だったと思うよ」
「悔いはなかったっていうのね」
「穏やかな顔だったよね」
 最後のその顔はというのだ。
「そうだったね」
「ええ、本当にね」
 その顔を思い出しながらだ、信子は答えた。
「いい顔だったわ」
「すやすやと寝ている感じでね」
「ずっと長生き出来てよかったって言って」
「満足って言ってるわ」
「だからね」
「思い残すことはないのね」
「そうよ、だからお父さんが旅立ったことはね」
 そのことはとだ、富子は義行の妻として言った。
「悲しまず、笑顔でね」
「送ればいいのね」
「だってあんなに満足してたから」
 当の義行がというのだ。
「悲しまないでね」
「笑顔で、よね」
「いましょう、いいわね」
「そうね、それがいいわね」
 信子は母のその言葉を聞いて頷いた、それは他の家族もだった。
 そしてだ、こう母に答えたのだった。
「じゃあお父さんの遺影も仏壇もね」
「笑顔で見てね」
「お墓参りも」
「笑顔でしようね、あたしももうすぐだしね」
 富子は微笑んだまま言った、そして信子は。
 その母と他の家族と共にだった、父の遺影を見た。写真の中にいる父は実際に穏やかな笑みだった。l今度は姿を消すことはなくそこにいた。


見えなくなると   完


                           2016・2・13 
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