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手古舞

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4部分:第四章


第四章

「その前にね」
「いいっていう前にか」
「そう、その前にね」
 どうするかというのだ。
「見せて欲しいものがあるんだよ」
「俺にか」
「あんたの最高の姿をね」
 それをだというのだ。
「それを見せて欲しいんだよ」
「俺の最高の姿かよ」
「あれだよね。あんたあたしのこの格好見て来たんだろ」
 美代吉は自分のその手古舞姿のことを問うた。
「そうだよね」
「ああ、そうだよ」
 ここでもだ。新助は率直だった。
 ありのままだ。美代吉に話したのである。
「俺は芸者遊びとかには興味がないからな」
「それでだよね」
「そうだよ」
「そのあんたにだよ」
 美代吉は再びだ。新助に話した。
「見せて欲しいんだよ」
「俺の晴れ姿をか」
「晴れ姿に全部出るんだよ」
 美代吉はこうもだ。新助に話した。
「その人ってのはね」
「成程ねえ。だからか」
「じゃあいいね」
「俺の晴れ姿が見たいのならな」
 どうかとだ。新助は答えた。
「それはあまり嬉しいことじゃないぜ」
「あんた火消しだよね」
「そうだよ。火消しが見せるのは火事の場だろ」
 言うのはこのことだった。彼は火消しだ。火事の時にこそ動くのだ。
 だが火事とは何か。言うまでもなかった。
「家は燃えるし金だってなくなってな」
「人も死ぬね」
「そんな嫌なものだぜ、火事は」
 話すのはこのことだった。
「それで見せるってのはな」
「そうだね。わかってるね」
「言語道断だ。そんなの見ろって絶対に言わないからな」
 新助の言葉は強かった。
「人が困ってる時に見ろとか言うのは下種だぜ」
「じゃあ何時見せてくれるんだい?」
「明日だ」
 いきなりだ。明日にだというのだ。
「明日ここに来ればわかるさ」
「明日っていえば」
「火消しが芸を見せるからな」
 そうしたこともしているのだ。火消しは粋とだ。江戸では見られている。
 その粋な火消しとしてだ。彼は見せるというのだ。
「そうするからな」
「じゃあそれを見せてもらうよ」
「芸ならどんどん見せられるからな」
 だからだ。それはいいというのだ。
「人の生き死にとか関わってないしな。むしろな」
「見せて楽しませるものだね」
「だからいいんだよ。それじゃあな」
「そうだね。明日だね」
「来な。そして見てから決めな」
 新助はまた強い声で美代吉に告げる。
「俺がおめえに相応しい男がどうかな」
「そうだね。そうさせてもらうよ」
 美代吉は微笑みだ。新助のその言葉に頷いた。
 そしてだ。それと共にだ。ふとだ。こんなことも呟いたのだった。
 
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