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俺達は何を求めて迷宮へ赴くのか

作者:海戦型
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46.黒竜討伐戦隊

 
前書き
黒竜は原作だとダンジョン外にいるってことになってるんですが、オラリオの外に話を持って行くのが面倒だしオーネストと因縁作りたかったので無理矢理ダンジョンに押し込みました。他にも都合のいい感じに設定弄りまわして正直悪いことしたと思ってます。 

 
 
 『黒竜』という魔物の話をしよう。

 ……とは言ってもこれは全てロキたんの受け売りで、細かい所は違うかもしれないが。

 黒竜は、古代の時代にダンジョンの外に進出した魔物の中でも飛び抜けて強力だったものの一体だ。確か他にベヒーモスとリヴァイアサンがいて、三つ合わせて『三大怪物』とか呼ばれているらしい。特徴は強く、デカく、ヤヴァイ……だそうだ。
 そんなの出てきてよく人類滅びなかったね、と呟くと、「人類も大概しぶといしなぁ」だそうだ。アニメやゲームではありがちだが、戦いの黎明期というのは本当に人間か疑いたくなるレベルのとんでもない人間がいるものだ。この世界の人類もそれが顕著だったようで、三大怪物のうち2体を押し返し、残り1体はオラリオのダンジョンに逃げ帰ったそうだ。

『リヴァイアサンは海に逃げ込んだらしーわ。ベヒーモスは人類には辿り着けんほどデカい山の頂点で今も眠っとるらしい。ま、今戦ったらどっちも現役時代よりは弱いやろ。ダンジョン出た時点で魔石のエネルギー補給はゼロやし?』
『ふーん。たらふく魔石食わせたら復活するかな?』
『やめーやシャレにならんから』
『嫌よ嫌よもぉ~?』
『好きのウチっ!………ってアカンアカンアカン!!それはマジでアカンから!!これホンマにフリちゃうで!!あんなんに復活されたらナンボ死人がでるか分かったもんやあらへんわ!!』

 閑話休題。
 ベヒーモスは山のような巨体から『陸の王』と呼ばれ、リヴァイアサンは水棲の化け物だったが故に『海の王』だった。そして押し返されて化石のように眠っているのがこの2体。で、そうなると残り一体の黒竜の名称もおのずと予測できる。

 『空の王』――巨大な翼をはためかせて人間の街を強襲し、圧倒的な膂力と火力で焼き尽くし、戦いが終わると再び飛び去っていく。恩恵が一般的でなかった古代では、それは間違いなく絶望の権化だったろう。対抗しようにも強すぎる上に、長期戦に持ち込もうとすれば空を飛ぶ。上空からブレスでも落とされた日には最悪だ。為す術もなく消し炭にされてしまう。

 難攻不落のベヒーモス、水中という環境を味方に付けるリヴァイアサン、そして神出鬼没の黒竜。しかし人間は魔法だのなんだのを駆使してこの化け物どもを撤退に追い込んだ。特に黒竜はこの時の激戦で片目を深く抉られ、翼にも傷を負って長時間飛行できなくなったらしい。
 それでも三大怪物のなかで最も機動力が高かった黒竜だけは、『(ダンジョン)』に撤退するという選択肢を取れた。

 ただ、その時の傷はおそらく『魂』を刻むほどのダメージだったのだろう。伝説が忘れ去られようとしていた頃に人々が再び発見した黒竜は、抉られた片目と歪に曲がった翼がそのままの状態だった。ダンジョンというゆりかごの中でも傷を癒す事は出来なかったのだ。

 だが、逆を言えばこの化物は人間との激戦で蓄えた『経験値』をそのまま引き継いでいる。能力がダウンした分だけクレバーになったとも言えるだろう。ダンジョンと言う閉鎖的な空間も考えると、これはこの上なく厄介な話だ。事実、十数年前に二つの超大型ファミリアがこの黒竜を倒そうと挑み、あっさり壊滅した。

 それ以来、黒竜はこのダンジョンで発見された中で『最強』の地位にずっと居座っている。
 この『黒竜』を倒せなければ、ダンジョンは攻略できないだろう。

 ただ、黒竜はどんな手を使っているのか50層付近の特定のエリアを現れたり消えたりを繰り返している。その周期は一定の為、冒険者たちは黒竜と確実に遭遇しないタイミングを選んで冒険し、現在は58層までが攻略終了している。問題は59層――黒竜との遭遇率が最高に高い殺戮地帯(キルゾーン)だ。

 ここでオーネストは3度も黒竜と相対し、敗北した。
 超大型ファミリア二つを壊滅させたオバケ怪獣相手にどうして3度とも生存できたのかが不思議なほどのダメージだったが、彼はそれを生き延びた。「二度ある事は三度ある」という訳だ。

 そしてこれからは多分、「仏の顔も三度まで」……。

「いや、オーネストが仏ってのはウルトラスーパー無理あるか。むしろ修羅道を極めたような奴だし」

 宿で朝食をとった後の軽い休憩時間中、俺はそんなことを考えていた。剣の手入れを済ませて瞑目していたオーネストが顔をあげる。

「修羅道は六道が一つ。そして六道とは迷える者の廻る世界だ。お前、そんなに俺が迷っているように見えるか?」
「見た目にはそうは見えないなー。俺の勝手な推測では、中身はそうでもないと思うけど」
「なら勝手に推測してろ」

 冷たく突き放すオーネストのつっけんどんな態度もいつものことなので、言われたとおりに勝手に推測する。
 そもそも、迷いのない人間というのは自分で思考していない人間だ。思考が凝り固まりすぎて人格とイデオロギーがすり替わった奴とか、洗脳・陶酔状態にある人間がそれに当たる。で、オーネストと言う男は自分で考えない類の人間が死ぬほど嫌いである。

 逆説的に、オーネストは人は迷うべきだという考えを持っている。普段は即決即断に見えるが、実際には意外なほどに思慮深い彼の性格からそれは予測可能だ。彼は内心ではいつも悩みながら取捨選択し、しかし選んだ自分の答えに絶対に後悔しないと覚悟を決めている。だから迷いがないように見えるのだ。
 つまり、オーネストは迷いや悩みに苛まれる中でも思う方向へ決断の斧を振り下ろす力が異常なまでに強い男ということになる。オーネストに斧………やっべー絶対に剣より強い。『超若本斧(ディアボリックファング)』など持たせようものなら『俺に殺されるために立ち上がって来たか!!』とか『一発で沈めてやるよ!覚悟は出来たか!?』言い出しそう。面白いから今度フーと一緒に作ってみようかな……。

「下らないことを喋りすぎた。行くぞ」
「おうさ。お前、今回は『勝つ気』で行けよ?」
「……気が向いたら、そうする」
「『嫌なこった』とは言わないんだな。お前が人の指図を受けるなんて珍しい。こりゃ明日はメテオが降って来るぞ」
「阿呆。今日の戦い言いだしっぺはお前だろうが。お前の気まぐれに付き合ってやると言っているんだ」

 俺の言わんとすることを分かっているのか、鬱陶しそうに前髪を掻き上げたオーネストがうんざりしたような表情をする。

 現実という名の化け物相手に一歩も引かずに前へ進み続ける、オーネストの破滅的な戦い。生命の全てを絞り出すような荒々しくも愚かしいその戦いは、生きるためではなく死ぬためのものだと俺は感じる。要するに「今この瞬間に負けて死ねたらそれでいい」というオーネストの極めて自己中心的な願望が現れている。

 だが、言ってしまえばそれは後先を考えない獣の戦い方であって、肉体的には「全力」であっても戦士としての「本気」とは程遠い。

 つまりオーネストと言う男は、実は真面目に戦っていない――もとい、真面目に戦う気がない。

 そして断言しよう。この男、自分のために「本気」になる気が一切ない。

 真面目に生きず、遊んでいるのである。未来(あす)がいらないから。

(そんなオーネストが『気が向いたらそうする』ねぇ……)

 それがどういう意味か分かってて発言しているのやら。頭がいいオーネストだが、本当に時々だが抜けている瞬間があったりする。その「抜けている部分」という名のミクロン単位の変化を察知できる存在が五本指で数えるほどしかいないから世間には知られていないが、そうなのだ。

 まぁ、気付いているならそれも好し。気付いていなくとも別に好し。オーネストのやることが変わったとしても、俺のやることは変わらない。そしてどっちであろうと周囲に不都合な事ではないのだから、それでいいだろう。

「さぁ、行くか!黒竜の討伐に!!」
「ふん……」
「とうとうここまで来たねー……スキタイ特権ってことで一番槍とっていい?歴史に名前刻んじゃっていい?」
「剣士の癖に一番槍とはこれ如何に?槍使いと夜の腰使いはこの私が一番よ!なんなら今晩ベッドの上で教えてあげても……!」
「相変わらずの性無差別変態発言はやめてくんないかな、顔だけ美人の性欲獣キャロラインさん?ドナとウォノの教育に悪いからさ……あと人間として普通に引く」
「退く……?否、退いては至高ノ痛みが、遠ざかる……オーネストヲも退けた、黒キ破壊ノ化身……アぁ、遠のいて久しい悦楽ノ闘争ヨ、来たれりぃ………!!」
「無秩序で品も緊張感もない連中の寄せ集めで黒竜を討伐とは、傍から見れば蛮勇でしかないな……………あ、別にアキくんのお友達を悪く言ってるんじゃないんだよ?あはは、ファミリアで団長してるとどうしてもキツイ感じになっちゃって……」

 こうして俺達は集い、戦いへと――。

「………待て、この後ろの連中どこから湧いて出た」

 まるでゴキブリがどこからともなく出てきて「うっわキモイわ家の何所に住んでたんだよコイツら」と漏らす時のような嫌そうな顔をするオーネストに、後ろの連中からブーイングが上がる。

「なによー!!黒竜倒す時は一緒に連れてけってあんだけ言ったじゃん!?」と、ココ。「私はアレよ。3回目のときにグチャグチャになったオーネストの事見てるもん。一人ではイカせないのはゴースト・ファミリアとしても人としても当然よねっ!」と、これはゴースト・ファミリアの一人にして『契約冒険者』のキャロライン・エトランゼさん。略してドスケベさんだ。
 そんな残念美人キャロラインさんのわきわきした魔手から必死で尻尾の付け根を守っているのは言わずもがなヴェルトール。その隣で「もっと痛ミを……!」と危険人物特有の極限まで口角が吊り上った笑顔を浮かべている巨漢がユグー・ルゥナ。こいつは何故かオーネストに従順な元犯罪者らしいが俺も詳しい事は知らん。

 そして最後に――ええと、あれ?こんな人ゴースト・ファミリアにいたっけ。

「えっと、失礼ながらアンタ誰ですか?」
「……『エピメテウス・ファミリア』団長、『酷氷姫(キオネー)』――リージュ・ディアマンテ。それなりに通った名だが、貴様の悪名には及ばないぞ、アズライール・チェンバレット……貴様のような気の抜けた男が………!」

 何故か肌を突き刺す極北のブリザードのような殺意が注がれる。全っ然面識のない白髪美女に何でここまで睨まれなければならないんだろうか。何だこの人、オーネストの友達か。また新しいファミリアか。無言で睨まれていると、途中でオーネストが割り込んできた。

「おい、リージュ。こんなポンコツでもこいつは黒竜討伐の発案者だ。ある意味では今回の戦いの主賓とも言える。敬意を払えとまでは言わんがちゃんと喋れ」
「だって……わたしが何年もかけてやっと仲直りしたのに、この怪しさ満点黒コートは何で当然のようにアキくんの隣にいるのぉ……?そこ、9年前はわたしの特等席だったもん!」
(あれー!?盛大にキャラ変わってるー!?)

 さっきのドギツイ視線はどこへやら、オーネストが来た途端に女の子している謎の美女。オーネストはそんな彼女に今までに見たこともないくらい普通に困った表情を浮かべ、はぁぁ……と、普段のオーネストらしくない溜息を吐いた。

「………こんなんでもこの黒コートの変人は俺の友達でもあるんだよ。それは事実として受け止めろ」
「でもぉ……せっかくファミリアをズル休みしてまで会いに来たのにぃ!アキくんはこんな黒のっぽと私のどっちが大事なの!?」
「お前と言う奴は………あぁもう、手ぇ繋いでやるから我慢しろっ」
「ほんと!?アキくん大好きだよっ!!」

 リージュは手を握るだけでは足りないとばかりにオーネストに抱き着いて胸元に顔を埋め、ぷはっと顔を出してエヘヘっと可愛らしくはにかんだ。
 何だろう、上手く言葉に出来ないが今までになかったタイプの人間だ。オーネストも素でリアクションに困っている。オーネスト三大意外な顔に登録してもいい顔だ。

 ……ちなみに他の二つは「ヘファイストスにお風呂へドナドナされるときの諦観が混じった顔」と、「いつの間にか寄りかかって寝ていたヘスティアの前髪を優しくなでるときの顔」だ。なお、年季の入ったオーネストファンによると、ユグーとの死闘の最中に見せた顔が一番強烈だったらしい。写真があったら見たいものであるが、残念なことにない。絵心のある奴が再現を試みたが、どうしても実物の迫力を再現できずに筆を投げたそうだ。

 閑話休題。
 オーネストとリージュさんの振りまくカオスな空気に触れるのを諦めた俺は、他の連中に事情聴取をすることを決めた。



 = =



 時は遡り――1週間ほど前。キャロライン・エトランゼという女の物語に遡る。



 キャロラインという女は、『混血の里』と呼ばれる隠れ里出身の人間だ。

 『混血の里』という場所は、嘗てまだ他種族と交わることが一般的ではなかった時代に生まれたとされる里だ。今でこそハーフエルフなど混血も他の人間と同じように暮らしているが、嘗ては些細な差異や親との違いを理由に混血児は激しい迫害を受けていた。そんな行き場を亡くした混血児たちが当てもなく彷徨った末に同じ苦しみを背負った者同士で作り上げたのが『混血の里』という場所………と、噂されている。

 『混血の里』は、いわばお伽話やホラ話の類として扱われる物の一種で、実在するかどうかも怪しまれている場所だ。混血児が珍しい物ではなくなった現代では、仮に存在したとしても最早時代に遅れた古臭い里という程度の認識しか抱かないだろう。

 しかし、実際には『混血の里』は、その成り立ちとはまるで違う現実を迎えていることを知る人間は少ない。

「『混血の里』………一体どれほどの人種が交わったのでしょうねぇ。キャロライン、君の身体には一体いくつの血が流れ、いくつの潜在能力を身に着けているのかな?それ程までに遺伝的な可能性を集約し続けた里の一族は、『果たしてなんという種族なのかな』?」
「さぁねー。とりま見た目はヒューマンだからヒューマンで通してるけど……敢えて名づけるなら『合成人(キメラ)』が妥当かなー」
「ふふっ……貴方と肉体関係を持った人たちはその事実を知ってどう感じるのでしょうか。種族を隠したことを怒るのか?得体の知れない存在に恐れおののくのか?或いはそれさえもミステリアスという名のスパイスにして更に燃え上がるのか?」
「燃え上がるのか、じゃない。燃え上がらせんのよ、このカラダで」

 妖艶な笑みを浮かべながら、キャロラインは人差し指で唇をなぞった。
 桃色の長髪をツインテールで纏めた彼女の肢体は、確かに自分で言うとおり官能的だ。美貌やスタイルは勿論のこと。露出度が高く、脇、胸元、背中、ヘソ、太ももなどが要点を押さえて肌を晒しているその特異な服装は、決して露出面積そのものは広くないにも拘らず、彼女の女としての肉感的な魅力を最大限に引き出している。
 だが、そんな彼女のエロティックな魅力も彼の前には通用しない。

「貴方は相変わらず愉快な女性だ。惹かれませんがね」
「面と向かってオンナノコにそういうこと言うなっつーの……」

 『アプサラスの水場』がオーナーにしてこの街の得体が知れない『怪人(なにか)』の一人、ガンダール。彼は女にも酒にも財にも興味はない、最強のギャンブル狂いだ。背筋を震わすスリルだけが彼を夢中にさせる事が出来る。

 その日、喫茶店――偶然にも当日のそこにはアズやガウルもいたが、ガンダール以外は互いに気付いていなかった――に呼び出されたキャロラインは興味深い話を聞かされた。

 禁忌であるオーネストの情報を探る意志。
 恩恵も魔石もなしに驚異的な能力を発揮した『人間』。
 そして、それを裏で糸引いているであろう何者か。

(オーネスト関連の話題なんてお久だよね~!面白いコトにな・り・そ♪)

 キャロラインもまたオーネストという男を心底気に入っている冒険者の一人だ。だからオーネストの話となると積極的に関わっていく。
 ただ、それはメリージアのような一途な献身でもなければ、リージュのような恋心でもない。適切な言葉を敢えて探すなら『かなり行き過ぎて一線を越えたファン』といった具合だろう。というのも、彼女は「オーネストに女として抱かれたい」という破廉恥な劣情を抱いているのだ。

 この女、とにかく性欲が豊富なのである。多少の好き嫌いはあるものの少しでも気に入った男はその日のうちにホテルの個室に連れ込んで一晩を明かそうとするし、驚いたことに女が相手でも同じことをする。両刀使い(バイセクシャル)なのだ。
 流石に相手の合意を得ずに押し倒すような真似はしないが、彼女の官能的な姿は個々の人物に眠る欲動に火をつけ易く、結果的に彼女は10の指では数えられないほどの冒険者と肉体関係を持っている。アズとメリージアどころかゴースト・ファミリアのほぼ全員に夜の誘いをかけたことがあるという別の意味の猛者だ。……全員に断られるという惨敗ぶりは別の問題として。

 とにかく、『契約冒険者』という特殊な立場を利用して主神と対等に近い立場にいる彼女は、活動の合間を見て独自に街の不審者や侵入者について調査を開始した。

 その結果、浮かび上がったのがつい最近噂になっている『ダンジョン内に空いた大穴』の話だ。
 最初にその話を聞いた時、彼女は「それってアズが鎖で無理矢理削岩した穴じゃない?」と予想したのだが、調べてみるとその穴とやらはアズがダンジョンに入っていない日にもぽっかり穴を空けているのが確認されているという。
 そして、その穴はそれなりに深い層まで穿ち、数時間で塞がる。これはダンジョンの自己保存機能が故だろう。ダンジョンに人工的に空けた床・天井・壁は時間が経つと修復されるのだ。問題は「ダンジョンに穴をあけて進む」というアズ以外がやらないような出鱈目な方法を誰が取っているのかという事だ。

 まず間違いなく、その穴は人工的に開けられた穴だ。魔物はダンジョンそのものを破壊する行為はしないし、落とし穴にしては派手で目立ちすぎる。となると、こんなことをするのは人間だけだろう。では一体どんな人間がこんな真似をするのか?
 ダンジョンの地盤は相当に固く、そして厚い。例えレベル7の『猛者』でも、地盤をぶち抜いて下の階層に行くには相当な時間が必要だろう。作業中に寄ってくる魔物の問題もあるし、この街でそれを実戦出来そうなのはアズ以外に思いつかない。そして実際にアズではなかったということは――。

「結論、街の外か、あるいはアングラで息をひそめている上級不審者!と言う訳でとっ捕まえるの手伝いなさいよユグー!」
「身モ蓋モない結論……オ前、知能ガ低イのか?」
「だまらっしゃい、私はクライアントよ。お金が続く限り貴方は私のしもべなんだから、そこんトコ忘れないでよね」

 現在条件付きレベル3相当のステイタスで槍の達人でもあるキャロラインだが、流石に3止まりで得体の知れない連中に挑むのは愚策だ。その為、彼女はその正体を確かめる意味も込めて一人の助っ人を雇った。それがユグー・ルゥナという男である。
 『契約冒険者』は金で動くため、借金があったり家族に仕送りでもしてない限り結構な金を持っている。裏での有名人で実力も立つユグーを雇うくらい、キャロラインの『お小遣い』なら訳ない。最も彼はキャロラインの好みではない。ユグーもキャロラインのような女性――というかそもそも他人に興味がないので関係は見ての通りいいとはいえず、さりとて悪いともいえない。

 ユグーの詳しい来歴は彼自身もよく知らない。ただ、物心がついた頃には『闇派閥』の刺客であり、一時期は「最悪の背信者」として手配書にも乗っていた。それ以上彼女が知っている事と言えば、4年前にオーネストに完全敗北を喫して以来ずっと雇われ兵をしていることぐらいだ。といっても、彼は冒険者登録をしていないので完全にアンダーグラウンドの世界でだけ名が知られる男なのだが。

 ただ、身長2,2Mの筋骨隆々な超巨体と、瞳を覆い隠す灰色の前髪という姿は、例え冒険者であっても怯む迫力だろう。実力に関しては――「4年前に『本気』のオーネストと殴り合いをして尚生きている」と言えばその異常な実力を計り知れるだろう。『恩恵』に関しては、オーネスト曰く「アズと同じ」らしい。

「お前も物好キな女だ……わざわざ札付キの人間を雇ってまで、その大穴とやらが気ニカカルのか?穴ガ開イタから何だ。放っておけば塞がるだけだ。誰がどのようにそれを行っていた所で、俺にもオーネストにも関係ナイ話だろう」
「あるかどうかは確かめないと判別がつかないでしょ?最近は『闇派閥』も動いてるし、この前の鎧事件も分からない部分が多いし……最近は通り魔も出てるって言うじゃない」
「その話は知っている………冒険者バカリ、確認されているだけで8人。行方不明者はソノ3倍以上。確カニ、波立ッテはいる……」

 ユグーも思う所はあるのか、俯いて肩を震わせている。
 ただし、俯いた理由は決して悲しみや警戒などといったありふれた感情ではない。

「………ッ、………ククッ!……どんな通リ魔なのだろうなぁ………冒険者ヲ狙ウという話だが、それでは俺ハ狙ッテくれんのかぁ……?俺を殺しに来ないなんて、寂しいじゃないか。キャロラインを狙ってくれれば、雇ワレノ俺にも至高ノ殺意と刃を向けてくれるのカぁ………?」
「また始まったよコイツ……マゾヒストもここに極まれりよねー」

 ユグーが好きなもの。それは騒乱と悲鳴。
 ユグーが好きなもの。それは裂傷と鮮血。
 ユグーが好きなもの。それは敵意と殺意。

 ユグーが好きなもの。それは、『自分自身へと押し寄せる』暴力と死、そして痛み。

 命を賭けなければ生きる実感を得る事の出来ない、どこまでもイカレた戦闘狂――それがこの男だ。

「なんやかんや文句言いつつ、思いっきり厄介事を期待してんでしょアンタ。『痛みが生きる実感』だか何だか知らないけど、そんなに戦いたいならそれこそ冒険者にでもなればいいじゃない」
「駄目だな……冒険者は人間ヲ殺スのも人間ニ殺サレルのも理由が必要だ。もっと惨めで賤しい、命が枯草のように吹き飛ブ戦いがいい。オーネストとの戦いが、俺の理想とする至高ノ戦イに最も近かった………世界を圧シ潰ス、心地好キ殺意が欲しいのだ………!!」

 にちり、と禍々しく恍惚の笑み浮かべるユグーの口元からは、唾液が垂れている。

 『こんな』男だからこそ、戦いからは絶対に逃げないし、半端は決して許さない。何故なら彼にとっては殺し合いこそがどんな美酒にも代えがたい財なのだから。それを見越したうえで、キャロラインはこの男を呼び出して雇った。
 アズのレベルでしか空けられない穴なのだ。この街の頂点に君臨する人外の領域に達する『敵』がいるかもしれないのだ。キャロラインはその最悪の予想を重んじているが故、彼のような男を呼んだ。金で確実に雇える最高戦力を。

「……言っとくけど、その至高のなんちゃらが出て来なくても文句言わないでよね」
「契約は全ウする。オーネストにそう誓ったからな」
(グッジョブオーネスト!!その誓いがなかったら、コイツ絶対に街の敵だった!!)

 ――この行き過ぎた警戒が、後の黒竜討伐戦隊が自動編成される理由の一つになることを、この時点では二人ともまだ知らなかったのであった。
  
 

 
後書き
今回は新キャラ二人が登場したのと、久しぶりにリージュが再登場しました。
キャロラインは回想も含め既に2回出てますね。変態ですが、周囲の面倒見もよいので性癖さえなければとても頼れるお姉さんです。あと尻尾フェチ。
ユグーは色々と謎な奴です。体がでかいのは多分巨人族的な種族の血が混ざっているからと思われますが、十代の頃に闇派閥にスカウトされて痛みを求めるままに戦い続けていました。オーネストとの戦いの顛末とかはいつか外伝で書きたいです。

次回に続くよ。 
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