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小才子アルフ~悪魔のようなあいつの一生~

作者:菊池信輝
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幕間 獅子は荒野へ

 
前書き
今回は幕間です。
ラインハルトは原作より何倍もパワーアップした破壊者と化すことは疑いないでしょう。
悪いのはセバスティアンです。全部セバスティアンのせいなんです。
でも恨まれるのは帝国全体なんです。
子供って怖い。 

 
帝国暦四七五年。
 アルフレット・フォン・グリルパルツァーが人生最初の賭けを成功させ、困惑とともに栄光への第一歩を踏み出そうとしていた、同じころ。帝都オーディンの宇宙港から一組の親子が貨物船に乗り込み、住み慣れた故郷を離れようとしていた。
 セバスティアン・フォン・ミューゼルと二人の子供たちである。
 「何から何まですまない。ウォルフガング殿。本来なら礼の一つもすべきなのだろうが、もはや私には家族以外何一つ残ってはいないのだ」
「いえいえ、お気になさいますな。『大帝の騎士』ともあろうお方が私ごとき軽輩に軽々しく頭をお下げになってはいけませぬ」
 今やロイエンタール伯爵となったゲオルク・フォン・ロイエンタールの援助を頑迷さと変わらぬ矜持から謝絶したセバスティアンは一年を経ずして、財産を全て失い亡命を選ぶ身にまで零落していた。
 一世紀も昔であれば矜持を称えられ却って支援する者も現れたであろうが、門閥が幅を利かせる世にあってはセバスティアンの態度は逆効果であった。
 「せっかくお助けくださると言うものを無碍に断るとは身の程知らずな」
 銀の拍車の騎士となり貴族の、あるいは郎党の思考が身についたディートリッヒ・フォン・グリルパルツァーが口の軽そうな商人──バロンブルムという名の太った老人に吐き捨てたことも影響したかもしれない。
 「フォン・ミューゼルは身の程知らずの恩知らず」
 との評価は数週間もせぬうちに帝都中に広まり、もともと少なかった友人はもとより親戚も全て去り、取り引きは断られた。
 笑顔を向けてくるのは借金取りだけ、近寄ってくるのは養子縁組希望の卑しい成金ばかりとなっては、セバスティアンがゲオルクに十倍する商才の持ち主であっても如何ともしがたかったであろう。まして惰弱が知られている身であってはなす術のあろうはずがない。
 『もう十分だろう、セバスティアン。クラリベルと子供たちをこれ以上悲しませるな』
 収入が途絶え、会社と屋敷を売り払っても借金を払いきれず死を待つばかりとなった時、改めてロイエンタール『伯爵』から援助の手が差しのべられた時、セバスティアンに取り得る最良の選択はマールバッハ一門の傘下に入ることであった。
 だが、セバスティアンの矜持は陪臣に成り下がることを受け入れられなかった。
 『親愛なるゲオルク。君の変わらぬ友情はありがたい。だが、私は嘲りを受けることが恐ろしい。矜持なき騎士はもはや騎士ではない。兵士ですらない。父親ですらありえない。どうか私の我儘を許してくれ』
 「分からずやめ!」
 さすがに罪悪感を感じたのか使者役を買って出たディートリッヒの手から渡された旧友の返書を一読して、ゲオルクが怒りに机を叩きつけた時、ミューゼル家の運命はほぼ定まった。
 「閣下、ご友人に失礼とは存じますが、あえてこう申し上げます。鼠にもある矜持が獅子の情けを受け入れることをよしとせぬのでございましょう。鼠を救わんとすれば、鼠の矜持を満足させてやることが必要でございましょう」
 「己のことであれば受け入れ難くとも、子のことなら喜ぶやもしれません」
 「いいだろう、ヘスラー、ガイル。だが私には時間が必要だ。あの分からずやが友であったことを思い出す時間が」
 絶縁状を書くためペンを取ろうとしかけてヘスラーとディートリッヒ、もう一人別な従者になだめられ、ゲオルクは数回荒い呼吸をすることでようやく気を鎮めた。だがミューゼル家の子供たちをディートリッヒではなく別な郎党経由でマールバッハ家の郎党・侍女として仕官させるよう勧めてみよう、という気になったのは翌日のことであり、理性も十分であるゲオルクが長年の付き合いもある友人に対して心が冷えていることを三人は悟らざるを得なかった。
 そして、クナップシュタイン男爵の甥である最後の温情を携えた使者が手ぶらで帰ってきたとき、ディートリッヒはもちろん古くからの従者であるヘスラーとガイルにも主人の冷たい怒りを止める術はなかった。
 「いいだろう、自分一人でやってみるがいいセバスティアン。できるものならな!」
 頑迷ゆえに旧友の密かな庇護をも失ったセバスティアン・フォン・ミューゼルが亡命に追い詰められるのに、時間はかからなかった。
 「閣下、閣下。お逃げなさい。このまま帝国に留まっては、お命も危ない。フェザーンへ行くならば、私が多少は手を貸してさし上げられる」
 フォンの称号があるとは言うものの詐称の疑惑の濃いウォルフガングという怪しげな紳士、着なれたようにも貸衣装のようにも見える背広にシルクハットをかぶった舞台役者めいた容貌の男が亡命を進めてきたのはそれからすぐだった。
 「フェザーンへ行って、騎士の物語でもお書きなさい。閣下の教養があれば、いい売り物ができる。ご令嬢と御子息にも、よい将来が開けましょう」
 普段ならさすがに胡散臭いと、罠の臭いがすると嗅ぎつけることもできたであろう。だが知人も含んだロイエンタール系の債権者たちが大挙して押し寄せ、罵倒の限りを尽くして去って行った後の打ちのめされた精神状態では、セバスティアンはもちろん彼の息子にも娘にも気付くことは不可能だった。
 数人の債権者がこの怪しげな紳士の囁く儲け話でなだめられ、後日証文を返してきたという出来事があっては、なおさら。
 「フェザーンはなかなか広大でござる。人の波に紛れれば追手もそうそう嗅ぎつけられますまい。ごゆるりと、お過ごしあれ」
 オーディンを出発する最後の最後まで『大帝の騎士』への礼節を守り、何くれとなく尽くしてくれた恩人の正体が恐るべき悪魔であると気付いた時には、罠の口は完全に閉じていた。
 「おい、方向が違わないか?」
 出港から数時間後、最初のワープを終えて通常空間に復帰した貨物船の隠し部屋で呆然と過ごしていた一家のうち、最初に異変に気付いたのは窓から星空を眺めていた長男ラインハルトだった。
 「おいおい目がどうかしてねぇか?船はフェザーンに向けて順調に航海してるぜぇ?」
 隠し通路の奥、貨物室を経て船員居住区に続くドアを小さな拳で叩いて叫んだラインハルトの前に現れたのは他でもない恩人・ウォルフガングの顔だった。だがその表情は隠しようもないほどの嘲りと悪意に満ちていた。
 「黙れウォルフガング!いくら私が子供でも、フェザーンへ向かっているのかイゼルローンへ向かっているのかぐらい分かるぞ!私たちをどこへ連れて行く気だ!」
 獅子の瞳で睨みつける少年にウォルフガングは一瞬、賞賛の表情を浮かべた。平民の子供なら恐怖に泣き叫ぶところだがさすが騎士の子。獅子の子と言うべきか。拍手してやるべきか数秒間真剣に考えた後、彼は思いきり笑ってやることにした。貴族はみんな嫌いだ。特にこういう、真に高貴な精神を持った貴族は大嫌いだ。 
 「そんな貴族様みたいな名前で呼ぶんじゃねえよ、金髪の小僧。おれにはもうちょっと似合いの名前があるんだ。まあこれから行く所じゃ人の名前なんてどうでもいいことだがよ!」
 扉の脇に取りつけられた麻痺ガスの噴射装置のスイッチを必要以上に力を込めて押すと、ウォルフガングは煙の向こうの獲物に向って言った。絶望させてやろう。泣き叫ばせてやろう。この先のことをほんの少し教えてやるだけだ。別に殺しもしなければ痛めつけもしない。躊躇う理由はない。
 「恨むんならマールバッハの家宰様と小才の利いた小僧どもと、どうしようもない父上を恨むんだな!潔く喉を突き刺してりゃ、家族一緒にヴァルハラに行けただろうによお!」
 言葉にならない叫びと罵る声が切れ切れに聞こえ、静かになるのをゆっくりと楽しんだ後、ウォルフガングは満足の体で悪党仲間の待つブリッジに戻り、手下の一人にセバスティアンをエアロックから放り出すように言いつけた。そして自分はキャプテンシートの横にいつも置いているウィスキーを喇叭飲みしながら、ミューゼル家の二人の子供たちをどこへ売り飛ばすかを慎重に検討し始めた。
 『そういや、カストロプの若殿様が若い女を欲しがっていたっけな。あの家はお高くとまっているし悪趣味だが、吝嗇でないことだけは確かだ…』
 『はいはいはーーーーーーい!代役ご苦労さーーーん!早速だが、いい仕事のギャラを振り込ませてもらうぜぇ。宇宙海賊の襲撃で汚ねえ花火!どうだい最高の葬式だろう素敵だろう!』
 誰かが聞いているらしいラジオの音、スピーカーから聞こえる陽気な声が大きすぎることを叱りつけようという気は起らなかった。
 もうすぐ大金が手に入るのだ。ちょっとぐらい浮かれても許してやるとも。ありがたく思え馬鹿野郎。
 酔いも手伝って、ウォルフガングは寛容だった。
 数時間後、幸運にも獅子の復讐を免れて宇宙の塵となることができたその瞬間まで、寛容だった。
 

 
 

 
後書き
ちょっと酷すぎたかもなー…。 
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