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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第3夜 大義

 
 世には夜行性の生物が多い。昼の明るい時間帯は外敵に発見されやすい訳だから、日のあるうちは身を潜め、夜に活発に動くという訳だ。
 しかし、呪獣は別段夜行性という訳ではないだろう。
 既に、大昔からの戦いの中で呪獣が光を浴びる事で明確に弱体化することは立証されている。つまり、来歴も分からない呪いの獣たちは、光そのものを避けて存在している。その弱点があったからこそ、人々は光を絶やさない人の都――『朱月の都』の中で1000年もの長きに渡って生きてきたのだ。

 技術力や知識が十分でなかった頃には、ほんの小さな影の隙間を縫って呪獣が侵入し人を殺すことも珍しくなかったらしい。だから人は極端に闇を怖れ、自分の影さえ少しでも消そうと躍起になった。大陸の外の人間はこの大陸の都に訪れた際にまず夜の光源の多さに驚く、と言われるほどに、光のヴェールは隙なく影を追い払う。

 大陸の民――とりわけ『欠落』のある者は、光が無ければ眠ることが出来ない。それは呪獣に寝込みを襲われることがなくなって1000年経過した今でも、暗闇への恐怖として民の本能に刻まれている。

 しかし、『呪法師』はその暗闇への恐怖を理性で上回らなければならない。
 そう、夜とはつまり呪獣たちの時間。呪法師とは、その怨敵が蠢く殺人空間へと足を踏み込んで戦う存在のことを言う。それが大陸の民の戦士であり、この大陸内での戦いの本質だ。

 故に、実地試験もまた夜に行なわれる。

 朱月(あかつき)が光の天幕を仕舞い込み、白月(しらつき)が闇を引き連れて訪れるときに大地を照らす橙色のなんと不吉で不気味な事か。自分の足元から伸びる影が怪物のように長く肥大化し、呪獣が影より
にじり寄る悪魔の時間――結界が完成する以前は、この夕暮れが来るまで大陸の民は都の外の資源を手に入れようと躍起になったそうだ。そして――時間配分を間違えて夕闇に呑まれた人は数知れないとも記録にはあった。

 トレックは小さく息を吸い込み、吐き出し、長く揺らされた馬車から大禍時を迎えた大地へと足を踏み出す。

 ここは『朱月の都』から離れ、北方『森の都』と東北東部『熱の都』の中間に位置する呪法教会の結界増幅施設、『境の砦』。古くは『大地奪還』の最前線基地として使われていたが、現在は五行結界の陣をより完全に近いレベルに収めるための施設としても使われている。

 近年は短期間ながら結界内に侵入してくる呪獣も現れているため、ここが大陸の民の最前線だと呪法教会は考えているようだった。遠目でもそれなりの数の呪法師が哨戒しているのが見える。ここで呪法師たちは己を鍛えながら、次の大地奪還の時をずっと待っている。
 同時に、この結界を境に向こう側の闇では常に呪獣が蠢き大陸の民を襲う機会を虎視眈々と狙っている。だというのに、日常と戦場の境は余りにも簡素なものだった。

「これが……こんなバリケードにもなってない棒切れが、結界の内と外を区切る境……?」

 思わず、戸惑いの声が漏れる。
 『境の砦』から両脇に広がる、ただの木の棒や安っぽい看板が点々と突き刺されているだけの空間。よそ見でもした拍子に越えてしまいそうな絶対防衛線から少しでも出た瞬間、闇の狩人が牙を剥くというのだろうか。
 周囲の生徒も大半が同じ感想を抱いたのか、少しばかり唖然とした表情でこれから自分たちが向かうであろう戦場を眺めていた。そこに、年季を感じさせるしゃがれた声がかかった。

「驚いたかね、生徒諸君?だが、結界がある以上は防壁は必要ないのだよ。建設費も維持費も余計にかかるし、何より元老院が『金の無駄だ』と煩くて予算を下してくれんのでな」

 反射的に、全員が教導師にそうするように一斉に敬礼をする。声の主である初老の男はそれに軽く手を上げて応え、「楽にしてよろしい」と言った。高位呪法師が身に着ける上等な呪法衣を纏った男の隣に、今回の始動を担当する機関の教導呪法師が並ぶ。

「こちらは『境の砦』2号地の総司令を務めるロナルド・ローレンツ大法師である。実地試験における試験内容は全てローレンツ大法師に委ねられているが故、聞き漏らしのないようお言葉に耳を傾けよ」

 大法師――その言葉に、自然と全員の背筋が伸びる。
 呪法師には5つの階級が存在し、下から順に「準法師」、「法師」、「中法師」、「大法師」、そして教会の最高意思決定者である「法主」がそれに当たる。トレック達は最下位の「準法師」であり、ローレンツのような「大法師」になるにはその肩書を得るに足る大きな偉業や実績を認められなければならない。
 すなわち、目の前の老人は自分たちが尊敬すべき偉大なる先人。そのような人物が直接試験を行うというのだから、この実地試験が教会にとってどれだけ重要な儀式となっているのかが否応なしに理解できる。

 ローレンツ大法師は、生徒達をゆっくり見回した後に一度頷いた。

「では、試験内容を発表させてもらおう――」

 試験内容は単純明快だった。
 これより生徒は最低2人、最大5名のチームを結成して順次砦より五行結界の外へ出発。砦を出たチームはここより歩いて約1時間程度の場所に存在する大昔の仮設砦へ移動する。そして、仮設砦内部に予め待機している砦の呪法師に砦に辿り着いたことを証明する書類を受け取る。そして再び約1時間の道のりを経て砦に戻ってくるという内容だ。
 真昼にこれをやっても唯の長い散歩にしかならないだろう。しかし、これは夜に行なわれる。つまり、生徒は最低でも2時間の間、どこから襲撃されるかも分からない暗闇の中を歩き続ける必要があることになる。

 砦は当然ながら呪獣対策でこの上なく明るくなっているため目的地を見失う心配はさほどない。また、チームには移動に使うカンテラとは別に、自分の周囲を照らす光源杖(ライトスタッフ)が一本だけ提供される。この杖はそれほど長く光を発することは出来ないが、光源量が多いため、上手く使えば呪獣の動きを一時的に停止させることが出来る。言うならば救済措置の装備という事になる。

 試験の終了時間は現在時刻の7時から日付が変わる12時まで。間に合わなかった場合は状況に関わらず失格。もしもこの試験を途中でリタイヤしたい場合は、仮設砦で一晩を過ごすか書類を受け取らないまま引き返すかの二者択一だ。

「――君たちが冷静に敵に対応し、状況を見極めて行動することが出来るのならば、まず死ぬことはないだろう。しかし、慢心から気を抜くことは稚拙な失敗を呼び、失敗はそのまま死に直結する。我々はそのような稚拙な失敗によって命を奪われた呪法師が多くいたことを知っている」

 そこで言葉を区切ったローレンツ大法師は、だから、と力強い声で続けた。

「戦士の卵たちよ!この試験の中で己が身にある怠惰な自分を殺し、栄えある教会の戦士として殻を破って見せよッ!!周囲に神経を張り巡らせ、装備品から決して手を離すな!汝、悪魔に呪われし子らよ……大陸の民が脈々と受け継ぎし宿世(すくせ)の呪縛、努々忘れることなかれッ!!」

 夜が来る。

 夜が来る。

 都の灯りの安穏を抉る、本物の夜が来る。
  
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