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スリラ、スリラ、スリラ

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播く(まく) 前篇

部長はカイナに近づいて来る。其の手の中に光る物は果たして何なのか。ナイフか、将又アイスピックか…等々考えを巡らせていると、部長の手元が見えた。
「…!部長、それは…」
「うん、此れは」
部長が口角を上げた。
「…只のボールペンだよ」

同時刻、別のオフィス。玖賀アギトは残業を終え、帰り支度を始めていた。処が、下の階から聞こえたガタガタという物音に気が付き、カイナの事を思い出す。
「そう云えばカイナが居るんだった。あれから連絡無いけど大丈夫かなぁ。…オフィス下だし、行ってみるか」
アギトはエレベーターに乗り込んだ。

ボールペン。そう、其れは紛う事なくボールペンであった。確か奥様が誕生日に贈られたと云う、舶来物のマーブル硝子のボールペン。一瞬でも部長を疑った自分を憎く思った。
「厭だなぁ、橘さんもしかして私が君を殺すと思ったかい?厭だなぁ」
「…申し訳ありません、私もかなり混乱していて」
「…でも、…うん。君の読みは迚も正しいよ」
「?それは、如何云う…」
言葉を発しようとした時、カイナの右腕に何かが刺さる感触が有った。ふと視線を自分の腕に落とし、カイナはヒュウっと息を呑んだ。
第三者の手によって、注射針が深々と刺されている。中の薬品はもう半分以上が注入されていた。
「…!」
「…私には君を殺せない。でも、私は確かに君を殺すと云う作戦を任されていたんだよ。…だから、君には実験台に為って貰う事にした。殭屍ウイルスの被験者として」
「…そんな」
「此れでも私は善処したんだ。本当なら君は死んでいた。感謝しろとは云わない、せめて恨まないで呉れ」
カイナの腕が壊死したように赤黒く変色していく。注射針が抜かれる。
「…あ、あ…」
「…橘さん、君は迚も優秀だ。でも優秀過ぎた。社の利益は守らなければならない。其れが正しい判断だ。解るね?」
「…いえ、解りません。解りたくも有りません。…社の利益?笑わせないで!何の罪も無い人達を巻き込んで何が正しい判断よ!」
息を巻いてカイナが叫ぶ。熱が有る時のように視界が眩み、全身の力が抜けていく。
「…そうか、残念だね。若し理解が得られたらワクチンを渡そうと思っていたのだが…其れじゃぁ、楽しい殭屍ライフを送ってよ。うちの会社の製品で殺されるのは嘸心地好い事だろうから。さようなら」
部長とその仲間と思しき男達はオフィスから去った。階段を下りていく足音が遠くなる。と同時に、カイナの意識も遠のいていった。

目が醒めると、自分の部屋だった。もう朝だ、二日酔いの如く頭が痛い。併し如何して自分は此処に居るのか。右腕を見ると、明らかに赤黒い。昨夜、カイナは確かに自分のオフィスへ行って、其処で部長と其の仲間によって殭屍ウイルスを注射されたのだ。失神した筈のカイナが、何故部屋に居るのか。
「…あ、目ぇ覚めた?おはよ、体調は如何?」
暢気な声が聞こえる。アギトだ。
「…アギト」
「大丈夫?何か昨日会社で倒れてたからさ、拾って帰って来たんだよ。あ、取り敢えず風邪薬飲ませたけど平気?」
「…あー、此れ、風邪じゃないのよ…或る意味では風邪みたいなものなんだけど…」
アギトがきょとんとカイナを見詰めた。如何やら昨夜の一件は気づいていないらしい。
「何かあったの?…其の、腕とか」
腕の赤黒い色を見つめ、カイナは此れが悪い夢であったならどんなに良かっただろうと溜息をついた。アギトは何か思考するように口を真一文字に結び、カイナの細い腕を掴んだ。 
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