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世界最年少のプロゲーマーが女性の世界に

作者:友人K
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13話 楯無戦


 アリーナ内に飛び立った楯無が相対したのは既に戦闘モードに入っていた鬼一の姿だった。観客席は休日だからか無人であった。

 闘志や敵意、殺意を周りに撒き散らすような雑魚なのではなく、それらを自然と1つに融合させ、勝利という明確な意志に昇華させていた。戦いにおいて余計な感情は全て排除出来るのも一流の証。そう言う意味では鬼一は間違いなく一流と楯無は感じた。

 静電気のような痛みが楯無の肌を走る。

 ―――……模擬戦、って言っていたけど面白いじゃない。現役の国家代表って聞くと萎縮する人間する人間がほとんどだけど、あの子、そういうのは微塵もなさそうね。

 鬼一がアリーナの地面に降りていたので楯無も鬼一に合わせて降下。
 鬼一の前に降り立った楯無が鬼一に話しかける。

「現役の国家代表を相手にする気持ちってどんな感じ?」

 ちょっとした意地の悪い問いかけ。
 茶目っ気のある笑顔と共に楯無に対して、鬼一は自然体でそれに答えた。至極当然のことを当たり前のように。

「……僕が今も昔も戦うのは立場や肩書きではなく、人間です。IS学園最強、現役ロシア国家代表、誤解を恐れずに、究極的なことを言えばそれはオマケみたいな感じですね。重要なのはそこに辿りついた『更識 楯無』という人間と戦えることです。僕が今、考えているのは『更識 楯無』に向き合って勝てるかどうかだけです」

 鬼一の双眸に映る楯無。その楯無の顔が先ほどの茶目っ気のある表情ではなく、力強い、もしくは鬼一を挑発するような笑顔に染まった。

「やれるもんならやってみなさい」

 楯無のその言葉に鬼一も笑顔を浮かべる。楯無のそれとは違って冷たい炎を連想させるような笑みではあったが。

「……最前線で身体を張る、貼り続けていられる人間には全員1つの共通点があります」

「それは?」

「……簡単ですよ。それは相手の予想を超えることです」

―――――――――

 試合が始まり、先手を取ろうとして自分から仕掛けた鬼一はあっさりと楯無の迎撃に阻まれた。試合時間は5分が経過し、ここまで得た情報を鬼一は解析する。

 ―――……予想以上に辛い。分かっていたことだけど、この人のレベルの高さ、特に堅牢と言い換えてもいい守備力の高さは明らか。向こうが主導権を握っている展開とはいえ、現状、攻略の糸口が何一つ見えてこない……。どうする?

 IS、霧纒の淑女の大きな特徴であるナノマシンで構成された水のヴェールでISそのものを覆うことにより、防御力を向上させていることもそうだがそれはあくまでも表面的な話。
 無論、脅威と言ってもいいほどの堅牢さだがそれよりも楯無本人の技量の高さ、鬼一との地力の差が今の苦境を生み出しているのは間違いなかった。

 鬼一はまだ駆け引き出来る段階にすら踏み込めていないのだ。鬼一が楯無に勝つには自分の土俵に引きずり込むしか方法はない。だが、このままでは楯無の土俵で一方的に破られるのは自明の理。

 ―――しかも、まだまだ手札を隠し持っているなこの人。本人自身のスペックの高さもそうだけど、霧纒の淑女のナノマシンの性質を考えれば多少の劣勢をひっくり返す切り札があるはず。出来ることなら何らかの形で見ておきたいけど……。

 霧纒の淑女のガトリングを回避しながら自身の前面に防御弾頭を発射し、射撃による攻撃を一時的に緩和する。楯無のリスクを避けた攻撃は対応できるが、今のままでは打開策の1つすらも思いつかない。

 ―――何が突破口になるかは分からないけど、今は出来ることを試していきながら情報を見逃さずに変化していくしかない。焦るな。我慢して隙を見せないように立ち回れ。

 一瞬、ガトリングによる攻勢が弱まる。それを活かして鬼一は体勢を立て直して防御弾頭から通常の実弾に切り替えた。躊躇いもなくミサイルを扇状に発射。セシリア戦で見せたミサイルの使い方。
 飛来してくるミサイルに対して楯無は焦った様子を見せることもなく、ゆったりとした動きで後退しながらガトリングでミサイルを撃ち落としていく。落とし損ねたミサイルの残りはランスで切り払う。
 ミサイルを近接武器で迎撃するという離れ業を見せられた鬼一は一瞬、鳥肌が起こる。予想をしていたとはいえ、余りにも滑らかなその動きに言葉すら沸かない。

 ―――全くブレないか。だけど後退させることが出来た。それなら……前へ!

 鬼火を展開させて左手には逆手に構えた夜叉を構えて突貫。少なくとも現在の状況は5分。鬼神の機動力を活かすためのスペースは出来ている。スペースがあるということは離脱することが可能ということ。
 一夏戦のように『防御と回避の選択』を強制させることが難しい以上、次善策として自分が離脱するスペースを容易することで一定の安全を獲得。安全を獲得したらすかさず速攻。リスクは存在するが今は変化と情報が必要なのだ。楯無が手札を見せてこない以上、鬼一が能動的に仕掛けることで対応を引きずり出すことで情報を得ようとする。

「あら?」

 そんな楯無のノンキな声に気にしている余裕は鬼一にはない。

「―――っふ!」

 ―――蒼流旋の破壊力を理解しているのに、それでも前に踏み込んでくるのね。無知、ってわけじゃないとなるとリスク覚悟で情報を引き出すために、とこかしら?

 自分好みの動きをする鬼一に対してクスリ、と楽しそうに笑みを零す。勝利を得るためには必ずリスクが付き纏うことを骨の髄まで理解している楯無。だからこそ、楯無が鬼一の勇気ある行動を内心褒める。人間、理性で理解していてもそれを実践できる人間は少ないのだ。それも痛みが伴うことなら尚更。

 僅かに口角が上がった楯無は蒼流旋で鬼一を迎撃。
 蒼流旋と夜叉がぶつかりあい、それぞれの獲物を通して衝撃が全身を駆け巡る。

「っ!?」

 その衝撃に鬼一は後方に押し戻される。IS同士のスペック差ではなく、純粋に操縦者同士のパワー差で競り負けたのだ。

 ―――ダメだ。5分の状態からの力勝負じゃほとんど勝ち目がない! 逆襲が待ってる。……どうする? 先に追い込まれてしまえば詰み。表面上は5分でも実質は限りなく詰みに近い。なんとかして少しでもいいから優位を作らなきゃいけない。けど……!

 楯無から距離を取らざるを得なかったが先ほどと違って遠距離でも近距離でもなくその中間に位置し、楯無がどんな動きをしてもすぐに対応できるように体勢を作る。

 ―――優位を作るためには最低でもこっちが『先に追い込まれてはいけない』ようにしないとダメだ。攻めることは出来なくなるけど、今はこっちにも一定の安全が必要。だったら……!

 ガトリングと羅刹による射撃戦。鬼一は要所で楯無の足を止めるために、射撃の中にレール砲を混ぜ合わせることで楯無の行動をある程度制限させる。

 ―――この人は基本的にディフェンシブな立ち回り。その中で自分が攻める瞬間を伺う。意識分配としては受け3・攻め1が基本。それなら、攻め込ませないように適度に足止めすれば5分に近い状態をキープできる。

 霧纏の淑女の弱点、とまではいかないが攻撃にしろ防御にしろナノマシンを絡めなければどうしても単調になりやすい。そして、楯無が積極的にナノマシンという手札を晒さない以上試合は単調なものになる。言い方を変えれば主導権を取ることも、取られる可能性が減少するのだ。

 ―――こうすれば、なんとか自分にも余裕が生まれる。武装も手段も限定されるけど状況を『固定』させることは可能。だけど……問題はここから……!

 展望のない短期的な行動。鬼一の中には楯無を攻略するビジョンが何一つ立てられていない。
 蒼流旋のガトリングの数発が装甲を削る。削られる中でも鬼一はの射撃の手は緩めない。ここで緩めてしまえば間違いなく攻められてしまうからだ。

 ―――近接戦は逆襲の可能性が高い。かといって遠距離戦じゃジリジリと押し込まれてしまうし、こっちの技量じゃ射撃を通し続けることはできない。先輩の攻撃は一定の破壊力があるくせに安定感もあるからミスも期待出来ない。

 完全な手詰まり。このまま膠着状態が続けば敗北するのは鬼一なのは間違いなかった。集中力、精神力の勝負なら負けないだろうが膠着状態で第一に問われるのは体力、身体の差なのだ。身体能力で劣る鬼一にとってはこの状態が長引くのは決して喜ばしいものではない。

 自分で望んで作った状況であるにも関わらず、その状況が好ましいものではないのはそれだけ鬼一の苦境を物語っていた。

 ―――……慌てるな。まだ焦る状況じゃない。機動性は鬼神の方が優れているんだ。判断速度や反応だって先輩に負けているとは思えない。なら基本戦術は近接戦でいい。でも逆襲の危険性はある。それなら少しだけ変化をつけて……!

 中距離射撃戦の中で鬼一は少しずつ前に進む。先ほどの強襲に比べて随分とテンポが遅い。

 ―――……さっきに比べてちょっぴり遅くなった? ……どうするつもり?

 ―――このスロースピードに加えてもう一個変化を足して虚をつく!

 実弾から切り替えられ再度防御弾頭に切り替えられ、鬼一は自分と楯無の間に発射。その中間地点で爆破。
 防御弾頭は一般的に敵の射撃を無力化するために使われる。現に鬼一はセシリア戦やこの試合でも蒼流旋のガトリングを防ぐために使っていた。防御弾頭は起爆時に青白い球体が展開され、それに触れた射撃による攻撃は『打ち消す』なり『軌道を曲げる』ことで対応される。

 この際、その特性は重要ではない。鬼一が目をつけたのはその『青白い球体』だ。展開されている間はその『向こう側』が見えないのだ。つまり―――

 一時的に相手の姿が『見えなくなる』。

 視界一面に展開された青白い球体で楯無は鬼一の姿を見失う。だが、ISのレーダーでその姿を追いかけようとした。そのため僅かではあったが意識がそちらに逸れる。

「!」

 青白い球体群の下を迂回して鬼一が浮上。

 ―――その時出せる最高速度で球体の下に回り込んで、姿を見せてからは瞬時加速で一気にゼロ距離に持ち込む気ね!

 ―――……これなら身体能力差は埋めれる!

 鬼神は瞬時加速で最高速度に達している。その速度分を夜叉の一撃に載せることが出来る。それに対して楯無はほぼ静止状態。身体能力差を埋めたのは当然、僅かながら鬼一の一撃の方が楯無の一撃の威力を上回る。

 ―――もらった! ……なに!?

 鬼一の策は楯無の守備を上回った。回避も迎撃も間違いなく間に合わないタイミング。故に防御するしか方法はなかった。そして、鬼一はその防御を突破できるはずだった。
 だが、現実では突破することは出来ていない。要は鬼神の夜叉が霧纏の淑女の装甲で止められていたのだ。しかも、相応の衝撃があるはずなのに楯無を弾き飛ばせていない。この現状から鬼一は1つの答えを導く。

 ―――余計な行動は一切せずに、ナノマシンをフル稼働させて一瞬だけ防御力を最大まで引き上げたのか!

 最大の一撃を叩き込んだにも関わらず霧纏の淑女の絶対防御が発動した様子はなかった。鬼一はそこから楯無が今展開しているナノマシンを全て防御に回したことを悟る。

 しかし、言い換えれば今の霧纏の淑女の攻撃力は激減していることを表していた。

 ―――……チャンス! 一気に行けるところまで行け!

 追撃するためにレール砲を展開して照準。

 ―――見事だったわ鬼一くん。まさかたった1回でも私に最強の防御をさせるなんてね。代表候補生でもそんなことは中々出来ないわよ。

「っ、はや!?」

 レール砲で追撃しようとした瞬間、楯無は態勢を整えて鬼一に反撃を敢行。その戻りの早さに思わず驚愕。
 夜叉と蒼流旋を駆使した近接戦。両者にとっては後退の出来ない戦いに発展する。両者にとってはそれぞれ大きな価値のある手札を場に晒したのだ。何がなんでも絶対防御を発動させなければ割に合わない。
 鬼一は機動力と判断の早さと精度で肉薄。楯無は身体能力と積み上げてきた技術と歴戦の経験値で鬼一を迎え撃つ。

 ―――くっそ! 5分の状態での近接戦に後戻りかよ! この奇襲はもうこの後、いやこの試合で使うことは出来ない。貴重な攻撃の選択肢は減った以上は苦しくても絶対防御を発動させて一気にエネルギーを削りたい!

 先手を取ることに成功したにも関わらず徐々に追い詰められる鬼一。

 ―――どうする!? この状況からこの人相手に勝てるのか!? 先輩はここからどうするつもりなんだ!? この展開からこの人はあくまでも動く気はないということか!?

 ギリギリの状況で踏み止まっている鬼一に対して、楯無は余裕すらあった。

 ―――自分にとっての不利がある膠着状態が長くなって下手に押したり引いたりすることも出来ない状況が続くと、無意識の内に相手の行動に依存しちゃう。言い換えるとISはそれだけ孤独な戦いなんだよね。
 鬼一くんだって孤独な戦いを何度も経験しているだろうけど、e-SportsとISの孤独感は似ているけどまた違うものよ。ある意味ではその差が如実に出ている試合ねこれは。

 高速戦闘が続く中で鬼一は自分の失策を悟る。
 手札を場に晒したが、それでも楯無の新しい情報で満足すべきだったのだ。欲を持ち絶対防御を発動させようとした段階で、この時点での鬼一の敗北は疑いようもなかった。

 ―――……はっ!?。

「ちぃ!」

 弾かれたと思ったら目の前に楯無が躊躇いもなく踏み込んできていた。自分のミスで一気に劣勢に追い込まれてしまう。

 ―――くそ、どうする。いっそのことリスク無視の暴れでワンチャンスに賭けるか? だけど、この状況で失敗したらゲームセットに直結しかねない。
 こんな形になってしまうと、もう戦術とか優位もへったくれもない。少しでも耐えるだけの展開だ!

 変化が欲しい。そう鬼一は考える。だが選択肢が限られてくる高速戦闘の中で変化をつけることは熟練のIS操縦者でも困難。必然的に鬼一では行えるはずもない。

 単純に状況を変えるだけなら高速戦闘から離脱すればいい。しかしそれは撤退や離脱ではなく、苦しさから逃げるだけの『逃走』でしかない。一瞬でも姿勢が後ろ向きになってしまえば、その試合中に切り替えるのはもう無理だ。後ろ向きな姿勢で打開策を閃いたり勝利に執着することはもう出来ない。

 つまりは敗北に一直線ということだ。それは絶対に避けなければならない。

 ―――向こうにとって有利なはずなのに、リスクを上げてこない。本当に堅い! キツイ……。かなり不利だけど、今はこの展開から逃げるわけにはいかない。それなら、集中を維持して突破口を探るしかない!

 楯無は冷静に鬼一を分析する。自分の有利を理解しており、動きにも余裕があるからこそ相手のことを考ることができるのだ。

 ―――……鬼一くん、あなたは今大きなミスをしたわ。確かに大きな出費ではあったけど、ここは霧纏の淑女の最大防御力を把握するだけで満足するべきだったのよ。あなたならその情報だけでも後の展開を考えることはできたわ。
 さらに、この高速戦闘にあなたの主体性はほとんどない。一見5分に見える展開だけど主体性のない、相手に依存する戦術なんて相手にナイフを渡すような行為よ。

 相手の意思に依存してしまうと、自分の意思で展開を進めることができないため本人が予想するよりも遥かに疲労が蓄積される。しかも楯無はまだ本格的に攻めに切り替えていないのだ。この一定した状況が続く以上、必然的に通常よりも体力・精神力を消耗させられる。

 ―――リスクを最小限に、無駄なく戦っている。慎重というよりもこれは丁寧という方が正解か。リスクの危うさを知り尽くし、己と相手との技量差を理解しているからこういうことが出来るんだ。
 ……疲れてきているし、この人相手にこういう戦い方するのは間違いなく割に合わない行為。だけど、ここはまだそれが必要な状況。もう1歩踏み込んでより高度な情報を引き出す!

 ―――ふーん……? リスクの少ない射撃戦・技術勝負は避けるのにリスクの大きい近接戦・メンタル勝負は受けて立つんだ。近接戦で大切なのは確かに体力だけど、でも、恐怖の中を突っ走れる勇気、メンタルが無いと成り立つものじゃないからね。……でも、おねーさんはそっちでも強いわよ!

「くっ……!」

 苦しい展開の中から1歩踏み込んだ分だけ両者のリスクは跳ね上がる。特に仕掛けた側の鬼一はある意味ではより厳しい展開にならざるを得ない。だが、そんな状況でも楯無と霧纏の淑女の情報収集は怠らない。今、この状況で得られる情報というのは楯無が思っている以上に大きいものだと鬼一は判断しているからだ。

 ―――見逃すな。集中を切らすな。IS学園最強? 現役国家代表? どんだけ強かろうがこの世界のどこにも『無敵』なんて存在しない! だったら必ず何処かに勝ちの目は存在する!

 鍔競り合い。

 夜叉と蒼流旋が互いの障害を破壊せんと火花を散らしながら拮抗。だが夜叉と鬼神が少しずつ押し込まれていく。

 2人の視線が一瞬だけ交差。

 カシャン、と軽い音を鳴らしてレール砲が霧纏の淑女を捉える。いや、正確には銃口だけが向けられた状態。鬼一には撃つ意志は微塵もない。今、ここで必要なのは『楯無の意識を僅かでも別の何かに向けるということ』だ。
 突然の変化に対して思考する時間がない状況に対しての対応こそが、その人間の本質が見え隠れしやすい。それはたとえ1つの頂点に立つ人間でも例外ではない。

 蒼流旋に込められていた力が僅かに弱まる。

 ―――レール砲による射撃……! 離脱が正解かしら?

 ―――まだ笑っているけど、この対応こそが貴女の本質の一端だ……!

 鬼火の出力を更に上げる。力技ではあるが多少強引に楯無を弾き飛ばした。

 ―――小さくはあるけど『後退』を選択させることが出来た。ナノマシンを活かした『防御』という選択もあったのに。これは間違いなく大きな前進。

 そして、この情報だけで終わらせるつもりはない。貴重なチャンスを見逃すつもりは毛頭ない!
 苦境を脱出したことで身体に僅かながらの活力が舞い戻る。それを利用して躊躇いなく瞬時加速。ノータイムで行動した分、相手にも思考する時間を与えない。

 ―――もらった……!

 体勢を僅かに崩れた楯無に空気を切り裂きながら接近。限りなく詰みに近い5分から僅かとはいえ作り上げた優位。ここから何らかの形で光明を見い出すことが出来なければ勝利は見えない。局地的な勝利ではなく試合全体で見てもだ。

 対応出来ないはずの一撃。

「―――っ!?」

 理解した時には既に蒼流旋で左肩を突かれて吹き飛ばされていた。
 地面に落下していく中で冷静に今の出来事を確認する。

 ―――……あの人は完全にこちらのことを見ていなかった……。でも、こっちの位置が分かったように蒼流旋を『置いていた』。僕があのタイミングで仕掛けるということを読んだ上で。……でも、なんで読まれた?

 体勢を崩し一時的に楯無の視界からは鬼一の姿は消えている。最速で仕掛けた以上、ISのセンサーやレーダーで確認する猶予も与えなかった。しかし現実は鬼一の攻撃を読みきったように、蒼流旋を鬼一の進路に置いた。

 空中で回転して地面に着地。体勢を立て直してこちらの様子を伺っている楯無から距離を取る。楯無は逆襲からの追撃に移行していなかったのだ。

 ―――鬼一くんは本質的には『攻め』が色濃く反映された立ち回り。セシリアちゃんの試合の時は攻めるために守り、一夏くんの時は攻めるために相手の攻撃力を削った。この子の厄介な所は攻めるポイントに対して嗅覚。そして、嗅ぎ取ったそれに対して最短でゴールにたどり着こうとするところね。
 あの2人は自分が仕掛けられるポイント、言うなれば隙を明確に自覚していなかったから対応を後手に回されて不利に追い込まれた。
 この子を相手にするならまずは自分の隙を自覚すること。その上でこの子が攻めてくるための『餌』を用意してあげればいい。あとはゴールへの最短通路に罠を置いておけば勝手に引っかかるわ。

 言うのは簡単だが行うのは決して簡単なものではない。鬼一は初心者だが決して甘い手合いではないのだ。鬼一の感性は間違いなく、楯無から見ても『持っている』もののそれ。1歩間違えたら自分が咎められている。

 鬼一は冷静にここまでの情報を整理。お互いのカードを切る展開になり、それぞれの思惑や思考が見えた。

 結果だけ見れば鬼一が負けた展開。その時出来る最大の攻撃力を止められ、自身の守備力の低さが露呈。更には絶対防御を発動させられ、決して少なくないエネルギーを消費させられた。
 それに対して楯無は最大の守備力を鬼一の前に晒すことになったが、自身の切り札を温存。そしてシールドエネルギーはほぼ変動なし。

 その事実を鬼一は焦ることなく冷静に受け入れる。反省は後でいい。今はどうすれば目の前にある脅威を突破できるか考えた。

 ―――……信じたくないけど、先輩は僕の立ち回りの根底を見抜いていたんだ。最終的には『攻める』ことを知っていた。だから僕が餌に食らいつくようにしたんだ。いや、正確には自分が見せた隙を僕なら咎めようとすることを分かっていた。だから蒼流旋をあのポイントで置けたんだ。
 完全にやられたと言ってもいい。けど……先輩が見せた隙は間違いなくわざとなんかじゃない。僕が崩すことそのものは成功した。言い換えればそのポイントだけはこっちの勝ちだ。

 ……問題となるのは戦うポイントを今よりももっと『手前』にするか、それとももっと『奥』にするかだ。……現役国家代表相手にワンチャンスがあった。それなら、まだ勝算はあるはず……!

 鬼一は楯無を見上げながら自分の問題点を修正していく。

 ―――……なるほどね。慢心していたとはいえセシリアちゃんのような代表候補生が負けるわけだわ。一夏くんの時は一夏くんの運が良すぎたからアレだけど、この子が勝っていてもなんの不思議でもないわ。

 ……うん、総合するとISに乗り始めて2ヶ月弱の操縦者とは到底思えないわね。この子に関してはISランクなんてあってないようなもの。まさか、あんな奇襲で無理やり私の隙を作り上げるなんてね。

 ……さあ鬼一くん。私はこの戦いに置いて一切の加減も油断もしないわ。全力で潰す。その上であなたは私をどう越えようとするの?

―――――――――

 いつものように自分の専用機を制作するために整備室にやってきた更識 簪はアリーナの様子を映し出しているモニターを見ていた。
 そのアリーナに映し出されている2機のIS。片方の黒いISはかつて自分の専用機の候補に上がったISに似ており、もう片方のISはよく知っているものだ。いや、知りすぎているものだった。

「―――楯無、姉さん……っ?」

 簪にとっての憧れであり、どれだけ努力しても届くことのない絶対的な人、眉目秀麗、完全無欠の人。
 そんな人が今、アリーナで誰かと試合していた。対戦相手は直接話したことはなかったが、名前と顔は知っている。世界2人目の男性操縦者。クラスでもよく話題になっている操縦者。曰く、

 ―――たかがゲームの世界王者。

 ―――女に喧嘩を売る身の程知らずの年下のガキ。

 ―――生意気で粗暴、観客席に武器を投げつける乱暴な馬鹿。

 その評価については微塵も興味ないから簪にとってはどうでもいいものだった。正確には目の前の試合を見て、自分もそんな評価を下せるはずがなかったからだ。

「姉さんが……本気で戦ってる……?」

 昔見た、一切の容赦を廃絶した冷酷な戦い方。自分では超えることの出来ない冷水のような戦い方を見たのはいつだったか。相手の心を恐怖や絶望に塗り替える戦い。

 何をやっても届かない。

 何をやっても無駄だと思わされる。

 何をやってもその全身を纏う冷水を振り払うことは出来ない。

 少なくとも自分は振り切ることは出来なかった。
 そしてその戦い方に対して怯えを見せようともせずに果敢に挑んでいる1人の少年。
 鬼一が恐怖や絶望を抱いていないはずはない。戦って身体を張っている鬼一は簪よりもある意味では簪よりも理解していた。が、鬼一の心は知っている。一度でも恐怖に屈してしまえば二度と立ち上がることは出来ないことを。

 恐怖に屈してしまえば楽になれるというのも鬼一は知っている。だけど、彼はあくまでもその恐怖から目を逸らさない。逸らすわけには行かないからだ。勝つためにはそれが何よりも大切なことだということを鬼一の全てが理解している。

 無意識の内に簪は自分の掌を握りしめていた。それこそ爪が掌に突き刺さり、痛みだけではなく血を滲ませるほどにだ。

 鈍い痛みに気づいた簪は慌てて自分のハンカチで傷口を押さえる。

 簪自身、自分の中から出てきたその感情が何なのかは分からなかった。

 ―――あの人に、勝てるわけがない……。ISに乗り始めたばかりの初心者があの人に敵うはずが……。

 勝てるわけがない。簪はモニターを見ながらそんなことを考えた。少なくとも自分の知る限り絶対を教えてくれた唯一の人間に勝てるわけがない。
 果たして簪は気付いているだろうか? 今、自分が目を逸していることを。自分の中にある感情に蓋をしていることを。

 ふと、簪はそこで気付く。

 遠い昔、自分の姉と模擬戦を何度かしたことあった。その時から姉の強さは本物と言っても間違いないものだった。
 だけど、姉の本気を見たことあっても自分がその本気を相手にしたことは終ぞなかった。
 つまり、少なくとも、今、姉の目の前で戦っている少年は姉から見て本気で戦う価値があるのを認めたということ。そのことが簪をイラつかせた。自分がそこにたどり着けなかったことも含めて。

 心が挫けそうになった。

 ―――……諦めてしまえばいいのに……諦めて……。

 簪自身に悪意などはない。だけど、そう思わずにはいられなかった。
 IS乗りなら大多数が諦めるほどの現実。現役の国家代表が相手なら不思議なことではない。それだけ国家代表とそれ以外の差が大きいのだ。代表候補生から見てもそれだけ隔絶した差がある。

 だけど、目の前のモニターに映っている少年は微塵も諦める様子はない。試合時間は既に15分が経過していた。それだけ時間があれば彼我の戦力差の把握はできるだろう。どれだけの開きがあるのかも含めてだ。

 鬼一が細かく変化して楯無に対応しようとしていることは簪でも分かった。しかし楯無の壁を突破することは出来ない。それだけ楯無の力は上なのだ。

 そんな事実の中でも鬼一の意志は決して折れない。むしろ時間が経つ度に目の光が強くなっていく。

 ―――……あの人の力に抵抗しようとすることも無駄なのに……なんで、なんで折れないの……?

 ただただ不思議そうに見つめ、簪は試合が終わるまでそのモニターから目を逸らさなかった。

―――――――――

 更識 楯無の本気というのは例えどんな相手でも慎重に、丁寧に、真綿で首を締めるようにジリジリと相手を圧殺することにある。本質的には相手が対応しにくい最小限のリスクで試合を進めることだ。自分が優勢を築くことで始めて相応のリスクを背負って攻める。

 この戦い方を完成させることで格下相手に万の一にも敗北しないようにさせ、同格や格上相手にはとにかく粘り強くしぶとく試合を進めるようにしている。踏み込んだ言い方をすれば『負けない』『相手に勝たせない』戦い方なのだ。

 鬼一も楯無の戦い方に触れて、それが今の自分にとってどれだけ嫌なことか理解している。楯無の戦い方は間違いなく厄介の一言に尽きるだろう。ある意味では誰よりも勝ちに、生きることに拘っているようにも鬼一は感じた。

 究極的なことを言えば、相手を倒す、勝つということは相手にとって嫌なことをし続ければいいのだ。そう言う意味では楯無の本気はそんな戦い方だった。

 その事実に鬼一は腹を括る。

 この戦いにおいて、自分は楯無に為す術もなく完封されるかもしれない事実にだ。

 自分の股下まで冷水が浸しているような恐怖。いつ、自分の口元にその冷水が上がってくるのか。それでも鬼一はその恐怖と真っ向から戦う。例え、その冷水が自分の口に入ってきても折れることは許されない。いや、許すわけにいかない。

 そんなことすれば今日の勝敗どころか次すらもない。

 それだけは絶対に受け入れるわけにはいかない。

 奥歯が砕けんばかりに食いしばって鬼神を操る。

 「―――っ!」

 ここで鬼一は距離を取ろうとした。自分の考えが正解かどうか知るためにだ。
 距離を取ろうとした瞬間、開戦当初から今に至るまで守備的な立ち回りをしていた楯無が前進してきた。

 ―――やっぱりそうするか!

 右手に羅刹を呼び出し、ミサイルポッドと羅刹で迎撃行動に移る。
 鬼一の迎撃行動に楯無は、鬼一の迎撃を読んでいたのか不気味な程に滑らかな動きで弾幕の雨を掻い潜っていく。その動きに鬼一は楯無との技量差を痛感した。少なくともこの戦いにおいてはどのような形であれ、技術勝負ではよほどの紛れがあっても勝利することは出来ないと判断。

 蒼流旋による刺突を左手に持った夜叉で間一髪弾く。

 だが戻りに関しては楯無の方が早い以上、追撃を敢行されれば鬼一に止める術はない。

 故にそれよりも手前で鬼一は対応する。

 レール砲が轟音を上げて発泡。

 技術があろうがなかろうが近距離でのレール砲はほぼ不可避の代物。

 しかし、その程度の攻撃を避けられないものに頂きに立つことなど到底出来ないのもまた事実。
 楯無は蒼流旋を弾かれた勢いを利用してそのまま宙返り。レール砲の弾丸が回転している楯無の背中を掠めていく。

 ―――まだ遅いのか!

 自分の対応が遅いことに気づいた鬼一は離脱を測る。同時に自分の考えを修正。楯無を対応するなら今よりももっと手前でなければ後手に回される。

 宙返りしている楯無と視線が合う。

 その視線に、鬼一は言いようもない危険性を察知。

 まだ楯無の攻勢は終わっていないことを肌で感じ取った。

 蒼流旋による薙ぎ払い。アクロバティックな動きの中に自分の攻撃を織り交ぜたそれに鬼一は防御するしか道が無かった。
 派手な動きで分かりにくいが楯無は自分の優勢を活かして攻め込んできている。具体的なことを言えば鬼一は既に絶対防御を2回発動させられており、楯無は未だ1回も発動させられていない。エネルギー量に置き換えれば200以上の差がある。ISにもよるがシールドエネルギーの総量は600前後。つまり鬼一はすでに3分の1以上吐き出しているのだ。

 楯無はこのエネルギー差を活かして現実的なラインで攻め立てる。ここでキモとなるのは楯無は逆襲されるリスクを承知の上で攻めている。しかし、『自分のシールドエネルギーを削られても相手のシールドエネルギーを削る』ことで両者の差を埋めさせない。

 ―――2回分の絶対防御、言葉にすれば大したことないように感じるけど現実と数字に置き換えてみれば相当マズイ! 多少のリスクを受け入れた上で相手の行動を潰そうとしているんだ!

 一定のリスクを入れた力勝負ほど攻略し難いものはない。体力差、技量差、IS戦に置ける経験値の差に圧倒的な開きが存在する以上、鬼一はこの力勝負を突破することは絶望的なまでに困難だ。

 夜叉の上から蒼流旋のガトリングによる弾幕を叩きつけられる。その弾幕から振り切るように鬼火を吹かして更に距離を取る。

 ―――どうする? チャンスを作るためにもう一度近距離での戦闘を挑むか? いや、ダメだ! この人はさっきよりも攻めてきている以上、さっきと同じじゃ形にもならない。それなら……っ!

 羅刹を格納して先ほどよりもやや身軽な動きで鬼神を飛翔させる。

 ―――……あら、チャンスを作れたあの時と同じように近距離戦を選ぶの?

 距離を詰めてくる鬼神に対して霧纏の淑女はそれを迎え撃つ。いや、迎え撃とうとした。

 ―――これならどうだっ! 

 ―――……そういうことね!

 両者の距離は鬼一が一瞬でも有利を取れた近距離戦ではなく、かといって楯無が圧倒的な優位を取れる中距離でもない。その中間の距離。射撃戦でも格闘戦を行おうと思えば行える微妙な距離だ。そこから鬼一は詰めようとも離そうともしない。

 楯無の優勢は決して変わらないが、しかし楯無にとって細かい対応と複雑な判断に問われる距離。

 楯無から見て鬼神の警戒すべき点は2点。それは競技用ISの中でもトップクラスの機動力を誇る鬼火、そしてその攻撃手段、手札の豊富さにあった。
 これに加えて鬼一の対応力の高さと判断力、そして集中力を組み合わせると従来のセオリーを乗り越えるほどの爆発力を秘めている可能性があった。それはセシリア戦や一夏戦で証明している。

 ナノマシンを温存したい楯無からすれば残りの手札は決して多くない。それに対して鬼一の手札はまだ多い。その中で繊細な対応を問われるこの距離だと僅かながらに楯無が不利なのだ。1歩判断を誤れば今度は咎められる可能性は大きい。

 ―――先輩だって鬼神の手数の多さは理解している。確かに中距離射撃戦はこっちが不利だけど、奇襲は出来る。そしてチャンスを作ることが出来た近距離戦。単一だったら崩されるけどその中間、集中力と判断が問われるこの距離なら決して向こうも判断に困る部分は多いはず。

 なによりもこの人は変化が起きたとき、様子見、リスク回避を優先する傾向がある。それならここからの我慢比べに乗ってくる可能性は充分考えられる。

 これがもし鬼一のような操縦者が相手でなければ楯無は力押しを継続すればそれでよかった。しかし、今は力押しを続行しようとすれば先程よりも大きなリスクを負わされる可能性がある。
 この微妙な距離に対してもリスクは存在するが、総合的に、全体的な展開を考えるとこちらの方が不確定要素は潰しが効くと楯無は判断。

 楯無にリスクがあるように鬼一にもリスクはあった。ある意味では楯無よりも大きいリスクが口を開けて待っている。
 鬼一はここでリスクを上げなければ勝負にすらならなかった。逆襲の危険性やミスが増える可能性もある。だが、この戦術なら勝算はあると踏んだ。いや、ここにしか勝算はなかった。

 両者は距離を維持したまま互いの様子を観察。近づこうとすれば互いの武器で牽制し、離れようとすれば距離を詰める展開。

 神経を削るような読み合い。

 数多くの戦いの中で盤をひっくり返し続けてきた鬼一は、その天才的な集中力で自身が踏み込むポイントを観察する。

 それに対し楯無は、過去のIS戦、数多くの謀略や死闘を退けてきた不断の集中力で自身の大切なものを守り続けた女性。集中力の質においては鬼一と優劣がつけれない。

 となると、この読み合いで勝敗を分けるのは一体何か?

 それは集中力と支える経験値と心理的な余裕の2つ。
 『戦い』において鬼一と楯無の経験値は鬼一の方が上。しかし、『IS戦』においては楯無に軍配が上がる。その『戦い』の経験が『IS戦』で活かされているのは間違いなかったが、『IS戦』のプロである楯無には到底及ばない。必然的に集中力の質を維持する時間は楯無の長く、それに加えて2回の絶対防御分のエネルギー差が鬼一の集中力に圧力をかける。
 余裕がある分、楯無の方が行動に余裕があり、鬼一には余裕がない。言い換えれば追い詰められていると言ってもよかった。

 そんな中でも鬼一は粘り強く楯無に挑んでいく。

 微妙な距離の中で存在するプレッシャーに耐えながら要所要所で楯無の意識を外すように、逆襲を恐れずに積極的に攻め込んでいく。これは楯無に攻め込ませない意図も多分に含まれていた。

「……ぐぅ!?」

 しかし、一定以上のリスクを背負って攻め込む以上、どうしてもミスから逃れることは出来ない。そして僅かにでも攻めが甘ければ楯無の鉄壁の守備力からの逆襲が待っている。その一撃は鬼一を徐々に追い詰めていく。
 時折、鬼一にもチャンスを作り上げることが出来たが、『隙』を自覚している楯無を咎めることまで追い詰めることは出来なかった。

 だが、鬼一の戦術そのものは決して間違っていない。それは楯無の守備力を相手にチャンスを作れていることがその証明だろう。

 しかし、徐々に追い詰められていく鬼一を楯無は更に追い詰める。鬼一がダメージを受ける事に、少しずつリスクを引き上げて攻めに転じていくのだった。

―――――――――

 全身から汗を流し、肩で息しながら鬼一は楯無を睨みつける。圧倒的な実力差に抗う気力はまだまだ残っている。

 しかし、現実はあまりにも無情であった。

 鬼神 残シールドエネルギー 73
 霧纏の淑女 残シールドエネルギー 529

 ここまで鬼一は絶対防御を4回も発動させられており、楯無は0回。楯無がシールドエネルギーは移動と序盤であったナノマシンを駆使した最大防御だけであった。

 ―――……もはや9割方詰みの状況……。どれだけの差があるのかも分からない、先輩の影を踏むことすら出来ない内容での決着……! しかも、ナノマシンを利用した攻撃を吐き出させることも出来ていない……!
 だけど、ここまで戦ってきたことでこの人の攻めるべきポイントはハッキリしつつある。でも突破は出来ていない。それなら……ここまでの戦術にまた新しい要素を足して……!

 近距離と中距離の間、はっきりしない、微妙な距離から鬼一は再び試合を展開する。スタートとゴールが間違っていない確信があるなら、その道中で間違っているのは疑いようもなかった。

 ―――距離を離すにしろ詰めるにしろ今まで単調過ぎた。だったらここに変化をつければこの人の意識を外すことが出来る……! 現に、咄嗟の思いつきでやった動きでこの人は対応が後手に回った。
 変化があるときに先輩は無理してこないという情報があるから、それを主軸にして試合を組み立てるべきだったんだ……!

 いくら駆け引きが出来る、読み合いが出来る距離だと言ってもそこで自分の武器がナマクラでは相手に通用するはずもなかった。それに気づくのに鬼一はここまで時間がかかってしまった。

 ―――単調な機動にもっとメリハリをつける。速度の最大と最低、そして距離! 最初は思いっきり遅くして柔らかく距離を詰める。
 ここで先輩がもっとも警戒するのはこのまま距離を詰めてくることと、逆に一気に距離を離すこと!
 一見先輩に対して意味が無いように見える、でも意味はある。僕が何らかの変化をつける時、この人は何らかの警戒心を見せてくるから。ここからしなくちゃいけないのはこの警戒心をどこで解すか。

 鬼一が距離を詰めていく中で楯無は近距離戦をしたくないのか、蒼流旋とそのガトリングで鬼一を牽制する。ここまで数度に渡って楯無は近距離戦で鬼一にチャンスを作られていた。だが、それだけで楯無は鬼一をそこまで警戒することはない。なぜなら自分の『隙』を理解している以上、そこに罠を貼ることは容易だからだ。

 だが、楯無は感覚的に鬼一に咎められそうなことを予感していた。ここまで貼っていた罠が全て機能しているなら勝敗は既についている。しかし、現実はまだ戦いは続いていた。

 つまり、鬼一は実戦の中で楯無の罠に対応しているのだ。成長と言い換えてもいい。

 ―――次は一瞬だけ距離を離して静止、ここで距離を詰めると見せかけてプラスアルファを足して意外性を加える!

 静止すると同時にミサイルポッドを解放し、ありったけの実弾ミサイルが射出された。

 楯無はこのミサイルの嵐に対して蒼流旋のガトリング、そして落とし損ねたミサイルは切り払って迎撃していく。
 鬼一はその姿を確認すると最高速度で楯無に肉薄。接近していく中でレール砲で楯無に狙撃。
 ミサイルを迎撃する最中、突然のレール砲による狙撃も回避していく楯無。迎撃と回避をこなしていく姿はまるで舞踏のよう。
 ミサイルの対応が終了するのと鬼一が楯無に斬りかかるタイミングはほぼ同じであった。

 ―――……ここだっ!

 ―――させないわ!

 楯無は自分の時間が一瞬凍りついたように感じた。

 フルスピードで駆け抜けてきた鬼一が、自身の蒼流旋迎撃範囲の1歩手前で急ブレーキをかけて静止したからだ。
 すかさず火を吹くレール砲。

「―――っ!?」

 この試合で始めて楯無の表情が笑顔ではなくなった。なんとか直撃をさけることは出来た。自分のリズムを外されてしまっても、対応できたのは身体が咄嗟に危険信号を感じ取った他にないからだ。

 だが、次も対応できる保証はない。

 同時に鬼一は自分の考えが正しいことを確信する。

 ―――これだ。これでいいんだ! 鬼神の機動性と情報を活かして相手を揺さぶって、最後は攻撃手段の豊富さを活かして防御と回避を強制させればいい!

 自分自身の戦い方に疑問を抱き続けて、戦いが始まるごとにその都度ベストだと考えられる戦略を組んできた鬼一。つまり、長期的な視線ではなく、悪い言い方をすれば場当たり的な戦い方をしてきたのだ。
 そんな戦い方をしてその場で勝つことは出来ても、遠い未来まで勝ち続けることは困難だということは鬼一は身体で理解している。
 だけど、実戦の中で見つけた小さな光。それが鬼一のIS操縦者としての方向性、戦い方が見えてきたのだ。

 ―――絶対に引くな! 身体能力や経験で押されることになってもだ! 機動の変化と情報で自分の優位を形にする。好機は少ないけど、今みたいな展開は必ずくる。今まで先輩に合わせる形だったけど、やっと、やっと自分が主導できるようになった!

 たかが1本、されど1本なのである。ほとんどの人間ならば、現役国家代表から1本チャンスを取ったことに喜ぶだろうが鬼一に関してはそれはない。鬼一はあくまでもその結果から次を活かすことだけを考える。

 ―――……先輩がリスクを上げて攻めてくる以上はこっちの対応は限られてくるけど、この攻防に展望があるなら決して無駄じゃない! 駆け引きが出来るなら僕は、例え先輩が相手でも負ける気はしない!
 まだやれる。もっと、もっともっと―――!

 ガクン、と崩れる鬼神。

 音を立てて膝を地面についた。

 鬼一は信じられないという表情でエネルギー残量を確認する。

 そこには無情なまでに鬼一の敗北を告げている数字があった。

 ―――エネルギー残量 0―――

 肩で呼吸を繰り返したまま鬼一は顔を伏せる。その表情は楯無にも見えなかった。

 ―――終盤、ようやく対策が出来てきて、自分の方向性が見えてきたのにそれを進化させることができないままの完敗。一切の言い訳の出来ない内容、だな……。

 試合が終わったことを理解した楯無は自分の額に僅かに浮かんだ汗を右手で拭う。息が上がっていないことのは流石としか言えない。同時に試合を振り返る。

 ―――私は自分の隙を自覚してそれを逆手に取ろうとしたけど、この子は私の意識外の行動を行うことで新たな隙を作って攻撃しようとした。……それを理解できる人間はほとんどいないでしょうね。
 一見、無意味に見えるような行動が大なり小なり次に繋がっているのも含めて、とても初心者とは思えない。

 楯無も地面にゆっくりと降りる。

 ―――……IS戦は最終的に行き着く先は、相手のシールドエネルギーをどれだけ早く自分のシールドエネルギーが無くなる前に無くすことが出来るか? というところに尽きるわ。
 そういう意味では彼はまだまだ弱い。フィジカル、テクニック、タクティクス、経験、IS戦に必要な要素が全然足りていないから。でも―――。

 鬼神は解除され、楯無も霧纏の淑女を解除する。

 ―――足りていない要素がこれだけあり、私も切り札を温存していたとは言っても、私を相手にチャンスを作り上げたという事実は間違いなく彼の強さの一端を如実に表していることには間違いないわ。それに―――。
 ……少なくとも私の予想は超えられたわね。本当ならナノマシンも使うことも無いと思っていたけど、吐かされたのは事実。しかも、この子は実戦の中で進化してみせた。

 そこまで考えて楯無はふと、自分の妹を思い出した。

 昔、自分に追いつくために戦っていた妹の姿と鬼一の姿が少しだけ重なって見えた。
  
 

 
後書き
ハーメルン時代にはなかったお話ですね。あの時から楯無戦を楽しみにしていた方々が多かったようなので、色々と試行錯誤しながら書き上げました。

どうもこんばんは。友人Kです。

当時と今と違う部分は細かい所であったりするのですが、多分これが現段階での大きな違いですね。この試合で簪は見ていなかったので鬼一と簪の邂逅は穏やかなものでしたし。

なのでハーメルン時代の鬼一と簪の関係性、あと楯無との関係性も変わってきますね。そういう意味での伏線になったんじゃないでしょうかこのお話は。

鬼一くんがフルスロットルにならなかったのは多分、このお話だけになると思います。理由はセシリア戦と一夏戦の根底を比べれば分かると思います。

感想と評価お待ちしております。特に感想。

ではまたどこかで。 
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