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夜空の武偵

作者:コバトン
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Ammo10。また、な……

アリスと理子、二人の少女を抱き締めながら強くなることを誓っていると、「おほん」と父さんがわざとらしい咳払いをしてきた。
ちぇ、美少女達に抱き締められていい気分だったのに……。
まったく、人がせっかくいい気分でいたのに……それを邪魔するなんて。

「……馬に蹴られていっぺん死んでこい」

「心の声、だだ漏れだよ」

父さんから突っこまれた。
おっといかん、いかん。つい本音が。
苦笑いを浮かべる父さんに悪態を吐きながら、部屋の中央にあるテーブルの席に腰掛けると、出入り口に控えていた使用人と思われる黒い燕尾服を着た初老の男性が近づいてきて、俺の前にティーカップを置くと、そこに熱々の紅茶を注いだ。

「ミルクとお砂糖はお好みでお淹れください」

ダンディな髭面な男性はそう告げると、お辞儀をしてから下がっていった。

「ありがとう、セバス」

アリスが髭紳士にお礼を言う。
髭紳士の名はセバスというのか。

「初めまして。わたくしはアリスお嬢様ならび、このカンタクジノ家に仕える使用人でございます。セバスではなく、セバスチャン……とお呼びくださいませ。セバちゃんでも可です。無論、本名ではありませんが呼び方はご自由に。セバストポリ、セバル……御使いする主人により名はかわります故に」

セバスチャンはともかく、セバちゃんはねえよ⁉︎

「そうでございましょうか? 短くて呼びやすい名でございますが 」

「心読まれた⁉︎」

「執事ですから」

「執事は心が読めるのか⁉︎」

「執事の嗜みです」

ねえよ、そんな嗜み!
そんな嗜みあったら、夜な夜なバットなご主人様の為にスーツを直したり、甘党な世界一の名探偵の為に甘いものを用意したり、雷鳥の整備したりするのも『執事の嗜み』になっちまうだろうが!

「おや、よくご存知で……裁縫や、デザートの調理、メカの整備などももちろん執事の嗜みでございます」

「マジで⁉︎」

「無論、御使いする主を守る為には強さも必要ですが。そう。主人の為なら、己の命すら惜しまずに戦う者、それが一流の執事でございます。具体的には素手で虎と闘ったり、ミサイルをぶっ放すロボットを撃破したり、極寒の中、海に入ってサメと闘ったり、時計台から命綱無しで飛び降りたり……」

「執事って一体……」

執事って武偵より凄いんじゃねえ?

「……あははは! からかうのはそのへんにしたら、セバス」

「おや、これは失礼を」

「って、嘘かよ⁉︎」

うん、そうだよね。わかってたよ、コンチキショウ!

「全部が全部嘘じゃないと思うけど、さすがに時計台の下りは盛りすぎよ。紐なしでバンジーとかどこの格闘家よ?」

「執事ジョークでございます」

「疑問に思うとこそこ⁉︎」

いやいや、突っこむところ他にあるだろう!
素手で虎と戦うとか、ロボット撃破とか、寒中水泳してサメと戦った、とか。
普通できねえから! どこの借金執事だよ、アンタ!
ゼェゼェ、と息を切らしながら突っこむ俺にセバスチャンは微笑む。
クソ、遊ばれてる!
セバスを睨みつけていると、そのセバスは俺に近づき、「スバル様、少しは元気になられましたかな?」と囁く。
はっ! とした俺がセバスの顔を見るとニッコリと微笑み返してきた。
……まさか、人の心が読めるっていうのは……いや、そんな馬鹿な。
これが一流の執事かぁ。
などと関心した俺にセバスは「さあ、さあ、紅茶が冷めてしまいますぞ。ゆっくりお飲みください。お代わりをお淹れいたします故に、いつでもお呼びください」と言って後ろに下がる。
その動作は一流の執事といった悦に入る動きで、その立ち振る舞いは執事という存在がどれほどのものなのかを見せつけられた。
ナンチャッテ執事ではない。本物の執事ってカッコイイよな、と素直に思えた。

「……あの、そろそろ本題に入りたいんだけど」

父さんが何やら呟いていたが、セバスの姿に夢中になった俺は父さんの存在を暫し忘れていた。



アリスとその姉アリサとの面会を終えた俺は、痛む身体を引きずってルーマニア首都、ブカレストの街中を歩く。
無論、一人で、ではなく。右隣に父さん、左隣をアドルフさんが歩く。
現在の時刻は午後4時半。夕食には早く、昼食としては遅いがこれから三人で昼食を摂ることになったからだ。
ブカレスト市内中心部。その大通りから一歩離れた路地裏。そこに父さんオススメの店があった。
BAR『ワラキアの魔笛』。
店の扉を開けるとからん、と鐘が鳴る。
「いらっしゃい」と店のマスターとおぼらしき、初老の男がグラスを磨きながら告げる。
父さんに聞けば、夜は荒くれ者が集まる酒場になるその店は昼間には知る人ぞ知るランチメニューを提供するレストランにもなっているとか。
現地の人オススメの隠れた名店。そう、ブカレスト支部の仲間に教わったみたいだ。
まあ、もうすぐ陽も暮れるから、店の中は閑散として客も2、3人しかいないけど……っていうか。
そのうちの二人は見たことありまくりな奴らなんだけど。

「おっ、やっときおった。先生、来るの遅いでー」

「先始めてるわよー」

グラスにビール注いでぐびぐび飲む酔っ払いもとい、らんらんと綴の姿がそこにはあった。

「さーて、先生達も来たことやし、もっぺん、乾杯しようやー! マスターお代わり! グラス……いや、樽で!」

「それとつまみもね。あと、ワイン……じゃなくて、大人のブドウジュースお代わり!」

「……君達未成年だから帰ったら三倍確定だね」

「ひぃ、ま、待ってーな。これ、ビール風りんご味のジュース。子供ビールや。微炭酸ノンアルコールやから、三倍刑は勘弁してーな〜」

「そ、そうよ。さすがの私達でも先生の前ではハメはハズさないわよ。「僕の前では?」……いえ、いつも外してませんとも」

綴の発言を聞いた父さんから黒いオーラのようなものが出た。
そのオーラは父さんの全身に広がり、やがて胸筋や腕筋……といった全身の筋肉が膨らみ、頭部には血管が浮かび上がる。
前歯も2本その先端が尖り、出っ歯になる。頭の頭頂部にはまるで角のような突起物が出ている。
コレは父さんがマジ切れした時に出る症状だ。なんでも一族代々受け継ぐ困った病気……らしい。
何故出るのか、と昔、聞いたことがあるがその都度、母親からビリビリされてきた思い出がある。ビリビリされる度に記憶もあやふやになるから、いつしか深く追求するのを止めた。世の中には知ってはいけないことがある。
これもきっとその類いだ。だからここ数年はスルーして生きてきた。
好奇心猫を殺す。その言葉の通り、好奇心で首を突っこんではいけないと身体で覚えた。
それに暴走した父さんを止めるのは俺にはできないしな。

「ちょ、スバル、助けろや!」

「援護しなさい。早くしないと尋問するわよ⁉︎」

すまない、らんらん。綴。
お前らの犠牲は無駄にはしない。俺があんたらの味方するわけないだろう。
父さんを敵に回して勝てる気がしないからな。

「……骨は拾ってやる!」

「「薄情者ーーー!!!」」

なんとでも言え。『命を大事に』コマンド一択だ。
『ガンガン行くぜ!』オンリーのあんたらに付き合っていたら命がいくらあっても足りねえよ。

「大丈夫、大丈夫……痛いのはほんの一瞬だから」

「「全然大丈夫じゃない!」」

お手手とお手手の平を合わせて……。

「南〜〜〜無〜〜〜」

「「薄情者ーーー!!!」」




「さて、静かになったことだし。まずは何から話そうか?」

素行の悪い不良達を黙らせた父さんは席に着くなり、今まで起きていた惨劇はまるでなかったかのように、平然と言った。アドルフさんはそんな父さんの姿にドン引き……などしていなかった。
「ああ、またか。懐かしいな」などと言ってビールが入ったグラスを傾けている。そんなアドルフさんに驚く。いつものこと、という態度もそうだが……それより。

「……日本語話せたのかよ」

アドルフさんは「誰が、いつ話せないと言った?」などと言って豪快に笑う。そして……父さんの行動には慣れっこだと言わんばかりに、ぐびぐびと、豪快にグラスを傾ける。
「騒がしい父ですみません」と一応謝ったが、アドルフさんに「いつものことだからな。家だと違うのか?」などと言われてしまった。
言われた父さんはバツが悪そうに。

「家じゃ、あまり飲まないからね。飲みすぎたら母さんがキレるし。父さん……お爺ちゃんは酒飲むと僕よりヤバくなるし……子供の教育上、酒と喧嘩はご法度になってるんだよ。我が家では」などと、語る。
しかし、俺は知っている。
父さんの部屋の本棚の裏に、隠し扉があって、そこに年代物のワインが保管されてることや。
家で喧嘩が起きないのは、超能力アリだと母さんに絶対に勝てないからだと。
完璧超人の父さん曰く、女性と超能力は苦手だ、と言っていたからな。
うちの序列は女の方が強い。
爺ちゃんも婆ちゃんには頭が上がらないみたいだし。
キレた母さんはヒルダの千倍恐ろしいからな。
そんなことを思いつつ、父さんに気になっていたことを聞く。
シャーロックとの戦い、そう、俺が気を失ってから起きた出来事全てを。

「……うん、そうだね。あの『無限罪』を倒した昴君には聞く権利がある。わかった、話そう。
僕が知る全てを。彼との戦いの……全てを」

ワインが入ったグラスを傾ける父さん。その口からあの日あった出来事が語られた。
のちに明かされたそれは、やがて頂上決戦と呼ばれる戦いで。
俺と父さんの運命を狂わせた……いや、ある意味『必然』とも言える出来事を起こす__世界最強同士のぶつかり合いの『序章』の戦い。『緋弾のアリア』を生み出すあの戦いへと、俺が参加するきっかけになった__そんな戦いの『始まりの戦い』だった。








3日後。ブカレスト国際空港。
今日、俺は帰国する。
最初は乗り気じゃなかった国際遠征。
初めてのお使いから一転、諜報活動やら、吸血鬼とのガチバトルやら、世界最強の探偵にボコられるやら……ロクな目にあわなかったが。
終わってみると、帰る時間が迫ると途端に寂しくなる。
辛いこともあった。救えない命があった。自分の弱さを痛感した。
__だけど。
だけど……それと同じくらい、大切な人と出会えた。肩を並べて戦った仲間がいた。助けられた人がいた。
苦しんだ分だけ、辛かった分だけ、笑顔になれた。信じ合える仲間ができた。
強さとは何かが少しだけ解った。
世界を知れた。己の力を知れた。
『運命』を『覆す』ことも出来た。
自分一人だけでは俺は何も出来なかったかもしれない。
転生という、アドバンテージ。原作を知っていたから調子に乗っていた、だから勝てなかったのかもしれない。だけど……と俺は思う。
原作を知り、転生したからこそ。
自分にしか出来ないことがあるのではないか?
力がないのなら力をつけよう。
知恵がないのなら知恵を付ければいい。
まだまだ時間はあるのだから。
俺はこのルーマニアで多くのことを学んだ。
武偵として。人として。
大切なことをたくさん学べた。
武偵憲章1条。仲間を信じ、仲間を助けよ。
仲間を信用することの大切さ、仲間を助けることの難しさ。
武偵憲章3条。強くあれ。但し、その前に正しくあれ。
強くなければ大切な仲間を護れない。だけど、強さの前に、正しい義の心を持っていなければ、その強さは絶対に通してはいけないこと、を。
武偵憲章10条。諦めるな。武偵は決して、諦めるな。
諦めたら全て終わりだ、と。諦めないことも強さの一つなのだ、ということを。
心の強さ。心技一体。それが真の強さなのだと。
武偵憲章9条。世界に雄飛せよ。人種、国籍の別なく共闘すべし。
井の中の蛙大海を知らず……世界を知り、己を知ることで、人はさらに強くなれるのだ、と。
この国で、この戦いで教わった。

だから……と俺は思う。

いつかまた、いつか……必ず。
もう一度この国に来よう、と。
一人前の武偵として。この国に再び来ようと。
いつか……必ず。




「……サヨウナラ、スバル」

「また、ね? すばるん!」

「ああ……また、な」

アリスと理子に別れをすませて、俺は旅立つ。
俺が帰る場所。
生まれた国。
日本……へと。

「スバル……ありがとう。ありがとう。ワタシ、アイニイクカラ。必ズ。アイニイクカラーーー!」

背を向けて歩き始めた俺にアリスが告げる。

「くふふふ。理子とはすぐに会えるから心配いらないのだ☆」

理子は理子で不気味な笑いを浮かべる。
振り返り、そんな二人の頭を優しく撫でてからぽんぽんと、軽く叩いて別れをすませると俺は出国ゲートに向かう。
そして、発着時間が来て成田行きの便に搭乗した。飛び立った飛行機の窓から、ルーマニアの大地を見渡して思う。

__また、な。また……会おうぜ、ヒルダ。


「ん? ……気のせいか」

一瞬、窓の外が青白く光ったような気がしたが、雷雲もない晴天の空だ。
だから……気のせい。
そう、思って俺は空からルーマニアを見下ろす。

そんな俺を機内後方の座席に座り、ワイングラスを傾けながら見つめてきていた__ヤツの視線に気がつかず、に。

「フィー・ブッコロス♡」
 
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