| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

トスカ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

3部分:第一幕その三


第一幕その三

カヴァラドゥッシ「何があっても生き残るから。その時に」
伯爵      「そうだ。ではマリオ、共にトカイを飲むことを誓って」
カヴァラドゥッシ「今はさよならだね」
伯爵      「それではな。また」
 二人は別れの挨拶を交あわせる。伯爵は左手から姿を消してカヴァラドゥッシは一人になってしまう。彼は一人になるとまずは籠の中を覗いた。
カヴァラドゥッシ「やれやれ、またこんなに一杯持って来て」
 その籠の中を見て困った顔になる。
カヴァラドゥッシ「食べられないよ。まあエウゼッペにでもあげようかな」
 そう言うと絵に取り掛かる。台に昇って布を取る。茶色の髪に青い目の美女の絵である。それを描いていると右手の礼拝堂からアンジェロッティが姿を現わしてくる。
アンジェロッティ「もう誰もいないな」
 そっと出て来ながら言う。
アンジェロッティ「なら。今のうちに」
カヴァラドゥッシ「いや、待ってくれ」
 ここで台の上にいるカヴァラドゥッシに声をかけられ顔と身体を凍らせる。
カヴァラドゥッシ「アンジェロッティ、君か」
アンジェロッティ「カヴァラドゥッシか」
 二人は言葉を交あわせる。カヴァラドゥッシは下に降りて彼と相対する。
カヴァラドゥッシ「スカルピアに捕まったと聞いていたが」
アンジェロッティ「何とか逃げてきたんだ。妹の手引きでね」
カヴァラドゥッシ「そうか、それでそんな格好をしていたのか」
アンジェロッティ「サン=タンジェロ城に今まで入れられていた。もう少しで殺されるところだった」
カヴァラドゥッシ「ああ、そういえばさっき大砲が鳴ったな」
アンジェロッティ「僕の脱走を知らせる合図だ。おそらくここにも来るだろう」
カヴァラドゥッシ「(その言葉を聞いて真剣な顔になり)じゃあ一刻の猶予もないね」
アンジェロッティ「ああ、早く逃げなければならない。僕を狙っているのはスカルピアだけではないからな」
カヴァラドゥッシ「あの冷血漢だけではない?」
アンジェロッティ「エマ=ハミルトンにも狙われているんだ。殺されそうになったのは彼女の差し金さ。彼女がナポリの女王に頼み込んだ結果なんだ」
カヴァラドゥッシ「ちょっと待ってくれ」 
 カヴァラドゥッシは話が見えずその目を顰めさせる。
カヴァラドゥッシ「エマ=ハミルトンというとナポリのイギリス大使の奥さんだったな」
アンジェロッティ「そうさ」
カヴァラドゥッシ「類稀な美人と聞いているけれどどうして君が彼女を?」
アンジェロッティ「それは僕が彼女の過去を知っているからなんだ。それでね」
カヴァラドゥッシ「彼女の過去・・・・・・。何でも貧しい出自らしいが」
アンジェロッティ「子守女に酒場の女、娼婦もやっていた。僕も客だったことがある」
カヴァラドゥッシ「それでか。娼婦だった過去を消す為に」
アンジェロッティ「僕はこのことを公にするつもりはないんだが。彼女は信じない」
カヴァラドゥッシ「そうだろうね。人というものは自分の過去を知っている者はそれを必ず他人に話すと思い込む。それが嫌な過去であればある程」
アンジェロッティ「だからだよ。だから僕はサン=タンジェロ城に囚われていたんだ」
カヴァラドゥッシ「そうだったのか。しかしよく脱獄できたね」
アンジェロッティ「妹の手引きだ。彼女が看守の一人を買収して何とか」
カヴァラドゥッシ「後はここから逃げるつもりか」
アンジェロッティ「そのつもりでここに来た。何とかならないかい?」
カヴァラドゥッシ「僕が何とかしよう。君との思い出は忘れたことはない」
アンジェロッティ「済まない」
カヴァラドゥッシ「それでお腹は空いていないかい?」
 カヴァラドゥッシはふとそう尋ねてくる。
カヴァラドゥッシ「牢獄の中にずっといたんだろう?見たところかなりやつれているし」
アンジェロッティ「(憔悴しきった顔で)碌に食べていないさ。死にそうになったこともある」
カヴァラドゥッシ「ではこれを食べてくれ」
 ここで籠を出す。あの食べ物が入った籠だ。
アンジェロッティ「また随分一杯あるな」
 目を丸くさせて驚く。ゴクリ、と喉を鳴らす。
カヴァラドゥッシ「うちの召使いが持って来るんだけれどいつも多過ぎるんだ。僕はあまり食べないというのに」
アンジェロッティ「これを僕にくれるのか」
カヴァラドゥッシ「よかったら食べてくれ。遠慮せずにね」
アンジェロッティ「わかった、それじゃあ」
カヴァラドゥッシ「食べながら考えよう。これからどうするかね」
アンジェロッティ「そうだね。それじゃあ」
 ここで扉の方から女の声がする。
トスカ      「マリオ、マリオ」
カヴァラドゥッシ「(その声を聞いて苦笑いを浮かべてアンジェロッティに言う)いけない、焼き餅焼きが来た」
アンジェロッティ「焼き餅焼き!?」
カヴァラドゥッシ「信心深いけれど嫉妬も深くてね。それに」
アンジェロッティ「王党派か」
カヴァラドゥッシ「少なくとも君が会ってはまずいことになる。悪いけれど隠れていてくれ」
アンジェロッティ「わかった。では礼拝堂の中で食べさせてもらうよ」
カヴァラドゥッシ「是非ね。それじゃあ」
アンジェロッティ「うん」
 アンジェロッティは礼拝堂の中に籠を持って戻る。カヴァラドゥッシはそれを見届けた後で扉の方に行く。そうして鍵を開けてトスカを出迎える。
カヴァラドゥッシ「少し早いね、今日は」
トスカ      「そうかしら」
 茶の波がかった長い髪と琥珀色の瞳を持つ艶やかな女である。肌は雪の様に白く赤のドレスと良く合っている。その唇は紅であり右手には花束がある。やや高めの身体は非常に均整がとれている。色香漂う美女である。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧